紙の本
アイルランドの村に潜む秘密が暴かれる!
2023/06/25 14:24
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:こばとん - この投稿者のレビュー一覧を見る
思うところあって退職したシカゴ市警刑事のカルは、ネットで調べ、風景が美しくて気に入ったアイルランドの片田舎の村に移住する。長い間住む人もなかった緑の中の廃屋を購入し、ひとつひとつDIYで快適に作り替えていこうとしている。隣人のマートや食料品店の女主人ノリーンなどは、なにくれとカルの世話を焼きたがり、カルは田舎特有の人間関係の鬱陶しさに直面し、なかば当惑もする。
そんな中、林の中から山の上に住むトレイという子どもが現れる。トレイは、カルのDIYを手伝ってもくれるが、行方不明になっている兄の行方を捜してほしいと頼んでくる。カルはトレイの頼みを断ろうとしたのだが、気にかかるものもあり、逡巡しながらも次第に行動に移していく。
マートから誘われて訪れた酒場では地元の人たちがはしゃいでいたり、ノリーンからは夫と死に別れた妹のレナを引き合わされたりと、多少は動きもあるのだが、カルとトレイとの関係以外には概ね何事も起こらず、自然の中で静かに物語は進行する。
それが破られるのは、14章に入った400ページからだ(文庫本で、全674ページ)。静かな田舎の平穏な人間関係の中に、何が潜んでいるのか?実は、それまでの400ページの中には様々な形で巧妙に伏線が張り巡らされていたのだ。
本作は、英米各紙の年間ベスト・ミステリに選出されているとのことだ。
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いやー、びっくりした。
30ページまでに『○丸』という単語が出てくる。
睾○が!
2回も!
『人目を気にせず睾丸の位置を整えることができない気がするのだ。男が自宅のキッチンでできてしかるべきことを。』(14頁)
といっても、やらしいことが理由ではない。
上記のように、極めて男らしい――おっさんらしい理由だ。
書いたのはどんなおっさんだろうと、巻末の著者近影を見てみたら・・・・・・
女性だった。きれいな女性である。あらまあ。
主人公カル(カルヴァン)・ジョン・フーパーは、もとシカゴ警察の刑事だ。
退職して、一人アイルランドの田舎に移ってきた。
ボロ家を修理しながら住んでいる。
野菜気がまったくない食事をし、好きなカントリーを聞き、睾丸の位置を整え、隣人にからかわれ、クッキーをねだられ――
絵に描いたような男の一人暮らしである。
そこに地元の子どもがやってきた。
やっかいな頼みごとと共に。
ミステリーやサスペンスに重点をおいて読むのは大はずれである。
なにせ長い! 700ページ近くある!
話が動き出すまでも長い。
主人公はアイルランドである。
そう思って読むのが、きっと正解だ。
『カルはこの地の雨が好きだ。攻撃性はいっさいなく、窓を通して届く一定のリズムとにおいがこの家のみすぼらしさをやわらげ、居心地のいい家庭という雰囲気をもたらしてくれるからだ。』(56頁)
『芝地に寝転んで満天の星を見上げると、まるで空一面にたんぽぽ畑が広がっているようだった。』(326頁)
折々描かれる風景の描写が素晴らしい。
カルが惹かれ、魅せられたのも当然だ。
そして現れる人もいちいち魅力的だ。
『あの子なら、いつだったか店へ行ったときに助けてくれたよ。その食器洗剤じゃだめ、手はかさかさになるけどお皿はぴかぴかにならないわ、と言って、梯子を上がったらお勧めの食器洗剤を取ってくれたんだ。・・・・・・』(370頁)
『外国で離婚やら同性愛者やらが多い理由の半分はスパイスだと、母はよく言ってた。スパイスが血液に入り込み、脳みそを腐らせるってな』(266頁)
カルと同じに、我々も、アイルランドの田舎村に魅了されようではないか!
