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インテリジェンス・オフィサーとしての杉原千畝は同盟国ドイツからも危険視されていた!
2011/12/02 15:18
9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:サトケン - この投稿者のレビュー一覧を見る
国際連盟を脱退し情報収集の機会を大幅に狭められた日本にとって、優秀なインテリジェンス・オフィサーの活動に期待するところはきわめて大きかった。これが杉原千畝を活躍させた背景である。
「命のビザ」によるユダヤ人救出は、対ソ連戦略の意味合いが濃い。これが本書を読んだ最大の収穫だ。この物語の伏線にポーランド亡命政府諜報機関との密接な連携がある。日本とポーランドはソ連(=ロシア)を挟んだ隣国だが、日露戦争以来インテリジェンスの分野で密接な関係を築いてきた。
ロシア語以外にもフランス語その他をよくした語学の達人であった杉原千畝は、ソ連からだけでなく同盟国ドイツからも危険視されていたほど超優秀なインテリジェンス・オフィサーであった。この事実も、一般人の杉原千畝像を書き換えるだけのものがあるだろう。
いわゆる「命のビザ」を発給したリトアニアのカウナス総領事時代のユダヤ人少年との切手を介した友情のエピソードは、まさにインテリジェンス・オフィサーの面目躍如といったところだ。小さなピースから大きな絵を再現するための情報収集でもあるのだ。
いままでインテリジェンス・オフィサーとしての側面があまり語られてこなかったのは、たとえ身近な家族であってもすべてを語るわけにはいかないという守秘義務が理由であった。これは、医者や弁護士など守秘義務を守る職業には共通することだが、職業倫理は生活習慣が化しているのである。その意味では、膨大な外交文書からあらたな事実を掘り起こしてくれた著者の仕事には感謝したい。
全体的にやや物足りない感がなくはないが、読み物としては面白いものがあった。ただ、あまりにもインテリジェンス活動を狭く捉えているのではないかという気がしないわけではない。これは著者があくまでも研究者であって、外交官や軍人、国際ジャーナリストといった実務家出身ではないためだろう。その点は割り引いて読む必要がある。またできれば、インテリジェンス活動にとって不可欠な地図をもっとふんだんに挿入して、理解の助けとしてもらいたかったところだ。インテリジェンスと地図は切っても切れない関係にあるからだ。
「命のビザ」も、善意の行為としてだけで見るのはあまりにも一面的だ。何事であれ、世の中の出来事は複眼的に見なければ本質を見落としてしまう。それでもなお、杉原千畝の行為はすばらしいものであったというべきだろう。動機やキッカケはさておき、結果として多くのユダヤ人の命を救うことになったのだから、ユダヤ人にとってだけでなく、長い目で見れば日本の国益のために働いたと顕彰すべきであろう。
プロフェッショナルの仕事とはどういうものか知る意味でも、ぜひ一読をお奨めしたい。
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杉原千畝は真実をあの世に持っていったのか。
2012/01/08 08:47
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:浦辺 登 - この投稿者のレビュー一覧を見る
今では杉原千畝という名前を「スギハラチウネ」とスンナリと読めるほどになったが、それ以前、多くの日本人は知らなかった。「6000人の命のビザ」を発給した人道的な外交官として国内外に名前が知られるようになったが、バルト三国の一つリトアニアでユダヤ人に対して通過ビザを書いていた時代は注目されても、外務省に入省してからの経緯は知られていない。
もともと、杉原は外交官として外務省に入ったのだろうが、インテリジェント・オフィサーとしての才能はどこで磨かれたのか。そのカギは杉原が学んだハルビン学院にあるのではと考える。このハルビン学院は日露戦争後の大正2年、後藤新平の発案で日露協会学校として発足している。上海にあった東亜同文書院と性格が似ているのではと思う。さらに、大正9年末に杉原は1年志願兵として陸軍に入隊しているが、これは特務機関員としての教育を受けていたのではと推察する。この年の10月、ハバロフスク特務機関長として樋口季一郎が着任しているが、極東ソ連、満洲域内での陸軍特務機関長を歴任した人物である。
