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地上生活者 第2部 未成年の森
著者 著:李恢成
ローティーンの時期を経て成長した愚哲は、やがて札幌のある高校へ進学する。彼の特技は、失敗すること。けれども朝鮮戦争のあとさきに、哲学し行動するさまざまな友人や教師から生き...
地上生活者 第2部 未成年の森
地上生活者 第2部 未成年の森
地上生活者 第2部 未成年の森
商品説明
ローティーンの時期を経て成長した愚哲は、やがて札幌のある高校へ進学する。彼の特技は、失敗すること。けれども朝鮮戦争のあとさきに、哲学し行動するさまざまな友人や教師から生きる知恵をまなんで民族の自覚を目指すが、脆くも挫折していく。貧しい家庭の内部に渦巻く欲望と呪詛の根源を見据え、歴史の隠蔽と文化の掠奪を告示する重層的な文体。
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紙の本
人生には、一つの選択しかない瞬間だってあるんじゃないのか
2005/09/17 12:33
7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:未来自由 - この投稿者のレビュー一覧を見る
「我輩は朝鮮人である」。この告白をするのに、どれだけ躊躇し、決断を要したのか。高校生として人生を模索する未成年期の愚哲を描きながら、戦後日本の日本人の未熟さをも描く。
島崎藤村の『破戒』の導入が印象的である。「なぜ『丑松』はテキサスに行かなければならなかったんでしょう。ぼくはどうも釈然としない」
差別に対する被差別者の姿勢はどうあるべきか。人として生きるとは何であるか。一人一人の人間に突きつける重要なテーマとして深く考えさせられた。
そんな選択を迫った社会とは何なのか。その本質は何なのかを考える必要がある。人としての尊厳が尊重される社会であれば、こんな問題は発生しないだろう。しかし、今も同様の問題が完全には解消していない。
なぜなのか!その根本問題に迫るものがある。みんなが考えなければならない問題だろう。
最終章にこんな会話がある。
「小林多喜二が虐殺された。それは知っているだろ。逮捕されてその日の内に築地警察署だかで命を落としたんだよ。ところである友人がこういうのさ。多喜二はあっこまで抵抗しなければ生きのこったかもしれない。生きのこってたたかう選択もあったんじゃないかってね」
「しかし、おれはちがうと思った」「人生には、一つの選択しかない瞬間だってあるんじゃないのか、たとえそのために死んじゃうってわかっていても」
一つの選択をする前に、幾度もの選択を繰り返しているはずである。その選択しつくした最後の道が、一つであった。そこに悔いるものはないはずである。
多喜二の生き方を「一つの選択しかない瞬間」としてみた著者の視点に共感する。
論じたい問題は多々ある。レーニンの『国家と革命』による暴力革命の誤りについては、それだけでも一大論文になるかもしれない。『国家と革命』の誤りが、どれだけの悲劇をおこしたことか。
本書には、暴力革命などという誤った方針への批判がしっかりと書かれている。ただ、その誤った方針を受け入れなかった人たちもいたという事実が十分に描かれていないところは不満であった。
それでも、戦後日本とそこに生きる「人間」を描いた作品として注目できる作品である。
大河小説としてのこの作品の完結がいつになるかわからない。5年先、10年先になるかもしれない。ぜひ完結させてほしいものだ。