紙の本
手に取った瞬間から余韻までファンタジーの世界を愉しみました
2002/10/26 14:55
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投稿者:ゆうたのーと - この投稿者のレビュー一覧を見る
このひとは誰?
表紙の女性に強烈に惹かれました。頬杖をついて物憂げな表情、アンニュイな雰囲気が漂います。
このひとの名はリリコさん。「私」がひっこしてきたマンションのとなりの部屋に住んでいます。
共通しているのは「何かを待っている」こと。
リリコさんは恋人をもう何年も何年もずっと待っています。「私」が待っているのは、島本陶太くんからの手紙。
リリコさんの部屋にときどき遊びに来るのも「何かを待っている」人たち。
「何かを待っている」人たちのこころは「今」にはないのかもしれません。
「未来」あるいは「過去」にベクトルが向いているのです。
リリコさんの部屋には気持ちが充満し、時間がとまっています。
もうどこへももどれなくなった「私」とみんなはリリコさんの部屋で一緒に暮らします。
宇野亜喜良さんのイラストがすごい。
筆のタッチと細く青い縁取り。重厚さとさわやかさ、しんとした不気味さと動きのあるコミカルさ。相反するものが同居している不思議な感覚。
江國香織さんのお話とぴったり息の合ったハーモニーが聴こえてきます。
最後の場面が印象的。「やっぱり」と思うと同時に、なんともいえない気持ちが残されます。
まるで夜のメリーゴーラウンドを見ていて、曲が終わってぱっと電気が消えた、その直後のような感じがしました。
「これは!」と感じて手に取った本です。その瞬間のドキドキ感といったら。それを味わいたくて、つい本屋に足が向いてしまうのかもしれません。オンライン書店も毎日覘かずにはいられないのも同じ理由です。
わたしにとっては江國香織さんも宇野亜喜良さんも初めて出会う作家。なおさら期待度は高まります。
表紙をめくるとブルーのつるりとした紙。本文のちょっと厚めのページもいい感触です。
「手触り」というのも、本を愉しむうえでは重要なポイントになりますね。
手に取った瞬間から余韻まで、不思議なファンタジーの世界を存分に愉しみました。
紙の本
美しい絵と文章
2016/03/15 13:46
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投稿者:すずねこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
少女が新しい家で経験する不思議な出来事のお話です。江國香織さん、宇野亜喜良さんが好きなので購入しましたが、絵と文章が違和感なく溶け合って美しいけどちょっと寂しい世界を作っています。装丁もきれい。
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宇野亜喜良:絵
大人のための絵本、といったところだろうか。
同じ場所に存在しているにもかかわらず、待っているもののない大人には見えない世界。
私が待っているのは一通の手紙。
島本淘汰くんからの手紙。 本文より
待っているものが届かないかぎり、もうどこへももどれないのだ。
届かないものを待つ時間は、自分がとても遠いところにいるような気がするのだという。
とてもよくわかる感じだ。
待ちつづけたものが届いたとき、今まで見えていたものたちは・・・。
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江國さんの文章は
アルミの糸のように軽くて強い。
絵とならぶと
地球外金属の輝きと重さがある。
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どこにも行けない。どこにも戻れない。
“待つ”って、確かにそういうことかもしれない。“待つ”という滞った時間の中で生きている人たちのファンタジー。
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シュールな絵本だった。不思議な空間、不思議な時間。ちょっと怖くて、少し惹かれる世界。
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そこはかとなく哀しい作品。
待ち続ける事や時間の重なりに、哀しみを見つける事が
人には時々ある。
浮遊した、存在と非存在の間の曖昧さを描き出している。
舞台美術もやっていらっしゃる宇野さんの絵が面白い。
江國さんの独特の言葉世界の隙間を、
絶妙に儚い絵が埋めそして縫ってゆく。
良質なアコースティックジャズのような絵本。
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待っている間の居場所
そこはまるで、ゼリーや夜空に浮かぶ飛行船
江國さんの落ち着きと、宇野さんのなまめかしさの融合が素晴らしかったです
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持っているのはA4サイズの最初に出版された物。
小学校の頃に祖母からもらった大事な絵本。
みんな多分、何かを待ってるんだろうね。
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(2011.01.19読了)(2011.01.19購入)
江國香織さんの小説は好きですが、絵本にまで手を広げて読むつもりはありません。今回はたまたま古書店で、安く売っていたので、つい買ってしまいました。
1992年6月に出版されたものの増補改訂版とのことです。
宇野亜喜良さんの絵は、話にマッチしていて楽しめます。(大人が喜ぶ絵が、子供にも喜びを与えるとは限りませんけど)
主人公の女の子は、最近新しいマンションに引っ越した。お母さんによると、左右のとなり、向かいのお宅に挨拶に行ったけど、部屋の鍵は開いたまま、さっきまで誰かいたようなのに誰もいないというのです。それに一週間もたつのに誰とも顔を合わせないというのです。
でも、女の子は、隣の部屋に住むリリコさんとお友達になって、毎日遊びに行っています。女の子には見えるけど、お母さんには見えないのです。
リリコさんの部屋は、リリコさんが頭の中で想像したもので満たされています。頭で想像したものが、現実になってしまうのです。
リリコさんの部屋には、このマンションの住民が時々訪ねてきます。何かを待っている人たちです。
家族のところに帰れる日を待っている単身赴任のおじさん、赤ちゃんが生まれる日を待っている若い奥さん、世間に認められる日を待っているお兄さん、死ぬ日を待っているおばあさん、等です。
リリコさんは、出て行った恋人を待っています。女の子は、島本君からの手紙を待っています。
待っているものが来ると、リリコさんは見えなくなってしまいます。
女の子にも島本君から手紙が届き、リリコさんの部屋に行っても、何も見えなくなってしまいました。
島本君からの手紙が届いたのは良かったのか?
