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センセイの鞄

  • 出版社:平凡社
  • サイズ:20cm/277p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-582-82961-9

センセイの鞄

川上 弘美 (著)

  • 全体の評価 4.543件のユーザーレビュー
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  • 税込価格:1,47042pt
  • 発行年月:2001.6
  • 発送可能日:購入できません

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商品説明- 「センセイの鞄」

【谷崎潤一郎賞(第37回)】鞄の中には何がある? 「センセイ」は私の高校時代の古文の先生。10数年ぶりに再会したセンセイとわたしが、過ごした、あわあわと、そして色濃く流れゆく日々。長篇恋愛小説。【「TRC MARC」の商品解説】

ユーザーレビュー- 「センセイの鞄」

全体の評価
4.5
評価内訳 全て(43件)
★★★★★(29件)
★★★★☆(7件)
★★★☆☆(3件)
★★☆☆☆(1件)
★☆☆☆☆(1件)

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2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2002/02/15 23:44

この人は僕らとは違うものを見て、違うものを肌で感じ取っている。

投稿者:yama-a(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

 読み始めてすぐに「あ、この文章は僕には書けないな」と思った。
 では、他の小説を読んだ時には、「これなら僕でも書ける」と思うのかと言われればそういう訳でもないが、逆に「これは自分には書けない」と思わせる小説にも滅多に巡り会えるものではない。巧い文章というものは存外「巧い」と感じさせないものだ。感じさせても、せいぜいそれは「この比喩は巧い」といった、あくまで部分的な巧さだ。
 僕がこの小説を自分では書けないと思うのは、それが巧いからではなく、あるいはそれが巧いからだけではなく、僕が見ていないものをこの人が見ているからだ。
 僕らと同じ街を歩いて同じ空気を吸って生きていながら、この人は僕らとは違うものを見て、違うものを肌で感じ取っている。
 文学作品というものは作者の体から出てくるものなのだろうが、「セインセイの鞄」の場合は、言わば出てくるよりも先に作者の体の中に入っているものが、既に違うのである。
 世の中にはこういう感じ方がある。こういうもの見方がある。こういう生き方があって、こういう空気がある。そういう新鮮な空気に触れられる作品である。

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2004/12/21 13:55

ツキコさんとセンセイ

投稿者:花の舟(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る


 久しぶりに、ゆったりとした幸せな「恋」の話を読んだという満足感が得られる本でした。最近は激しく恋い慕うもの、恋愛を通して女が自立していくもの、夫婦でダブル不倫しているものなどの恋愛小説を読み続けて、ちょっと疲れていましたから、ずごく新鮮に感じました。
 ツキコさんとセンセイの、これは恋愛小説というより、“恋物語”と呼びたいと思いました。なぜ、この本が出た時に手にとらなかったかと、少し後悔しました。
 ツキコさんとセンセイは、淡々と酒を呑み、おいしいさかなを食べ、静かに話し……端からみればそれは立派なデートのようなのだけど、本人たちはそう意識しないで会っている、そんな二人の行間から切なさや愛しさやためらいが立ちのぼり、こちらの胸に迫ります。
 贔屓の野球チームをめぐる小さないさかい、ツキコさんのかわいいやきもち、「ツキコさんデートをいたしましょう」というセンセイの申し込み……どれをとっても穏やかで細やかで、こんな恋があるんだなあ、とため息。
 でも、センセイの老いを見据えた、謙虚な態度には頭が下がります。ツキコさんがセンセイを強く想うようにみえて、実は何もかも受け止めているセンセイ。30歳近く年の離れた二人に訪れる、センセイの最晩年。それを引き受けさせるのをセンセイはどんなに思い悩んだことかと考えると、胸に突き上げるものがありました。
 センセイがいつも持っていた黒い鞄。何も入っていないけれど全てが入っている鞄。ツキコさんの、究極の恋愛を全うしてしまった喪失感に、最後、再び胸を突かれました。
 あわあわとしているようでいて、いくつもの選択の上に成り立っていたツキコさんとセンセイの恋は、並のものではなかったのですね。

