紙の本
もののふ達の帰る場所
2004/10/28 01:06
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:星落秋風五丈原 - この投稿者のレビュー一覧を見る
「24時間戦えますか」というキャッチコピーがかつて流行した。失業者が多く残業の多い昨今、あまり笑えないコピーである。さて、現在の武士(もののふ)達はといえば、城をオフィスビル、刀をパソコンに置き換えて、24時間とはいかないが、やはり長時間働いている。そして仕事が終わればだんだんと、心の鎧を解いてゆき、家に着いた時にはすっかり緊張を緩める。もちろん戦闘服も脱ぎ捨てる。
ところが江戸時代、家に戻っても働き続けた24時間男がいた。井口清兵衛がその人だ。彼は下城の太鼓が鳴るが早いか、同僚達ともつき合わず、家にまっすぐ帰る。ついた綽名が「たそがれ清兵衛」。しかし彼は、家でのんびりしたいから早く帰るのではない。夫の助けがないと一人で厠にも行けない病身の妻がおり、飯の支度から掃除、洗濯をするのだ。原作で彼を「たそがれ清兵衛」たらしめているこの設定が、映画では幼い子供の世話がいる家族構成に置きかえられ、それによって命令を受ける経緯も違えてある。原作では、午後六時からの上意討ちを最初命じられた時、「受けてしまうと、その時間厠に行きたい妻を待たせてしまう」と、清兵衛は断る。こんな武士が今までいたろうか。私事で殿の心を煩わすなど恥と考え、「ははっ、ありがたき幸せ」と平伏して受けるのが今までの武士なのに。仕事を辞めて介護を選ぶ人達がようやっと受け入れられたのは、最近になってからだ。江戸時代ならばどんな目で見られた事か。それでも清兵衛は運がいい。命じる側が、妻をもっといい医者に見せると請け合い、女房の世話をしてから七時に出向く事を了承してくれたのだから。
藩よりも家庭を優先させた清兵衛を「馬鹿な奴」「武士の風上にもおけぬ奴」と見る向きもあるだろう。でも、藩は一体どこまで清兵衛の面倒を見るつもりだったか。成功すればもちろん清兵衛の望みは叶ったろうが、もし失敗したら、藩側は、全ての責任を清兵衛にかぶせて頬かむりしたのではなかろうか。それに対して彼が成功しようと失敗しようと、家は変わらずそこにあり、無条件の愛と信頼を向けてくれる。時には邪見に扱う事もあっても、おいしい料理を供してくれる。
うらなり、だんまり、ごますり、ど忘れ、かが泣き。短編集に登場する、いずれ劣らぬ奇癖を持つ剣士達は、一刃を振るいここ一番の活躍を見せる。しかし彼等達が最後に戻る場所は、仕える殿の御前ではなく、剣を鍛える道場でもなく、愛する家族と安らぎのある、唯一無二の家なのだ。
電子書籍
仕事か家庭か
2021/04/29 22:02
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る
主君への忠誠か家族かの二者択一を迫られる清兵衛は、現代のサラリーマンと変わりありません。いつの時代にも組織の不条理に振り回される、宮仕えの世知辛さを感じてしまいました。
投稿元:
レビューを見る
一昨年くらいに映画化され、ずいぶん話題になっていたのでためしに読んでみた。
地方藩士の姿をうつした短編が8編入っている。
あまり裕福でもなく、容貌も性格も地味だが筋の通った生き方をしている普通の人々の話だ。
表題となった短編も、病気の妻を療養に出すため藩の政変で働く事になった「たそがれ清兵衛」と呼ばれる侍の話。
彼らは静かに決まった仕事をこなし、仕事が終われば朋輩と飲みに行ったりする。藩とか侍というのは今でいう大企業と社員みたいなもんなのかなぁ、などと思う。
かなり短いので、これで映画ができるのかと不思議に思ったけど、どうやらこの本の3つの短編が合わさって1本の映画になったようだ。そちらも気になるので、そのうち見てみたい。
投稿元:
レビューを見る
江戸時代の名もない剣士の物語が集められた短編集です。
しかも、8人の剣士とも華々しい生活というよりも、ちょっと日陰な境遇の人達。ひっそりと生きる男たち。
自分の力を誇ることなく、ひけらかすことなく、おごることなく生きるその姿こそ、まさに「卑怯」という言葉を一番に嫌う「武士道」そのもののように見えました。
