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「オクスフォード英語大辞典」はもちろん大変価値ある偉業であるが、男性たちが男性たちの用例を集めて作っていること、そこには何人かの女性たちも加わっていたのに(祝賀の食事会でも外の席にされたことに象徴されるように)存在に光を当てられていないことに気づき、そこから想像を広げていく作者の視点が素晴らしい。史実と想像を織り込んで。ここまで豊かで生き生きと物語を紡いだことが素晴らしい。
捨てられたことば、置き去りにされた小さなことばを集めるエズメ。女性の参政権の獲得や戦争という歴史の波と、エズメの日々の暮らしや恋愛などを重ねて生涯が描かれ、それは体温と重みを持つ。謝辞も辞書のテイで、作者の辞書や言葉に対する徹底した愛とリスペクトを感じる。
素晴らしかった。
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歴史の中に捨て去られそうな、
庶民のことば、女のことばを拾い集めるエズメ。
あとがきにもあったけれど、
辞書に載っている言葉の説明は実際にオックスフォード英語大辞典に載っていたものであるらしく、編纂に関するほとんどの部分が史実に基づいている。
そう思って読むと、関わった人たちのことばへの熱意、表には出てこない女性たちの活躍が胸に迫ってくる。
もう1つ、
この小説が完全なフィクションなら、
この小説で書こうとしていたことを考えると、
戦争が勃発することは完全に余分なストーリーだ。
でも、実際に戦争が起こり、参政権運動や辞書の編纂は中断させられ、たくさんの人が亡くなり、必要のない悲劇が加えられた。
歴史に忠実に書かれた物語だからこそ、
戦争ものではあまり語られない副次的な損失が浮き彫りになっていると感じた。
そして、正直に言うなら、
この本を読んで女性の権利と戦争について
どう考えればいいかわからなくなった。
エズメが女性参政権を求める運動に参加したり、
女性の権利について書かれた本でもあるけれど、
後半には男は過酷な戦場にかりだされ、町から消える。男というだけで。
戦時下、女性が性別だけで守られる存在であったことは、権利の主張とは相反する気がする…。
私はこういう社会的な事情はよくわからないけど、
韓国では男性に兵役があって、
それは韓国のひどい男尊女卑とつながっているように思う。
このことを考え出したせいで、
この本のフェミニズム的側面には触れられなくなってしまった…。
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「ことば」というものは
生きものなのだということを
歴史と共に感じました。
生み出される背景があり
使われる歴史があり
消えていく状況がある。
傷つけることも
支え力になることも
想いを伝えることも
ことばがそれを担い、関わり合って
共に生きることもあれば
時に見捨てられることもある。
エズメの拾い上げたことばたちは
小さなことばかもしれないけれど
確かにそこにあって、生きていたんだ、と。
そういったことばこそが
時代と密接にあり
リアルを表現した生のことばであったんだ、と。
過酷な歴史を絡めながら
地べたを這いつくばるように
それでも生きてきたという証が
光となって照らされているようでした。
あるひとりの女性の生涯が言葉の生命と共に在り
そのことが言葉を用いて
このように一冊の本になって形を成している。
想いをかたちに残すように
小さなことばたちに、確かに触れられるように
この本は生まれたんだと思うと
とても尊く、感慨深いです。
ことばの力の強さ、
創意溢れる感動的な大作です。
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ことばを丁寧に包めたような書き出し。ああ、いい物語が始まる、とすぐに感じた。
言葉を歴史とともに正確に記録し、後世に伝えていく。
辞典編纂は、壮大な人類の試みである。
この作品は、そうした人々の熱意と、時代や社会に隠されてきた女性の存在、戦争によって失われそして生まれ変わった言葉たち全てを偉大な主人公として、書物という土台の上に建っている。
どんな「小さな」言葉にも物語があり、それはそれを手に取る全ての人にとって異なり、時代によって移り変わる。しかし、その言葉を記録した人々がいつかのどこかの人間であるという事実は永遠に変わらない。私のもとにやってきてくれてありがとう。
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オックスフォード英語辞典制作における男性中心の史実から、著者の想像力が羽ばたき生まれた主人公。
子供のころから、テーブルの下で大人たちが辞書制作のために集めた言葉の紙片を、文字通り拾い集め、大人になり辞書制作に関わる中で、市井の言葉を書き留めていく。
出産に女性参政権、第一次世界大戦という波の中、大切に大切に言葉を守り、残していく真摯でひたむきな人の一生。
尊い。
1.価値が高い。大切だ。貴重だ。「―体験」
2.身分が高い。敬うべきだ。
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世の中ではあまり話題になっていないみたいですが「掘り出し物」でした.