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2004/04/11 12:40

喪失のあたたかさ

投稿者:けんいち(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

 これは文句なしに「よい小説」だろう。
 名作なのかは、わからない。また、エライ文学賞をいただくのにふさわしいとも、あまり思えない。さらにいえば、どちらかというと、少数の読者に愛おしむように大切にされる小説のように思える。
 しかし、『センセイの鞄』は非常なセールスを記録しただけでなく、内容に関わる飲み屋とか街とか恋愛の形とかが話題になり、エライ文学賞も受賞したようだ。
 しかし、そういった周りのできごとに汚されない「核」が、『センセイの鞄』には確かにある。もちろんそれは、川上文体が紡ぎ出す、あやふやでうつろいやすいものとしての、「確かさ」である。では、その「核」とは何だろう。
 おそらく、それは、切ないまでのこの恋の物語が、最後まで、「現在」であるかのように語られているところにあるのだろう。センセイは、死んでいる。そして、その記憶の形象化として、茫漠な「空っぽ」の鞄がある。しかし、想起された二人の記憶は、「現在」に蘇る。その際に、心憎いまでに保持されるのは二人の「距離」である。この「距離」が想起において確保されること、これこそが、この恋の物語の「核」であろう。切なさも、愛しさも、そして、もはや取り戻すことのできない「喪失」感もまた、この「距離」が生み出すあたたかさによってつつまれる。
 近いことだけが、好ましい関係ではないのだ。はじめからおわりまでの、2人の「距離」、それが『センセイの鞄』のあたたかさを生み出すのだ。

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2003/11/07 12:27

この台詞が好きだ

投稿者:オクヤマメグミ(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

 以前著者の作品を読んだことがあったが、なじめなかった。
しかしこの作品はベストセラーで話題になっていたので、なんとなく手に取った。ところが。
 三十代のツキコと六十代のセンセイ。元教師と教え子のふたりは行き付けの店で偶然再会する。
私はまだツキコの年齢に届いていないし、ふたりに感情移入することは難しかった。
 ふたりの時間はゆっくりと過ぎていく。まず互いの恋心に気づくまでの時間が長い。気がついたら当たり前のように傍にいて、いないと物足りなくなる。存在よりも不在が高めた恋愛感情だ。
スピードはゆっくりだけど、季節のうつろいや何よりもふたりだけの空間を大切にしていると思った。
 ツキコさん、デートをいたしましょう。
センセイのこの台詞が好きだ。恋愛前提としてつきあう、というのも。
若者の軽さからは考えられないほど慎重なおつきあいだ。
 センセイは高齢だから、きっとツキコよりも先にこの世を去ってしまうという現実は否めない。
でもセンセイはずっと一緒に、永遠に傍にいるような錯覚を覚えてしまう。
ぼわぼわと聞こえる、センセイの声。
まさかセンセイの死でしめくくられるとは思わなかったけれど。
 手元に遺されたからっぽの鞄を見つめて、センセイの存在をかみしめているツキコの後ろ姿が見えるような気がした。

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2002/04/27 23:40

新作の前に

投稿者:夏の雨(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

この本を読んでからどれくらい経つだろうか。読後の、せつない気分がまだ心のどこかにあって、それが時々たまらなくなる。きっとそんな切なさを捜して、あれから何冊も川上弘美の本を読んできた。「神様」もよかった。「おめでとう」もよかった。でも「センセイの鞄」の世界にはまだ遠かった。それでいて、この本に戻るのも怖くて。もし、あの時の切なさがなくなっていたら、次はどこに帰ればいいのだろう。そんな時、新作「パレード」の記事を見た。それで、少し勇気がでた。新作を読む前に、もう一度、「センセイの鞄」を読んでみようって。それで、またお酒を少々飲みたいな。

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2002/03/30 01:55

不覚にも……。

投稿者:田川ミメイ(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

 不覚にも泣いてしまった。と、友が言った。そうそう。と、わたしも言う。まったく予期せぬところで、いきなりポトリとね。涙が。ポトリときてから驚いてるの。泣いている自分に。ちきしょー。汚ねぇよ。なんて文句言いながら、泣いてるのよ。まったくね。
 でもさ。ポトリとくるとこって、みんな違うんだろうね。そう言ってから、友は、照れくさそうに、ふふっと笑った。うなずきながら、わたしも、なんとはなしに、ふふっと笑った。結局、どこで泣いたかは言い合わなかった。「どこ」で涙したのかを明かすことは、なんだか気恥ずかしかった。明かすことなく、そっと抱えていたかった。

 幼い頃、わたしは多くの親しいヒトを喪った。祖父、叔父、従兄、友、恩師。あの頃は、眠ることが怖かった。眠ったら、もう朝は来ないのではないかと怯えていた。死は、暗く、深く、心細く切ないものだと思っていた。大人になって、自分が死ぬことより周りの誰かが死ぬことのほうが辛いと知った。人生の伴侶といえるオトコと巡り会ってからは、どちらか一方が先に死ぬのが一番の哀しみだと思うようになった。が、同時に、死は誰の元にもやってくるのだとも思いはじめた。年を重ねるごとに、少しずつ。

