電子書籍
風の果て(上)
著者 藤沢周平
首席家老・桑山又左衛門の元に、ある日、恥知る気あらば決闘に応じよ、と書かれた果たし状が届く。差出人は数十年来の友・野瀬市之丞。妻をめとらず、婿にもいかず、ついに髪に霜を置...
風の果て(上)
風の果て 新装版 上 (文春文庫)
商品説明
首席家老・桑山又左衛門の元に、ある日、恥知る気あらば決闘に応じよ、と書かれた果たし状が届く。差出人は数十年来の友・野瀬市之丞。妻をめとらず、婿にもいかず、ついに髪に霜を置くに至った野瀬家の“厄介叔父”だ。少年時代、片貝道場で剣の腕前を競い合い、比丘尼町の飲み屋で杯を酌み交わした。あの頃は、たがいに婿入り先すら心許ない実家の冷や飯喰いだった。しかし歳月は流れ、いまや二人の運命は大きく違ってしまった。武家小説の一大傑作!
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紙の本
得たものと失ったもの
2007/09/02 09:43
10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:カワイルカ - この投稿者のレビュー一覧を見る
NHKの木曜時代劇で10月から放送予定ということで読んでみたが、予想以上に面白くてドラマが楽しみになった。藤沢周平作品は30作以上読んでいるが、まだまだ知らない傑作があるようだ。
主人公の又左衛門が昔の道場仲間(市乃丞)から果たし状を受け取るところから物語がはじまる。だが、その理由が私憤なのかあるいは陰謀なのかよくわからない。又左衛門は果たし合いの前に市乃丞に会って話をしようとするが、いくら捜しても彼を見つけることができない。昔なら誰かが間に入って止めてくれたはずだが、今はそういう人はいない。又左衛門はいつからこうなったんだろうと考える。又左衛門たち五人の道場仲間は身分の差を意識しないで付き合っていたが、名門の家に生まれた杉山鹿之助が家を継ぐことが決まったときからそれまでのような付き合いはなくなっていた。郡奉行の家に養子に入った又左衛門は、頭角をあらわし筆頭家老にまで上り詰めたが、そのために失ったものも多い。権力を争った鹿之助とは仲違いし、今は市乃丞から果たし状を突きつけられているのだ。
政争に勝ち筆頭家老上り詰めた男が、自分の過去を振り返りながらかつての道場仲間がばらばらになった原因を探ろうとする話である。それは果たし合いの理由を探ることでもあり最後まで緊張感がとぎれない。
五人の道場仲間の描き分けもうまい。又左衛門は人並みの野心は持っているが、権力欲や物欲はない。出世街道を登詰めたとはいっても普通の人なので感情移入しやすい。鹿之助は親切のように見えて人を利用するのがうまく権謀術数にも長けている。生まれながらの政治家なのだ。市乃丞は婿にも勤めにも向かないひねくれ者である。剣技を見込まれて仲間の一蔵の討手に選ばれてしまう。庄六は五人のなかで一番貧しいが、よい妻に恵まれてかくべつ悩みもなさそうである。五人のなかで一番幸せなのは、庄六なのかもしれない。
又左衛門は最後にこう考える。
― ―風が走るように……。
一目散にここまで走ってきたが、何が残ったか。
又左衛門は出世と引き替えに友を失い、妻とも心を通わせることができないでいる。不幸ではないが、さりとて幸福とも言えない。この作品を読んで身につまされる人も多いだろう。藤沢周平の他の作品がそうであるように、これは現代にも通用する話である。
紙の本
五人の親友たちが走った風の果てが切なく胸に迫ってくる
2009/11/25 19:20
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:toku - この投稿者のレビュー一覧を見る
<あらすじ>
首席家老・桑山又左衛門のもとに果たし状が届いた。差出人は青春を分かち合った親友の野瀬市之丞。
奸物と罵る内容に舌打ちをしながらも、話せば分かるはずと、市之丞を探す又左衛門は、冷や飯食いで上村隼太と言ったころの、市之丞、杉山鹿之助、三矢庄六、寺田一蔵らと過ごした青春時代を思い起こしていた。
同じ道を歩いていた五人は、やがてそれぞれの道を歩き始める。
一蔵と庄六は婿に入り、鹿之助はかつて政権を握っていた父の跡を継いだ。
隼太は、杉山の父と組んで藩政を牛耳っていたが今は失脚している楢岡図書から太蔵が原開墾の話を聞き、水を引く方法を見つければ財政に困窮する藩の救世主になるという夢を持つ。
隼太は太蔵が原を見に行ったとき、郡奉行の桑山孫助と出逢って道ができた。
隼太が桑山家に婿入りして少しずつ昇進していく一方、市之丞は相変わらず冷や飯食いの厄介叔父のままであったが、陰扶持を得ているようであった……
過去の出来事に思いを巡らせ、市之丞が果たし合いを申し込んできた理由がおぼろげながら分かってきたとき、又左衛門は市之丞との果たし合いへ向かう決意をした。
<感想>
青春物語とも政権争奪物語ともミステリーともとれる作品。
本作品には、濃密な内容とともに、読む者を惹き付ける仕掛けが組み込まれている。
物語は、又左衛門が果たし状を受け取った『現在』と冷や飯食いで上村隼太と言ったころの『過去』という二つの時系列をもって進められる。
これだけだとよくありそうな構成なのだが、物語の展開に仕掛けがある。
『現在』の又左衛門は首席家老であり、『過去』の又左衛門(隼太)は下士の冷や飯食いであるため、又左衛門がどうして首席家老になったのかという疑問、市之丞が果たし状を送りつけてきた疑問が読者に提示され、『過去』の話が進むにつれて『過去』が『現在』に近づきつつ、疑問が明らかになっていくという展開となっている。
そして『過去』が『現在』になったとき、物語は最終章『天空の声』に入り、又左衛門と市之丞の果たし合いとなる。
本作品を読んでいくと、すべては最終章『天空の声』へ向け凝縮されていくようで、否が応でも物語の世界に引き込まれる。
そして、親友・市之丞との切ない果たし合いのあと、わずか二十石の親友・庄六の元へ向かう又左衛門の気持ち、そして庄六と交わした言葉は、友と語りあったころの隼太の姿が家老又左衛門の姿に重ね合わせられ、胸が熱くなった。
そして『風が走るように一目散に走ってきた』又左衛門に、これまでやってきた事への感慨や空しさ、哀惜が沸き起こると、これまで読んできた幾多の出来事が思い出されて、どこか心に穴が開いたような気持ちにさせられた。
しかし、そんな気持ちはすぐに引き締められる。
ラスト一行の『桑山又左衛門は咳払いをした。威厳に満ちた家老の顔になっていた』という、過去を過去とした又左衛門の姿が、物語全体を引き締めるとともに、過去を思う読者の空しい気持ちを現在に向けさせるのである。
全体的に感じた感想は上記のようなもので、それ以外にも本作品はさまざまな読み応えのある要素が含まれている。
・親友だった五人の道の果て
・果たし合いを挑んできた市之丞の心情
・隼太と太蔵が原の因縁
・忠兵衛(鹿之助)の謀略
・忠兵衛(鹿之助)と又左衛門(隼太)の政権争い
など、最終章に向かい凝縮されながらうねりに富んだ物語は、一度読み始めると目を放すことができない。