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ドリーム・キャンパス
著者 小野 登志郎
早稲田・慶応・東大・法政など、大学新歓コンパの裏側で集団暴行を繰り返した「一流大生」たち。彼らの作った、もうひとつの大学「六本木大学」の真相とは。大学生サークル「スーパー...
ドリーム・キャンパス
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ドリーム・キャンパス スーパーフリーの「帝国」
商品説明
早稲田・慶応・東大・法政など、大学新歓コンパの裏側で集団暴行を繰り返した「一流大生」たち。彼らの作った、もうひとつの大学「六本木大学」の真相とは。大学生サークル「スーパーフリー」集団強姦事件の取材をまとめる。
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紙の本
若者の「荒れ野」を見事に浮かび上がらせた
2004/07/30 20:18
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:狸汁 - この投稿者のレビュー一覧を見る
スーパーフリーのことなど語るに落ちる、まだバブルの狂宴のようなことをしているには時代遅れだな、と事件の発覚の時に思った。しかし、本書を読み終わって、スーパーフリーに吸い寄せられた若者たちが、「割れ鏡」(著者)のように現代の精神の荒野を映しだしていることが分かり、愕然とした。
丹念な取材で浮かび上がってくるのは、つまり「スーフリとはオウムである」ということにつきるのではないか。著者も大澤真幸の「虚構の時代」論を引いているが、目標や実感をうしなった若者たちが魅せられたのは、オウムの場合「教義」だったように、スーフリでは「カネと女」だった。オウムが「救済」をねつ造をしたように、スーフリは「女とやりまくる」という夢をねつ造した。
オウムはさまざまな方法で同化させ服従される「儀式」を行ったが、スーフリの場合、それは輪姦という行為だった。和田真一郎は法廷で、輪姦をしたのは、変態性欲ではなく、「仲間を楽しませ、つなぎとめるためだった」と言っている。それまでおたく的だったメンバーの一人がセックスができるということで、スーフリの地獄に堕ちていったりもした。
また隠語の充満もオウムを思い出させる。強姦は「無理打ち」であり、和姦は「和み打ち」なのだという。セックスをさす「打つ」という言葉が、どこかオウムの「ポア」をほうふつとさせる。
オウムのどこかうらさびれた感じと、スーフリはまた似ている。「まがい物」感である。「さらなる高みを目指す」というのが、せいぜい毎月ヴェルファーレでパーティをすることだったり、女の子たちを集めるための芸能界とつながっているようなイメージをつくっていたことなどだ。「スーフリってなんか芸能界にもコネあるみたいだしい」と女子大生は言うが、実態は芸能界の末端とかろうじて面識がある程度である。学生ローンをメンバーに強いて、パーティを続けようとする姿は、情けないということを通り越して、うらさびしい。
しかし、そうしたうらさびしさは、この社会もメディア状況の映し鏡であることは間違いない。道徳家を気取るつもりはないが、著者がふんだんに手に入れたスーフリのチラシや、関係者の男女の証言をみていると、彼らはまさに、民放テレビ的な「まがい物」文化をみずからのリアリティーと感じているのだ。芸能人のばか騒ぎ、恋愛とセックス、うそくさい癒し。そして実はもっとも如実にその正体を示しているのが、深夜に垂れ流されるサラ金のCM…。その殺伐した世界が、当然に生み出したのが、スーフリだった。
スーフリ本人たちの罪が重いのは言を待たないが、もっとも指弾されるべきは、彼らのパーティに協賛した企業、そしてそれをつないだ代理店だろう。すべてをマーケットとして世界を捉えたときに、どれだけの倫理と正常さが失われることか。
「荒れ野」を描き出したという点で、出色のルポルタージュ。ほぼ同じ年の和田を自分のことと対照しながら考えていく姿勢も誠実さがある。