紙の本
パイオニアの挑戦は終わらない
2001/11/02 11:37
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投稿者:小田中直樹 - この投稿者のレビュー一覧を見る
どんな分野でもそうだと思うけど、何かを初めにやった人、つまりパイオニアって圧倒的な存在感を持ってる。たとえば、歴史人口学っていう学問を初めて日本に持ち込んで広めた速水さんが書いたこの本を手にとってみよう。何よりもまず裏表紙にある速水さんの顔写真に目が留まるはずだ。この不敵な面構えはパイオニアならではのものだし、パイオニアだから許されるものだ。表紙をめくると、速水さんは自分が辿ってきた学問人生を語りだす。それは日本の歴史人口学の歴史とほとんど重なり合うけど、こんなこともパイオニアならではなんだろう。そして、歴史人口学とは何か、どんな意義があるか、何を明らかにしてきたか、これからの課題は何か、といった問題が論じられる。
この本のメリットは次の三点だ。第一、歴史人口学を知ってる人(多くないと思うけど)も知らない人も十分に楽しめること。速水さんが歴史人口学に出会ったきっかけは、不埒な動機で出かけたポルトガル留学に失敗し、これまた不埒な動機でベルギーに留学先を代えてまた失敗し、かなり落ち込んでたときに出会った一冊の本だった。そのあと帰国した速水さんは、日本にある資料にあわせた利用法を考案するけど、そのヒントは鉄道時刻表にあった。速水さんが最初に利用した資料である諏訪地方の宗門改帳は明治維新後の焼却処分をくぐりぬけた燃え残りだった。こんな興味深いエピソードに満ち溢れてるのもパイオニアが書いた本だからだろうし、パイオニアだって失敗と幸運のなかで進んできたって知ることはパイオニアじゃない(僕みたいな)人間を勇気付けてくれる。
第二、もちろん単なるエピソード集や回顧談じゃなく、歴史人口学のわかりやすい入門書っていう性格も併せ持つこと。歴史人口学っていうのは、資料(日本でいえば江戸時代の宗門改帳や明治維新後の国勢調査)を用いて、人口や家族構成がどう変化したかを調べる学問だ。これだけ聞くと「だから何なんだ」っていわれそうだけど、たとえば、家族の規模が変化したとしたら、その背景には家族の機能をめぐる意識の変化があったかもしれない。つまり、歴史人口学を使えば、あまり記録が残ってない庶民の生活や意識に対して、ちゃんとした資料にもとづいて科学的に接近できるのだ。
第三、歴史人口学の成果にもとづいて、おもに江戸時代について、いくつかの興味深い仮説を紹介したこと。たとえば、大都市は農村から人々をひきつけるけど死亡率が高い「アリ地獄」だった。諏訪地方では、新しい農業技術が広まる速度は年二百メートルだった。濃尾地方では家畜の数が減少して仕事の強度が上がったけど、人々は「労働は美徳」という道徳を導入することによってこの事態を乗り切った。近くに大都市がない地方の地主は分家できず、二三男に不満がたまり、明治維新につながった。家族のあり方から推定すると、かつて日本には三つの文化圏(東北、中央、西南)が並存してた、などなど。
もちろんこの本に不満がないわけじゃない。宗門改帳をはじめとする資料から得られるのはデータ、つまり事実の束だ。だから、速水さんがいうように「これをどう解釈するかということが問題になる」(七五ページ)し、もっといえば解釈が正しいってことを証明する必要がある。でも、この本を読んでも、この正しさを証明する方法はわからない。たとえば、諏訪地方では一七世紀から人口が激増するけど、速水さんはその原因を徳川幕府の兵農分離政策に求める。これによって都市ができ、農産物に対する需要が高まり、もっとも効率的な農業経営形態として家族経営が広まり、家族の規模が小さくなり、結婚率が上がり、出生率が上がったっていう解釈だ。これって説得的だけど、間違ってるかもしれない。歴史にかかわる解釈の正しさって相対的なものなんだろうか。[小田中直樹]
電子書籍
近代の統計以前の人口調査
2022/07/23 09:16
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投稿者:福原京だるま - この投稿者のレビュー一覧を見る
近代になって統計が取られ始める前の人口について宗門改帳を利用して迫っている。マクロの調査では江戸時代初めに人口が増大し以降幕末まで停滞していたとされるが宗門改帳を利用することでミクロの視点から停滞と従来言われてた時期もダイナミックな変動があったことがわかる。農村の人口増加が都市に吸われるが都市は死亡率が高いため全体としては平衡状態だったり、平時は人口が増加していくが飢饉などで急減する時期がありノコギリ型の変化になっていたり、江戸時代初めの人口増大期に大家族から核家族(プラス祖父母)といった世帯人数の減少があったりなど興味深い。
