紙の本
帳簿は誰のためのものなのか
2015/12/28 18:47
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投稿者:ホンの無視 - この投稿者のレビュー一覧を見る
国の興亡について書かれていること等から、当初は「管理会計」に焦点を当てたものだと思っていたが、後半になるにつれ、財務会計の要素も現れ始める。
本書を読み進めるうえでは、帳簿は「誰が管理するもの」なのかを考えることも重要だが、それ以上に、そもそも帳簿は「誰のためのもの」なのか、もしくは、今後は何のためのものになっていくのか、を考えなければならないと思う。
本書は、最初はミクロな存在である商人などが個人や仲間内のレベルで使用していた帳簿が、後に植民地運営を行う国家等より大きな組織が財政を管理するために使用するようになり、さらにはステークホルダー(国にとっては納税者である国民、企業にとっては投資家や銀行)の様な外部の人間にも見せるものへと姿を変えてきた歴史を記しており、帳簿が特定の人間や組織だけのものではなくなっていく過程を書き表している。
その一方で「富とは気をつけて付き合っていかなければならない」など、帳簿について考える上で本質的な問題は大昔から全く変わっておらず、歴史は(不況や金融危機などの形で)繰り返される事を示唆した終わり方となっている。
他のレビューでも言われている通り、確かに本書は帳簿の歴史をたどる上で、主に欧米諸国(というよりはキリスト教の国?)に焦点を当てており、「帳簿の世界史」という題名の割にはそれ以外の国と地域の会計文化について触れられていないと思う。
しかし、IFRSなどの会計基準、報告基準などで欧米諸国がイニシアチブを取っている現代の世界の事を考えると、恐らく本書の趣旨としては矛盾したものではないのではないか、とも感じている。
そもそも英語の原題の意味が邦訳本の題名と全く違うのだから、多くの読者が矛盾を感じるのは当然と言えば当然なのかもしれないが。
紙の本
会計の力
2015/10/12 23:03
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投稿者:伊良湖 - この投稿者のレビュー一覧を見る
会計の恐るべき力を歴史(欧米史)を通して伝えています。
会計を蔑ろにしてはいけないと思わせられた作品です。
この本を読了した後、簿記の勉強を猛烈にしたくなりました。
紙の本
会計を考えるために
2015/08/24 19:10
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投稿者:ぴんさん - この投稿者のレビュー一覧を見る
会計の不適正処理といったことがニュースをにぎわしている昨今、簿記とは、会計とは、ということを考えるためのよいきっかけとなる。歴史的必然があって今日の形をとっている、ということを学べば、あるべき会計についても有益な議論ができるであろう。
紙の本
人を選ぶ内容です。
2015/08/23 05:29
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投稿者:ペリクレス - この投稿者のレビュー一覧を見る
会計の基礎を学びたいと考えてる方には不向きです。
とは言っても、特別に専門の知識が必要というわけではありません。少しでも簿記を学んだ程度で十分です。
紙の本
権力とは財布を握っていることである
2017/01/29 17:33
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投稿者:もこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書の帯に記載されたこの1文が全てを語っている。帳簿を正しく付け、お金の流れや実態を正確に把握しなければ国家、お家庭も破綻することを歴史に照らしリアルに教えてくれる。
電子書籍
金の動きは。。
2016/03/17 16:35
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投稿者:麻布十番。 - この投稿者のレビュー一覧を見る
その思考をも露わにする。 って実務15年で思ったことかな。
なかなかにオモシロカッタ。
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会計の重要性を認識するにはよい
2016/03/06 20:49
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投稿者:猫山 - この投稿者のレビュー一覧を見る
会計の重要性を認識するという観点ではよい書籍だと思います。歴史的に見てもいかに数値という形で正確な情報をおさえるか、そこから何を見出すかということについての重要性は感じられると思います。
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「ああ、やっぱり帳簿って大事なんだね」で終わるのかと思いきや、とんでもない。現代の会計システムへの警鐘本だった。企業のグローバル化と金融工学の発展により、企業会計は複雑化する一方。にも関わらずそれを管理、監督する側の仕組みはまったく追いついていない。当然、不正、汚職がはびこり、エンロン事件のような汚点を作りだす。あれから10年以上がたち、何かが変わったか?答えはノー。むしろ乖離はひどくなっている。でなければカネボウや東芝のような粉飾事件は起きない。またゴールドマンサックスのように規模が大きすぎて監査しても一生終わらないだろうなどと言われるのも、それはそれで問題。じゃあどうするか?理想論うんぬんは抜きにしてやることは一つ。帳簿と正面から向き合うこと。事件を起こす企業は帳簿をつけても都合の悪い数字から目をそらす。その結果どうなるか?破たんする以外の道がないことは、歴史が証明している。
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【権力とは財布を握っていることである】メディチ家の繁栄、スペイン没落、フランス革命、アメリカ独立戦争、大恐慌……。いつの時代も歴史を作ってきたのは会計士だった!
