紙の本
殻を破る。
2016/03/11 22:10
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:般若泡とネクトル - この投稿者のレビュー一覧を見る
某新聞社の投資戦略結果、最近、朝TVで見かけるあの人が、本を出した?
FTアメリカ版編集長のあの人がケンブリッジの人類学出身?東京勤務時代は、週末に上越新幹線に乗ってスキーを楽しんでいた?内容は、組織活動における専門性の殻:サイロに関するもの?面白そうじゃないですか。という事で、手に取ってみました。
サイロに閉じこもる事で起きる弊害(ソニーやスイスのUBS等)、サイロを打ち破ったいろんな立場の人たちや組織(シカゴ市警やフェイスブック等)が、どの様にそれを行ったかの実例が、人類学のバックグラウンドを持つ人の著作らしく、偏りのない目で、非常に読みやすく、次々読み進みたくなる様に記されています。
ジョン コッターの”デュアル システム(実行する組織)”やルー ガースナーの”マトリックス組織(巨象も踊る)”に違和感を感じた方でも(ルーに違和感を感じた人は少数派でしょうが)、ジリアンが本書であげてくれた実例で、もやもやが解消されるかも。
サイロブレイカーとなった人たちの動機や行動を知るに連れ、胸に込み上げてくるものもありました。
ガースナーやコッターの著書から得られるのと等価のエネルギーが、また、それを超えた種々のレベルで講じられたサイロを破るための具体的な事例が本書から得られると思います。
自分も含め、今の時代、組織で働く人間は、トップマネージメントから実務者まで、本書の主張を噛み締めて行動すべきと感じさせてくれます。
投稿元:
レビューを見る
2016年29冊目。
グローバル化によってあらゆるものが「統合」に向かっていると思われがちだが、ある面では実は「細分化」に向かっている。
特に規模が大きくなった組織では、役割分担の中で高度に専門化した小集団が生まれ、集団間の情報の流れは乏しくなる。
そんな細分化した小集団・部門を著者は「サイロ(農産物や飼料の格納庫)」と呼び、サイロ化した組織が経営困難に陥る状況を「サイロ・エフェクト」と呼ぶ。
例えばソニーが1999年に発表した三つの製品には、同じ会社から出したものであるにも関わらず互換性がなかった。
これは、それぞれの製品を開発した集団がサイロ化し、横の情報共有ができていなかったことが原因だったそう。
この問題を憂慮してCEOになったストリンガー氏の「うちには三五のソニー製品があるが、充電器も三五個ある」と語っているのが全てを表している。
本書では、前半でこのようなサイロ・エフェクトによって困難に陥った事例が紹介され、後半では逆にサイロを打ち破ることで状況を好転させた事例が続く。
著者はフィナンシャル・タイムズ紙アメリカ版の編集長でありながら、元々はタジキスタンの小さな村に張り付く文化人類学者だった。
単にジャーナリストとしての視点からだけではなく、この文化人類学の視点からも問題を見ている点が面白い。
サイロは必ずしも悪いわけではなく、部門の専門化はある程度必要である。
しかし、そのサイロ間をつなぐ施策がなければ、高度専門化の罠に陥って凋落が待っているという警鐘を与えてくれる本だった。
投稿元:
レビューを見る
サイロ・エフェクト ジリアン・テット著 断絶する組織のリスク検証
2016/3/13付日本経済新聞 朝刊
「サイロ」とは穀物や飼料を保管する貯蔵庫、ミサイルなどを格納する地下保管庫。もしくは他から隔絶して活動するシステムや組織、ときに心理状態を指すこともある。
高度な専門分野を扱うには細分化された組織や仕組みが要る。世の中が複雑になればなるほど「体系化」は避けて通れない。現代社会は多数のサイロが縦横に重なり合った複雑構造でできている。
そうしたサイロ社会に負の側面があることはだれにでも想像がつく。その闇の奥深くにジャーナリストの問題意識と行動力で踏み入り、課題の本質に人類学者の経験と手法で挑んだのが本書である。ファクトと検証で事実を語り、既知の事実に新たな発見を加える。ちなみに著者はかつてフィナンシャル・タイムズの東京支局長も務めていた。
最先端にいたはずのソニーがなぜ時代遅れの会社になったのか。保守的な銀行だったUBSはなぜサブプライム危機で破綻寸前まで追い込まれたのか。経済学者はなぜ金融危機を察知できないのか。
サイロ化された組織で人々の視野は狭まる。それぞれが断絶し、意思疎通を欠き、ビジネスのチャンスもリスクも見逃す。なるほど、とうなずくポイントがあるだろう。日本にはとりわけたくさんのサイロがあることに気づく。土方奈美訳。(文芸春秋・1660円)
投稿元:
レビューを見る