何年か前に「博士と狂人」や「舟を編む」が話題になったのですが,これは前者と同じオックスフォード英語大辞典の編纂作業を背景にし,ただし,架空の名もなき女性がそこに陰ながら携わる姿を描いたものです.
背景には,女性参政権運動や第一次世界大戦があり,その中での主人公のほぼ一生を描いた大河小説です.
残念ながらオックスフォード英語大辞典にとって彼女はあくまでも”陰”で,彼女の名前がそこに残ることはありませんでしたが,エピローグでは彼女が言葉に対して捧げてきたことが見事に実を結んだ様子が描かれます.
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時代設定と仕事の特殊さもあって入り込むのに時間がかかった。空気感の描写がとても丁寧で気温とか周りの風景が鮮やかに頭に浮かんだ。実在の人物をモデルにしているというのも興味をそそられた。
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最後の「ボンドメイド」の意味と文例に長い年月を思って泣いた。ガレスがエズメをエッシーメイと呼びたかったこと、残されたリジーの深い哀しみすべて。死が淡々と描かれているけれど、エズメが少女の頃からの風景を一緒に眺めていたから深い。またいつかゆっくり読み返したい。
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全体にとても好き。こういうのが出てくるようになったんだなあ。子供の頃にアラバマ物語を読んだときを思い出した。1928の部分がすごくいいのだけれど、1989が少しばかり不満。この人がこのときのメガンの年になって書くものが読んでみたい。
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「オックスフォード英語大辞典」の編纂の歴史的事実をもとにしたフィクション。美しい物語という評価が一番しっくりくる作品だった。人生をやり直すことができるなら辞書編纂の仕事には憧れる。学生の頃にはそんなことは思ってもみなかったので選択肢にも入らなかったが。
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読了後、いい本を読んだという充実感に浸れる稀有な本。しかも、物語は起伏に富んでいて夢中で読みました。
「オックスフォード英語大辞典」(以下OED)の企画が提起されたのは1857年。そして、ようやく1918年に「V-Z」の最終第12巻が刊行されました。本書は実在のOED編集主幹・マレー博士の自宅敷地内に建てられた写字室を主な舞台に、辞書の編纂者の父を持つエズメの人生を描く大作です。
私事で恐縮ですが、辞典やことばが大好きで、専攻も外国語でした。したがい、物語の冒頭、若くして世を去った母の名前「リリー」について父と語るシーンでのエズメのひとこと「じゃあ、ママは〈辞典〉に入る?」は印象的でした。
このエズメの素朴な疑問がこの物語の根底にあります。そしてエズメは「リリー」ということばを一生残る傷痕と引き換えに守ります。冒頭からエズメのことばに対する愛情が鮮明に描かれた秀逸なシーンと思います。
幼いエズメは写字室に通い、机の下を遊び場にします。そして、ことばに魅せられるようになり、エズメは編纂者たちが落とした「見出しカード」をこっそりポケットに入れ、トランクに隠します。ある日見つけた「ボンドメイド(奴隷娘)」ということば。このことばは辞典に入れられず捨てられてしまったことばです。エズメは、マレー家のメイド・リジーを思い、このことばが忘れられなくなります。そして、辞典に入れてもらえないことばを集めトランクに〈迷子のことば辞典〉という名前を与えるというのが物語の発端です。
本書が舞台となる19世紀末の英国は男性社会。OEDもきわめて男性中心の事業でした。編纂チームが男性ばかりだった上、編集方針により収録語を文字に書かれたことばに限ったためです。出典となった文献の書き手は、九割方が男性。したがい、OEDは女性のためのことばや市井で一般的に使われていることばは対象外としたようです。一方この時代は女性参政権運動が始まった時代であり、本書は女性参政権運動も重要なエピソードとして取り上げています。
ただし、本書は単なるフェミニズム文学ではなく、政治的観点から参政権運動を見るのではなく、ことばという観点から見ているという点です。人間は成長によって使えることばが増え、その意味もだんだんと適切な意味に近づきます。それと同じように政治や社会も成熟してゆくにしたがい、ことばも変わってゆくのでしょう。本書は、そういったことを教えてくれたように感じました。政治を一部扱っていますが、政治的物語ではなく、あくまでも「ことばの物語」です。