紙の本
手堅い推論
2022/04/02 19:13
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投稿者:Koukun - この投稿者のレビュー一覧を見る
冒頭部分は、私的な研究史的な話なので「あれっこれは外れ本かな」と危惧したが、本題に入って俄然面白くなった。歴史学者や歴史小説家にありがちな、都合の良い資料だけを表に出して自説を主張してゆく というところがなく、資料をもとにした手堅い推論で話が進んでゆく ところが本書の特長である。単なる一読者としては、江戸時代の食料事情 明治以降の伝染病 にもう少し言及してほしかった。それから後藤新平の業績に改めて感心した。
紙の本
宗門改帳にみる江戸時代の村落の姿
2001/12/03 20:55
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投稿者:sfこと古谷俊一 - この投稿者のレビュー一覧を見る
日本における歴史人口学の祖である著者による、歴史人口学とのなれそめをまじえた、歴史人口学の方法論・成果についての入門書です。
歴史人口学では、遺存する(ヨーロッパでは)教区簿冊や(日本では)宗門改帳などの、住人の家族構成や冠婚葬祭を記録した史料を用います。それにより人口の推移や家族構成の変化、年齢分布の変化などから、当時の民衆のありさまを浮き彫りにしようというわけです。
そんな研究からは、いろいろと興味深い結果が出ています。江戸時代には人口が変らなかったという全人口統計だけからの解釈の過ち、労働集約性が強まるにつれ大家族主義から核家族へと変化した農村、「江戸っ子は三代も持たない」という都市の死亡率の高さと流入人口の重要性、畜力利用が減少した最大の理由としての開墾の完了、小作農は流出し絶家し地主は分家を増やしトータルでは安定する、平均初婚年齢の意外な高さ、離婚の多さなどなど。農村の生きた姿が見えてきます。
紙の本
2001/10/28朝刊
2001/11/06 22:16
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投稿者:日本経済新聞 - この投稿者のレビュー一覧を見る
江戸時代の「宗門改帳」は、人口や家族の状況がわかり、日本の人口史料として貴重だ。例えば、諏訪藩の宗門改帳から、十七世紀に幾つかの世帯が共に暮らしていた合同家族が直系家族や核家族に分裂し、結婚率が上がった結果、人口が急激に増えたことがわかる。美濃地方の家族を復元すると、平均初婚年齢は男二十八歳、女二十歳、結婚後一—三年で離婚する夫婦が多いことも判明した。人口学を応用した歴史分析。
(C) 日本経済新聞社 1997-2001
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「宗門人別帖」に代表されるような歴史的な人口調査書を現代の統計学を駆使して読み解くと、その時代の社会が見えてくる、という比較的新しい学問「歴史人口学」の入門案内書。ヨーロッパにおいては先行の研究もあったが、日本においては博士が先途に提唱した学問であるので、その研究史を紐解くことはそのまま博士の学問履歴を振り返ることになる。一研究者の回顧録的な側面もある一冊。
いわゆる”コロンブスの卵”的な、なるほどと感心させられること多々あり。ミクロ的視点からマクロ的見地へと次々と新しいアイデアを盛り込んで既存資料から全く新しい社会像を読み取っていく様は、大いに知識欲を刺激される。
歴史研究かくあるべし、と。
但し。学問分野の先駆者であった著者にとっては見出した一つ一つが新しい発表となり得たが、それらを踏まえた今後は更に深く、広く、複合的かつグローバルに検証していく必要が出てくる。二番煎じはそうそう続けられるものではない。
日々進歩するコンピューター時代にあって、データの解析もかなり微細なところまで可能になっている。データ件数の多さがものをいう学問だけに、基礎となるデータベースの充実が学問的発展には不可欠となるだろう。
その一方基礎的なそういうところには予算がつかないのが貧弱な日本の学問事情。この分野の後進研究者にはかなり厳しい話かもしれない。
ヨーロッパにおける歴史人口学研究の大家曰く、
「今後のこの分野に求められていくのは、古文書の読解能力があり、数学的統計学の知識を身に付けていて、最低5ヶ国語に堪能である人物」だそうな。
言ったご当人が「そんな人は世の中にいない」と笑っているが、要するに学問それぞれを分ける隔壁のようなものが取り払われつつあるということなのだろう。
