紙の本
短編集、編集のセンスが感じられる
2021/07/31 19:43
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投稿者:ぽんぽん - この投稿者のレビュー一覧を見る
1918年から20年、第一次世界大戦下の世界でパンデミックを引き起こしたインフルエンザ、所謂・スペイン風邪。日本でも人口の1%弱が死亡するという甚大な影響があった。その時期に書かれたのが表題作。世間体を気にしつつも健康優先と揺れる著者の思考が面白いし、現代とあまり変わらない世相も興味深い一冊。吉田松陰がペリー艦隊で密航を企てた際の「船医の立場」も興味深い作品。日本との交渉への悪影響を懸念し追い返したというのが通説だが、こんなことも要因にあったのかな?菊池寛は通俗小説が有名だが短編も面白いと思う。
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【100年前の新型インフルエンザから生まれた物語】文豪だって未知の病原菌は怖い。マスク着用・うがいを徹底した菊池寛。当時の日本人は何を思い、何を考えたのか?ヒューマンドラマ。
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短編集で「スペイン風邪をめぐる小説集」を集めたもので
「100年前の日本人は、疫病とどう戦ったのか?」
というこんなご時世柄、文春文庫さんが文庫オリジナル版を編みなさったわけ。
「マスク」「神の如く弱し」「簡単な死去」「船医の立場」「身投げ救助業」「島原心中」「忠直卿行状記」「仇討禁止令」「私の日常道徳」
「マスク」
見かけは太っていて頑健そうに見えるが、実は弱いからだなんだ、と菊池寛らしい主人公は言う。何ですか、太っていたら成人病予備軍だよ、と突っ込みたくなるが100年前はね、栄養を取るのも大変だったでしょうからね、みんなガラガラにやせていたし、美味しいもの好きの主人公、ガッチリ美食していたのだね。案の定「インフルエンザにかかったら死にますよ」とお医者様に脅かされて、だから用心してマスクは手放せない。外出も避ける。死亡者数の増加に憂える。あら、今とおんなじだ。しかし、暑いような初夏にはとうとうマスクを外した。まだまだ感冒は流行していると新聞に書かれているのに、みんなしていないし・・・つける勇気が・・・でもでも、ある日、人だまりの野球場でマスクをしている人を一人みつけたよ!さあ、主人公はどう思ったか?
「スペイン風邪流行」ネタなのは「神の如く弱し」「簡単な死去」くらいで「船医の立場」「島原心中」は広義の意味で病気もの、「忠直卿行状記」「仇討禁止令」は有名時代ものだし「私の日常道徳」は作家の矜持がわかり、菊池寛は人間性を突く、おもしろい短編を書いた作家なのです。
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「マスク」
大正時代にスペイン風邪が大流行したとき
その予防法として、やはりマスク着用が推奨されたらしい
しかし第一波の疲れが出て
第二派の到来するころには、もはや誰もマスクをつけなかった
そんなおり、筆者は野球場でマスクをつけた選手に出会い
なぜか不快さを感じる
「神の如く弱し」
師匠の娘に振られたことを根に持ち
小説のなかでさんざんにこき下ろしたりしたものの
スペイン風邪にやられて寝込んでしまったとき
師匠の家から親切な言葉をかけられ
それでやっぱり泣いてしまう
そんな男の、天然ダブルスタンダードを前にしては
情けなさよりも、むしろ恐怖が先に来るのだった
久米正雄がモデルの話だろう
師匠は夏目漱石である
「簡単な死去」
風邪にやられて新聞社の同僚が死んだ
実家とは縁が切れており、友人のひとりもない彼は
死んでなお周りの人に嘲笑されてしまう
死んだ彼も皮肉家で、世間を嘲笑してばかりだったが
しかし裏表のない人ではあった
「船医の立場」
吉田松陰が黒船におしかけたさい
船内には、これを擁護して
アメリカに同行させようという声も強くあったのだけど
船医の意見で却下されたという話
その時、松陰はたまたま疥癬にかかっていたため
防疫の観点から、渡航は認められないとする理屈だった
結果、吉田松陰は船を降りたのち処刑され
船医は自分の判断を悔やむことになる
