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商品説明
満州事変に始まるアジア太平洋戦争の時代。戦地に動員された文学者の南方戦線での足跡を克明にたどる。この時代を中国で過した林京子らの少年・少女時代の体験と後の文学活動の関連や、井伏鱒二らの原爆文学の実像も探る。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介
川西 政明
- 略歴
- 〈川西政明〉1941年大阪府生まれ。中央大学卒業。文芸評論家。足かけ40年間筆一本の評論活動を続けてきた。「わが幻の国」で平林たい子文学賞、「武田泰淳伝」で伊藤整文学賞受賞。
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紙の本
血と殺戮と動物的本能だけが文士の知情意を支配する
2011/10/26 15:39
3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:あまでうす - この投稿者のレビュー一覧を見る
葦平、泰次郎、泰淳、知二、順、宏、鱒二、道夫……、文士が、続々とアジアの戦場に出る。彼らは満州から中国、フィリピン、シンガポール、ビルマ、インド……、大東亜共栄圏のために積極的にしろ消極的にしろ陸海空で戦う。
そして著者は読者を道ずれに、にわか戦士となった文士のその足跡を、執拗に追う。追いながら、その抽象的な戦争体験ではなく具体的な戦場体験を疑似追体験しながら生々しく執拗にあぶりだす。「戦争」体験と「戦場」体験は天地ほども違う。
戦場は普通の市民を狂気に駆りたて、精神を錯乱させて地獄の亡者に変身させる。この世の修羅に全身を晒した彼らにとって、もはや理非曲直を冷静に判断することはできない。頭でっかちの歴史観は蒸発し、血と殺戮と動物的本能だけが彼の知情意を支配するのだ。
兵士相手の慰安婦たちの手摺れた肉体にはない村落の中国人女性の肉体を犯すことでおのれの肉体奥深く仕舞いこまれていた官能の火が消せなくなった文士がいる。中国兵を殺さざるを得なかった文士がいる。そして、それは、僕。それは、君。
中国女を強姦し、中国兵の捕虜を斬殺し、強盗、略奪、放火、傷害その他ありとあらゆる犯罪を意識的かつ無意識的に敢行する「皇軍」兵士と、その同伴者の立場に立たざるを得なかった文士たち。この陥穽を逃れるすべは当時もなかったし、これからもないだろう。
ひきよせて寄り添ふごとく刺ししかば声も立てなくくづをれて伏す 宮柊二
恐ろしい句だ。悲愴で真率の句だ。そして彼らは、この惨憺たる最下層の真実の場から再起して、彼らの戦後文学を築き上げていったのである。
私たちは、「戦争はいやだ。勝敗はどちらでもよい。早く済さえすればよい。いわゆる正義の戦争よりも不正義の平和の方がいい」、という井伏鱒二の言葉をもう一度呑みこむために、もう一度愚かな戦争を仕掛けて、もう一度さらに手痛い敗北を喫する必要があるのかもしれない。
田舎の一キリスト者として戦争に反対し牢屋に繋がれた祖父小太郎よ、あなたは偉かった。不肖の孫たる私にはあなたのような思想と信念と勇気はない。私は命じられれば唯々諾々と無辜の民を殺戮しそうな自分が怖いのだ。
脳内に兇暴なる鰐を飼うわたしたち 蝶人