電子書籍
輪廻から脱線したおっさん
2022/07/31 18:11
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:象太郎 - この投稿者のレビュー一覧を見る
一言で言えば、暗い作品。まず何より主人公が暗い。この作品は家族4人の独白談を集めた構成になっており、最初と最後の章を語る男、つまりお父さんが主人公だと読めるのだが、お父さんの性格があまりに暗いために、作品全体がどうしようもなく暗い。
お父さんは、子供が間引きされていた東北の田舎の家で生き残り、東京の家に養子に出されて成人した。若い頃には、恋仲になって妊娠させた看護婦を自殺に追いやってしまい、妻との間に最初にできた子は生後間も死んでしまい、五十半ばの現在になって、堕胎したばかりの女を行きがかりで世話するようになってしまう。いつも意識を過去と交差させているから、自分でも生きているのだか死んでいるのだか分からない。輪廻から脱線して状況をつかめていないような、おっさんなのである。
こういうお父さんの独白から始まる小説を、読み続けるのはちょっと難儀だった。妻や二人の娘の話はまずまずテンポ良く読めるので、こちらを物語を進める芯にした方がきりりと締まっただろうに。おっさんの話はこってり凝縮させて、暗闇の中にちらりと見えるぐらいである方が、深みが出たのではないかと思う。
現実の世界でも、おっさんの話は鬱陶しいのだよ。自分がおっさんだから余計にそう思う。
紙の本
傷痕を重ねる意味
2011/06/19 18:47
4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
かつて南方の戦線で生死の境を彷徨い、戦友達とともに魂をそこへ置き去りにして来た者がいる。そう言われてしまえばなんでもありになってしまう。やがて社会的地位も得た末に、通りすがりの若い女を介抱して、愛人関係となる。妻は病気で臥せったきり。そんな調子のいい展開も、無理矢理納得させられる。とはいえ裸電球の下での愛人との束の間の生活は、なぜ自分がこのような人間に成り果てたのか、どうやって現在まで辿り着いたのかを確認していく時間でもあった。
彼の家族は、年頃の娘が二人。それぞれに両親の虚無を受け継いでいるかのような恋愛をする。
家族四人の個々の物語の中で、彼らはみな孤独を癒す方図を求めるが、それは過去をひた隠して来た父の孤独に由来するらしい。そんなのは男の幻想に違いない。やがて秘密を分け合いながら家族は和解し一体感を見いだして行く。それが幻想の終着点なら、大目に見て欲しい。
戦争で引き裂かれた恋愛の記憶を持つ夫婦。死の世界に半身を置く男。彼らが人間であることを取り戻すために、家族との暮らしの時間が必要だった。そのストーリーが凡庸であるほど、読者の胸を打つだろう。作者を含めて、日本人みんなにとっての切実な願いだったのだろうと思う。
戦後すぐには、生きていること、人間であることが望まれ、そこでは戦争の傷がどうであろうとかまったものではなかった。昭和30年代になって経済が新しい局面を迎える段になっては、過去の罪や穢れを浄化する願望が生まれ、同時に新しい道徳の範囲に身を納めなければならなくなる。
静かに秘めた恋の世界から、奔放な恋愛への移り変わりがあり、それぞれがその時代に生きた人々の必然として生まれたことが、精緻な心理描写(文体)で説得力を生んでいるのだろうが、時代の欺瞞もまた紛れ込んでいるように見えてしまう。
愛とか幸福とかは、たしかにある時代のキーワードだった。それが脱戦後、脱ファシズム、脱前近代のために必要なものだとされていた。古い傷痕の上に、新しいインモラルな傷を作って癒しを繰り返し、それで過去を忘却の中に閉じ込めて行く。それが我々の精神史として確かなものであろうことを、どこにでもころがっていそうなエピソード、みんなが経験していそうな悩みの積み重ねによって、かさぶたの裏側を覗くようにして、戦争中から断続することのない家族史として見せてくれている。
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わたしは嬉しいわ。あなたがまだわたしを忘れないでいてくれるということ。みんな不幸なのね。みんな可哀そうなのね。でもあなたはわたしのことを忘れないわね。
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赤んぼなんかおろせばいいさ。という下山の一言を聞いて、香代子が母の、自分・呉さんへの愛に気づいたところは鳥肌が立ちました。登場人物では三木先生が好き。
