- 出版社:あすなろ書房
- サイズ:29cm/47p
- 利用対象:小学生
- ISBN:4-7515-1984-0
彼の手は語りつぐ
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- 税込価格:1,680円(48pt)
- 発行年月:2001.5
- 発送可能日:24時間
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商品説明- 「彼の手は語りつぐ」
文字を読める黒人ピンクス。そして文字を読めない白人シェルダン。南北戦争を舞台に、そんな二人の少年の出会いと友情、そして別れを描いた、本当にあった物語。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介- 「彼の手は語りつぐ」
パトリシア・ポラッコ
- 略歴
- 〈ポラッコ〉1944年ミシガン州ランシング生まれ。カリフォルニア美術工芸大学などで学ぶ。自らの家族の歴史を題材とした作品を数多く手がける絵本作家。
ユーザーレビュー- 「彼の手は語りつぐ」
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2009/05/13 22:51
言葉と握手が代々伝わり続け文字となった物語
投稿者:wildcat(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
ここは、ジョージア州。
少年・シェルダンは、ひざのすぐ上の撃たれた傷口に炎症を起こして、
草原に倒れて、意識を失いかけていた。
額に力強い手がふれ、顔に水があびせかけられた。
みがきこまれたマホガニーのような肌に
自分と同じ北軍の制服を来た少年がいた。
それが、シェルダン・カーティス(セイ)と
ピンクス・エイリー(ピンク)の出会いだった。
ピンクスは、シェルダンを介抱して、自分の家まで連れて行く。
家には、ピンクスの母親、モー・モー・ベイがいた。
モー・モー・ベイは、屋敷のだんながいなくなったあと、
屋敷から着るものや食べるものを持ってきて、
森から水を汲み、生き残っていた家畜とともにどうにか生きのびていた。
家族は戦争に行ったり、他の雇い人は安全なところに逃げたりしたが、
彼女だけはとどまり続けていた。
ピンクは、ここに自分たちがいたら母親が危ないと、セイの傷が治ったら、
ここから出てなんとか元の部隊を見つけ出そうというが、
セイはそれは嫌だった。
なぜなら、セイは戦場が嫌で脱走しようとして撃たれたから。
ここにいる間に、ピンクのことを知っていくセイ。
奴隷には自分たちのファミリーネームがなかったから、
だんなと同じエイリーを名乗っていたこと、
また部隊に戻りたいと思うのはこれが「おれの戦争だから」と
思っているから、
法律で禁じられていたけれども、だんなが本を朗読させたいがために、
彼に読み書きを教えたから、本を読めるということ。
ここには詩の本があった。こんなに分厚い本だ。
毎晩おれは、その本を大きな声で読まなきゃいけなかった。
この家には美しい本がたくさんあって、それが誇らしくもあったけど、
のろいもしたんだ。
奴隷に生まれるってことは、苦しみがどっさりってことなんだ。
でも、エイリーのだんなに読み書きを教わってから、
おれはわかったんだ。
たとえ奴隷でも、自分のほんとうの主人は、
自分以外にはいないっていうことを。
その晩、ピンクはダビデの詩篇を朗読した。
きこえるそばから、セイの頭のなかに絵がうかんできた。
ぼくも字が読めたらいいのにと思わずいったセイに
いつか教えてやるというピンク。
ふたりの手がつながった。
セイは、ピンクにいう。
この手はエイブラハム・リンカーンと握手した手なんだよと。
その翌々日、家を出発することにしたセイとピンクだが・・・。
これは、口伝で伝えられた物語である。
著者・パトリシア・ポラッコは、この物語が実話であることを
知っていると語る。
なぜなら・・・
シェルダン・ラッセル・カーティス本人が、娘のローザに語り、
ローザ・カーティス・ストウェルが、娘のエステラに語り、
エステラ・ストウェル・バーバーは、息子のウィリアムに、
ウィリアムは、その娘パトリシア、つまりは、著者に
話して聞かせたからである。
父が語ったこの物語を、娘のローザは、
ひとことももらさずに記憶にとどめ、
長い生涯のあいだに、何度も何度も語りつづけ、
それは代々語り伝えられ、パトリシアのところまで届いたのだ。
お話の最後は、
「この手はね、エイブラハム・リンカーンと
握手した手にふれた手なんだよ」である。
なぜ口伝で伝えられ続けたのか。
なぜパトリシアのところに来るまで書き留められることがなかったのか。
その答えは、パトリシアの自伝的作品である
『ありがとう、フォルカーせんせい』に描かれている。
パトリシア・ポラッコは、ディスレクシアの絵本作家である。
