紙の本
裏千家専門の茶懐石料理「辻留」の二代目・辻嘉一氏の食説法の書です!
2020/08/22 12:17
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投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、『茶懐石事典』、『あなたの懐石 家庭でもてなす一汁三菜』、『旬を盛る 料理歳時記』、『盛付秘伝』、『辻留のコツ家庭料理』などの著作でお馴染みの家業の裏千家専門の茶懐石料理・辻留二代目の辻嘉一氏による作品です。同書では、最初に「料理は机の上で習うものではなく、その加減は体得するものであることを申し上げたい」との主張がなされています。名水を求めて60余年、料理人・辻嘉一氏の食説法です。味の加減と食べ加減、ひらめきと勘、盛りつけのセンス、よい食器とは、買い物上手、昔の味と今の味、季節季節、折々の素材と味わいを堪能する献立と心得を盛り込んだ106題の料理嘉言帳となっています。
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食べることと食べてもらうこと。この決定的な違いのはざまで、両者に通じているのは、技巧に心奪われることなく心を込めて、1年心待ちにした味わいを大切にすること。そんな精神的な空間から、食を通じて、季節感や、作り手と食べ手の心のありよう、様々な気づきが共有される歓び。
心を力説する中身は、目利き、下ごしらえ、味加減、器の選択など、こまかな手順の積み上げに心が表れることの意味であり、決して精神論ではない。むしろ、旬を、お茶濁しの常套句とせず、人工的な食を徹底的に拒絶しつつ、“1年心待ちにした”その季節のその瞬間にしかない食材から生み出す、という意思こそが、強い精神性として感受される。
それは、これが著された60年代から70年代、もう半世紀も昔の時代にあって、すでに旬が脅かされる危機が準備されていたことを物語るのだと思う。今に至る大きな変化を、著者は痛切に感じ取っていたからに他ならないのだと思う。
1年心待ちにした味わいという言葉は、痛切だ。良い加減という字義がいいかげんに代わり、旬は、心待たずして作り手とマスコミが、オオカミ少年よろしく365日騒ぎ立てる現代。僕らが想像力を駆使して、改めて緊張しなければと思うことは、明治生まれの氏が訴えた危機は、その当時までの具体的な記憶に基づいているということだ。現代において、その記憶にある食材や調理技術のおおかたが、すでに再現不能な可能性が高いということだ。
そんな現状であきらめ、弛緩していくか、与えられる限りの緊張を呼び戻そうとするかも、僕らの想像力にかかっているということだ。
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茶懐石「辻留」二代目主人である著者が、料理にかんするさまざまな所感をつづったエッセイです。
とくに前半には、俳句を織り込みながら「食」の歓びを語り、道元の「典座教訓」に言及しながら「道」としての料理のありかたを述べるなど、エッセイとしてすぐれた内容の文章が多く収録されています。著者の日本語の美しさも印象的です。
ただ、わたくしにとって本書に書かれているような「食」との付き合い方は、やや高尚にすぎると感じてしまったのも事実です。有元葉子の料理にかんするエッセイを読んだときのように、そこで提唱されているライフ・スタイルにあこがれるというスタンスで読むことはできなかったのですが、あくまでエッセイとして文章の妙味をあじわうことのたのしみは十分に得られたように思います。