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侍

  • 出版社:新潮社
  • サイズ:16cm/422p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-10-112325-X

侍 (新潮文庫)

遠藤 周作 (著)

  • 全体の評価 4.52件のユーザーレビュー
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  • 税込価格:66018pt
  • 発行年月:1986.6
  • 発送可能日:7~21日

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商品説明- 「侍」

【野間文芸賞(第33回)】【「TRC MARC」の商品解説】

ユーザーレビュー- 「侍」

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2004/12/04 02:02

「私小説」

投稿者:すなねずみ(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

『沈黙』が「信じること」の原点を抉り出す小説であるとすれば、『侍』は「表現すること」の原点を抉り出す小説である、と思います。

『沈黙』の次に書かれた長編小説『侍』について、遠藤周作は「この小説は僕の私小説みたいなもの」だと言っています。それは『侍』の背景に、彼自身が小説家として生きていくことを決意するに至るフランス留学の体験(『作家の日記』に書かれている過酷な船旅)、そして少年時代の自らの意志とは無関係な受洗という体験があるからです。
 ここで遠藤周作のシリアス系の小説の流れを整理してみると、たとえばこんな感じになるでしょうか。

『海と毒薬』(壊すことの探究)→『沈黙』(信じることの探究)→『侍』(表現することの探究)→『死海のほとり』(共にあることの探究)→『深い河』(???)

『海と毒薬』において自己を「生体解剖」し、そこから生まれてきた二つの事柄(信じる者、表現する者)を『沈黙』と『侍』において徹底的に追究することで、ふたたび統一体としての「人間」を見出し「同伴者」(他者)を描き出すに至ったのが『死海のほとり』。そして『深い河』では???

『侍』は慶長遣欧使節に想を得て書かれた歴史小説です。ちょっと教科書ふうの説明を加えておくと、「支倉常長は1613年(慶長18年)、スペイン支配下のメキシコとの直接交易を求める仙台藩主・伊達政宗の命を受けて、宣教師ルイス・ソテロらとともに陸奥月の浦を出発、メキシコ・スペイン・ローマを訪れ、ローマ教皇に謁見、しかし何の成果を得ることもなく、1620年(元和6年)帰国」。

『沈黙』も『侍』も、江戸時代初頭の日本(鎖国前夜ないしは鎖国完成の頃)を舞台にして、日本人にとっての西洋を描き出そうとした小説です。『沈黙』は書簡体、三人称の語りなどを併用した非常に完成度の高い(とても美しい)小説で、ほぼ一貫して神父ロドリゴの視点から書かれています。「信じる」ということを追究するとき、それはまず、非常に個人的なものとして現われる、ということなのだと思います(「信じる」ということが集団的なものとして現われるときの怖さ……)。
 一方『侍』は、「侍」(長谷倉=支倉)の語りと宣教師ベラスコ(ソテロがモデル)の語りが交互に置かれていて、それぞれの視点からその八年に渡る過酷な旅が語られます。
「侍」はひたぶるに主君のため、「宣教師」はひたぶるに神のため、そう思えばこそ自分を犠牲にして過酷さにも耐える。でも、旅が進むに連れて、ふたりの間にある差異が顕在化してくる。そしてその差異が、「侍」と「宣教師」それぞれの自らが置かれた状況への違和感の表明として、『侍』という小説の全体像との連関のうちに明確な形を取り始める。

>(中村元『思想をどうとらえるか 比較思想の道標』より)

「侍」が旅のなかで、自らの孤独と「宣教師」のさまざまな振舞い(信仰の発露)を通して気づき始めること、それは自分が主君に「忠」を尽すのは、もしかするとひとりひとりの人間を大切にするためなのではないか、ということ。一方「宣教師」にとっては、まさに「神」の教えを伝えることがすべてで、そのためだと思えばこそ、ひとりひとりの人間との関わりを大切にする。そう考えると「侍」に軍配を上げてしまいそうですが、でもたぶん「侍」にとっては「宣教師」との出会いがなければ、その気づきもなかった……そんな微妙な揺れ方を辿るとき、遠藤周作がこの小説を「私小説」と呼んだこと、その痛みがとても切実なものとして伝わってきます。

とてもスケールが大きくて、それでいてミニマルな気遣いに溢れた「歴史/冒険/私小説」の傑作だと思います。

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2002/06/20 15:39

侍は今?

投稿者:すまいる(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

 豊臣から徳川へと時代が移り変わっていく中、藩主その他もろもろの人達の思惑によって、遠く異国の地へ行くことになる一人の下級武士。彼は日本を離れる事によって、当時の日本では弾圧の対象になりつつあり、自分とは待ったくの無関係なものだと考えていたキリスト教と、正面から向き合わなくてはならない立場に追い込まれていく……。

 同じ著者の『沈黙』や『深い河』といった作品ともに「信仰とは何か」を考えさせられる作品。信仰とは言っても特定の宗教についての問題よりもむしろ、「日本人であるということ」、「人間であること」とは、一体どうゆうことなのか。と思わず考えさせられてしまうスケールの大きな作品です。

 主人公の侍の、あまりにも世間ずれしていない人物像には多少違和感を感じないわけではないが(今は小学生だってもうちょいすれているのでは?(笑))、当時の時代背景などを考えれば「それはそれでありかな」と、充分に納得できる許容範囲内。

 歴史にも宗教にも関心が無いという人でも、思わずのめり込んでしまうはず!

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