☆江國香織さんの本(既読)
「すきまのおともだちたち」江國香織著・こみねゆら絵、白泉社、2005.06.08
「ぬるい眠り」江國香織著、新潮文庫、2007.03.01
「がらくた」江國香織著、新潮社、2007.05.20
「夕闇の川のざくろ」江國香織著・守屋恵子画、ポプラ文庫、2008.04.05
「左岸」江國香織著、集英社、2008.10.20
「雪だるまの雪子ちゃん」江國香織著・山本容子画、偕成社、2009.09.00
「真昼なのに昏い部屋」江國香織著、講談社、2010.03.24
「抱擁、あるいはライスには塩を」江國香織著、集英社、2010.11.10
(2011年1月22日・記)
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絵本。
絵のタッチや色づかいがとても好き。
不安と諦めがひとつになって、静かにお母さんの帰りを待っていた保育園の頃を思い出しました。
もうこの気持ちをリアルに感じることはないと思う。
この絵本を読むときにだけかすかに思い出す、幼い頃の自分の気持ちを、大人になっても大切にしてあげたいと思いました。
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この部屋の中だけ時間がとまってるのよ。
だからおいてきぼりにされちゃうの。
待つというのはそういうことなのよ
おいてきぼりにされたっていいじゃん。
私は、あかるい箱のなかで、夢がかなう日を待ち続けるのだ。
でも、箱から出た方がいいのかなあ。。。と迷ったりして。。。
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"待つこと"の意味を考えさせられる深い深い絵本です。
最後の一行は江國さんが書くその深い部分に少しでも触れられた気がして、良い意味でゾッとしました。
必ずくることやものを待つのと、
叶うかもわからない夢や願いを待つのとでは
時間の重さもその空間にいる間の切なさも全く違っている。
しかし、いずれにせよ待っていたものが訪れたとき
今まで見えていた世界は見えなくなる。
それが良いことなのか悪いことなのか、
何かを得る代わりに失うものが必ず出てくるんだと思い知らされるような深い絵本。
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待つ。変わる。今まで見えていたものが見えなくなる。
そこに込められた意味などはわからなかったが、
「さみしい」という声がぽかりぽかり生まれては漂泊するのが見えるようだった。
絵はさすがアキラックス!
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江國香織の小説は、何かに捉われた人たちを描いていることが多いけれど、作者の風貌からなのか文体からなのか、どことなくおしゃれな感じをまとっている。
でも、絵本になると、捉われた人たちの哀しみや悦びが全面に出てきて少し怖い。
私が引っ越してきたマンションは、少し変。
どこの部屋に行っても、人が住んでいる気配はあるのに、全く姿が見えない。
お母さんはそう言う。
私には見えるのになあ。
隣に住む、出て行ってしまった彼が帰ってくるのを待っているリリコさん。
家族のところへ帰れる日を待っている単身赴任中のおじさん。
赤ちゃんが生まれるのを待っている若い奥さん。
世間に認められるのを待っているお兄さん。
死ぬのを待っているおばあさん。
私が待っているのは、前の小学校で一緒だった島本君からの手紙。
待つのは楽しい。
待つのはさびしい。
待つのは退屈。
待つのは空しい。
待っているうちは、この箱から出ることができない。
待つことは捉われること。
宇野亜喜良の絵がいい。