「honto 本の通販ストア」サービス終了及び外部通販ストア連携開始のお知らせ
詳細はこちらをご確認ください。
このセットに含まれる商品
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
関連キーワード
あわせて読みたい本
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
この著者・アーティストの他の商品
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
紙の本
郵便配達の途中に蹴つまづいた石の不思議な形に魅せられたことをきっかけに、33年間にわたり余暇のすべてを理想の宮殿づくりに捧げた奇人の物語。
2001/09/15 17:19
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:中村びわ(JPIC読書アドバイザー) - この投稿者のレビュー一覧を見る
人に変わり者呼ばわりされ、煙たがられたり馬鹿にされながらも、自ら天命と信ずるところに全精力を傾けた人物の伝記が私は好きだ。幸福は自分の心の内にある。そういう人は、幸福を感じながら生きていたのだと思う。それが何ともうらやましい。
他者との程度比べで勝った負けたの幸福判断をしているうちは、心に平穏が訪れるはずがない。凡人たちが、夢想に生きる人びとを偏屈者だとして弾き飛ばし、生きにくくするのだろう。しかし、変人はそれで困らない。その超然とした在り方がまた憧れの一因である。
たけしの番組でシュヴァルという人物が紹介されたらしい。「だれでもピカソ」だと思うが、私は見そこねてしまった。その反響もあり、単行本版の本書は注目されたということである。
この本は、理想宮をつくりだしたシュヴァルの伝記でもあり、理想宮のガイドでもあり、作者の理想宮訪問の紀行でもあり、シュヴァルと同じ魂を持つ画家ルソーと文学者ルーセルらとの比較論考という内容を含む多彩な内容である。
シュヴァルという人物と彼の成した建築物に驚きながら、彼の属した時代と社会を遠目に眺められるような構成になっていて、とても面白い。ちょっと興味を惹かれたからと本を手に取った読者の好奇心を充たしながら、新たな知識欲を喚起して満足させてくれる素敵な読み物だと感じた。
1836年にフランスのシャルムという小さな村で生まれたシュヴァルは、少し離れた村オートリーヴへ移り郵便配達夫になった。少年時代、青年時代のことはあまり知られていない。
1867年から29年間の郵便配達夫としての生活は、人づきあいを好まず事務能力に乏しい彼としては適した仕事だったようだが、自動車どころか自転車もない時代に、1日30余キロ山野を歩き回る、しかも、ある時は雪の中、氷の中ということで、なかなかにタフな仕事だったようである。
でも、結果として、その仕事が彼の運命を動かす大きなきっかけをもたらすこととなる。オートリーヴは奇岩怪石に富む地方で、彼がつまずいた石が実に変わった形をしていたという。翌日同じ場所に戻ると、もっと素晴らしい石がいくつも見つかった。
それから毎日の30余キロに加えて、何十キロもの運搬作業が加わるようになった。
その自然の恵みだけを利用して、彼は設計図なき理想宮の建設を思い立つ。「マガザン・ピカレスク」というエキゾチックな国々を美しい銅版画で紹介した当時人気の雑誌、万国博覧会などの影響を受けたであろうシュヴァルが建てようともくろんだのは、いわば「ごった煮」のような不思議な宮殿である。
守護聖人の洞窟、ファラオの墓、イスラムのミナレット、ヒンズーの寺院、ホワイトハウス、アルジェの四角い家、中世の城など様々なモチーフが取り入れられた。
当初は鬼っ子扱いされ、価値が認められなかったその建造物は、アンドレ・ブルトンの賞賛に遭い、マルローによりフランス政府の保護が認められた。今は堂々の観光スポットとなっているということで、いつか必ず訪ねたいと強く思わずにいられない。
紙の本
風船おじさんは現代の巨匠か?
2003/11/10 14:48
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ぼこにゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
以前テレビで紹介されたこともあるので風変わりな郵便配達夫と彼の建築に関しては結構知られていると思う。この本はまあ入門書というかガイドブック風な趣の、客観的で読みやすい評伝である。
十九世紀末から二十世紀初頭にかけてほぼ独力で建立されたこの建物、彼自身の霊廟は、まじめで内向的な一人の男が具現させたグロテスクなラプソディとでもいうべきか。いやはや、とにかくゴテゴテとして濃厚で悪趣味で強烈なのだ。そのエネルギーの、恐ろしく過剰な奔流。ポジション的には『探偵ナイトスクープ』のパラダイスみたいな気もするが。
今更こんなことをいうのもなんではあるが、現代において(特に日本において)こういう苛烈な創造性がほぼ絶滅しているのは、初等教育と情報伝達の徹底による功罪の、罪の部分ではあるまいかと思う。その二つがあいまって、パック入り無精卵10ケ198円ナリのごとく粒ぞろいで美しい、なんら特出したところのない静かな人間たちを量産している。一億総ミス・ブランニューデイだ。芸術と呼ばれるものたちもどこか洗練されてこぎれいな普及版に過ぎない。変なもの、目新しいもの、というのはもはや侮蔑と嘲笑の的でしかない、というより、そんなものはもはや存在すらしないんじゃないか。もう巨匠の現れる余地はない。
そこでふと思い出すのが、かつてワイドショーの人気者であったあの『風船おじさん』なのだが、彼はその後どうなったのであろう。私が覚えている限りでは例の、風呂桶に沢山の風船を結びつけた飛行器具に搭乗し、風に乗ってふわふわと楽しげに飛び去って行ったのが最後の消息であった。
我が道を行く、と口でいうのは(ことに若いうちには)簡単だが、実現するには石のような忍耐とひたむきさと、そして多大なアホさ加減が必要なのに違いない。つましい暮らしの中で妻の持参金を費やし、近所の人々から変人扱いされながら黙々と実利性のない作業に没頭する、というのは、夫としてはかなり問題がある行為だが、少なくともシュヴァルはその寡黙な生涯を貫く情熱のありようを、絶大の説得力をもって我々の前に残してくれた(いや、実際に見に行ったわけじゃないけど)。それがいかに垢抜けない石のシャンデリアみたいなものであっても、訴える声の大きさには比類がない。
芸術は心地よいものであってはならない、といったのはかの岡本太郎だったと思うが、彼にしてもその作品よりは、晩年『笑っていいとも』なんかに出て発揮していた本人の言動の奇矯さの方がよっぽど鮮烈だった。シュヴァルに比べれば、岡本太郎だって屁のようなものだ。
紙の本
2001/10/21朝刊
2001/10/26 22:16
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:日本経済新聞 - この投稿者のレビュー一覧を見る
一八七九年、フランスの小さな村で郵便配達中の四十過ぎの男が石につまずいて転ぶ。後に、シュルレアリストたちから絶賛された手作りの城「シュヴァルの理想宮」はこんなきっかけから始まった。石に魅せられ、三十三年間、たった一人で積み上げ、彫り続けた男の実像とその「作品」に迫ったのが本書。蛇やワニ、クジャクが渦巻く回廊や塔、洞くつへと化けたシュヴァルの夢を美術史の中に位置づける手際が光る。
(C) 日本経済新聞社 1997-2001