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武蔵忍法旅 ――山田風太郎忍法帖短篇全集(8)
著者 山田風太郎 (著)
精力絶倫の剣鬼武蔵が剣聖へと変化する瞬間を見事に切り取った表題作……。日米開戦前夜、首相近衛文麿がふと思い出した近衛家に伝わる妖怪“ぬらりひょん”の正体を追う「近衛忍法暦...
武蔵忍法旅 ――山田風太郎忍法帖短篇全集(8)
山田風太郎忍法帖短篇全集 8 武蔵忍法旅 (ちくま文庫)
商品説明
精力絶倫の剣鬼武蔵が剣聖へと変化する瞬間を見事に切り取った表題作……。日米開戦前夜、首相近衛文麿がふと思い出した近衛家に伝わる妖怪“ぬらりひょん”の正体を追う「近衛忍法暦」。――歴史を視る角度に新鮮な驚きを覚える全七篇。
目次
- 武蔵忍法旅/おちゃちゃ忍法腹/刑部忍法陣/近衛忍法暦/彦左衛門忍法盥/ガリヴァー忍法島/忍法小説はなぜうけるか
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紙の本
歴史は、自由な国においてのみ真実に書かれうる(ヴォルテール)
2004/12/03 23:22
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投稿者:星落秋風五丈原 - この投稿者のレビュー一覧を見る
1914年6月28日、ボスニアのサラエボで、オーストリア皇太子がセルビアの青年に狙撃された。これが第一次世界大戦の発端となったのは、世界史の教科書を一度でも読んだ者なら誰でも知っている。日中全面戦争の始まりである盧溝橋事件もまた、昭和12年(1937年)7月7日の一発の銃声から始まる。
この発砲は、中国、日本、いずれから始まったのか、未だに謎とされているが、実は発砲騒ぎはこれ以前にも何度か起きていた。たまたまこの日、大事となったのは、日本兵1名の行方不明報告が、これと結びつけられたせいだった。しかし、昭和16年(1941年)4月22日、松岡外相を迎える途上にある車の中で、『近衛忍法暦』の近衛首相は驚くべき事実を明らかにする。行方不明とされた兵士は用便中だった。「砂利穴に落ちて失神していた」という説もあるが、どちらも当事者達が想像した事態とは、大きくかけ離れている。もちろん開戦に至る伏線はその他にもあったが、ドミノ倒しの最後の一つを押したのは、たった一人の『或る』行動だった。傍迷惑にしては、その迷惑の及ぶ範囲が期間(8年間)においても、戦闘範囲においても広すぎる。けれどその種の出来事は、残念ながら、歴史上に往々にしてある。そしてこれもまた残念な事に、前者のサラエボ事件は、でかでかと扱われるが、後者の行方不明の真相のような出来事は、極力歴史から隠される。そして実は、隠されている内容の方に、真実が含まれている事が多い。
関ヶ原の戦いにおける、小早川秀秋の裏切りもまた、ドミノ倒しの最後の一手として名高いが、山風はそこに至るまでの過程に、『豊臣家は私のもの』と主張する淀君と高台院(北政所)の女の戦いを絡ませる。賢夫人として描かれる事が多い高台院が、本作では、淀君に負けず劣らずエゴの強い女性として登場する。そして彼女のその姿は「天井裏の散歩者」となった大谷刑部と猿飛佐助、そしてもう一人にしか明らかにされない。だから歴史書には残らず、後世では、「淀君は愚かな女で高台院は賢女。淀君がもっと賢ければ、豊臣家は滅びずとも済んだ。」という認識が浸透する。歴史は敗者にとっては、斯様にとことん理不尽である。そしてその理不尽を今も生み出しているのは、「人は変わらない。そして、おそらく人間の引き起こすことも」(『戦中派不戦日記』の文章より)と山風に見切られている人間そのものである。
さて、『近衛忍法暦』に話を戻す。
近衛首相は、上機嫌で立川に松岡外相を迎えに行くが、迎えられた松岡の方は、すこぶる不機嫌である。その不機嫌にむっとした首相は、これから宮城に行く彼とは別行動を取ると言ってしまう。この何気ない、喧嘩とも言えないすれ違いが、後にどういう結果を生むか、後世に生きる身は知っている。「もう一度最初からやり直せたら!」と叶わぬ願いに地団駄を踏みたくなる。けれど、「人は変わらない。そして、おそらく人間の引き起こすことも」。哀しくも現代にも通じてしまうこの言葉を証明するかのように、松岡の車は、破滅への道を粛々と進んでゆく。
何とも皮肉にして淡々とした、出来過ぎの幕切れは、良薬の如く、口に苦い。
昭和を過ぎ、平成の世になっても、未だ同じ過ちを繰り返す人間達を、天井裏ならぬ何処かから、こっそりと山風が見て、さぞや笑っている事だろう。