紙の本
<ピューマ湖は両端と中央に銃を持った警備兵がいた>
2015/11/06 15:39
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投稿者:saihikarunogo - この投稿者のレビュー一覧を見る
いかにもそうあるべき謎があり、いかにもそうあるべき真犯人がいる。『湖中の女』はフィリップ・マーロウが活躍する長編小説群の中でもっとも探偵小説らしい探偵小説だ。時代背景さえうまく作り替えれば、日本の二時間サスペンスドラマにしてもいいぐらいだ。
第二次世界大戦まっただなか、冒頭から供出の描写で始まる。
>トレロア・ビルはいまとおなじオリーブ通りの西がわの、六番通りに近いところにあった。ビルの前の歩道には黒と白のラバー・ブロックが敷かれてあった。政府に供出されるためにそれが取り除かれていて、いかにもビル管理人といった顔の蒼白い無帽の男が自分が痛い目に遭っているような目つきで作業を見つめていた。
ほう、アメリカにも供出があったのか、と私は思ったのだが、後の方で、やっぱり、それでも日本とは違って余裕があったんだ、と思い直した。
>アスレチック・クラブはトレロア・ビルから半ブロックほど行ったところの向こうがわの角にあった。私は道路を横切り、北に向かってトレロア・ビルの入口に歩いて行った。舗道のラバー・ブロックを取り除いた跡にバラ色のコンクリートを埋め終わったところだった。
供出で取り除かれたもののあとがちゃんと別の物で補充されているじゃないか。
第二次世界大戦の前も、最中も、後も、アメリカの金持ちは放蕩し、警察とギャングは癒着し、マーロウは皮肉屋で孤高の騎士として、謎と悪に満ちた世界を紐解き嗅ぎ分け、殴られ縛られ閉じ込められ、脱け出し、殴り返し、酒を飲む。
>「この街は大掃除がすんで、きれいになったと思ってた」と、私は言った。「善良な市民が防弾チョッキをつけないで夜の街を歩けるようになったと思っていたよ」
>「きれいになりすぎると困るんだ。よごれた紙幣がよりつかなくなるからね」
>「そんないい方をしない方がいいな」と、私はいった。「組合のカードをとり上げられるよ」
>彼は笑った。「組合なんかどうでもいいんだ。二週間たつと軍隊に入るんだ」
アメリカはフランスのように占領されたりイギリスのように空襲されたりしなかったが、そういう物理的な破壊がなくても、アメリカ人の精神が荒廃していくことが、チャンドラーは気になっていたようだ。
マーロウは、悪徳警官に留置所に放り込まれたとき、彼自身が「この街の大掃除」をもたらした物語『さよなら、愛しい人』で知り合った女を思い出した。
>私は二十五番通りに住んでいる女を知っていた。なかなかいい通りだった。女は気立てがよかった。そして、ベイ・シティが好きだった。
『さよなら、愛しい人』のとき、小説には描かれていないが、既に、日系米人は収容所に入れられていた。だから、日本人が「描かれていない」のだった。
『湖中の女』では、山中の観光地の湖に警備兵がいた。ダムを通過する車は窓を閉めなければならなかった。
ドイツがマンハッタン計画をスパイしていたとはいえ、日本はもちろんヨーロッパのどこの国もアメリカ西海岸のダムの破壊工作なんかできなかっただろうに、過剰警備じゃないか、などと私は思う。
小説の登場人物たちも、そう思っていたのだろうか。たとえば、デガーモ警部補は、警備兵にはむかい、窓を閉めなかった。
この小説では戦争の影響はずっと背景として控えめにしかし要所要所で描かれ続け、最後に表に出て重大な働きをする。登場人物のひとりの運命を決定してしまった。
死後一箇月たって湖から引き揚げられた女は、マーロウの活躍の御蔭で成仏できただろう。キリスト教徒の世界なのに、成仏だなんて、変な言い方だけど。
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早川でレイモンドチャンドラーで訳が清水俊二のフィリップマーロウはかっこいい
特にこの湖中の女はプロローグが良い
依頼人とマーロウの丁々発止のやり取りが良い マーロウの目線に写る描写も良い
湖中の女の名言は「私の扱いをきちんとする依頼人は生きているようです」
映画の台詞にしたら 「あんたの命は俺次第だぜ」と こんなところかな
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第二次世界大戦下の時期に執筆されたこともあって、マーロウ他登場人物が戦争や徴兵について言葉空少なに語るシーンだけが取り上げられることの多い作品で、非常にもったいない! 良作ですよ!!