彼女は、幼い頃から絵の才能を発揮していたが、
文字の読み書きは苦手だった。
小学校5年生でフォルカー先生と出会い、
スポンジや映写機を使った特別レッスンを受けて
本が読めるようになったのである。
セイがなぜ字を読めなかったのか、その理由は語られていないが、
ピンクがダビデを読んだときに、
きこえるそばから、頭のなかに絵がうかんできた
と語っているところから
おそらくは彼もディスレクシア的傾向があったのではないか
と考えられるのだ。
そして父が語った物語をひとことももらさず記憶に
とどめようとした子ども達もまた
その傾向を持ち合わせていたのではないか。
おそらくは代々ディスレクシア的傾向を
持ち合わせていたがお話が大好きだった人々。
『ありがとう、フォルカーせんせい』に描かれているように、
子どもが5歳になると、
「ハチミツは あまーい。本も あまーい。
よめば よむほど あまくなる!」
と、ハチミツを本にたらして、
本を読む練習をする日を祝う儀式をしていたのは、
そういう人たちだったからこそではないか。
ピンクがセイに文字を教えるという約束は実現しなかったが、
パトリシアがフォルカー先生と出会って文字を獲得することによって、
この物語が書き留められて、海を越えることになったのだ。
ちなみにこの作品の原題は、Pink and Sayである。
セイの綴りがSayということ自体が、とてつもなく象徴的に思えるのだ。
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2011/07/14 11:31
今はいない、もうひとりの少年の記録
投稿者:wildflower(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
ときは南北戦争のころ、北軍の兵士として生きていた15歳の少年ふたりの出逢いがあった。冒頭各々の家族に見送られ出征していく様子が描かれている。このポラッコ家のものがたりは終始シェルダンのまなざしで語られていく。本書『彼の手は語りつぐ』は、作者パトリシア・ポラッコさんの高祖父(ひいおばあちゃんの父)の実話として、代々語りつがれてきたものがたりである。
敵軍に銃撃を受け、放置されていた重傷のシェルダンをみつけ、助け出してくれたのはピンクス・エイリー。マホガニー色の肌をもつ彼はシェルダンを手際よく介抱し、実家まで連れていく。母のモー・モー・ベイは温かい佇まいで、まだ幼さの残る傷ついたシェルダンを我が子のように介抱し癒やしていく。
束の間の息子との再会とともにピンクス家の状況が明らかになる。父を含め男たちが全て出征し、息子との再会を願ってひとりで居残っていた母モー・モー・ベイの話から、敵兵がすぐ傍にまでやってくるかもしれないというのだ。戦争の怖ろしさから復隊を怖がるシェルダンを気遣いながら友情を育むピンクス。互いにセイ・ピンクと呼び合う仲になり、やがてシェルダンの傷が癒えるまでに回復した彼らはようやく出発のときを迎える。
その数日前のこと、ピンクス家が仕えていた主人の御屋敷で本を読むシーンがある。黒人奴隷に文字を教え習わせることは法律で禁じられていた頃のこと、主人のはからいで読み書きを覚えたピンクスと、ディスクレシア的傾向をもち文字を読めないシェルダンがひとつの本を前に静かに語り合う。文字を知り、読み書きを知り、はじめて「自分の本当の主人は、自分以外にはない」と目覚め、自覚的に戦に参加しようとするピンクスの大人びた覚悟に、シェルダンはただ怖れを抱くばかりなのが印象的である。
エイブラハム・リンカーンと握手をしたことのある手を差し出し、文字は読めないけれど自分だってすごいことをしたと語るシェルダンに、いつか読み書きを教えてやると約束するピンクス。戦の前のつかのまの穏やかなひとときに、さりげなく描かれているこの場面が、後半の彼らふたりの運命を読むにつれて大きな存在感を持ってくるのだ。
自我にめざめ、意志をもって世界を変えようと闘っていたピンクスの姿は、かつて共に戦い束の間の友情を育んだシェルダンの子孫のものがたりのなかに、その最後の別れのときに繋がれた手のさまのなかにしか遺されていない。
代々語りつがれてきた高祖父のものがたりは、ポラッコ一家の歴史と経緯を語りつぐなかに、確かに生きていたもうひとりを思い起こさせるための儀式だった。長らく文字に記すことができなかったなかで語りつがれてきたこのものがたりを、パトリシアは格別の思いをもって描いたのだろう。
高祖父シェルダンがかつてエイブラハム・リンカーンと握手した手は、命の恩人であり友人であったピンクス・エイリーと繋がれた固い絆の象徴でもある。その瞬間の姿が表紙に選ばれているのも頷ける。
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2002/06/06 21:41
語りつがれてゆくものとは?