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日本の医師需給についての調査のために読了。歴史人口学についての提唱。第五章三で、感染症による死亡が述べられており興味深い。
世界でいち早く高齢化社会を迎える日本の今後の未来予測を行っていただきたいところ。
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[ 内容 ]
コンピューターを駆使してこれまで打ち捨てられてきた「宗門改帳」などの人口史料を分析し、人口の観点から歴史を見直そうとするのが歴史人口学。
その第一人者である著者の精緻な研究から、近世庶民の家族の姿・暮しぶりがくっきり浮かび上がってきた。
例えば、江戸時代の美濃のある村では結婚数年での離婚が多く、出稼ぎから戻らない人も結構いた、十七世紀の諏訪では核家族が増えて人口爆発が起こった、などなど。
知られざる刮目の近世像である。
[ 目次 ]
第1章 歴史人口学との出会い
第2章 「宗門改帳」という宝庫
第3章 遠眼鏡で見た近世―マクロ史料からのアプローチ
第4章 虫眼鏡で見た近世―ミクロ史料からのアプローチ
第5章 明治以降の「人口」を読む
第6章 歴史人口学の「今」と「これから」
[ POP ]
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[ 関連図書 ]
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宗門改帳などを利用して、社会動態をミクロとマクロから探る。学問の発生点、メソッド、現在の状況など、とても詳しく述べてあり、学生には大変重宝されそう。この人の留学ネタがもっと読みたい。
宗教と統計は深い関係にある。日本ではキリスト教弾圧のため宗門改帳が作られ、南欧(イタリア)ではカトリックの慣習から教会に来る人の記録が取られた。カトリックでは聖書は司祭のみが読むべきもので識字率は低かった。北欧(スウェーデン)はプロテスタントであり、信徒は聖書が読めるよう指導され識字率は高かった。これがグーテンベルグの活版印刷に繋がる。
江戸時代、人口は通じて2600万人プラスαだったとされる。これは元の数字が各藩それぞれの統計基準によるものであり、差が大きいと見られるためである。αが争点となるが、著者は500万人程度としている。江戸時代、享保(虫害(うんか)、主に西日本)、天明(冷夏→稲が分蘖せず、収穫減+浅間山大噴火による日照不足)、天保(よくわかってない。病気?)の3つの飢饉があった。この時期、1200~1850年ほどまでは、世界的にも小氷期であり、不作飢饉が見られた。江戸時代、全体数としては人口に変わりはなかったが、都市では人口が減少し、農村部では増えるという「都市蟻地獄」とも呼ぶべき状態があった。農村部で人が生まれ、都市に流入し、そこで死ぬという図式である。これはヨーロッパでも「都市墓場説」として見られる現象である。
吉田東伍は江戸初期の人口を、太閤検地の全国石高1800万石に合わせて考え、1800万人と考えたが、この一人一石というのは、熊本での資料から無理があるといえる。そこでは一人0.5石ほどであり、他の資料を鑑みても0.6~0.7石ほどであった。江戸時代ではその後、大幅な人口増加が見られている。
宗門改帳は諏訪で特に多く見つかっている。これからは世帯規模が縮小し、住地域が地域として広まっていることがわかる。また、濃尾地方の宗門改帳では、耕地が増加する一方家畜が減少し、人的労働力が用いられ、労働集約的になったことがわかる。これは勤勉革命とも呼ぶべきものであり、ヨーロッパの産業革命とは質的に異なる。出稼ぎ方向の動態もわかる。
明治に入り、マクロな統計は数を増す。ここで大きな役割を果たしたのが杉亨二である。適塾で学び、徳川慶喜の治める静岡藩で国勢調査を行い、後に明治政府に招かれ全国的な統計を作成する。後、共立統計学員を作るが、潰れてしまう。しかしこの生徒たちが、児玉源太郎、後藤新平統治下の台湾で国勢調査を行った。
人口学のキーワードに「人口転換」があるが、これは疫病の歴史とも関連するものである。
宗門改帳から、日本は縄文型の東日本型、弥生型の中央日本型、西南日本型があることがわかる。
今後、歴史人口学では質・量ともに研究を重ねていくことが重要である。
宮本常一・網野善彦らとも繋がる。大変興味深い。自然要素も考える必要がある。この学問の成果だけで物事を説明するわけには行かないが、重要な要素の一つで有ることは疑いがない。もともと宗門改帳を一つ一つまとめるという超アナログな研究が、ココまでの成果を出しているということは感動���ですらある。著者は何かひょうひょうとしてこの作業をこなしてきたように感じられ、尊敬の念を抱く。