「身投げ救助業」
明治時代、琵琶湖から京都に水をひいて、川が造られた
それが一時期、自殺の名所になっていたらしい
平安神宮に近い橋の下で商いをしていた婆さんは
自殺者を救助するたびに警察からの謝礼金を受け取って
ひと財産を築き上げるほどだった
ところが、その財産を娘に全部持ち逃げされてしまい
自分が川に飛び込んでしまった
「島原心中」
ここでいう島原は、京都にある花街のこと
その島原にあるおんぼろ遊郭の二階で、心中事件が発生した
取り調べに出向いた検事は、生存した男を巧みに誘導して
自殺幇助の罪を白状させた
それで内心得意になっていた検事だが
死んだ女に病の痕跡があることを知り
やむを得ない自殺の幇助がなぜ罪になるのかと自問する
「忠直卿行状記」
越前守松平忠直は、大阪夏の陣で大手柄を立てた武将だった
しかし甘やかされて育ったため、やや癇の強い性格だった
あるとき行った槍の仕合で
相手が手加減したことを偶然にも知ってしまい
そこから、孤独を感じるようになって
狂気におちいった
菊池寛の代表作のひとつである
「仇討禁止令」
幕末時代、讃岐・高松藩は佐幕派であったが
先導役の家老が何者かに暗殺され、じきに尊皇派へと鞍替えした
維新の後、暗殺者は東京に出て出世し、判事になっていた
彼は、家老の娘と婚約していたのだったが
心に隠した暗殺の事実が重荷になって
娘から逃げるように上京したので��った
しかし数年たって
そろそろ彼女も別の家に嫁いだろうと思ってた矢先
当の彼女が、弟をともなって上京してくる
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表題作の「マスク」は短いし、ぜひ皆に読んで欲しい。
私にはすごく刺さった。
疫病を恐れる心、でも、そうでない人の怪訝そうな視線に圧を感じたり、彼の一連の心の動きが正直に綴られていて、もう、私=菊池寛?! という位、激しく頷いてしまった。
こういう事は親しい間柄でも考えが違っていたりしてあまり話し合うことはないけれど、時代は変わっても、同じ思いをして乗り越えてきた人々がいるんだという事実に、辛い気持ちが少しだけ和らぐような気がした。
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マスクなど短編集。マスクは100年前のスペイン風邪の流行時の話。菊池寛先生の怯えなんかが、コロナ下の今とほぼ同じなのが面白かった。他の短編、忠直卿行状記、仇討禁止令も面白かった。
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【概略】
見た目は頑強に見えるが、実際は人一倍体が弱かった菊池寛。うがいの徹底や、季節外れのマスクについても構わずに着用を心掛けた。100年前のスペイン風邪に対して当時の日本はどうだったかを描く短編「マスク」他8篇を収録。
2020年01月31日 読了
【書評】
人生初の菊池寛の作品。ジャケ買い的な感じで購入・読了。
「病気を怖れないで、伝染の危険を冒すなどと云うことは、それは野蛮人の勇気だよ。病気を怖れて伝染の危険を絶対に避けると云う方が、文明人としての勇気だよ。誰も、もうマスクを掛けて居ないときに、マスクを掛けて居るのは変なものだよ。が、それは臆病でなくして、文明人としての勇気だと思うよ。」という部分が肝なんだろうなぁ。
ただ自分にとって、響いたのはタイトルとして使われた「マスク」ではなく「身投げ救助業」だったなぁ。疎水工事で琵琶湖から引かれた京の水に身投げをする人間が増え、新たな仕事「身投げ救助業」が生まれた。その担い手の一人である老婆の話なのだけれど、とある出来事で自殺を救助する側から自殺する側(未遂)になってしまい、そこでの心境変化の描写が興味深かった。職業意識というか意気というか、救助業に対してモチベーション高くあり、それが自殺者に対する余計な感情まで抱いてしまう。けれど自分が救助される側になり、考えが変わる。今までに根っこのような存在意義だった部分への疑念の発生・葛藤という部分、動かされたねぇ。面白かった。