投稿者:山村まひろ(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
奴隷制度の廃止をかけての南北戦争のさなか、戦場で深い傷を負った15歳の少年兵シェルダンの命を救ったのは、同じように部隊からはぐれてしまった黒人少年兵のピンクスでした。
ピンクスは大変な労力の末、シェルダンを自分の母親のもとへ運びこむのですが、傷が癒えて旅立つ前に敵軍に発見されてしまうことに…。
シェルダンは? ピンクは? そして母親のモー・モー・ベイは?
これは、著者・パトリシア・ポラッコさんのお祖母さんのお祖父さんであるシェルダンさんが実際に体験し、子に、孫に、と語り継がれてきた実話をもとに描かれた絵本です。
戦争の意味もよくわからぬままに戦争に加わってしまったシェルダンは、自らの自由を賭けて戦うピンクスと出会い、そして別れます。
その出会いと別れ、はぐくまれた友情を「彼の手は語りつぐ」のです。
表紙に描かれた二人の固く握り合った手を、あなたも忘れられなくなるでしょう。
絵本とは言え、これは小学生高学年から中学生ぐらいの、そうです、登場人物と同じ年齢の子どもたちにこそ、読んでもらいたい本だと思います。
たとえ奴隷でも、自分のほんとうの主人は、自分意外にはいない…。
ピンクスのこの言葉は、誰にとっても大切な真実だと思うから。
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2001/07/02 21:08
たとえ奴隷でも、自分のほんとうの主人は自分以外にはいない。
投稿者:ワヤ(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
時はアメリカ南北戦争のさなか。ぼく(白人少年兵シェルダン15才)は、深い傷を負って戦場で倒れていた。ぼくを発見し、自分の家に引きずりかえってくれたのは、黒人少年兵ピンク。ピンクの母親モー・モー・ベイはぼくをあたたかく迎え入れ、看病してくれた。ぼくは少しずつ回復していく。
ある日ピンクに、なぜ部隊に戻りたいのかと聞くと、彼は言った。「おれの戦争だからだよ、セイ。おまえの戦争でもある。おれたちが戦わなければ、だれが戦うっていうんだ。」でも、ああ神さま、お許しを。ぼくは2度と戦場に戻りたくありません。
ある夜、ピンクは聖書を朗読した。すばらしい声だ。ぼくは思わず「ぼくも字が読めたらいいのに。」「おれが教えてやるよ、セイ。いつかきっと、な。」ぼくはつい「ぼくだって、すごいことをしたことがあるんだ。リンカーンと握手したんだ」と口走った。ピンクの母親はぼくの手を見て「リンカーンさんの手を握るのと同じくらいすごいことだ」と感心したように言ってくれた。
明日は部隊に復帰しようというその日。敵兵だ!ふたりは地下室に。敵の乱入。モー・モー・ベイの射殺。
ぼくたちは出発した。ぼくの心にはモー・モー・ベイの言ったことばが鳴り響いていた。—勇敢であること—。ぼくの足取りは、戦争が始まって以来一番しっかりしていた。
しかし、敵兵に見つかり南軍捕虜に。ぼくとピンクは引き離される寸前、かたく手を握り合った。そしてぼくは捕虜収容所、ピンクは絞首台・・・。
ぼくは捕虜収容所を生きのび、ピンクのことをわが子に語った。その子供はまた子供に、さらにまたその子供に。ぼくたちは語り継ぐ、語り継いでくれる子孫をもてなかったピンクを記憶にとどめるために。
字も読めなかった朴訥な少年兵セイは、ピンクとの数日間で、それまでの生涯全部よりもいろいろなことを考えさせられた。人と人との出会いというのはこういうものだ。このような出会いができるかどうかは、日ごろの姿勢如何なのかもしれない。だれでも語り継いでいくべき物語をもっている。大切に育みたい、自分だけの物語を。