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福永武彦初読。
一家族とその周辺の人々の心情が、それぞれの傷と孤独とを際立たせる作りこまれた連作。文章が美しい!心に染みます。涙が溢れました……。
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なんてことはない筋書きだけれど、
読むほどに、言葉がリリカルで美しく、
整然と私の心に流れ入る。
ハッと息を呑むほどの、キラキラ・ワードたち。
その言葉を通して、
永遠に解けない、人間の愛のモンダイについて語っている。
愛は根を深く伸ばすほどに孤独なのだと、
そんな淋しいこといわないで欲しいけれど、
そういうことに改めて、気づかされてしまう本。
すごくさみしいことを、ここでは美しく描き切っている。
愛や死や孤独の、グロテスクな部分を描かない意味では過剰にロマンチック。
その意味で、少し物足りなく、感傷的な小説だとは思うけれど、
そう一概に切り捨てられない決定的な何かを持っている。
止められない筆力というのか、とにかくことばの強さ。
今年の読書のなかでは最もよい本でした。逢えてよかった。
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初めて福永武彦を読んだ。
この時代ならではの奥ゆかしい日本の家族が描かれていて美しい。
中年の男、その長女と次女、そして病気で寝込んでいる妻の視点で章が展開される。
中年の男が終盤の長女に対して言う台詞が好き。
「私たちはそういうふうに躾られてきたのだ。それに私は自分の感情を殺すことも覚えていた。それでもどうにもならない時がある。心の中が溢れて来て抑えることの出来ない時がある。私にしたってお前が可愛くないわけではなかった。そういう時に私はこっそりお前のそばへ行って、小さな声でこの子守唄を歌ったものだ」【332頁】
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さしたる興味も湧かない物語をぐいぐい読ませる筆力がある。透明感を湛(たた)えた文章、引き締まった文体、揺るがぬ小説の結構……。前にもこのような作品と出会ったことがある。読み進むうちに思い出した。ローリー・リン・ドラモンドの『あなたに不利な証拠として』だ。ストーリーの好き嫌いは無視して、精緻な文体の前に読者はひれ伏すこととなる。
http://d.hatena.ne.jp/sessendo/20100526/p6
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私にとって完璧な小説です。
読んでいるときは本当に幸せだった。文体も構成も素晴らしい。
中小企業の社長である父、寝たきりの妻、家事を行う長女、大学生の次女、長女に密かに心を向ける美術講師。
5人の視点から語られる家族。
彼らはそれぞれ心に孤独と秘密を抱える。
なぜ自分は生きて親しい人たちは死んだのか、彼らの心はどこにあったのか、そして自分はどこに心を向けて生きていけばいいのだろう。
互いにすれ違い分かり合えなくても、それでもふと気が付くこともある。
そして家族は続く。
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ある家族の肖像を、家族の一人ひとりの視点から描いた、連作短編集。戦時に友を死なせ、もっとさかのぼればごく幼い頃に生まれてきたことを否定されて、己の生きる意味を見出せないまま、亡霊のように生きてきた父親。その夫との間に愛を築きあげることができず、かつて生まれたばかりで死なせてしまった息子のことを嘆き続けて、病み衰えている母親。晩生な長女と進歩的な妹、二人の娘たちのそれぞれの恋愛……
それぞれの独立した短編を続けて読むと、大きなひとつの長編になっている形式です。
重厚。ひとつひとつの短編が非常に重く、しかし心の機微が丁寧に描かれていて、引き込まれて一気に読まずにはいられない力がありました。普段は、「文学!」っていうイメージの作品って、なかなか手を出しかねてしまう軟派な読者なのですが、そういうことをしているからこんな名作を読み逃してきてるんだなと、真面目に反省……
あと昭和の乙女の晩生さというか恥じらいって、なんか妙に萌えますね!(真面目な感想ぶちこわし!)
