紙の本
大正から昭和にかけて「多面体作家」や「小説の魔術師」と呼ばれた久生十蘭氏の短篇集です!
2020/06/22 11:42
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投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、大正から昭和初期にかけて活躍された作家であり、演出家であった久生十蘭(ひさお じゅうらん)氏の作品集です。同氏は、少し古い方ですが、推理小説、ユーモア小説、歴史・時代小説、現代小説、ノンフィクションノベルなど多彩な作品を手掛け、博識と技巧な執筆で「多面体作家」とか、「小説の魔術師」と呼ばれた人物です。河出文庫からは「コレクシオン・ジュラネスク」と銘打って7冊の傑作集が刊行されています。「久生十蘭ジュラネスク 珠玉傑作集」、「十蘭万華鏡」、「パノラマニア十蘭」、「十蘭レトリカ」、「十蘭錬金術」、「十蘭ビブリオマーヌ」、そして同書です。短編や中編を集めたものですが、どれも甲乙つけがたい迫力ある興味深いものばかりです。ぜひ、読んでみてください。
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『久生十蘭ジュラネスク』から続く、河出文庫の久生十蘭短篇集の最終巻。
戦争もの、西洋史もの、時代ものとバラエティに富んだ内容だった。
『風流旅情記』『雪原敗走記』『幻の軍艦未だ応答なし』が面白かった。
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しみじみと印象に残ったのは、太平洋戦争を描いた「風流旅情記」。
主人公の五流画家・三河万蔵は報道班員として、民間の徴用船に乗り込み、日本の勢力圏の南端にあるニューギニア・アルー諸島をめざす。
彼がこの島をめざすのは、鶏の卵を人肌で抱いて孵化させた兵士がいるから、という一風変わった理由のため。
乗り込んだ輸送船は鉄屑みたいな貧相な代物で、乗組員も曲者揃い。海底を自由に歩ける八重山の少年、鉄兜とふんどし一丁で敵の機銃掃射と戦う野武士みたいな男、盗賊の親玉みたいな船長。
この船のくだりだけで、もう十分おかしくて笑える。だいたい、主人公の名前自体が三河万歳と一字違いで、いかにも人を食っている。
島にたどり着いてからのくだりも、ユーモラスで楽しい。
が、読み終えた後はどこか澄んだ切なさが心に残る。
確実に待ち受けている死を覚悟しながらも、のどかに笑いあい、決して明るさを忘れない兵士たちはかなしい。
この話は、自身も戦時中報道班員として南方に派遣された十蘭の体験が凝縮されているのかもしれない。
そのほかには、ナポレオンのロシア遠征、マリーセレスト号を筆頭に国内外で起こった謎の軍艦失踪、チャップリン「殺人狂時代」のモデルになった殺人犯を題材にした猟奇事件など、歴史的事象をクールに追ったドキュメンタリーが多い。
なかでも「カイゼルの白書」は、暢気で頓馬なムードがくすくす笑いを引き起こす名品。
掉尾を飾るのにふさわしい、充実の一冊だった。
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7冊で十蘭傑作選は、打ち止めのようだ。7冊目も戦記、ナポレオンもの、時代もの等盛り沢山で楽しめた。巻頭の「風流旅情記」は、海軍報道班員になった画家の目からみたニューギニア戦記。徴用漁船による航海、行きついた島の守備隊の状況が凄まじい。去年刊行された十蘭の「従軍日記」の体験と一致するから、背景は事実に基づいている。戦後すぐに、このような悲惨な体験を笑いのめす十蘭の根性は据わっている。7冊すべて堪能した。