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紙の本
昔も今も。
2010/08/31 10:35
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:野棘かな - この投稿者のレビュー一覧を見る
本棚を整理してみつけた山本周五郎「さぶ」。
内容を思い出せないまま読み始め、直ぐにおぼろげな記憶が浮かんだ。
裏表紙を確認するとおおよその筋が浮かび、ちょっと安心して読んだ。
人間には運、不運がやはりあると思う。
それは生まれ持った宿命と切り開けるかもしれない運命などがある。
この物語の流れは、栄二の成長する道程で描かれているため、さぶは脇役に過ぎないが、
「いい味だしてますね」的な重要なキーパーソンとなっている。
男前で器用な栄二と愚鈍で不器用なさぶのま逆ともとれる二人を通して繰り広げられる人間模様。
問題を抱えながらも一件順調そうにみえた栄二がとんでもない不運に見舞われ、やけっぱちになり自分で自分の運をつぶしたあげくどん底に落ちて、やがて何かを感じ始めるの中で、陰ながら支えるさぶ。
器量が悪い、何をやっても不器用でうまくいかない、生まれた家も貧乏、おまけに運にも見放されていると数え上げるときりがない人もいる。
だが、それを踏まえて、それでも実直に生きることが大切だと山本周五郎は言っているのか。
しかし、それは、本当に辛く苦しい長い道程だ。
不幸を乗り越え実直に頑張り、1人でもわかってくれる人がいて、人の口などいい加減だばかり、マイペースで裕福ではないがそれなりの生活をして、ある意味順調に思えてもそこからの道程がまた長い。
浅い決意や勘違いの悟りは、余計に混乱を招き、もっともらしいことを言う口は封じられこととなる。
そう簡単に、悟りの境地に入れるわけがないのだ。
しかしながら、栄二は若くして、艱難辛苦をなめて骨の髄まで沁みとおったあげく、何かをつかんだようだ。
愚鈍だが誠実なさぶも、実直に歩みながら、少しずつ良くなっている。
心を分かち合うような男の友情はまっすぐで気持ちがいい、人生は捨てたもんじゃない。
これからの人生もさらに様々なことが待ち受けているだろうし、波はあるだろうけれど、自分の人生に真っ向立ち向かっていく二人の姿がみえる。
男前で器用な男がどん底に落ち、辛苦をなめ、男としての成長をし続けている栄二と自分の立場、分をわきまえた愚鈍だが実直なさぶ。
さぶはいい奴だ。
十数年前に読んだ時、そんなさぶに感動したが、やはり私は、昔も今も栄二が好きだ。
紙の本
人足寄場の人間模様
2002/07/31 10:25
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:コーチャン - この投稿者のレビュー一覧を見る
のろまで不器用だが心のやさしいさぶ。頭がよく男前だが、少々短気な栄二。同じ表具屋の職人同士の二人はなかよしだった。
仕事を器用にこなし、親方からの信頼も厚い栄二であったが、あるとき盗みの濡れ衣を着せられて、得意先への出入りを禁止される。かっとなった栄二は、暴力沙汰を起こし、石川島の人足寄場に送られる。
人足寄場というのは、罪人ではないが、それに近い者たちが何がしかの仕事をもらいながら生活する場所である。すさんだ心をいだいて、栄二がやってきたのは、すねに傷のある荒くれ男と人生の歯車のくるった挫折者の世界だった。栄二は、しばらくのあいだ誰とも口をきかず、ただただ自分をこのような目に合わせた世間を恨み、それへの復讐心を煮えたぎらせながら生きる。
しかし、そんな彼も島での長い生活の中で、心を許せる人間と出会い、また災害の経験から、仲間との結束の気持ちが徐々に芽生えて来る。定期的に足を運んでくれたさぶに対しても、最初はぶっきらぼうに応対をしていた栄二だったが、いかに自分がひとりよがりで、わがままだったか、いかに自分が多くの人間のおかげで生きているのかを知るようになり、次第に素直になってゆく。
物語は、更生した栄二が寄場を出ることを許され、恋人のおすえと結婚をし、さぶとともに独立して仕事をはじめるところで終わる。
この作品では、栄二の人間としての成長ぶりはもちろん、人足寄場という江戸後期の社会施設を舞台にくりひろげられる人間模様やふれあいが印象的である。表面は鬼を装いながら、内面は小心者で心やさしい寄場差配の松田権蔵。当初から同じ部屋で、何かと栄二のめんどうをみてやる与平。荒っぽいが義理がたい大男、こぶの清七。栄二をはじめ寄場の者たちを暖かく見守る同心の岡安喜兵衛。
しかし何と言っても、そんな美しい人間模様の中心あるいは象徴ともいえるものが、物語の題名にもなっているさぶという人物である。栄二が、苦悩と反省の末に徐々に成長していくのに対し、さぶは始めから一個の完成された人格として存在している。愚鈍で、泣き虫で、失敗ばかりしているが、正直で何の疑いも人にいだかず、自分のことなどこれぽっちも考えない彼の姿は、何にも代えがたい輝きを放っており、読む者の心を打たずにいられない。
栄二は、あれほどの精神的試練を経たあとでも、親友のさぶを疑い、自分を罪に陥れた真犯人ではという考えさえいだく。そして真犯人は私ですと告白し、懺悔をする妻おすえを栄二が許し、熱く抱擁しているその最中に、田舎からもどってきたさぶが戸を叩く。「開けてくれよう」と、なさけない声を出しながら...