ジャケ買いをした立場は、プラスもマイナスも、その両方の効果を飲み込んで「買ってよかった」とするのが粋だと思う。笑ってネタにする感じかな。短編集とはいえ今回はタイトル(+ジャケット)負けかな(笑)というのが読了後の正直な感想(笑)「スペイン風邪をめぐる小説集」というサブタイトル・・・スペイン風邪をめぐってないもん(笑)時節的なタイミングで短編を集めて出したって感じかな。それでも「身投げ救助業」と出会えたのはよかったけれども。
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スペイン風邪の時代、文豪の書。
装丁がリアリティ、マスクは日本人にとってこの時代から、必需品である。
今は進化したマスクだけど、私の子供の頃のマスクは、著者の時代と変わらない仕様であったはず。それでも、マスクは効果的だったはず。
他に収録された7編もどれも読み応えあり。
そして、現在の作家である辻仁成の解説も秀悦。
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菊池寛の小説は中学だか高校の頃に新潮文庫の『藤十郎の恋・恩讐の彼方に』を1冊読んだきりで、まずまず面白いと感じたような記憶があるが、当時文庫ではこれしか手に入らず、特に図書館で全集を探してみるというまでの意欲を持たなかった。
ところが、最近書店の店頭で、菊池寛の文庫本が2,3冊出ているのを発見し、「なぜ今、菊池寛?」といぶかしんだ。
本書について言えば、「スペイン風邪をめぐる小説集」と副題が付されており、なるほどコロナ禍の現在にこそ売れるかもしれないという思いで出版されたようである。もっとも、この点に関してかなり疑問がある。実際に読んでみると、スペイン風邪(インフルエンザ)が「流行性感冒」として物語に出てくるのは最初の方の数編のみであり、後半のことごとくは、全然インフルエンザと関係ないのだ。これでは誇大広告、不適切な副題ではないか。しかも、インフルエンザの流行が特に主題的な大きな要素としてクローズアップされているのは、『マスク』という、巻頭のごくごく短い1編のみなのである。
そういうわけで、当時のインフルエンザに翻弄される人々を菊池寛がどれだけ描いたか、という興味を持って読み始めた読者はもの凄い失望を味わうことになるだろう。
が、まあ、そういう出版社の意向は無視して単純に菊池寛の未読の小説を読むということを楽しめた。
やはり当時の純文学、のちにいう「芥川賞系」とは異なる味わいがあって興味深かった。文体は現在の軽薄さの流行とは全く異なるものだが、やはり、文学的な深遠さは持たない。
集中『忠直卿行状記』は、このレビューの最初に挙げた新潮文庫にも入っていたもので、懐かしいし、これはやはり、なかなか優れた作品だと思った。
本書のレビューからは離れるが、作品中、殿様の配下の者たちがやたらと「切腹」することに私の思考は誘い出されて行った。日本的な「忠義」のための自死は、自己の人生そのものや内面生活を廃棄し、「タテマエ」「様式」に殉じるという自己-無化に快感を味わうという群衆の統合性へのカルト的宗教ではないかと思った。こうした信条や社会的「秩序」を「美しい」と三島由紀夫や右派の人々は言うのだろうが、自己からは隔絶した「他者」のため(利他)ではなく、自己を内包するはずの「集団的自我」に自己を犠牲にするという、結局は利己的な態勢は、そのままめちゃくちゃな世界大戦に突入した後の日本を彷彿とさせるし、「個人よりも公」などとやたら喧伝する最近の自民党や右派イデオローグにも通じていて、そのナショナリズムぶりがすこぶる気持ち悪い。その先にはファシズムしかないだろうと思うのだ。
そんなことを考えたのは、モッセの『大衆の国民化』と同時に読んでいたためだろう。
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久米正雄がモデルの『神の如く弱し』目的で読んでみた。
菊池から見た破船事件後の様子が分かるのと、久米が何とも可愛かったので満足。
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マスクはワクチン普及前のコロナ禍とかなり感染症対策が重なっていることに驚かされる(極力外出しない、常に手を洗う、でかけるときはマスクでがっちりガード)マスクをしないで外出する他人を見て憎悪を感じたというエピソードもあり。