サイロ。いわゆる日本語でいうところの「縦割り」。「縦割り社会」とか「縦割り組織」とか、弊害のイメージしか聞かないが、本書ではあえてサイロを必要なものと定義した上で、どうやったら弊害リスクをコントロールできるか、について言及している。事例で紹介されたサイロ組織に共通するのは、みな自分たちがサイロの中にいることに気づいていないということ。だからこそ著者は「インサイダー兼アウトサイダー」の視点が必要と結論づける。でも分かっててもこれが難しい。
投稿元:
レビューを見る
未来を見ながら点と点を結びつけることはできない。つながりは過去を振り返ったとき初めてわかるものだ。だから点と点がいつかどこかで結びつくと、信じるしかない スティーブ・ジョブズ
ダンパー数 進化生物学者、人類学者 ロビン・ダンバー
機能的な社会集団の規模は、人間、サルあるいは霊長類の脳の大きさと密接な関わりがあることをつきとめた
サル、類人猿 脳が小さいと20-30
人間にとって最適な社会集団の規模は150人
真の発見の旅とは、新しい景色を探すことではない。新しい目でみることなのだ マルセル・プルースト
サイロシンドロームに陥らないために
部門の境界を柔軟で流動的に
報酬制度やインセンティブについて熟慮 グループ同士が敵対しないように
全員がより多くのデータを共有できるようにする
分類法を定期的に見直す
ハイテクを活用 PCは消去できない心理的バイアスをもたない
投稿元:
レビューを見る
一人一人の姿勢としては、サイロ化の問題を意識して、俯瞰的に世界に対するとしても、専門性にしか対価が支払われないのだから、専門化と汎化を同時に獲得するよりほかない。
失敗事例には息がつまる思いがする。
facebookは褒めすぎのようにも感じるが、新しい組織がサイロ化を回避し、その柔軟性を保つことの重要性を最初から意識しておくことは重要だ。
投稿元:
レビューを見る
人類学という視点で組織内の部署間や集団間の壁を意味するサイロの意味と弊害や壁を超えた具体例などが非常に興味深く書かれている。大学組織内の職員研修などのテキストなどで用いたいと感じた。
投稿元:
レビューを見る
「サイロ」とは、穀物飼料を収蔵する縦長の建造物だが、ここではその形状から縦割りの組織形態を表現したものである。日本風に言うと、たこつぼ型組織と言った方がわかりやすいかもしれない。本書は、組織のサイロ化について具体的な事例を挙げて解説したものである。
著者は、フィナンシャルタイムズの記者である。しかし、金融の世界に入る前には文化人類学の研究者であった。本書の特徴のひとつが、この手の本には珍しくピエール・ブルデューという人類学者の話から始まるところだ。「なぜ、私たちは何も見えていないことに気がつかないのか?」が最初の章題だが、この問いこそが本書の答えようとする問いであり、そのために経済学でもなく経営学でもなく、ブルデューが切り開いた文化人類学の考え方が重要になるということが書かれている。個人的には、ここでブルデューが紹介されて、その後でも折に触れて言及されていることが、この本の価値を高めていると感じている。そうでなければ、凡百の組織批判本とあまり変わらない印象を受けていたかもしれない。ブルデューは学生の頃に『ディスタンクシオン』なる本が生協の本屋に並んでいたのを覚えている。何度も買おうかと思ったが、二分冊で高くて気おくれしているうちに結局買うことがなかった。スラヴォイ・ジジェクなどとともに自分の中で読んでおきたかった著者のひとりだ。
本書では、組織のサイロ化から生じた悲惨な事例として競争力を失っていったSONYと2008年の金融危機において想定外の大規模損失を被ったUBSが取り上げられる。SONYについて語られた章を読むのは本当に悲しい。SONYこそ日本的経営の弊害から自由でグローバルで先端技術とアイデアとで世界を牽引する企業であると自分が学生のときには信じていたからだ。
著者は、サイロ自体が絶対悪ではなく、専門的組織の必要性についても理解を示している。一方、「サイロは心理的な視野を狭め、周りが見えなくなるような状況を引き起こし、人を愚かな行動に走らせる」として、情報のボトルネックやイノベーションの阻害要因として挙げている。当然のことながら、すべてがサイロで説明がつくわけではないだろう。UBSの事例も、単純なリスク管理の失敗であり、SONYも商品戦略上の多角化の失敗だと言っても説明がつくのかもしれない。経営戦略にしても、多くの先輩役員がいる中で出井さんが経営マネジメント手法として取った戦略がカンパニー制であったが、時機が合わずに失敗したということなのかもしれない。もちろん、インセンティブにある種のゆがみがあったことも事実としてあるだろう。しかし、他のやり方、他のリーダーであればSONYは今もかつての「SONY」のままであったのだろうか。そんなことはないだろう。サイロは専門化、大企業家には必然の事象であり、必要ですらあると思う。そんなに単純な理由に帰すべきではないという気持ちがある一方、理解と改善のためには単純化と象徴的なワーディングは重要でもある。
