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非常に身につまされる内容。
「死んだらどうなるか」というそこはかとない不安を、霊的な意味合いでなく、現実問題としてとらえたら、どうなるのかということを、主に「孤独死」を中心に書かれています。
この本を読んで、自分はどのように死にたいのか、どのように生きたいのかを改めて考えました。
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年間3万人の「孤独死」があるという。
香山先生の知人女性2名も、そのようななくなり方をしたとか。
大原麗子、飯島愛・・などの著名人も多い。
先生の診療室にはシングル女性の「孤独死恐怖症」が多々現れるようになった。恐ろしさから逃れるために結婚を考えるとか(それは相手に失礼だろうとワタシは思うけれど・・)
でも、人間一人で生まれ、一人で死ぬのは当たり前となぜ思えないのだろうか。心中しても事故で一緒に死んでも、個人の死は死でしかないのに、甘えた考えではなかろうかと私は思ってしまうけれどね。ほんとに「しがみつかない死」でありたい。
それよりも先生の言うところの自分の死というより
家族などを喪うことへの恐怖心が強い。
それには立派に「予期悲嘆」という精神医学の名称があるとのkと。
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死にそうな体験をすると人生観が変わるというが、確かに、死に対してはずいぶんとイメージが変わったと思う。私の病気で一人暮らしが怖くなった友人はいっぱい居たけど、私自身は逆に腹が据わったというか、覚悟ができた気はする。所詮、死ぬときは独りなんだし。
あと、葬式は生きているひとが、その人の死を納得するためのものだよな〜と思っていたら、本文にも出て来た。島村麻理氏のお別れ会も素敵だが、「結局は「生きている今のため」」だよね。
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誰にも看取られず、亡くなった後に発見される死…【孤独死】について書かれた本。
70年代から孤独死という言葉が登場し、95年の阪神・淡路大震災後に問題化され、飯島愛さんの死など多くの孤独死が起こっており、現代における新たな恐怖の原因は孤独死となってきている。「こんな死に方をしてしまったら、今までの全て意味がなくなってしまう」と孤独死恐怖症候群の人はいうが、はたして本当に孤独死とはその人の人生や業績までいっさい無意味にしてしまう程の破壊力をもつのだろうか?をテーマに進められてゆく。
孤独死を早く見つけてもらうための見守りサービス、死後の遺品整理を請け負う会社の生前見積もり、もはや携帯電話=持ち主自身となった現在、死後の携帯電話やパソコンのデータ削除や復元、普通のお葬式から、直葬、献体、お別れパーティーなどの実施について、ぽっくり死や安楽死、有効なリヴィングウィルをどう残すか、相続税を払わなくてすむようにする寄付制度など、細々とした手続きやなんかも載せてある。
で、結局は「生きている今のため」なのである。これだけ準備しても、本当に希望通りの死に方にできるとは限らないし、死んだ後にきちんと対応してもらえるかなどはわからない。いろいろ準備をしていてもしていなくても、まわりに人がいてもいなくても、誰にでも「死ぬ瞬間」はやってくる。残される者が苦労しないようにある程度の準備をし、自分の心づもりをするのはいいが、死に方なんてその人とは何の関係もないのだから、死に方にしがみつくのはやめて、今を生きよう!というお話~。
実際の新聞の記事などが取り込まれているので読みやすくていいが、死への準備や死後のこと(サービスなど)が中心になってしまっていて、ちょっと残念。
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教養や実用書ではなく「孤独死」を恐れる人々について、また、自分の死について著者の思うところを生き生きと描いたエッセイ(なんじゃないかな)。
今までの著者の本が「言ってることはわかるんだけど」という感じだったのに比べると、この本はずいぶんと実用的で生々しい、著者が、「他者」ではなく「自分」のことととらえ、思うところを書いているからなんだろうな。
面白かった。
ところで、孤独死をはじめとして、死んだ後のことを恐れるかたがたが幾人か出てくるのだけれど「現在の生活」に不安はないのかな? 現代の実生活に不自由しなくなって初めて悩むことかと思ってたけど、ちがうのかな?
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誰にでも必ず死はおとずれる。
その時を考える本でした。
でも、どんな死に方をするのかわからないし、死んだ本人にしたら、どうにもできないことだ。
残された人のことも考えて、整理整頓と財産管理をやろうと思った。
くわえてやりたい事は、出来ない言い訳をせずにやろう。
今を精一杯生きたらどんな死に方をしても、本人にとっては他人がどう思おうと満足なのではないかと思った。
私の姑は、必ず死んだら誰が後始末しなければならない。
一人で気ままに過ごしていては、よくないと言っています。だから我慢しつつも⁈結婚して、子供ももってと言っています。全面賛成ではないが、ある意味真実とも思います。
価値感は時代とともに変化すると思うが、人はひとりでは生きられず誰かと関わらなければ生きていけない。
おんぶにだっこではなく、自分で出来ることは自分でした上で、身内も含めて人といい関係を持ちつつ生きていきたい。
お葬式は故人のためもあるが、残された人が亡くなった事実を受け止めるためと考えた事がなかったが、全くその通りだなぁと思った。
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幸いにも健康である今、どのような死に方をするかは実際なってみないと分からない。それは30年後かもしれないし、もしかしたら明日訪れるかもしれない。
死ぬことへの恐怖に慄きながら限られた人生を過ごしてしまうのではもったいない。死を恐れず逃げようとせず、それでいて心豊かに生きるためには?死への不安を和らげるためには?