 月の淡い光のなかで、「細々と生きている」電池を見て、「そのうちに全部死に絶えるんですけどねえ」とのんびりと遠い声で言うセンセイは、ツキコさんよりも、ずっと死に近い。小島孝はツキコさんと同い年であるのに、知らぬまに「大人」になっている。ツキコさんは思う。小島孝人生の中で、彼の「時間は均等に流れ、からだも心も均等に成長した」のだろう、と。「すっかり子供じみたニンゲンに」なってしまった「わたし」は、「時間と仲良くできない質なのかもしれない」と。

 そういえばツキコさんは「高校生みたいに」なったり、「だだっ子」になったり、時には「すっかり子供に」なったりする。——正直に言えば。わたしが涙した所のひとつは、ここだった。
 正月の薄暗い部屋でひとり、林檎を食べながら泣いているツキコさんを見て、泣いた。バス道を、歌いながら歩くところで泣いた。その切なさと心細さは、まったく親しい感覚で押し寄せてきて、わたしは「すっかり子供になって」泣いてしまったのだ——。

 「時間と仲良くできない質」のツキコさんは、行きつ戻りつしながら、歩いている。センセイは、終点間近の時間の中で、静かに穏やかに歩きつづける。背筋を伸ばし、しっかりと鞄を持って。

 それでも、ほんとうは、誰もがツキコさんのようなものなのだろう。生から死までの時間の中を、行きつ戻りつ。うろうろと。「生」は永遠ではない。そう知っているはずなのに、それでも、ヒトはヒトを恋う。だからこそ、ヒトを好きだという想いは、哀しくて切ない。それでもなお、ヒトを愛するヒトという生き物は、幸福な生き物だ。この小説を読んでいると、そう想う。

 泣かせてやろう、泣けるだろうと押しつけてくる小説はたくさんある。だけど「センセイの鞄」には、そんな気配はひとかけらもない。大仰でない。アザトクナイ。あざとさがないからこそ、涙を零した自分に驚いてしまうのだ。チキショーなんて口走って、不覚にも泣いてしまったなんて、文句のひとつも言いたくなってしまう。
 でも。もしかしたら。この本を読みながら泣いてるヒトを見て、あらまぁ、と、いちばん驚くのは、著者・川上弘美かもしれない。そんなふうに思ってしまうほど、淡々とした静かで密やかな小説である。

 読み終えて本を閉じても、その静けさは、なかなか去らない。

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2004/07/08 13:35

微笑ましい恋物語

投稿者:ハッピィ*四葉(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

「センセイの鞄」は川上弘美さんの作品で初めて読んだ本。
最初は「なんとな〜く」購入したが、読み始めてみるとわたしまでセンセイとツキコさんの空間(世界)に入ってしまうような気がした。

2人の「恋愛」というより「恋」という言葉が似合っているような微笑ましいストーリは、ゆっくりとしたテンポで話が進められている。

30代の女性そして70代の男性がこのような微笑ましい「恋」をすることが出来るのは実際には難しいことだから、2人の姿を見ているとうらやましく思った。

ゆっくりとストーリーが進む物語だからこそ、穏やかな心で読める本。

この本をきっかけに、わたしも川上弘美さんの愛読者となりました

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2004/06/22 21:38

世界をおもしろくするもの。

投稿者:TOYOKUMA(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

本には二つの種類がある。
電車の中や喫茶店のざわめきの中でも読める本と、
ひとり静かに読む本の二つだ。
『センセイの鞄』は後者の本である。
ぼくはひとり静かにこの本を読んだ。

おじいさんと呼ばれる年齢になった「センセイ」と、彼のかっての教え子で三七歳という年齢になった「ツキコさん」の物語。センセイが地球だとするとツキコさんは地球の回りをぐるぐる回る月のような存在である。彼らがよく出会う場所は、地球と月のいる場所である宇宙というただ広く茫漠とした場所ではなく、居酒屋のカウンターという暖かい場所である。

地球と月とはいつも一緒にいるわけだが、地球から月が見えるのは太陽の光が見えなくなる夜である。夜になると居酒屋の提灯が静かに灯り、その小さな光に誘われる虫のように、センセイとツキコさんは暖簾をくぐる。その場所でセンセイとツキコさんはそれぞれお互いのペースで酒を飲み肴を食べる。それまでひとりでそうしてきたように、ふたり並んで座っていてもそのペースを崩すことはない。