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特に大きな事件が起こるわけではないが、主人公カルの周囲でいろんな出来事がおこりアイルランドの風景描写のなかで次第に集約されていく、ゆっくりとした流れが自然でパブでの村人の酒宴はあたかもその場にいるような臨場感がある。674ページの大長編だが2日間で読み切ってしまった。カルの周囲で飛び跳ねるトレイがかわいい。
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読み応えあり。丁寧な描写がじりじりと続くと読み進めるのに時間もかかるが、それが人物や情景に厚みとリアリティを持たせる。そしてアイルランドを描くのに、このペースはぴったりだ。田舎町の閉じた人間関係は、どの国も一緒だなーと今更ながら思う。
ワンコがいい味を出していて、これも”ワンコ小説”と言えそう。
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登場人物が丁寧に描かれ、アイルランドの村の自然と共に静謐な筆致で物語が語られていく。穏やかな中にも謎と伏線は張られ解き明かされていく、その過程にも無理がなく、好感。
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アメリカ人の元警察官のカルがアイルランドに移り住みそこで出会ったトレイという子供。兄を探してほしいと依頼され少しずつ調べ始める。カルとトレイの交流がまず良くてそれだけで読む価値がある。その交流の中に徐々に漂い始める不穏な空気。トレイの兄はどこにいるのか、どうなったのか。派手な展開があるわけじゃなく直接的に犯罪が描かれているわけではないのに犯罪の匂いや不安が物語にずっと流れている。著者の作品をずっと待っていた甲斐がある出来で本当に面白い。
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映画「ウィンターズ・ボーン」を想起する小説だった。紹介文にある犯罪小説というより、心理描写に拘ったハードボイルドと言った方がしっくりくるかも。地味な事件をじっくりと丹念に描く派手さの欠片もない作風(褒め言葉)は実直で、アイルランドの自然が醸し出す静謐な情景も魅力的だが、如何せん起伏に乏しく、筋書きのシンプルさに反して物語が冗長過ぎる印象は否めない。然しながら、その過程あってこそ、静かな余韻の残る結末に仕上がっている気がする。村社会に蔓延る閉塞感や非情な現実への諦念など、人生の悲哀を真摯に描いた良質の作品。
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田舎社会の人間関係が時に犯罪に関わることもある。その空気に馴染めない異邦人である元警官。家庭も崩壊している中、新しい人間関係を作るとともに自分の生き方を見直す。ラストは一気呵成という感じだが主人公の精神状況描写が繊細で当初は重たい感じ。映画にしたら面白いかもしれない。
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SL 2023.12.9-2023.12.12
離婚し、シカゴ警察を退職してアイルランドに移住したカル。地元の子どもに失踪した兄の捜索を頼まれ捜査を始める。
ミステリとしては弱いし、やや冗長ではあるけど、美しい自然やカルと子どもの細やかな交流を丁寧に描き出している。
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全編にアイルランドの気候と景色が織り込まれていて、時間が緩やかに流れて行く。小さな村にシカゴから移住して来た元警官が主人公で、失踪した地元の若者を探すと言うのがメインテーマ。スピード感や場面の切り替わりが好きな人には読みづらいかもだが、文章が読み易くて気にならなかったし気が付いたら674ページを読み終えていた。
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『本の雑誌』で絶賛されてたのと、物語の舞台がアイルランドだと言うのが気になって取り寄せ読んでみたところ、なるほどなるほど。シカゴで長年警察官だったのを辞め当地に移住してきた主人公をはじめ、登場人物のキャラクター設定(動物含む)がすごく効いてる。文庫本としてはギョッとする厚みだけれど読み始めたらページを捲る手が止まらず一気読み。
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自然と人物が丁寧に描かれ、ゆっくりと時間が過ぎて行く。事件そのものは単純で、それ以外のあっと驚く結末を期待したが、定位置に着地した感じ。
