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勝負の分かれ目 メディアの生き残りに賭けた男たちの物語

  • 出版社:講談社
  • サイズ:20cm/558p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-06-209962-4

勝負の分かれ目 メディアの生き残りに賭けた男たちの物語

下山 進 (著)

  • 全体の評価 4.53件のユーザーレビュー
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  • 税込価格:2,52072pt
  • 発行年月:1999.11
  • 発送可能日:購入できません

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商品説明- 「勝負の分かれ目 メディアの生き残りに賭けた男たちの物語」

80年代の激しい国際競争を経て、世界を変えたジャーナリズムとコンピュータと金融の大きな波。そのなかで生まれたもの、喪われたものは何だったのか…。メディアと市場の半世紀の興亡を描いたノンフィクション。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介- 「勝負の分かれ目 メディアの生き残りに賭けた男たちの物語」

下山 進

略歴
〈下山進〉1962年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。文芸春秋入社後、コロンビア大学ジャーナリズムスクール国際報道上級課程修了。著書に「アメリカ・ジャーナリズム」がある。

関連キーワード- 「勝負の分かれ目 メディアの生き残りに賭けた男たちの物語」

ユーザーレビュー- 「勝負の分かれ目 メディアの生き残りに賭けた男たちの物語」

全体の評価
4.5
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1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2011/07/08 00:26

大河ノンフィクションの面目

投稿者:拾得(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

 人から薦められていて、半ば忘れかけていた本を改めて手にとる。それがとんでもなく面白かった場合、それは「得をした」というべきか、「損をした」と感じるべきか。そんな本書は1999年刊行。すでに文庫化もされており、いまさらながら紹介するのは気が引けるのだけれども、何度紹介されてもそれに見合う内実を本書はもっている。
 大まかにいって、イギリスの通信社「ロイター」と日本の通信社「時事通信」の二社の90年代までに至る戦後史を通して、「報道」という業務がどのように変質していったのか、ということを描いた、大河ノンフィクションである。本文二段組み500ページをこえる物量に圧倒されてしまうが、量をもってしか書けないものもある、ということがよくわかろう。
 ポイントをいくつかあげると、こうなるだろうか。第二次大戦後の通信社というものが、一般ニュースではなく、経済報道に軸足を置くことで成長と生き残りを図ってきたこと。そうした経済報道は、コンピュータやインターネットという技術革新によって、より金銭的な重みを持つ秒を争う「情報」になったこと。金銭的な重みをもつ経済報道は、「報道」という概念そのものを変質させるものであったこと。などなどである。
 本書の軸足は通信社にあるものの、新聞を含んだジャーナリズムの問題、金融界のあり方、「日本的な会社」の種々の問題、情報化社会における労働の変質などなど、いろいろなことを考えさせる。日本の国策会社QUICKの例など、「失われた十年」などというものは、すでにその前から根深く爆弾のように抱えこまれていたにすぎないことが示唆されて興味深い。というより正直言って、80年代の関係者のあまりの「おめでたさ」に呆気にとられてしまうくらいだった。
 バブルが一段落した90年代はじめは、これからは落ち着いた時代になるのではないかという予感があった。90年代が終わったときのベストセラーに「不平等社会日本」があったが、この間の社会の変わりようにうちのめされる思いがしたことがある。本書は、単に不況がどうこう以上に、70〜80年代に用意されたものによって、90年代の社会がどのように変わっていったのか、の一断面を知るよい教科書である(ただし、21世紀以降は別の本をあたられたい)。
 本書で著者は、ジャーナリズムについてなんらかの価値判断を示しているわけではない。著者自身も出版社勤めであり、その留学経験からも、「調査報道」にこだわりをもっていることはよくわかる(本書そのものがそのあらわれだ)。しかし、「これからは日本のジャーナリズムも調査報道の時代です」などと陳腐な言い方はしない。むしろ一般ニュース重視の日本のジャーナリズムがいかに経済報道を軽視して、その経営をあやうくしてしまったかや、経済状況そのものを変えかねない経済報道の危険性を見逃してしまっていたかを冷静に書き綴っていく。とりわけ、アメリカのブルームバーグが日本の記者クラブに挑戦する際の、両者の思惑とやりとりを描いた部分は、日本のジャーナリズムの自己矛盾や鈍感さを余すことなく描いてしまっている。
 著者自身も本意ではなかったのかもしれないが、本書は、調査報道に象徴されるようなジャーナリズムが変質していくさまを描き出し、図らずもその哀切な挽歌になっていいるかのようだ。

