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紙の本
『縁』が紡いだ西南シルクロードを踏破する、悲惨で過酷で滑稽なエンターテインメントノンフィクション
2010/02/07 19:57
7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:toku - この投稿者のレビュー一覧を見る
オンライン書店ビーケーワンから届いた本を見て喜んだ。本が厚いのだ。
厚い本を読む場合、大抵「よし、読むぞ」と身構えてから読むことが多いのだが、著者高野秀行氏の作品は別物である。
彼の作品は、彼が目指すエンタメノンフ(エンターテインメントノンフィクション)の言葉通り、多くは過酷で悲惨な旅の実録にもかかわらず、その苦難をハラハラドキドキに変えて描き、ユーモラスな書き味と合わせて、とても面白い。まるで自分も一緒に旅をしているようなのだ。
しかも、ただ面白いだけではない。
彼が訪れる辺境の人々(反政府独立ゲリラなど)に、溶け込んで仲良くなるのである。
その辺境の人々を鋭い観察眼で生き生きと描き、恵まれた言語感で何とかコミュニケーションをとって交流していく様子はすばらしい。
作品を読み終えるときには、祭りのあとの静けさのようでもあり、『このまま終わってしまうのが寂しい。でも終わってしまう。これまでの旅は苦難つづきだったが、終えてみると楽しかったなぁ』という余韻を残す読後感が、読者を包み込む。
本書「西南シルクロードは密林に消える」では、そんな高野秀行作品の魅力がふんだんに詰まった傑作である。
中国四川省成都~雲南省瑞麗~ビルマ北部~インド北東部~カルカッタの旅程を踏破した四ヶ月の記録であり、その半分以上がビルマ北部とインド北東部における、カチン人ゲリラとナガ人ゲリラと行動を共にしてジャングル抜けや山脈を越える探検行となっている。
ゲリラ達が活動するエリアというのは、当然、外国人の出入国など許している筈もなく、国境越えはすべて密入出国。
これがこの本の緊張感を生むピースの一つとして組み込まれ、中国公安による拘束から始まるプロローグで、『いきなり大ピンチ!これからどうなるのか』と、読者の心を鷲掴みにする。
プロローグに続く、第1章『中国西南部の「天国と地獄」』は四川省成都、雲南省瑞麗の紀行文的なものになっており、嵐の前の静けさといったところ。
しかし7節『タイ族の古都・瑞麗の悪夢』、8節『全財産は風とともに去りぬ』で、いきなり訪れた嵐によって持ってきた現金七十万すべてが消え去るのである。
プロローグでの危機、本格的な旅を前に全財産が無くなる危機を読んだら最後、この本の魔力に取り憑かれてしまう。
ところで高野秀行氏がなぜ、外国人が出入国できないエリアを出入りすることが出来たのかと、不思議に思う人がいると思う。
この答えこそが、本書のテーマ『シルクロード』と密接な関わりを持っている。
彼がビルマ北部へ入ることができたのは、同じビルマのたった一人の知り合いシャン人ゲリラから、ビルマ北部を支配するカチン人ゲリラを紹介してもらったからだ。
この後も知り合いから知り合いを渡り歩き、ついにはインド・カルカッタへ到達する。
この旅程を読んで私の頭に『縁』という言葉が浮かんだ。
彼は『縁』によって紡がれた『道』を通ってカルカッタまで行くことができたのだ。
高野秀行氏の作品、特に文庫本の魅力が他にもある。
それは必ず掲載されている『あとがき』である。
文庫本にはさらに『文庫版へのあとがき』も掲載されていることが多々ある。
これらによって、探検紀行の補足だとか、旅の後日談が書かれており、本書では特に『文庫版へのあとがき』で、別れたゲリラたちのその後が描かれており、読者を満腹にさせる。
本書を読み終えると、彼がこの旅を完結できたのは『縁』だけではないと感じる。
インドからの奇跡の帰国(北京の入国で止まっているパスポートとビザなし)、旅の翌年に発生したゲリラの地域に騒乱、が彼の幸運を示している。
とはいうものの、奇跡の帰国を果たした彼は、今回の旅が原因のアクシデントに後年襲われる。
それは「怪魚ウモッカ格闘記 - インドへの道」や「神に頼って走れ! - 自転車爆走日本南下旅日記」へと紡がれている……。
紙の本