この少々こっけいなラストシーンは、要領がよく男前の栄二と不器用なさぶという基本的モチーフを徹底的に浮き彫りにすることで、後者のかぎりない魅力を映し出すことに成功しているし、また同時に、いまだ成長途上にある栄二の姿を暗示しているのだともいえよう。
紙の本
栄二とさぶ、周りの人間たちの心の絆。感動しました。
2004/04/16 19:36
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:風(kaze) - この投稿者のレビュー一覧を見る
“小雨が靄のようにけぶる夕方、両国橋を西から東へ、
さぶが泣きながら渡っていた。”
心に残る冒頭の一行から始まる山本周五郎の『さぶ』。
職人として同じ店に奉公するさぶと栄二。
ひどい仕打ちに遭って心を閉ざし、自分の人生を
めちゃくちゃにした者たちに復讐を誓う栄二。
栄二のことを心から気にかけて、損得勘定抜きで、
無償で奉仕するさぶ。人足寄場の住人たちほか、
栄二の周りの人間たち。
彼らを結んでいる心の絆が、かたくなだった栄二の気持ちを
少しずつ和らげ、救っていく物語です。
彼らを結ぶ細い線が、今にも途切れそうになるところに
はらはらさせられました。
冷たい世間の仕打ちに対して復讐を誓う栄二の気持ちが
次第に変化していくところに、不安と期待を感じながら
読み進めていきました。
ラストでは、涙があふれてきました。
胸がじんと熱くなって、強く心を揺さぶられました。
栄二がある行動をとった、そこに至るまでの長くて辛い道のり。
栄二と周囲の人間たちとを結ぶ心の絆、それが切れることが
なかったことを思うと……。
しばらく涙が止まりませんでした。
紙の本
複雑な男女の心理と人間の寛容な心
2010/03/06 09:33
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:kumataro - この投稿者のレビュー一覧を見る
さぶ 山本周五郎 新潮文庫
「さぶ」というのは人の名前で、彼が15歳のときからスタートします。タイトルは「さぶ」ですが、物語のほとんどは、さぶの同僚である同い年の「栄二」のことが書かれています。時代は江戸時代です。ふたりは、芳古堂という襖屋(ふすまや)さんのようなお店で住み込み仕事をしています。職人さんの卵です。わたしの明治生まれの祖父が丁稚(でっち)奉公をしていた頃の思い出話をしてくれたことがあり、そのことを思い出しました。
通勤電車の中で読み継いだので、いまいち物語展開をはっきり把握できませんでした。458ページの長編です。
栄二とさぶ、おすえとおのぶをめぐる、からみあった恋愛関係があります。すえは栄二が好きで、さぶはのぶが好きで、のぶは栄二が好きなのです。
栄二は、無実の罪が発端となって、お役所に捕まり人足寄場なる準刑務所のようなところへ収監されます。栄二は、罠(わな)をかけて自分を罪に陥れたのは誰か、その人物を殺してやるという怨みをもちながら生きていくことになります。
嘘つき人、だます人ばかりが世にはばかる。収監された場所には、栄二と同様に罪なき人々が集められて土方仕事に従事しています。役所のおさむらいさんたちは、彼らにやさしい。栄二を陥れた犯人は、物語の最後のページまできてもはっきりしません。犯人の候補者はふたりです。どちらが犯人かを推察するのは読者です。どちらが犯人にしても、心あたたまる物語であることに変わりはありません。人は、やさしくされるとやさしくなれるのです。
紙の本
1人では無理だ。
2006/03/10 19:11
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:オクヤマメグミ - この投稿者のレビュー一覧を見る
先日読んだ、瀬尾まいこ著『図書館の神様』の中にこの本が出てきたたので気になって手に取った。
「さぶ」。
そうタイトルがついているのだから、当然主役はさぶなのだろうと思っていた。
しかし読み進めるうちに、さぶよりも、仕事仲間の栄二の登場回数が多いことに気がつく。
これなら「栄二」でも良かったのでは…?
ある日突然、無実の罪で希望から絶望へと一気に転落する栄二。
どんなに無実を訴えても周囲の人間は自分の事を信じてくれない。
心身ともに痛めつけられた栄二の心はすさんでゆき、憎悪と復讐心でめらめらと燃え上がる。
男前で、仕事の腕も良い爽やかなイメージが覆され、堕ちてゆく。
今までの日々は何だったのか…?
八方ふさがりになり、栄二は全てを拒絶してしまう。
そんな彼を必死で探し、仕事の後で彼の元へ通うさぶ。
さぶは栄二のことを信じていたのだ。
送られた寄場で人足仕事をしながら、栄二はものの見方を変えていく。
底辺から這い上がる力を身につける。
それは栄二ひとりで成し遂げられた訳ではなく、彼を見守って支えてくれる人たちの存在があった。
人はひとりでは生きられない。
助け合って、寄り添って生きているのだと。
愚鈍だけど誠実で、誰よりも栄二を心配して信じてくれていたさぶ。
一時は人が変わったようにさぶを拒否していた栄二も、徐々に心を開いてゆく。
本書には栄二の心の成長が描かれている。
ふたりの絆の強さに、寄場の人々のあたたかさに胸が熱くなった。
読み終えて、改めて名付けられたタイトルの意味が分かった様な気がした。
紙の本
誠実さとは
2023/04/20 22:54
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:マーブル - この投稿者のレビュー一覧を見る
周りに愛されながら、その支えのありがたさに気づかず幼稚な自我を振り回す栄二の成長譚。一言で言えばそうなるのだろうが、ではなぜさぶというタイトルなのか。再読の今回もそれは解決しなかった。辛酸を舐め、周囲への感謝も芽生え成長の兆しを見せる後半だが、それでも芯からの理解ではなかったのだろう。プライドや、それまでの習慣、常識は捨てきれず、繰り返されるたしなめ。そして湧き起こる自分を無実の罪に陥れた者への疑念。ラストに提示されるさぶのどこまでも尽きぬ誠実な態度が、やはり作者の示したいものはさぶであると感じさせる。