華美でなく、誇張しない文章からも、淡々とひたむきに生きた男たちの背中が見えてくるような気がしました。
投稿元:
レビューを見る
映画 になったよね。つか短編なんですよ、これも。武士の一分といっしょで。どんなふうに肉付けして引き伸ばしたのかなぁ。
八篇の「たそがれ清兵衛」やら「うらなり与右衛門」やら○○ナントカみたいに 形容詞+名前 というタイトルの物語集。「だんまり弥助」とかもいい。「ど忘れ万六」なんかも味わい深いよねえ。「ごますり甚内」なんか世のリーマン層にウケそう。
「たそがれ清兵衛」は夫婦愛が根幹なのよね。江戸時代って、男が女に愛情表現なんてできないような時代だけれども、そんな時代だからこそ、にじみ出るように感じる愛ってあるよね。藤沢作品、今後も読んでいきたいです。
投稿元:
レビューを見る
表題作は映画にもなっております。
短編集ですがどれも下級武士の生き様がサラリーマンとしての自分に重なったりして奥深い。
私は武士のように奥ゆかしくないので上役にはむかったりもちろんいたしますが。
投稿元:
レビューを見る
「たそがれ清兵衛」「ごますり甚内」「だんまり弥助」など
あだ名をつけられ、変人扱いをされたり
笑われたりしているけれど、実はすごい人だった。
そんな話が8話集まった短編集。
「かが泣き半平」「祝い人助八」がおもしろかった。
投稿元:
レビューを見る
映画に感動したので原作が読みたくなりました。その様な人他にもいると思うのですが、”あり?”と思いませんでしたか?表題作は映画と比べて随分とあっけ ないのです。他の短編のエピソードも併せて映画化している様ですが、あの感動作にまとめ上げた脚本・監督はすごいな、と思ってしまいました。
投稿元:
レビューを見る
登場人物ひとり一人が、なんとも味のある短編集。
普通の人の生を一コマ覗かせてもらう。
そんな感じがしました。
投稿元:
レビューを見る
表題作は以前映画にもなった、有名な短編集。
それぞれに腕に覚えはあるものの、剣豪などではなく、ひとかどの剣客と一目置かれているわけでもなく、小藩の下級武士として平凡な日々を送る主人公たち。すでに若くもなく、生活に追われ、修行からも遠ざかっていたはずの彼らが、それぞれよんどころない事情により、心ならずも再び剣を握る。
刃一閃。そしてまた日常にかえっていく男たち。彼らがヒーローであり続けないことが、何より心に残る。
投稿元:
レビューを見る
一見、風采の上がらない貧乏武士や嫁に冷遇される隠居。
しかしその剣の冴えたるや…
剣技をひけらかすことなく、淡々と剣を振るう姿がまた粋である。
投稿元:
レビューを見る
始めて藤沢周平さんの作品を読みました。
どれも勧善懲悪で読んでいて気持ちが良いものでした。
特にそれぞれの短編ごとの作品名が好きです。音の響きが良いです。「たそがれ清兵衛」や「ごますり甚内」、「日和見与次郎」など、このように呼ばれている主人公たちが物語の中でどのように活躍するのか、読む前からわくわくしました。個人的に「うらなり与右衛門」と「ど忘れ万六」の終わり方がくすりと笑えて好きです。
投稿元:
レビューを見る
図書館の片隅におかれてあった本。
確か映画にもなったよなあと思いながら手にとった。
藤沢周平さんは昔読んでいたが、最近読んでいない。
なんだか懐かしいような気もして、さっそく読んでみた。
たそがれ清兵衛
うらなり与右衛門
ごますり甚内
ど忘れ万六
だんまり弥助
かが泣き半平
日和見与次郎
祝い人助八
以上、8人の侍のお話だった。
それぞれくせがあり、何のとりえもない侍たちを
生き生きと描いている作品に引き込まれるように読んだ。
自分流に武士道を謳歌して生きている侍たちに
「堂々たる人生」という言葉をかけたくなる。
さすがは、藤沢さんだと、想った。
個人的にはやはり表題の
「たそがれ清兵衛」が印象深い。
投稿元:
レビューを見る
剣以外に特徴のある剣豪が、剣で問題を解決していく、短編。
とりあえず、一話に一人は斬られる…。そのストーリー展開に慣れるまで、数話かかりました。
江戸時代って、そういうものなんでしょう。
慣れてくると、興味深く読めました。
私が好きなのは、
ど忘れ万六。定年後のおじさんが頑張る話。
だんまり弥助。普段無口な男が理路整然と話して、周りを黙らせる、というのは、なんかカッコいい。