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紙の本
空もまた人をみている。
2011/08/26 08:14
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
先日読んだ白川道さんの『冬の童話』の主人公の名前が「そら」。21歳の薄倖の女性ですが、空のように明るくひろがりをもった魅力的な性格として描かれていました。
作者は当然意識して彼女に「そら」という名前を与えたのだと思います。
空には人を解放する力があります。あるいは、この地球をおおいつくすものとしての神のような存在感があります。人は空の下でその一生を生き、終えるしかありません。
空こそ人の一生をただじっと見つめているのです。
「百年文庫」の55巻目の書名は「空」。北原武夫の『聖家族』、ジョージ・ムーアの『懐郷』、藤枝静男の『悲しいだけ』の3篇が収められています。
北原武夫はかつて人気作家でした。今ではすっかり忘れられた作家の一人かもしれません。
時代は文学の世界でも流行を求めます。それにこたえようとして生きるのも作家の業。そして、その生涯が閉じられた時から忘却という厳しい現実が作家を襲います。
漱石や太宰のようにいつまでも愛され読まれ続ける作家の方が稀有だといえます。だから、せめてこのようなアンソロジー集で読むことで往時を偲ぶしかないかもしれません。
この『聖家族』は昭和22年、戦後まもなくに発表された作品です。「いくの」という女性の半生を描きながら、どこかしら日本の国のほろびを描いたような作品です。
無垢のまま生きた「いくの」がその家族とともに消えてしまうのが、ちょうど終戦の日、昭和20年8月15日。
きっとそれから2年の間で北原はうしなってしまったこの国の美しいものに気がついたのかもしれません。終戦とともに罪もふくめてそれらをすべて失ってしまったという、北原の絶望のようなものを感じて心に残ります。
絶望といえばそれに近い感情かもしれませんが、藤枝静男の『悲しいだけ』も深い物語です。
結婚生活のほとんどを闘病とたたかった妻、そしてそれを看病しつづける夫。しかし、妻ははかなく死を迎えます。残された夫は絶望感にありますが、「こんなものはただの現象に過ぎないという、それはそれで確信として」もってもいるのです。極めて冷静で、近代的な知性といえるでしょう。ごく短い小説ながら、深い余韻を残す名編です。
もう一篇のジョージ・ムーアの『懐郷』は生まれた土地に戻るもののその生活になじめず、ふたたび都会の喧騒へと帰っていく男を描いています。それでいて、最後の数行でムーアは「あらゆる人間のなかに、当人のほかには誰も知らない、不変の、無言の生命がひそんでいる」とし、主人公の故郷の情景を描きだします。
人を空をあおぎみる。同じようにして空もまた人をみている。ただその大きな視線に、私たちは気がつかないだけでしょう。