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2001/04/17 18:35

「公共」という名の魔物。ここにも、また一匹おりました。

投稿者:FAT(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

 本書は、株価など金融況情報のリアルタイム配信ビジネスを巡る苛烈な競争を巡るストーリーである。登場する企業は、時事通信社、日経新聞社、ロイター、そして新興として伸してきたブルームバーグである。アメリカの株式バブルの様相を描いた『根拠なき熱狂』の第4章でも、「株式市場を動かす文化的要因」として「ニュースメディアの影響」が指摘されているが、これらの企業が鎬を削って、カジノ資本主義のエンジンを吹かせまくる様相は滑稽でさえある。しかも、本書の最終章で記者が過労死にまで追い込まれるエピソードを紹介しているが、ここからも、この「報道」競争の苛烈さが忍ばれる。

 本書は膨大なエピソードに彩られた一作であり、読み手によって着眼点は異なってくるだろう。しかし、この書から読みとるべきは、日本の経済を蝕む「公共」という魔物ではないだろうか。
 大蔵省からの天下り社長を受け入れて時代に取り残されていく日経クイック、そして新規参入しようとするブルームバーグに対する「最後の壁」となった東京証券取引所の記者クラブ。この組織達の時代錯誤な行動の背景にあるのが、「報道とは公共に対して使命を果たすべきである」という公共心であり、象徴的に現れているのが、「ブルームバーグは、決算情報を一般国民ではなく顧客に配信することを目的とした企業であり、報道機関ではない。インサイダー取引などを防止するためには、まともな報道機関だけがクラブに集うべきだ。」というクラブ側の主張だ。全く笑ってしまうではないか。インサイダー取引を防止するために、情報統制をするなどというのはナンセンスである。全く逆で、情報流通の摩擦を極小化するべきなのである。
 日本では、結局この「公共」というものが、仲間内では抜け駆けをしないという不文律を守らせる免罪符の役割をはたしており、この公共という免罪符に守られた日本の金融報道は、どんどん沈没していく。そのため、最初は日経クイックに参加していたロイターは、、日経クイックを見捨てるのである。
 本当に、金融報道という世界に潜む「公共」という魔物をあぶり出し、何とも暗澹たる気持ちにさせてくれるノンフィクションだ。

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2000/10/26 00:21

日経ビジネス2000/2/7

投稿者:斎藤 貴男(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

帝国主義からイデオロギー対立、そしてグローバルスタンダードへ。時代の進展とともに、メディアの世界も激しくうつろっていく。本書はそうした歴史のただ中で、己の信念に賭けて必死に生きる男たちの物語である。
 主な舞台はロイター、時事、ブルームバーグの各通信社と日本経済新聞社。いずれもこの間、ドラマチックな変化を遂げ、あるいは新たに勃興したメディア企業体だ。
 かつて通信社とは、国家そのものだった。ロイターも大英帝国の栄光と落日とともに歩んできたが、名経営者ジェラルド・ロングの登場で、創業の原点である商況ニュースに活路を見いだし、やがて世界の金融市場に独占的な地位を築き上げていく。
 日本では戦時中まで国の情報機関だった同盟通信が、戦後、共同と時事とに解体された。不利な条件を押しつけられたどん底から社をもり立てた時事の総帥・長谷川才次は、それだけに頑な独裁者となり、幾度かめぐってきたチャンスを生かせなかった。
 長く“眠れる獅子”の状態を続けていた日本経済新聞社。ここでは新聞社には珍しく記者経験の短い社長・圓城寺次郎が、東京証券取引所の電算化を契機に黄金郷の扉を開けた。
 金ピカの1980年代、アメリカ金融革命は新しいメディアを生んだ。1人の為替トレーダーが立ち上げた、市場経済のためだけに存在する、ブルームバーグ通信社であった——。
 現代メディア史を俯瞰しつつ、著者はその一コマ一コマに脈打つ人間の生を丹念に捉え、活写していく。メディアの興亡を通して、人間の営みとは、幸せとは何なのかを描いていくのだ。
 95年7月、著者がコロンビア大学のジャーナリズム・スクールに留学していた際に交流していた「ニューヨーク・ニューズデイ」紙の廃刊を伝える報道に接したのが、本書に取り組む引き金になったという。調査報道の牙城だった同紙もまた、利益市場主義の流れには抗いきれなかったのだろうか?
 それから4年余り。著者は出版社勤めの傍らコツコツと地道な努力を積み上げ、この大作をモノにした。
 〈国家と経済。市場と個人の幸福。こうした概念は時に鋭く対立し、時に絡み合って往復運動をしながら、複雑な歴史を編んでいくことになる〉
 膨大な情報量や登場人物のドラマばかりではない。ある意味で平凡な結論を得るまでの間に著者が流した汗の量が、読者の胸を打つ。メディア・ノンフィクションの白眉である。
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