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速水さんの名前は、歴史人口学の本、古い時代の人口分析の時に必ずでてくる。
極めて明確な文章ときちっとしたデータで記述している。文系の人の本は、少ないデータをくちゃくちゃ言い回して、何をいいたいのか、別にいいたいことがあまりないのか、わからない本が少なくない。
その点、速水先生の本はわかりやすい。
あたらしい視点、発見。
(1)日本が鎖国令をだしキリスト教の禁止した背景には、実は日本の中華秩序からの自立という側面がある。(p46)
この部分は、脱線部分で、本来は鎖国令で作り始めた宗門改張が人口分析にとても役立つということの前振りだが、貴重な指摘と思う。速水さんは鎖国令のあと、日本独自の暦をつくったこともその事実を裏付けているという。
(2)1726年から1846年の120年間で、人口が伸びた地区は、北陸、四国、山陽、山陰、九州、減ったのは、関東、東北地方。(p62)
江戸自体は人口変動が少なかったと誤解されているが、実は、西日本を中心に人口が増えている。
(3)都市あり地獄説。(p65)
江戸時代には、都市は人口を引きつけるが、公衆衛生が悪く伝染病などはやるため、若死にが多く、人口が結果として増えない。同じことがヨーロッパでも指摘されていて、都市墓場説とよばれているらしい。
江戸では、上水道が整備されていたなどと言われているが、マクロでみると、たくさんの人が死亡している死亡率の高い地域だという認識をもつべきと理解した。
大きなマクロの統計データは貴重な資料だと思う。
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2001年発行。あまり期待はしていなかったけど面白かった。著者の歴史人口学との出会いから「宗門改帳」などの史料の分析、明治以降の「人口」などについて。この本を知るまで歴史人口学という言葉を知らなかった。この分野の成立以来まだ半世紀にも達していないらしい。
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出産、死亡、分家、出稼ぎ……近世の庶民の一生が姿を現した。
都市は出稼ぎを集めては殺す蟻地獄だった、小作の娘ほど晩婚だった等、新しい学問が明らかにした近世庶民の生まれてから死ぬまで。(2001年刊)
・まえがき
・第一章 歴史人口学との出会い
・第二章 「宗門改帳」という宝庫
・第三章 遠眼鏡で見た近世
・第四章 虫眼鏡で見た近世
・第五章 明治以降の「人口」を読む
・第六章 歴史人口学の「今」と「これから」
肩肘の張らない、これぞ新書という内容である。文春新書らしく読み易い。著者が、ヨーロッパに留学し、歴史人口学と出会い、日本の各地に残る「宗門改帳」をもとに、研究を進める様子は、歴史人口学史と重なり、興味深い。歴史人口学の概念を判りやすく解説している。
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江戸時代、人の移動と信仰を管理する為、全国の寺社に「宗門改帳」という戸籍に近いものを作っていた。この宗門改帳がまとまった年数分みつかっている諏訪、濃尾、美濃などの宗門改帳を分析し、江戸時代の人口動態がどうだったかを分析する興味深い本。
北日本、中央日本、南日本で日本は婚姻、出産の文化がまるで異なり、分析対象の中央日本は、大家族から核家族化することにより人口が大爆発した。(普通は逆に思うかもしれないが、大家族の場合、次男、三男は妻帯できないことが多かった)食いきれない若者は早い段階で周辺の大都市(京都、大阪、名古屋)に出稼ぎに出されるのだが、大半がそのまま都会から帰ってこず(死亡ないし都会で定住)、それで田舎の人口は保たれていたらしい。
とまあ、こんな感じで日本各地の人口動態の特徴が書かれているので、江戸時代好きの方はぜひお読みください。
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こういう学問があるとは。歴史とデータ分析という古さ新しさの交わりがその可能性を広げているといえるかも。
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まえがき
第一章 歴史人口学との出会い
第二章 「宗門改帳」という宝庫
第三章 遠眼鏡で見た近世
第四章 虫眼鏡で見た近世
第五章 明治以降の「人口」を読む
第六章 歴史人口学の「今」と「これから」
歴史人口学史料・研究年表
参考文献