昭和12年、樋口季一郎はハルビン特務機関長になるが、翌年、ここでソ満国境でのオトポール事件というユダヤ人救出事件が起きた。杉原がカウナスでユダヤ人に通過ビザを発給する2年も前のことになる。このオトポール事件では南満洲鉄道総裁であった松岡洋右が樋口の要請で無償の救援列車を仕立てているが、このころ、杉原はソ連の日本大使館に転勤予定であった。しかしながら、杉原がハルビンで白系ロシア人と接触していたことを指摘されてソ連から着任を拒否されている。
外務省入省後、不透明な杉原の経歴ながら、杉原がすでに樋口特務機関長の指令を受けてソ満国境のユダヤ人救出の情報収集にあたっていたのではと思える。さすれば、リトアニアで杉原が独断でユダヤ人に通過ビザを発給したという事実には伏線があったことになる。杉原の行動に松岡が激怒したとは伝わっているが、制裁を加えたとは聞かない。対ナチス・ドイツに対しての松岡のポーズだったのだろうか。
本書は杉原にスポットを当てているので背景は詳しくないが、陸軍の統制派、皇道派の対立、陸軍省と外務省との対立の中でどれほど杉原を含む外務官僚たちが苦悩していたかが理解できるのではないだろうか。
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杉原千畝
2016/06/26 12:17
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:451 - この投稿者のレビュー一覧を見る
いままでの杉原千畝のストーリーとは異なる新たな視点を見ることが出来ました。以後に出た文庫版は若干の追加があるようです。
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ナチスから逃れるユダヤ難民を助けた日本人外交官・杉原千畝については、幸子夫人のご著書をはじめとして、すでに数多くの作品で語りつくされています。しかし、本書は人間・杉原千畝を新しい視点からみたとても興味深い一冊です。人道的な偉業はもちろんですが、千畝の情報収集能力や開かれた視野など、その外交官としての優れた能力にも注目しています。大学生にもぜひ読んでみてほしい一冊です。
(↓朝日新聞書評より)
■情報収集と分析に優れた才能
1990年代のある時期、第2次大戦中にユダヤ人を救ったことで知られる、外交官の杉原千畝にまつわる本が、続々と刊行された。その数の多さに、いささか辟易(へきえき)した覚えがある。すべてを読んだわけではないが、必要以上に杉原の業績を持ち上げたり、逆に過小評価したりする傾向があり、それが不満だった。情緒的な取り上げ方が多く、本来必要な学術的なアプローチが、おろそかになっていた。
その点、本書の著者はきわめて客観的な分析を行っており、等身大の杉原像を描き出すことに成功した。ユダヤ人へのビザ発給問題もさることながら、杉原が携わった諜報活動に論点を絞り、その業績を具体的に明らかにしたのは、従来欠けていた部分を補う意味で評価できる仕事である。
ここでいう諜報は、地道な情報収集・分析活動を意味している。それこそ、海外駐在の外交官の主たる仕事といってよい。杉原はその方面で優れた才能を発揮し、やがて〈諜報の杉原〉として、省内に知られる存在になる。たとえば、満州国外交部に在籍した34年前後に、北満鉄道譲渡に関して諜報活動を展開し、交渉相手のソ連をうろたえさせたという。
おそらくそのために、のちにソ連勤務を発令された杉原を、ソ連側は〈好ましからざる人物〉として、受け入れを拒否する異例の措置に出た。そのおり、杉原から事情聴取した外務省の記録「杉原通訳官ノ白系露人接触事情」が、外交史料館に残っている。著者は杉原研究の過程で、70年近く眠っていたこの史料を発見し、本書を書くきっかけをつかんだという。杉原幸子夫人をはじめ、関係者への取材も精力的に行い、わずかに残された外交電信にも、目配りをきかせている。
純粋の学術書ではないが、従来のやや偏った杉原像を正したところに、本書の価値があるだろう。
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1939年、ドイツのポーランド侵攻を機に、欧州大戦が勃発した。リトアニアには多くのポーランド系ユダヤ人が逃れており、反ユダヤ思想の強いソ連において非常に危険な事態におかれていた。その状況下において、日本を通過してアメリカなどに逃げれることを希望した避難民に、数千通もの通過ヴィザを発給した人物、それが杉原千畝である。後に「命のヴィザ」と称されたその功績は、国際的にも高く評価され、イスラエルから日本人として唯一の勲章が贈られたという。本書はそんなヒューマニストとして名高い杉原千畝を、諜報家としての側面から分析した一冊である。
