- 出版社:日本評論社
- サイズ:20cm/224p
- 利用対象:一般
- ISBN:4-535-55284-3
経済学を知らないエコノミストたち
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- 税込価格:1,890円(54pt)
- 発行年月:2002.6
- 発送可能日:7~21日
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商品説明- 「経済学を知らないエコノミストたち」
日本の経済論争が不毛である真因は、エコノミストの多くが拠って立つべき経済学を理解していないことにある! 『経済セミナー』連載を元に、「世間知」だけでものを言う「経済専門家」たちの誤りを、実名を挙げて喝破する!【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介- 「経済学を知らないエコノミストたち」
野口 旭
- 略歴
- 〈野口旭〉1958年生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。専修大学経済学部教授。著書に「経済対立は誰が起こすのか」、共著に「構造改革論の誤解」など。
関連キーワード- 「経済学を知らないエコノミストたち」
ユーザーレビュー- 「経済学を知らないエコノミストたち」
3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2012/01/18 04:22
信じられるエコノミスト
投稿者:良泉(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
かつて、「構造改革なくして景気回復なし」という一種のスローガンがもてはやされた。その言葉を口にした総理大臣は国民から絶大なる支持を受け、長期政権をなしとげた。
中身の伴わないポピュリズム政治の先駆けである。
筆者はあっさり否定する。
『構造改革は構造問題を解決するための処方箋であり、マクロ経済学はマクロ経済の安定化、すなわち景気の調整のための処方箋ということである。』
そして、このスローガンを『倒錯』と切り捨てる。
マクロ経済の調整のために構造改革を持ち出すことは、まるで、風邪引きにいきなり外科手術を施すほど的外れなのである。
再度、本書より引用する。
『公的および民間部門の再構築の必要性は、誰も否定するものではないであろう。しかし問題は、そのようなサプライサイドの改善それ自体がデフレあるいは失業の解消につながるという経済学的論理は、少なくとも教科書の中にはどこにもないということである。GDPギャップは、適切なマクロ政策によってのみ解消できるのであり、「痛みに耐え」さえすれば自然になくなるというものではない。』
苦境の時には先人の知恵を借りるしかない。教科書に忠実に習うことが必要である。為政者のどさくさまぎれのシタイ放題に、まんまと乗せられてはならない。
景気対策として構造改革というサプライサイドからの取り組みを優先させることは、二つの意味で誤りである。一つは、対策として間違っていること。これは筆者の言うとおり。そしてもう一つは、本当の意味での望ましい構造改革の進め方ともズレていること。
これについても筆者は、本書で説明してくれる。
『本来、適切なマクロ政策は、構造改革の障害になるというよりも、むしろそれを促進する役割を果たす。そもそも、構造改革の「対象」である政府による規制や保護は、衰退産業・地域の「痛み」を和らげるために導入されることが多い。適切なマクロ政策によって経済全体が順調に拡大すれば、成長産業へのシフトがごく自然に生じるから、そうした保護の必要性は次第に薄れていく。』
本来望ましいレベルの経済成長が順調に進めば、経済自体が自然と自力で望ましい方向に向かっていく。そうなれば、意図的で強引な構造改革政策など必要なくなるのである。
ハイオク・フリードマン的な全くの自由放任主義的な経済がもたらす社会は悲惨なものとなるが、適切なところで経済の自由な流れを促すことは必要である。市場の自由と経済への政治の介入の度合いはどちらに傾きすぎても良いことにはならない。
いま景気対策のために必要なことは、適切なマクロ政策であり、自然な経済成長に導くべき適切な介入なのである。
筆者はここでも、この政府の介入のあるべき姿を示唆してくれる。
『政府には少なくとも三つの固有の経済機能があるとされる。第一は、市場の失敗の是正である。具体的には、公害等の外部不経済の抑制や、市場で供給されない公共財の供給である。第二は、金融および財政政策を通じたマクロ経済の安定化である。そして、第三は、税制等を通じた所得の再配分である。』
当たり前の、教科書に忠実な政治が求められている時に、一部の為政者による安易な挑発に乗せられることがどれだけ恐ろしいことか。本書発刊後約十年の実際のこの国の姿を思い出してみればよく理解できる。
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2002/06/21 10:08
想定読者は誰か
投稿者:みゆの父(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
色々な読み方はできるし、色々と教えられることはあるし、色々な「侮蔑や罵倒」(まえがき)は楽しめるけれど、読みおえたあと、どこか狐につままれた感じになる本だ。
著者の野口さんといえば、これまでも経済学の素人を対象にした本を何冊も書き、経済理論に正確にもとづいて経済政策を議論し、評価することの大切さを説いてきた、日本では稀有な経済学者だ。なんたって、デビュー作『経済対立は誰が起こすのか』(ちくま新書、一九九八年)からして、〈トンデモ〉という言葉を使って、貿易に関する俗説を切りまくる、という荒業をやってのけた快著なのだ。
〈経済学者〉と〈エコノミスト〉が別々の職業になっているらしい日本では、野口さんのようなスタンスは珍しい。経済学者は他の経済学者だけを相手にし、素人は素人で経済学者の仕事は役に立たないと見切っている。大抵の経済学者は経済理論についての専門論文を英語で書くのに忙しくて日本経済にコメントする暇がないようだし、日本経済にコメントする仕事を任された一部の経済学者やエコノミストは経済理論を勉強する暇がなくなるようだ。そして、経済学の専門家と素人の乖離、理論を研究する人と政策を提言する人の乖離、これら二つの乖離が日本経済の不幸の一つになっている。
さて、この本は、ある経済雑誌に過去二年間連載された経済論壇時評を採録した第二部と、この時評全体を顧みて、そこから野口さんが得た教訓(というか省察)を展開した第一部からなっている。
第一部は、なぜ素人は経済学を嫌うのか、という疑問から始まり、経済学をつまらないものにしている経済学者を批判し、返す刀で経済理論を正確に論理的に用いた議論をせずに俗説を振り回す一部の経済学者やエコノミストを批判している。先に触れた二つの乖離を問題にし、それを、専門家は素人に対する責任を果たしていない、という観点から結び付ける。これは、経済学者も含めた専門家が孕む問題点を正しく指摘していると僕は思う。というわけで、この第一部は学問論としても貴重なものだと思う。
第二部は、過去二年間の経済論争がどのように展開されてきたか、折々の問題に対する野口さんの立場はどのようなものか、その背景にある経済理論は何か、といったことを知るためには役に立つだろう。ただし、僕がわからないのは、そしてそのせいで狐につままれたような気持ちになったのは、この第二部の想定読者は誰か、という問題なのだ。経済雑誌に連載されていたから当然のことかもしれないけれど、そこにはデフレ・ギャップとかクラウディング・アウトとかモラルハザードとか、経済学の素人にはおよそ縁遠い世界の言葉がてんこ盛りで出てくる。これはつまり、この本自体の想定読者は多少とも経済学を知っている人であり、経済学の素人はお呼びじゃない、ということなのだろうか。しかし、もしもそうだとすれば、そんなスタンスは第一部で展開された学問論とずれていることにならないだろうか。第一部にふかく納得しただけに、僕にはそんな疑問が残ってしまった。







