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世界史を見る眼を養う秘訣を伝授《赤松正雄の読書録ブログ》
「読者が司馬遷やチャーチルになった場合に、いかなる選択をしたのか、どのように選択をしたのか、どのように歴史の試練をはねのけたのかを、自らの仮説的な経験として思索や想像を巡らしてほしい」―『歴史を見る眼を養う世界史』の冒頭で出くわす山内昌之さんの言葉だ。中東史の碩学である山内さんは文化芸術にも造詣が深く、幅広い言論活動を展開されている。もう一度生まれ直せるならこんな人のようになりたいなどと思わせる。先年、一度だけ食事をご一緒した日が懐かしい。
「朝日おとなの学びなおし!」シリーズの一翼を担うこの本は誠に面白くてためになる。「トゥキディデスが見た古代ギリシア世界」から始まり、「危機のリーダー、ウインストン・チャーチル」で終わる。途中には、「戦う古代中国の歴史家司馬遷」や「ゲリラ戦術の先駆者、源義経とアラビアのロレンス」といった具合。たまたま姫路の本屋に立ち寄った際に書棚の片隅に見つけた。
幾つかの効用をあげる。一つは、それぞれのテーマごとに世界史の鍵を握る本や映画を教えてくれること。トゥキディデスの『戦史』、映画『エル・シド』、ヨハン・ホイジンガ『中世の秋』、トマス・エドワード・ロレンス(柏倉俊三訳)『知恵の七柱』、映画『アラビアのロレンス』、冨田浩司『危機の指導者チャーチル』など新旧とりまぜて紹介、強く食指を動かせられる。ロレンスものはかねてマーク中。冨田氏は旧知の外務官僚で、今は米国公使。故三島由紀夫は彼の岳父。
二つは、歴史の見方を具体的に教えてくれる点。歴史を学ぶ際に、「これって以前に見たり聞いたりしたことなかったっけ」と連想の羽を伸ばすことを勧めている。第一次世界大戦と古代ペロポネソス戦争を繋ぎ、太平洋戦争との対比を試みることで、戦争の発生や展開を見る知恵が得られる、と。
三つは、世界史の裏舞台にまつわるエピソードがふんだんに語られる。しかも、日本史との比較で。武帝によって宮刑に処された司馬遷。人間の情景を多角的に点描することが出来た希有の歴史家である彼は、得意の絶頂にあった人間が失意に沈むという人間模様を描くのが得意であった。この特徴は松本清張にみられるとし、「昨日まで得意満面だった政治家や経営者、官僚、学者らが汚職や粉飾や女性問題で躓き地位を失って行くストーリーがどうも多い」のは、司馬遷を意識したからだとみる。
チャーチルの母親が性的魅力をもって政界有力者を誘惑して自分の子どものために働いたことや、宇喜多秀家の母親が豊臣秀吉に色香を惜しみなく使って、秀家の将来を託したとの類例もあげている。こんな話を聞いてワクワクしない人っているかな。