そんな人に。
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孤独死をそこまで忌避する風潮があるのかー
私は死にたいのに延命される方がよっぽどこえーよと思う。
なので孤独死に対する考え方云々は興味薄かったけど
死ぬ準備の情報も色々あった。
長くて引用できないけど島村麻里さんを偲ぶ
楽しい「サヨナラシマムラ大宴会」の趣向と
その招待状の文面の気を使わせなさがすんばらしいなー。
近しい人に確実に大きな負担をかけるんだから
自分が死んだらささっと片付ける準備をしておきたい。
ところで佐野洋子さんといいこの本といい
タイトルだけ見てるとなんだか精神状態を心配されそうだ。
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孤独死・無縁死程度の事で、幸不幸の価値観を持ち込む事への批判は共感する。そもそも自ら選んだ人生の結果としての死に方なのだから。尊厳死も個人的には肯定。でも自殺までいくと本人の選択なのか否か?というのは微妙な問題だなとは思う。
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「しがみつかない生き方」は巷でかなり評判になっていたが、読まないうちに「〜死に方」が出ていて読んでみることにした。「しがみつかない」という言葉が使ってあるように「こうでありたい」という気持ちが強くなりすぎて「こうでなければならぬ」になると苦しくなってくるのではないかな。そんなに思い煩っても思い通りの『死』を迎えることなんてほとんどないわけなんだから、毎日を生きる、ことを考えよう。そして、自分をよく見せるべく見栄をはったりしないで、なるべくあるがままの自分でいられるようにしていれば、「あんな人だったなんて・・・」度数も低くなるであろう、と思った次第です。
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「生き方」の方は読んでない。読もうと思ってるうちにベストセラーになって、そうなると読みたくなくなるという全く天の邪鬼としか言いようのない悪癖が出て未読なのであった。これは二番煎じ?(一番は知らんけどさ)と思いながら何となく読み始めたら、いやあこれが面白くって一気読み。
最近話題になった「孤独死」についての考察である。一人暮らしの女性の間で孤独死に対する恐れが広がっているという。そもそも「孤独死」とは何か。その実態は。人はどう死んだらいいのか。自らの経験を交えて実感的に語られているので非常に読みやすく、死というものをあらためて考えさせられた。
結論的なものは特に目新しくはないと思うが、私はたいそう励まされた気になった。「死に方」なんてその人とは何の関係もない。いつ死ぬか、どう死ぬかなんて誰にもわからない。本当にそうだよね。とりあえず今日を生きる。
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死は誰でも等しく訪れるのだから、漠然と恐れるのではなく、しかるべき準備をすればいいのでは、という主旨の本。自分個人はそれでいいけど、もっと社会全体のセーフティネットにも言及して欲しかった。
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「孤独死」をテーマにした本ですが、今まであまり考える
ことが無かった「死」について、考える機会にはなりました。
死は避けられないからこそ、一日一日を大切にせねば。
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'しがみつかない死に方 孤独死時代を豊かに生きるヒント' 死ぬときのためにやっぱり準備ぐらいはしておいたほうがよさそう。自分も死んだときのこと考えてHDDをなんとかしなければ。マジで見られちゃまずい。 http://amzn.to/9P6gvh
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無縁社会について知りたくて読書。
おそらく本書を手にとったのは、あとがきで紹介されるNHKの「無縁社会」を見たことで潜在意識が選ばさせたのだと思う。
確かにゾッとするドキュメンタリーだった。本当にこれが日本の現実なのかと目を疑う内容だと記憶する。働く場所、知人、親戚、友人などの縁がない無援状態で苦しんでいる人たちが、たくさんいるという報告。たとえ賃金や待遇が悪くても海外で働くことで、少なくても人と人との縁は復活させられるのではないかと感じた。
閑話休題、本書は、芸能人や著者の周りの人の孤独死を例に上げ、孤独死、1人で死んでいことはどういうことかを述べている。
確かに当人は、まだいいけど、発見するほうが大変だと思う。トラウマとなったり、PTSDなどを発症する可能性は容易に想像できる。部屋の整理なども考えると非常に氣が重い。発見する側、整理する側からの視点はあまり考えていなかったので、いい氣づきとなる。
葬式をセずに直接火葬することを直葬と呼ぶことは初めて知る。
白洲次郎の遺言ではないが「葬式無用、戒名不要」は理想的かも。実際は、白洲次郎の父親の遺言を真似したものだそうだが。
12年前に書いた遺言書を今年中に書き換えしようと思う。
読書時間:約45分