カチン族・ナガ族の風俗・習性は情報が極端に少ないが、それを身近に報告してくれる好著。日本文化の源流を考えるにも参考になる。
2017/01/08 12:18
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:大阪の北国ファン - この投稿者のレビュー一覧を見る
中尾佐助先生が『続照葉樹林文化(中公新書)』で仰った、『インドアッサムと雲南を結ぶ道』の痕跡を求めているうちに、中国でのこの分野の権威であるトウ(登ヘンにオオザト)廷良氏の『謎の西南シルクロード』とともに本書にいきあたった。面白そうだったので早速読み始め、一気に読了した。
著者は雲南省の少数民族の町を経由し、ビルマに入国。カチン族、ナガ族とともにインドを目指してジャングルを大旅行し、インド・ナガランド州にゴールする。
反政府勢力が活動する地域は政治的な規制もあり、一般人の手に入る現地情報が限られている中で、本書はその反政府(反ビルマ政府・反インド政府)側の人々の目線で描かれたビルマ・北東インドの民族誌であり民俗誌であると云える。メモを取りながら読んだが、本書を通じて得られた現地の民俗誌的情報は小ノート半冊に迫るほどの量であった。
特に印象深かったのは
1.反政府ゲリラといえば一般的には「ならずもの・乱暴者」のイメージだが、カチン・ナガともに礼儀正しく統制のとれた軍隊をもち、これはビルマという為政者が無理やり自国領土に組み入れたに過ぎないという歴史を雄弁に語っていること。
2.民俗学的には、カチン・ナガとも数十年前までは首狩り族として恐れられた民族であるが、著者記述にあるとおり、現在の整理整頓され雑草のない焼畑の作付け状況をみれば、首狩りは野蛮の象徴ではなく、彼らの精霊信仰、邪悪な霊を退治せんとする真面目なアニミズムに過ぎなかったという仮説が充分成り立ちうること。
3.山間に住んでいて、広い平坦地を農業のために確保しにくい彼らが、手っ取り早い換金作物としてケシを栽培しアヘンを取り扱っていくことはわかりやすい説明であること。またこれを『振り回すだけの正義感』から「悪」と云うならば、私からすればタバコの栽培も製造も同じ「悪」であり、周囲の人々への悪影響は同じであるのに、中毒性の高低で「タバコはいい」などというファジーな基準は、手前味噌な言い訳に過ぎないこと。
著者が挙げた納豆・発酵食品、麹による醸造酒、祝い赤飯、水田による稲作、焼畑による陸稲・根菜栽培、鵜飼などは代表的照葉樹林文化であり、西南シルクロード沿いにも、それらが伝わっていった痕跡が残っていることは本書によって確認できたことは著者の探検行の大きな成果だと思う。私自身、学術的フィールドワークとしての論文にも幾つも接したが、本書がそれに引けを取るとは思えない。
但し、著者の紀行した雨季には溢れんばかりの吸血ヒルに遭遇していくような困難な道のりであり、照葉樹林文化を伝えていった人々はこの道や地域を何のために通ったのかという動機が見えてこないと、ただ「そこに道がある。しかしそれは通りにくい道である。」というだけでは日本文化の基層を求める道のゴールにはならないと痛感している次第である。
紙の本
調子が悪くても、やっぱり高野秀行は高野秀行!
2024/02/07 11:06
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ブラウン - この投稿者のレビュー一覧を見る
旅のスタートから「ウツで……引きこもりで……」と弱音を吐く著者を見て「おいおい、今まで読んだのとエラく雰囲気が違うな。大丈夫か」と(20年以上前の著書だと知りつつも)心配したが、やはり高野秀行である。自分に発破をかける方法も滅茶苦茶だ。
西南シルクロードを辿る旅は、著者も言及している通り著者自身がシルクロードで運ばれた交易品のようだ。道はジャングルに消えていて、頼れるのは現地の方々、それもその土地土地で暮らす方々のリレーでしか踏破は難しい。古代の西南シルクロードも似たようなものだったのではないか? 過去と現在がリンクする感覚は錯覚にすぎないのかもしれないが、著者の書く話の醍醐味はその錯覚かもしれない推察を真実みを帯びさせる詳細な実体験にある(と、考えている)。
学者が解き明かす知の冒険とはまた違った好奇心を満たせる唯一無二の作家なので、今後も著作を追っていきたいと思った。