◆本書の目次
プロローグ:杉原の耳は長かった
第一章 :インテリジェンス:オフィサー誕生す
第二章 :満州国外交部と北満州鉄道譲渡交渉
第三章 :ソ連入国拒否という謎
第四章 :バルト海のほとりへ
第五章 :リトアニア諜報網
第六章 :「命のビザ」の謎に迫る
第七章 :凄腕外交官の真骨頂
エピローグ:インテリジェンス・オフィサーの無念
「諜報」とはインテリジェンスの和訳であり、「地道に情報網を構築し、その網にかかった情報を精査して、未来を予測していく。そしてさらに一歩踏み込んで予想される未来において最善な道を模索する」ということである。「謀略」と誤解されることが多いが、「謀略」は未来を都合の良い方向へ強引にねじ曲げるものであり、「諜報」とはむしろ正反対にある。
杉原を一躍有名にした「命のヴィザ」については、今を持って謎が多いという。外務省と杉原との電報のやり取りに不可解な点があまりにも多いのだ。数の不一致、一度ヴィザが発給された人物への謎の照会、返信までの間隔の開き。そして、その謎は、当時ドイツとの同盟関係にあった日本の外務本省を欺くための「アリバイ工作」であったことが本書によって導かれる。彼のインテリジェンス活動の本領は、自国の官僚組織に対して発揮されたのである。
それにしても、そこまでの危険を負いながらも、杉原をビザ発給へと決断させたものは何だったのだろうか。重要なヒントが「決断 外交官の回想」という手記に記されている。
曰く、全世界に隠然たる勢力を有するユダヤ民族から、永遠の恨みを買ってまで、旅行書類の不備とか公安上の支障云々を口実に、ビーザを拒否してもかまわないとでもいうのか?それが果たして国益に叶うことだというのか?
この文面が示すのは、杉原がユダヤ人というものの未来を的確に予測し、最善な道を模索したということに他ならない。省益より国益を考え、個人でリスクを取って決断した杉原千畝、その恩恵は百年近く立った今でも、我々が預かっているものである。百年先の国益を考えた決断ができるか、個人でリスクを取った判断ができるか、今こそ、彼のインテリジェンスに学ぶところは大きい。
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ヒューマニストとしてではなく諜報のプロとしての杉原氏の仕事を「命のビザ」を中核にして分析する、という内容。学校で習う世界史だとあまりたくさん出てこないポーランドやバルト三国の当時の情勢や日本との関係が出てきたのが新鮮でした。諜報についてはもともと(当たり前だけど)詳しいわけではないので、私の理解が足りているかが悩ましい。
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「諜報の天才」という煽りはどうかと思うが、インテリジェンス・オフィサーとしての杉原千畝に焦点を当てた著作。
彼の不遇はビザ発給の件で閑職に追われたことではなく(むしろ前線勤務)、関係国に睨まれながらも得た情報を本国が活かしてくれなかったことなんだろうな。
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現在の外務省の役割が戦前とはかなり異なるからか、あまり多くの感慨はない。日本の官僚には本来「顔」がないため、杉原氏のような功績がある人物であっても、その行動原理から探求しようとすると無理があるのかな、などと感じた。
私には一文が長く、読みにくさが払拭できなかった。
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本書で詳述されている杉原千畝像は、「日本のシンドラー」と言われた「命のヴィザ」の発給にかかわるものではありません。本書のタイトルにもあるように「諜報の専門家」(インテリジェンス・オフィサー)としての杉原氏の足跡・功績を、大量の外交文書/電報等をもとに解明し詳細に紹介したものです。少々内容は冗長ですが、面白い着眼だと思います。
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ユダヤ人を救ったという視点ではなく、インテリジェントとしての役割を果たした杉原千畝氏について書かれている。
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インテリジェンスの視点から従来の杉原像が激変。外交史料から徹底追跡する。
