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- カテゴリ:一般
- 発行年月:2003.10
- 出版社: 以文社
- サイズ:22cm/283p
- 利用対象:一般
- ISBN:4-7531-0253-X
- 国内送料無料
紙の本
ホモ・サケル 主権権力と剝き出しの生
近代主権論の嚆矢カール・シュミットの「例外状態」の概念を、アーレントの「全体主義」とフーコーの「生政治」の成果をふまえて批判的に検討、近代的主権の位相をとらえた画期的な政...
ホモ・サケル 主権権力と剝き出しの生
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商品説明
近代主権論の嚆矢カール・シュミットの「例外状態」の概念を、アーレントの「全体主義」とフーコーの「生政治」の成果をふまえて批判的に検討、近代的主権の位相をとらえた画期的な政治哲学。現代政治の隠れた母型を明かす。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介
ジョルジョ・アガンベン
- 略歴
- 〈ジョルジョ・アガンベン〉1942年ローマ生まれ。現在ヴェローナ大学教授。著書に「中味のない人間」「人権の彼方に」「アウシュヴィッツの残りのもの」ほか。
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紙の本
「現代思想」の嫡流?
2006/04/14 20:02
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:わたなべ - この投稿者のレビュー一覧を見る
最近人気のイタリアの政治哲学者による1995年に刊行された主著の邦訳。カール・シュミットの「主権者とは、例外状態に関して決定するもののことである」という主権と例外状態をめぐる定義を、ハンナ・アーレントの全体主義研究とミシェル・フーコーの生政治概念を通じて検討し直した本、とひとまずは要約できる。タイトルになっている「ホモ・サケル(聖なる人間)」とは、ローマの古法に登場する概念で、殺害が処罰されず、犠牲が禁止されている人間のことで、アガンベンは、この「ホモ・サケル」の形象を例外状態における「むき出しになった生」として捉え、アリストテレス以来の生の二つの様式、単ある生物学的事実としての生、すなわち《ゾーエー》と、それぞれの個体や集団による「生き方」としての生、つまり《ビオス》の区分において、ゾーエーに対しビオスが優位に立つ「政治」の領域が拡大されていくに連れて、いたるところに「例外」が見出されていく、という見通しが語られ、殊にそのような「例外状態」の極端な表象として「収容所」が描き出される。この「例外状態」「ホモ・サケル」「収容所」のイメージによる三題噺は強烈である。全体の構成は三部に分かたれていて、第一部は主権と例外状態の関係についての原理的考察、第二部は「ホモ・サケル」という概念についての検討、第三部は近代における生政治が産み出した個別具体的な例証に関する分析、となっている。一応この本は三部作の第一部ということで、わりと大雑把だったり飛躍した部分もあるので、以後続刊が楽しみな本ではある。というかちょっとこれからアガンベンの本を続けて真面目に読んでみようと思いました。断章に別れた文学的な書き方もなかなか魅力的である。そう、著者はもともと美学が専門だったらしく、本の体裁も文章もきわめて文学的な香りがする。その意味では、なるほどフーコー・ドゥルーズ・デリダに代表される「現代思想」の直系の弟子という感じがする(年代的にはけっこうすれ違っているらしい)。フーコーの生政治の概念はあくまで近代のものという歴史的な概念だったが、アガンベンはそもそも古典古代から政治に関わることにおいて人間の生は例外状態に置かれるのだ、と言い、主権と生政治のつながりをもと原理的なものとして思考せよと迫る。その例証として「ホモ・サケル」という概念が検証されるのだが、そのときも人類学や精神分析学が前提とする「聖」に関する言説そのものが、近代によって規定されているのだと言う指摘が文献学的な言説分析を通じて為されていて、ここらへんの自明とされている前提をひっくり返す手際の見事さは素晴らしい。が、やはりその綺麗さが先に結論があってそれに分析をあてはめているのではないか、というような疑念ももたせ、なかなか一筋縄ではいかない面白さなのであった。
紙の本
内容紹介
2003/09/17 16:42
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:以文社 - この投稿者のレビュー一覧を見る
[訳] 高桑和巳
[解題]上村忠男「閾からの思考──ジョルジョ・アガンベンと政治哲学の現在」
アガンベンの仕事は、以文社既刊の『人権の彼方に』によって、9・11以後の世界政治が大きく変転しはじめたことと相俟って、静かな、しかし熱いまなざしで受容されつつあります。本書はアガンベンの主著『ホモ・サケル』の翻訳です。前著によって示された「例外状態と剥き出しの生」について、ホモ・サケル(聖なる人間=剥き出しの生)の形象を追跡しつつ、主権的決定の現場に迫る魅力的な議論を展開しているばかりではなく、カール・シュミットの「例外状態」の概念を、ハンナ・アーレントの全体主義とミシェル・フーコーの生政治に立って鍛え直した刮目すべき書です。「剥き出しの生」の形象は、もはやアウシュビッツのみならず、今日のわれわれの日常にすでに馴染みになっています。
著者:ジョルジョ・アガンベン
1942年ローマに生まれる。現在ヴェローナ大学教授。主としてヴァルター・ベンヤミンの思考に寄り添いながら哲学・美学・詩学などを横断的に問い直す仕事を展開してきたが、1990年代に入り、そうした仕事を出発点として、現代政治を直接的に問いの対象としはじめる。本書は《ホモ・サケル》と総題されたプロジェクト三部作の第一部をなす。第二部は未完であるが、第三部が『アウシュビッツの残りもの──アルシーヴと証人』(月曜社)と題して訳出されている。
《目次》
序
第一部 主権の論理
一 主権の逆接
二 ノモス・バシレウス
三 潜姿勢と法権利
四 法の形式
境界線
第二部 ホモ・サケル
一 ホモ・サケル
二 聖なるものの両義生
三 聖なる生
四 ウィタエ・ネキスクエ・ポテスタス
五 主権的身体と聖なる身体
六 締め出しと狼
境界線
第三部 近代的なものの生政治的範例としての収容所
一 生の政治化
二 人権と生政治
三 生きるに値しない生
四 「政治、すなわち人民の生に形を与えること」
五 VP
六 死を政治化する
七 近代的なもののノモスとしての収容所
境界線
翻訳者あとがき
人名索引