「なぜ現代の組織で働く人々はときとして、愚かとしか言いようのない集団行動をとるのか」という問いが立てられるが、その中にいるときはその行動が愚かだと意識をしているわけでもない。起��ていることについて何も判断をしないどころか、何も見ていないと言ってもいい状態であったのかもしれない。それは、最近の東芝の例でも、三菱自動車の例でもそうだったのだろうと想像できる。仏の社会哲学者の重鎮ピエール・ブルデュー によって「社会的沈黙は何かを隠蔽しようとする意識的企てによって生じるのではない。むしろある種のトピックは、退屈、タブー、自明、あるいは非礼であるため、無視するのが当然とみなされる」という命題は、企業内組織体にも該当する。平常時において「沈黙は現状と権力構造を維持するのにきわめて重要だ」というのは真実でもあろう。
サイロは、物理的な建物や組織を意味するだけでなく、主には心理状態を指す。サイロがあるとすれば、われわれの心の中にあるといった方が正しいだろう。サイロ形成において重要なのもののひとつは、インセンティブの持ち方なのだと思う。UBSを始めとして金融危機で損害を被った金融機関はやはりインセンティブの形成にゆがみがあったということは確実だろう。
本書では、成功例として、Facebook、シカゴ警察での殺人予報マッププロジェクト、他金融機関の組織間のゆがみを狙うブルーマウンテンというヘッジファンドも紹介される。それらの成功例と失敗例から得られた教訓として、部門の境界を流動的にすること、報酬やインセンティブについて熟慮すること、情報の流れをスムーズにすること、組織が使う分類法を定期的に見直すこと、サイロを打破するためにハイテクを活用すること、が挙げられる。それはそうだろうが、それが必要であることが見えていないことが問題であることも先に指摘されている。そこに人類学的なインサイダーでありかつアウトサイダーでもある視点が必要なのだ、ということなのかもしれないね。
投稿元:
レビューを見る
複雑化する社会に対応するために、組織は効率性を確保するために専門特化、細分化される一方でその「サイロ」化により、組織間の連携がなくなる弊害。それをインサイダー兼アウトサイダーの目で見ることの大事さを説いている。専門特化した組織を横連携で統合していく事例も取り上げられていたが、専門特化と統合は常にどちらが正解かということではなく、世の中の流れに応じて、絶えずシーソーのように大きく振れていくものではないか。
投稿元:
レビューを見る
結論はまぁそりゃそうですね・・・でしたが、事例を通じてどうやってこういった課題にアプローチするのかということを考えるのには非常にいい気づきになる本だと思います。
投稿元:
レビューを見る
様々な組織でのストーリーとして読み応えがある内容。いわゆる「タコツボ」=「サイロ」 の罠が深刻な危機をもたらしている事例と、それを抜け出した組織が劇的な効果を上げた実例紹介。
投稿元:
レビューを見る
アウトサイダーの持ち込む「異なる世界の切り分け方」がフロダクティビティを高めるという、胸のすくような事例が満載の本書。個人的には合成の誤謬に着目して利益を上げたブルーマウンテン・キャピタルのエピソードが面白く読め、「自明を疑う」ことの重要性を再認識できた。ただし本書のフェイスブック礼賛はやや過剰かと。彼らは確かにイノベーティブだが、たかだか単一のビジネスモデルを10年強持続しているだけに過ぎない。セクショナリズムの遠因となる「事業多角化」を未だ必要としていないだけとも言える。彼らが最初の行き詰まりを経験した時、初めて真に彼らが「ソニーでないか」が見えてくることだろう。逆に言えば、多角化を「余儀なくされている」ような大規模な組織に属する人こそ本書を読むべき人達なのだと思う。
投稿元:
レビューを見る
「縦割り」の弊害によって組織が自滅する。縦割り問題東西を問わず、問題となる。組織の健全さを保つには何が必要かを問われる一冊。
投稿元:
レビューを見る
◯インサイダー兼アウトサイダーとなることで、分類システムをより大きな文脈の中で見られるようになる。(322p)
◯われわれの世界は効率化を追求しすぎるとかえってうまく機能しなくなる。(325p)
投稿元:
レビューを見る
巨大組織(役所や企業など)が陥る「縦割り化」「タコツボ化」な現象をサイロ化と呼び、サイトができるメカニズムを文化人類学の観点から明らかにしている。また、サイロ化を防いでいる大企業の例としてFacebook社のことを詳細に取り上げている。Facebookは社員の平均年齢が若く、取り扱う商品(サービス)が実質的に1つというシンプルさゆえにサイロができにくいのであって、本書に書かれている「新入社員研修」「ハッカソン」「部署間の人材交流」をやればいいというものでもないかと。「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」と言ってしまっては身も蓋もないのだが、Facebookの例は一種の奇跡だと思った。