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昨夏に1/3くらい読みかけだったのを一から再読。なぜ完読しなかったのかというのが第一の感想。ちなみに原題はReckoning("決算"と"最後の審判"のダブルミーニング)で、副題を直訳すると「財務報告の説明責任と国家の興亡」くらいか。会計帳簿が古代から現代まで歴史の舞台裏でどのような存在でどのような機能を果たしてきたか(あるいは果たせなかったか)が単なる為政史視点からだけでなく宗教史、経済史、文化史として語られています。おまけの日本史はいまいちでしたが、歴史好きに会計の重要性を教えたいオススメの一冊です。
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accountability アカウンタビリティーという言葉の起源をたどる良書。
ただし、世界史とはいうもの、欧米だけを取り上げている点には物足りなさを感じる。もっともそれを見越してか、日本語版の出版社側によって、巻末で日本の帳簿史のあらましを紹介していることに好感。
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帳簿の歴史で、なぜイタリアで複式簿記が発達したのか?(共同出資する事業が多くなり、負債を含め管理する必要が出来たため)
フランス革命やアメリカの独立戦争などの歴史的事件についての背景を、統治者が簿記の管理をどうとらえていたのか?という視点で書いている。
また最近の会計事件についても書かれている。
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帳簿は紀元前よりあったが、中世イタリアで発達した複式簿記がやがては現地では廃れ、ヨーロッパ各国では時の権力者の胸先三寸で根付いては消え根付いては消えしてとうとう1929年世界大恐慌までにもまだ世界的には制度として正しく扱われていなかった。(透明会計を渋る声が米国大手銀行に多かった。)
今では当たり前のように存在する会計システムが実はとても現代的なものなのだというのが新鮮だったし、それでも尚リーマン・ショックのような事件が起こるのはそれだけ帳簿を正しく扱うのが難しいそうだ。著者は不透明会計が蔓延る中国でまた歴史が繰り返されることを危惧している。
ちょうど東芝事件があって、監査していた会計事務所は何をやっていたのだという義憤に駆られていたけども、この本を読むとそんなに単純ではないことがわかった。
複式簿記と監査がきちんと行われた国は富み、それが廃れた国は傾く。そういう話がたくさん出てきて、会計に興味を持った。
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2015.08.09読了
帳簿の世界史というタイトルではあるが、大半が欧米、特にヨーロッパ史であった。
政治・統治・事業等にとって、会計の重要性を説いており、繁栄と没落の様子を複数の時代や国家を用いて説明した興味深い一冊だった。
ただ、歴史や登場人物に対する基礎知識があれば、もっと楽しめたであろう作品で、自分の知識の乏しさが残念ポイント。
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中世イタリアでは、複式簿記による帳簿は健全な事業や政府の実態を表すと同時に、神の審判や罪の合計を表す宗教的な一面も備えていた。
マタイは富を賢く正直に扱うよう教えつつも、富そのものは現世では罪であるとした。富をめぐるこの論理的な曖昧さは、今日もなお解決されていない。
免罪符という発想
信心とキリストの血で罪が贖えるというキリスト教の中心的な教義にすら、商取引のニュアンスが認められる。
1567年当時のオランダはスペインからの重税にあえいでいた。スペイン国王を満足させるためにオランダ人はさまざまな対策をひねり出した。その一つが、終身年金債を富裕層に強制的に買わせてその代金を国庫に入れることである。
オランダ東インド会社1602年
オランダの市民は、株を買うか売るかすれば、簡単に同社に出資したり出資を打ち切ったりでき、直接投資の煩わしさはいっさいない。会社に対するインライを支えていたのが会計であった。
18世紀のフランスが際限なく繰り返す失態は、秘密主義、国王の専断、財務会計の混乱に加え。ルイ14世が国家の機構を分断してしまったことにも原因がある。
1715年にルイ14世が死去すると、フランス国家は破綻した。そして効果的な会計システムのないまま、75年におよび財政危機と最後の決算がフランスを待ち構えることになる。
イギリスのプロテスタント
1696年ベントレーの講演
神は自己の利益を追求することによって、利益と快楽を得られるように人間をつくられたと述べている
フランクリンはみずから帳簿をつけていた。彼は複式簿記のできる人たちを大いに尊敬し、自伝にも複式簿記は偉大な徳であるとまで書いている。
会計の原則を学び、それを子孫に伝えていく姿は、プロテスタント的職業倫理の一つの理想像だと言えるだろう。
フランクリンは心の会計を帳簿につけていた。自分のした善行を個別の欄に記載して・・・神の審判に備えて、会計の手法を通じて用心深く行いを正したのだった。
会計は人間の心の惨めさを測るのに、最も適した方法である。
会計は善と秩序の道具にもなりうるが、腐敗の手段にもなりうる。
今日では、チャールズ・ディッケンズのように金融や会計の世界を生き生きと描き出し、社会的あるいは倫理的考察を加えられるだけの筆力と専門知識を持ち合わせた作家はめったにいない。
国際会計基準審議会IASBによれば、地方自治体や政府の会計はいまなお原始的な無政府状態にあるという。国家は、富裕国であれ、貧困国であれ、自国のバランスシートから年金債務を隠し、医療費を隠し、インフラ・コストを隠す。
国が信用を失う傍で、多くの人が巨大銀行や格付け機関の職業倫理と能力に疑問を呈するという、相互不信の悪循環が起きている。
中国は、会計責任を果たさない超大国なのである。