水妖記 ウンディーネ 改訳 (岩波文庫)
モット・フリードリヒ・フーケー (著), 柴田 治三郎 (訳)
- 全体の評価
(2件のユーザーレビュー)
- あなたの評価
この商品を評価して本棚に反映
評価しました! ×
- 税込価格:504円(14pt)
- 発行年月:1978.5
- 発送可能日:購入できません
- 本 文庫
- 今なら本も電子書籍も全て【ポイント3倍】!!
- hontoポイントスタート記念!文庫もコミックも電子書籍もCDもDVDも全てhontoポイントが3倍!
ユーザーレビュー- 「水妖記 ウンディーネ 改訳」
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2007/09/16 14:27
美は嫉妬の中に、奔放は透明の底に
投稿者:SlowBird(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
人の寄せつけない魔の森の奥深く、湖のほとりで漁を営む老夫婦、その養女として育てられた不思議な少女ウンディーネ。道に迷って一夜の宿を請う騎士。それは人魚姫のような物語。ウンディーネは水の精たちの力を得て、幸せと、そして魂を得る。
魂を得ることにより、愛は愛と感じ、しかしまた悲しみも喪失の予感も手にしてしまう。無垢の水の精から人間になったおかげで、暗い情念を知ってしまった。そしてウンディーネは幸せだと言う。この作品を夢物語でなく、血と涙の通ったものに感じ、その哀しみに共感するのは、ウンディーネがある時から人間になったように、誰もが少しずつ人間になっていく存在だからなのだろう。
登場人物も、騎士、その愛人、養父母など、短い描写の中にもそれぞれに深みを持っていて、おとぎ話風の素朴さは無い。実直なだけでなく、酸いも甘いも知り抜いて、狡猾ささえ合わせ持ったような人々であるのにさえ、悲劇は訪れる。いやおそらく悲劇ではないのだ。もし僕の身に同じことが起きても、誰も恨むことは無く、静かに受け入れるだろう。それはウンディーヌの可憐であるだけでなく、常に官能を湛えた魅力のせいもあるかもしれない。破滅に向かって突き進むことの悦楽までをも、彼女の存在自体が孕んでいる。物語としての豊かさの中に、多様な意味を読み取れるところに、本作が19世紀から思想も時代も越えて読み継がれてきた理由があるのだと思う。
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2008/07/14 16:21
人間に恋した妖精の悲しく美しい物語。
投稿者:銀の皿(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
ジロドゥの戯曲「オンディーヌ」の基になったというお話、「水妖記(ウンディーネ)」。19世紀初めの作品である。人間と結婚した水の妖精が、相手の男が他の女性と結婚したためにその男を殺してしまう。あくまでもウンディーネを悲劇のヒロインに徹したお話である。
ジロドゥの戯曲を読んだのをきっかけに、もう一度こちらも読んでみた。ジロドゥの戯曲は20世紀前半の作品であるから約1世紀の隔たりがあるのであるが、その人間観、自然観は確かに随分違ってしまったようだ。その比較はどちらの翻訳者も丁寧な解説をしているので、そちらを読んで欲しい。概観すれば、フーケーはあくまで悲劇の物語として、ジロドゥは喜劇の様相をした悲劇として描いたというところだろうか。
最も違いを感じた箇所を一つだけ紹介しよう。ウンディーネが城主の養女であるベルタルダの出生の秘密を明かす場面である。ジロドゥの戯曲では、叱られてかっとしたオンディーヌが真実を暴露するという形で漁師の子であると言い、さらに状況を悪化させてしまう。フーケーの作品ではベルタルダを喜ばせようとして(裏には妖精たちの策謀はあるかもしれないが)ウンディーネはベルタルダの「生みの親」を連れてくる。あくまでウンディーネは善意の行動、悲劇のヒロインなのである。
ウンディーネが人間と結婚をするように、と人間界に送られた理由も、発表された時代背景にもよるのだろう、とても「キリスト教的」である。「魂のない妖精は死んだらそれきり」なので、「たとえ辛くても永遠の魂を得るため」の人間との結婚する、という設定である。
お話の終り、ウンディーネはハンスの葬式に現れ、墓の周りに流れる泉を残して消える。ずっとハンスを抱いているのだと言い伝えがある、との締めくくりも、きれいな終わり方になっている。あくまでも悲しく美しい物語だった。
岩波文庫版は1938年初版、1978年改訳とある。1978年改訳のわりには、少々表現が古すぎませんか、と気になる箇所も幾つかあったのが残念。騎士ハンスが始めて登場する場面の描写が「大黒頭巾には赤と菫の羽毛をなびかせ・・」なのだが、「大黒頭巾」ではかえってイメージが遠くなりそうだ。