が、主人公と依頼者が徐々に信頼し合い絆が生まれていく様は、読んでいて気持ちがよかった。
女の子にする必要があったのかということと、デスク修理の描写がやけに細かくこだわっている割には私には映像が浮かばなかったことが、ちょっと難点。
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シカゴ市警を辞め、アイルランドに古い家を買ったカル。少年が家の周囲をうろうろする。兄が行方不明になったので、探して欲しいと言う。19歳なのだから自分の意志で出ていったのだろうと思うが調べてみると・・・
ミステリー薄め+情景描写多めタイプはやや苦手にしていたのだけれと、本作は良かった。
ロバート・B・パーカーの「初秋」を彷彿とさせると解説に書いてあったけど、確かに(だいぶ前に読んだので記憶は薄いけど)
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本編のミステリーよりも、アイルランドの田舎?での主人公の暮らしというか、日々の生活の描写が好きだったな。家の改修作業とか。
自然の描写っていうのとはまた少し違うんだけど、なんかこう、生活…の細部みたいな。
あとは会話のやりとりが海外文学って感じで好きだった。でもちょっと長いかな。
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タナ・フレンチを初読。アメリカ生まれのアイルランド在住の女流作家。ダブリン警察殺人課のシリーズ作品が主流なのだそうだが、未訳も多く、ぼくは読んでいない。本作は捜査小説というよりも、ヒューマンな色合いと、文明論、人生の深みといった本質部分を突いた完全独立作品である。
シカゴ警察を退職し、家族と別れ、人生を取り戻すためにアイルランドの片田舎に独り移住したカル。古い建物を修復しつつ、生活を再建させようとしていた彼は、頭を剃り上げた子どもトレイと出会い、その行方不明となった兄の捜索を出来る範囲でとの条件で引き受ける。
大都会シカゴから、大自然の真っただ中にある閑散とした小村への移住。広漠たる農地。泥炭地や森に囲まれた原野。ページを開くと、大河のようにゆったりとした時間が流れる。空気の静謐。哲学的孤独。そしてミヤマガラスたちの賑やかな営み等々が、読者の眼に飛び込んでくる。何という生活。
シカゴからやってきた刑事がすべてを捨てて、やってきた土地。古びた農家や古い家具を修繕する日々。近隣の孤独な農夫との僅かなつきあい。夜の星。近づく冬。
670ページの長大な作品である。行方不明の若者捜査は、公的なものではなく、警察の力は借りられない。村の者たちのつきあいもスタートしたばかりで心もとない。普通小説のような日々の狭間で作る真実探しの時間。家や家具の修繕。狩り、釣り、食事。
村に下りてゆくと食料品店や酒場がある。食料品店の母娘らとのふれあい。酒場では、村の者たちが酔いつぶれている。女性がマイクをとって「クレイジー」を歌う。かつてリンダ・ロンシュタットが歌っていた同じオールディーズ・ナンバーだろうとはぼくが想像。場のカオスな雰囲気にフィットする曲である。
主人公カルの車は、赤い三菱パジェロ。10年前までぼくが長年乗っていたマニュアル車と同じ奴であるかもしれない。パリ・ダカで篠塚が何度か優勝を決めていた時代の名車だが古い。今も残る幻のようなステアリングの手触り。
カルの捜索のお礼としてトレイが家具の補修やペンキ塗りを手伝う。その中でのやりとりは、きっと誰にも思い出させる。ロバート・B・パーカーの『初秋』だ。もしかしたらこの作品で一番美しく、一番心ときめくシーンはこの部分かもしれない。無口な子どもが次第に心を開いてゆく素敵なシーン。ミステリー部分よりも、このシーンこそが本書を最も気高くしているものなのかもしれない。
また主人公は、村と言う名の生き物の総体であるのかもしれない。村を構成する広大な農地、羊の放牧地。そして泥炭地を抱き込んだ未開の山脈。その中に呑み込まれた人々の生活とは、人生とは、季節とはなんであるのか? 消えた若者はどこに飲み込まれたのだろうか?
驚くほどの文学性と気品を示しつつ。タナ・フレンチのペンはぼくらの想像力を刺激してくる。終盤に至って思いがけぬ真実がいくつも、しかも徐々に明らかになってゆく。静かなる辺境であるからこそのドラマが見えてくる。そして人間たちの喜怒哀楽を飲み込む大自然という協奏曲が聴こえてくる。
美しい���ステリー作品。『ザリガニの鳴くところ』が胸に突き刺さった読者に是非お勧めしたいネイチャー派の傑作である。