まず、タイトルの勝利。そして、セリフの勝利。
そっとドアをノックした先、『私の好きな場面じゃないな』の件はもう、鳥肌モノ。
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翻訳物は読み辛い…
という苦手意識は忘れ、すっかりマーロウの虜に。
何度ボコられても立ち上がり、自分の意思を曲げないマーロウには、「タフ」とか「意地っ張り」という言葉がピッタリ
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ちょっとマーロウのかっこよさは
奥に引っ込んでしまっているので、
いささか物足りなさが目立ちました。
おまけにスリリングな暴力シーンも
この作品ではなりを潜めてしまっています。
おまけに女性との甘い場面もありませんし。
多分チャンドラーの作品の中で
一番目立たない作品でしょう。
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フィリップ・マーロウ・シリーズ
デレイス・キングレーに失踪した妻クリスタルの調査を依頼されたマーロウ。別荘の管理人ビル・チェイスの妻ミュリエルと思われる溺死体の発見。妻の恋人と思われる男クリス・レイバリーの射殺事件。レイバリーの隣家の医者アルモアの妻フローレンスの死の謎。アルモア家に勤めていた看護婦の正体。発見されたクリスタル。マーロウとの会話中に殺害されたクリスタル。マーロウが推理するクリスタルの正体。
2009年11月26日読了
2010年10月14日再読
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短編である程度わかってしまっている流れはあったがそれを気にさせない面白さだった。かっこいいなあクソッ。
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トリックはわりと早く見える話ですが、かえってチャンドラーの小説の中では筋がはっきりして読みやすい気がしました。この人の小説の最大の魅力はいつも謎解きよりも文章にあると思っているけど。「男に輪をくぐらせることのできる女」っていう言い回しがすごいなー。
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先に「ベイ・シティ・ブルース」を読んでいたこともあって、すんなり文が入ってきた。一番好きなセリフがカットされていたのは残念だが、犯人を知っててなお楽しめる探偵ものも中々出合えない。
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帯文(裏表紙):"別荘の管理人が大声を上げて指さしたものは、深い緑色の水底でゆらめく人間の腕だった。" "独自の抒情と文体で描く異色大作"
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チャンドラー5作目。他の作品よりも筋が通っていて割と読みやすくストーリーも楽しめるし、いつもの気の利いたマーロウの台詞回しも存分に味が出てるのでよい。状況に翻弄されながらもなんとか乗り回すマーロウの立ち回りも相変わらず格好いい。しかしこのマーロウの作品世界には、良心的な女性というものはいないのだろうか。
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1943年発表だが、いささかも古臭さを感じさせない。
本作は、ファンが泣いて喜ぶ名台詞も、マーロウ自身のロマンスも、魅力溢れる脇役やシビれるシーンも、チャンドラーマニアからの人気もあまりなく、いうならば地味な作品に位置する。
けれども、警察権力に傷め付けられながらもストイックに謎を追うマーロウの姿は、ストレートな私立探偵小説の基礎となるスタイルを幾つも提示しており、読まずにおくのは勿体無い。
マーロウの冷徹な視点を通した登場人物たちの造形と、湖畔などの自然や様々な情景での描写力はハードボイルドならずとも、秀れた小説技巧の手本となるべきものだ。すでに完成されていたスタイルはさらに磨き上げられており、硬質な清水俊二の翻訳によって輝きを増す。
情感を抑えた狂言回しとしてのマーロウ。物語的にも、後のロス・マクを想起させる。
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私立探偵フィリップ・マーロウの四作目。
愛してはいないが妻の行方を捜してほしいという化粧品会社の社長。
湖近くの別荘に探しに行くと、別の女性の水死体があがる。
女性二人の体格が似ているとあったところから、
そこがポイントとなるのかと思いきや、
思いがけない方向に話が転がっていった感じ。
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ひさしぶりにチャンドラー。ミステリーもあまり読まないので、どうしても細かい部分が読み進めるうちに拾えなくなってくるけど、雰囲気に浸りつつ読むのが楽しかった。マーロウのキャラクター好きだなぁ・・・。
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フィリップ・マーロウは4作目の本作で初めてロスを離れる。化粧品会社の社長から頼まれた妻の失踪事件を追って、彼の別荘があるロス近郊の湖のある山岳地帯の村に入り込む。そこの湖から女性の死体が上がる。その女性こそが社長の妻だろうと思われたが、別の女性の死体だったことが解る。そしてマーロウは別の事件に巻き込まれ、命を狙われる。
本書のテーマは卑しき街を行く騎士を、閉鎖的な村に放り込んだらどのように活躍するだろうかというところにある。しかもその村は悪徳警官が牛耳る村であり、法律は適用されず、警官自体が法律という無法地帯。つまり本書は以前にも増してハメット作品の色合いが濃い。
この閉鎖的な村で関係者を渡り歩くマーロウは今回危機に陥る。この危機はロスマクでも使われていた。
本書の最大の特長は他の作品に比べると実に物語がスピーディに動くことだ。原案となった同題の短編が基になっていることも展開に早さがある一因だろう。
そして事件は解決してみると、死体が3つも上がる。しかもそれは1人の犯人によるもので、けっこう陰惨な話だったことが解る。
しかし上にも書いたが、原型の短編を引き伸ばした感じが否めなかった。最初のスピーディな展開は多分チャンドラー作品の中でも随一なのだが、その後の展開が無理に引き伸ばしたような冗長さを感じた。特に印象に残るキャラがいないせいもあり、出来としては佳作といったところだろうか。
数年後、私はこの原型となった短編を読んだが、これは非常に面白かった。プロット自体はいいのだ。湖から上がった女性の死体と、どこか本格ミステリを思わせるシチュエーション。そして閉鎖的な村に現れたマーロウという名の騎士。ただそれを十分に生かせなかった。
どんな作家もいつもいい作品が書けるとは限らない。全7作を数えるフィリップ・マーロウの物語でちょうど折り返し地点に位置する本書は中だるみの1冊となるようだ。