一緒に収録された作品の中では、黒船に乗り込もうとした吉田松陰を皮膚病のゆえに乗船拒否したことをのちに悔やんだ船医の立場、張合やプライドを無くしてしまうと行動の生き甲斐がなくなるという身投げ救助業、検事の思い込みを強引に被疑者から誘導した経緯を詳細に説明したために高瀬舟よりも安楽死への追及に関する深みはなくなってしまった島原心中、部下のお追従にある日気づいてからは何も信じられなくなり乱行の限りを尽くようになり改易によって初めて心の平穏を取り戻した越前の暴君、松平直正の内心を巧みに描写した忠直卿行状記、許嫁の父である佐幕派の家老を闇討ちで暗殺したのちに明治維新をむかえ開明派の武士の苦悩を描いた仇討禁止令、こういうものが掲載されているが、やはり日本のオーヘンリー、非常に好みの作品が多かった。
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目次
・マスク
・神の如く弱し
・簡単な死去
・船医の立場
・身投げ救助業
・島原心中
・忠直卿行状記
・仇討禁止令
・私の日常道徳
コロナ禍だからこそ出版された、菊池寛の短編集。
とはいえ、スペイン風邪をめぐる小説集というのは言い過ぎ。
表題作は、心臓の具合がよろしくないと言われた死を身近に感じておびえていた頃、流行性感冒が流行り始めてからの著者の行動が、全く現在のコロナかと被って面白かった。
”自分は、極力外出しないようにした。妻も女中も、成るべく外出させないようにした。そして朝夕には過酸化水素水で、含漱(うがい)をした。止むを得ない用事で、外出する時には、ガーゼを沢山詰めたマスクを掛けた。そして、出る時と帰った時に、叮嚀に含漱をした。”
”病気を怖れないで、伝染の危険を冒すなどと云うことは、それは野蛮人の勇気だよ。病気を怖れて伝染の危険を絶対に避けると云う方が、ぶんめいじんとしてのゆうきだよ。”
また。「簡単な死去」では流行性感冒で亡くなった同僚のお通夜に出席する人を決めるためのくじ引きを行う。
何しろみんな嫌なのだ。
”若(も)し当り籤が自分に残ったら、何(ど)うしよう。どちらかと云えば、病気恐怖症(ヒポコンデリック)な雄吉は、今度の感冒も極端に怖れて居る。社内で、誰よりも先に、呼吸保護器(マスク)を買ったのも、雄吉だった。硼酸(ほうさん)で嗽(うが)いもして居る。キナの丸薬さえ予防の為に、時々飲んで居る。”
まあまあ、スペイン風邪関係は最初の三編のみで、あとは時代物の有名な短編作品。
「船医の立場」は、アメリカに行こうと黒船に乗り込んだ吉田松陰の処遇について、「知性も品位も感じられる日本の有能な若者を、ぜひアメリカに連れて行きたい」という船長以下の意見に対して、船医の立場で意見を言った。ワトソン。
船から降ろす=命がないであろうということはわかっていたのだが、言わざるを得なかった。
しかし後に、狭い籠に押し込められた松陰たちを見て、自分の判断は一体正しかったのであろうかと思う。
「仇討禁止令」は、過去の非道を隠し続けられるのか、それともすべて破綻してしまうのか。
誰が悲劇的な最後をむかえるのか、と予想しながら読んだけれど、そう来たか。
明治になっても、出世しても、己の中の武士は生きていたのか。
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百年前のスペイン風邪流行時の東京の雰囲気を知りたくて読んでみた。
ワクチンはないけど、人口密度と移動量を考えると、流行り具合は大差無いのかもしれない。
「マスク」における主人公の言動、発想は、驚く程現代とそっくりだ。
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表題が『マスク』だし、‘スペイン風邪をめぐる小説集’とあるので、その辺りの話ばかりかと思いきや、後半は特にそうではなく…その後半の作品たちが、とても面白かった。
人の心の動き、人と人との関係(今ならコミュニケーションという言葉で表すのだろうけれど、もっと複雑な)日本的なもの。心が痛くなる瞬間が何度もあったけれど、心の表裏の描き方に心を奪われた。
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主人公の心の動き。
自分がマスクをしている時としていない時の周りを見る目線がユーモアたっぷりに描かれている。笑っちゃいけにんだろうけど、つい。あ。