本書にはマレー博士、歴史家のトンプソン他、実在の人物が多数登場します。そして、彼らは架空の主人公エズメの存在感にリアリティを与え、物語に奥行きを与えています。したがい、歴史小説としても面白い本です。さらに、エズメが生きた時代は第一次世界大戦の時代。エズメとリジーを初めとする人たちの友情、父との交流、恋愛のエピソードはもちろん、時代を背景とした描写も優れています。
しかし、やはり、この小説の別の主人公は「ことば」たちです。物語の終盤に登場した「ボンドメイド」の新しい意味づけには実際、目頭が熱くなりました。ついでに言うと原題���「迷子のことば辞典」。邦題を「小さなことばたちの辞書」と「迷子lost」に限定しなかった翻訳者の最所篤子さんのセンスには敬意を表します。また、翻訳も素晴らしいと思いました。
本書はTwitterの某書店員さんが「とにかくとにかく読んで」と強く推していた本。素晴らしい本をご紹介頂き、ありがとうございました。本書は528ページという分厚い本。長い時間、読書の楽しみや幸福感を満喫できる本です。お勧めです。
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オックスフォード英語大辞典の編纂を助けた記録から抜け落ちた女性たちに光を当て、言葉に魅せられた少女エズメの成長と女性や貧しい人々であるために編纂からこぼれ落ちた言葉たちの物語。女性参政権運動や第一次世界大戦なども編み込みながら、父親やボンドメイドとして結ばれたリジーとの愛が全編を彩り類稀なタペストリーに仕上がっていて、読み応えもあり美しい。
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読み応えがあるのにやさしく読める不思議な本。内容は重いけど心に刻まれたものは決して暗くない。言葉を選ぶのは好きだけど、そんなふうに言葉を考えたことなかったなぁ。すごくいい作品。
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いや、すっごいこの本は考えさせられた!
何か分からない言葉があったら調べる。
今はネットとかでサクッと調べるけど、より深く調べたり学校に通ってた時は辞書を使いなさいとよく言われた。
だから辞書の中には全ての言葉の意味が載っていると当たり前のように思っていたけど、そうでは無い事もある。
特に男尊女卑が激しかった昔に作られたオックスフォード辞典にはほぼ女性が使う言葉は無く仕事もほぼ男性の手によるもの。
女性も沢山編集に加わっていたものの、時代的に女性は手伝っていたとはみなされなかった。
さらに階級格差で比較的上流階級の人の言葉だけが採用されている。
辞書と言う物はそういう世の中の格差や差別等からは一線を画した権威ある書物と言う認識があっただけに色々と驚きだった。
差別的な言葉やちょっと下品な言葉達も、使い手や文脈によってはその限りでは無いと言うのもたしかになとも思う。
今作られてる辞書は昔以上にそういう事に配慮したりして色々考えて作られているだろうけど、
辞書に載らない言葉を集めてその意味の背景やその人達の生活を理解しようと最後まで務めた主人公には賞賛の拍手を贈りたい。
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読み終えるのが勿体なく、久しぶりのしみじみと作品の世界に浸りきっての時間を過ごした。
言語の定義と社会的にもつ定義との隔たり、時は19世紀から20世紀初めにかけて。
時代の趨勢に突き上げられるかのようにうねりを高めていく女性参政権運動。
ヒップ・ウィリアムズは見事なまでの人物類型を適切に配置し、実在の人物のモデルになったであろう人物を巧に織り合わせ、アカデミックな作品に仕上げている。
「OED誕生秘話」は勿論「博士と狂人の間」も恥ずかしながら知らない世界。
架空の女性エズメの成長して行く姿を通じて、背後にリジ―の存在が重く感じさせられる。
リジ―やほかの人物に語る言葉を「日本語の方言的な翻訳」にしているところがさりげなく情景を膨らませてくれている。
性差に拠っても身分によっても言葉があたかも生き物のように姿を中身を変えていくダイナミックなうねり。
OEDが男たちの努力の結晶であり陽の当たる事物ならポンドメイド~迷子のことば辞典はいわば陰の事物・・しかし、それが持つ社会的意義の大きさ⇒社会的な「権威」に押しつぶされた弱者のこ・と・ばを考え続けた7日間だった