杉原千畝は戦前の外交官である。迫害されたユダヤ人のために、本省の命に背きビザを発給し、一説には六千人とも言われる命を救った。
杉原がソ連のスペシャリストとして、情報収集にあたったことは以前より知られていたが、本書では外交史料から、その活動を追跡している。
事の性質上あまり表立った史料は少ないと思われるが著者は膨大なピースを組み立てるように、新しい杉原像を完成させたのが面白い。プロフェッショナルの仕事が、十分に生かされなかったのは不幸な事であり、それは現代でもままあることだったりする。
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日本のシンドラーと呼ばれる杉原千畝さんの別の顔がどんなものか
興味があって、図書館で予約しました。
時間はかかりますが、読み応えがあります。
内容は、読んでみて頂きたいのでかきませんが
昔の日本には、本当の意味で強い人がいたのだと感じました。
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杉原千畝と言えば、第2次世界大戦時、外務省の命令に反し約6000名のユダヤ人にビザを発行して彼らの命を救ったヒューマニストとしてご存じの方も多いかと思います。
本書は、その杉原千畝氏をインテリジェント・オフィサー(諜報要員)として評価した本です。
本書の内容に簡単に触れると、
杉原氏が息子を医者にしたかった父の意向に逆らい、勘当同然の身で現在の早稲田大学教育学部に進学した学生時代に始まり、ハルビンでのソ連相手の諜報・外交活動、ヨーロッパ赴任、退官後の去就など、杉原氏の経歴とその当時の世界情勢についての解説が載っています。
特に外交官としてのキャリアを歩み始めたハルビンにおいて、対ソ連諜報網を構築し、ソ連側と厳しい駆け引きを行った事や
ソ連に対して重大な関心を抱いていた当時の外務省により、杉原氏が対ソ諜報戦の最前線である北欧諸国に派遣された事。
そして彼がポーランドとの密接な関係を通して様々な情報を入手していた点などが興味深かったです。
また、当時の国際情勢の解説では、ソ連の思惑に気づくことなく、その表面的な態度に振り回され、最終的に併合されてしまったバルト三国の事などが解説されており、それらを読んでいくと
「ソ連の真意を読み間違えていなければ・・・」と思わずにはいられ無かったのが正直な所です。
他に、
「記録では2139枚しかビザを発行していないはずなのに、杉原氏が約6000名の人命を救ったと言われているのはなぜか」
と言う疑問に迫っており、その過程において、杉原氏が外務省を欺く形でビザの発行を続けていた事実が浮き彫りにされています。
相手の真意を見抜く諜報活動の大切さと(少なくとも戦前の日本では)外交官自身がその一翼を担っていたと言う解説が印象的な本書。
本書に書かれている当時のソ連とさほど違いがあるように見えない現在ロシアの事を考えると、
本書は、ただ単に杉原氏の業績を振り返る本と言うだけでなく、
ロシアに対処するには彼らに対する諜報活動が必要不可欠
と言う現実を指摘している本にも見えます。
色々と考えさせてくれる本ですので、一読をおすすめします。
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■個人的にインテリジェンスが好きで、本屋で並んでいるのを見てすぐに買ってしまった。
■杉原千畝は、「命のビザ」で有名だが、諜報面でも活躍したことは知らなかった。
■「諜報の天才」と題名にあるが、この本からはどのような天才ぶりかはわからない。インテリジェンス能力があると彼の周りから思われていたということはわかったが。
■ロシア語、フランス語、ドイツ語に堪能だったと言われ、語学の達人だったのだろう。
■杉原がなぜ多くのユダヤ人を救ったのか。それが将来の国益をにらんだものとわかり、感銘を受けた。
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「諜報の天才杉原千畝」白石仁章。。。。ウサギのように機敏で、決して暴力的でなく、長い耳、すなわち広い範囲に情報網をめぐらすことこそがインテリジェンスの基本だ。。。地道で、気の遠くなるほどの忍耐力を、必要とする。
「運命」、「偶然」、この二つの言葉を避けて通ることは誰もできない。。。彼の人生は不思議な「運命」、「偶然」に満ちていた。そもそも彼は積極的に外交官になることを希望していたわけではないのだ。(セレンディピティーも、実は避けては通れないものだった@ Sun.)