もともと私は前から池澤夏樹さんのファンなのですが、福永武彦さんは、その池澤さんとご縁の深い作家さんで、池澤さんの解説やエッセイから名前を知って、前からずっと気になってはいたのでした。
読んでよかった。もっと早くに読んでおけば良かった……とも思いはしたけれど、考えてみれば、学生時代にこの作品を読んでいたとして、よさが分かったかどうか。そういう意味では、いま読んで良かったのかな。むしろ、今よりも、もっと歳をとってから読んだほうが、分かるよさがあるような気もします……
もうずいぶん前にお亡くなりになった方なので、文庫版の在庫を探すのが難しいみたいなんですが(そして全集はかさばるうえに高い……)、ぼちぼち他の作品も探してみたいと思います。
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純文学・・、と心して読み始めましたが、
きれいな文章で難しく感じることなく読み進められました。
しかし核になっているテーマは重く、深いもの、
それも現代に生きる私たちには遠いものかもしれません。
家族それぞれ抱える、お互い知ることもない傷のようなもの。
それぞれの人生の中で、時代の中で、
家族の愛や自分の愛・誠意を疑い、はたまた現実の壁を感じて、
苦しんでいるけれど。
最終章でやっと、家族の愛情そのものを感じられて、ちょっとほっとする・・。
一章ずつ語り手が変わるのだけど、世代も環境も違う人の回想や生活が
丁寧に描写されているのが読みごたえがありました。
誠実に生きると、人生が案外長く苦しく深いってわかるものなのかな?と思った。
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本文の一部が、いつぞやのセンター試験(本試験か追試かは忘れた)で使われてた。
戦後まもない時代の、とある家族の物語。
ある章では父の視点、別の章では娘の視点というように
それぞれの章が家族の中の一人の視点から描かれている。
このタイミングで読んで良かったなあと思えた本だった。
10代の頃ってまだ家族と一緒に暮らしているのもあるし、精神的にも未熟だからあまり自分の家族を客観的に捉えて、考えることってできないけど、
一人暮らしを初めてあと数年後にはもしかしたら自分も家族とかもつかもしれないんだよなあとか思うようになると、家族を扱った小説が割とリアルに感じられるようになる。
読んでて思ったのは、家族にも明かしてない自分の過去や現在の秘密を保ちつつ、家族としての暮らしや一体感をもった雰囲気をどうやってつくっていくということが重要でもあり難しいことでもあるのかなあとかぼんやりと思った。
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2017年11月再読。
最初の父親=夫(藤代)の独白が一番いい。過去と現在が交互に現れる。現在働いている職場のそばのビルの窓が目のように感じられ、その目が戦死した友人の眼につながっていく。
文学を読んでいる感が存分に味わえる。でも小難しくはない。
最後は父親と娘2人の間の不信感や軋轢もそれぞれ解かれ、ハッピーエンドめいている。寒々しい場所に、少しあたたかい風が吹いてきたような読了感。
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静かで端正な文章が美しい。父親の、現代と過去の交錯する描写が秀逸です。意外にもハッピーエンド……(と私は思った)。一章の冒頭に引用されたギリシャ神話辞典の言葉「レーテー」の説明文から引き込まれる。あと、福永武彦と池澤夏樹って親子だったんだ……。
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私の生涯ベストと言って憚らない小説です。
ストーリー展開,文章,どれも文句のつけようがありません。
何度読んでも涙が出ます。
ずっと絶版でしたが,文庫版が復刊されて,大変嬉しいです。