この物語の中では<場所>というのが大切な要素となっている。
センセイとツキコさんはいつも居酒屋という同じ場所にいるわけではなく、様々な場所を歩き、様々な場所で同じ空気を共有する。人には同じ空気を共有できる人と、同じ空気を共有できない人がいる。同じ空気を共有できるというのは、単に同じ場所で酒が飲めることを意味しているわけではない。同じ場所で同じ酒を飲んでいても吸っている空気の成分が違うのではないだろうかと思うことがある。そういう相手と同じ場所にいても、居心地が悪いだけで、なんだかつまらないものである。同じ空気を共有することができるというのは、お互いに自分自身でいることができるということである。背伸びをしたり、格好付けたり、気を遣ったりすることなく誰かと同じ場所に存在できること。そこから生まれてくるものは無限であるような気がする。

センセイとツキコさんの間に漂う空気は、場所が変わり、時が流れ、季節が変わるたびに変化していく。匂いが変わり、密度が変わる。だんだん成長していく夏休みの向日葵のように二人の間にある漠然としたものがだんだんと明確な形になっていく。そして最後に二人はとても不思議な場所に辿り着く。それはこの物語を読んだ人だけが知ることができる場所である。

地球と月は太陽の回りを回っている。
地球から見た月は十五日という周期でじわりじわりと姿を変える。同じように宇宙もぐるぐると回っている。昨日と同じ星空は今日はない。人と人との関係も同じようなものだと思う。昨日と同じものはないのだ。そんな風に変わっていくことが、この世界をおもしろいものにしていく。

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2004/02/23 23:32

やさしい空気

投稿者:ポカ(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

よいではないか。
このやさしい空気。

淡々としているなかに大事なものが光っている。
その大事なものへ対する想いも、淡々とした時間の流れの中で心の中に積もってゆく。
ドラマティックな出来事はない。
でも、他の人から見たら、なんのへんてつもない、通り過ぎてしまうようなことにさえ、心はさざめくのだ。
喜び、浮き立ち、動揺し、不安になり、悲しみ、混乱する。

日常の多くは、こんな風に淡々と過ぎてゆく。
決してドラマティックなおおげさなものでなく。
だけど、そんな日常の中で、密かに大事が起きているのだ。
心のなかに。
それは、ステキなことではないか。

センセイとツキコさんとの間にゆっくりと流れる時間。
やわらかな空気。
温かくてせつない。
そんな、心にじんわりと沁み入るおはなしだ。

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2004/02/02 00:17

素敵な気持ちをありがとう

投稿者:遊子(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

しみじみとした小説である。いつも、ひとりで楽しく生きてきた
ツキコさん。たまたま高校時代の国語のセンセイと居酒屋で
居合わせるようになった。お互いのことを思い出していっしょに
飲むようにもなった。けれども、ふたりの仲はとんとん拍子に
進展していくわけではない。会わないときは1ヶ月も会わないし、
数週間しゃべらなかったりする。かと思えば毎夜居酒屋に居合わせて
ふたりでしみじみ飲んだりする。
焦がれるような熱さはない。身震いするような冷たさもない。
陽だまりのような関係。

告白しよう。センセイに惚れてしまった。マジ惚れだ。
なんて言うと「女性がそのような言葉使いをしてはなりませんよ」
とセンセイにお説教されそうだ。…いや、してほしいのだけど。
ツイードの背広の背筋をピンと伸ばした後姿について行きたい。
突然「ツキコさん、ならぬ遊子さんデートをいたしましょう」
と誘ってほしい。きちんと整頓されてそうで、実はもやもやと
物が置いてあるセンセイのお家にお呼ばれしたい。
もはや、重症である。

センセイには「粋」とか「ハイカラ」という言葉がよく似合う。
それで、実は茶目っ気たっぷり。そんなセンセイと、小さい頃は
大人びていたのにだんだんと子供になっていったツキコさん。
お似合いだ。ふ〜む。「お慕いしております」とセンセイに
恋文でも書こうかと思ったがやめておこう。あきらめも肝心。
けれども、この小説の女性読者は少なからずセンセイに思いを
よせるだろう。淡いあこがれ。こんな素敵な感情を思い出させてくれて
ありがとうとこの小説にお礼が言いたい。

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