異形の惑星 系外惑星形成理論から (NHKブックス)
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- 税込価格:1,124円ポイント:10pt
- 発行年月:2003.4
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- 本
商品説明- 「異形の惑星 系外惑星形成理論から」
1995年以来、地球とは程遠い姿の太陽系外の惑星が相次いで発見された。その「異形の星」の起源に挑み、そこから地球型惑星の存在確率に切り込む知的興奮に満ちた一書。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介- 「異形の惑星 系外惑星形成理論から」
井田 茂
- 略歴
- 〈井田茂〉1960年東京生まれ。東京大学大学院地球物理学専攻修了。現在、東京工業大学地球惑星科学科助教授。専門は惑星物理学。著書に「惑星学が解いた宇宙」ほか。
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ユーザーレビュー- 「異形の惑星 系外惑星形成理論から」
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2007/08/30 10:51
ユニークな科学者達の狂喜と興奮のるつぼ … その背景には、世界観の対立が潜む?
投稿者:SeaMount - この投稿者のレビュー一覧を見る
太陽系以外にも惑星はあるのか。あるのならそこに生命は存在するのか。これは、天文学者や生物学者に限らない、「人間の抱く疑問 best10」に入る問いだと思う。もしそれが存在するとしたら、日本人は、けっこう単純に興味をそそられるのだと思うが、最後に述べるように、キリスト教徒には重大な問題であるようだ。
この本では、あきらめかける所までいった太陽系外の惑星が、いったん「異形」なものとして発見されると、次々と見つかり始め、惑星のことなど考えたこともない観測家までが続々と参入し、理論家にとっては何でもありの狂喜と興奮のるつぼとなったことが描かれる。それまでは無意識のうちに、太陽系の惑星と似たものを探していたのが、いったんその枠がはずれると、どんどん見つかったのである。その「栄光」と「歓喜」の物語に続き、とりあえずの惑星理論の収まりどころ、さらに現時点における地球外生命の可能性、そして今後の展望が語られる。
全体として、おもしろくて読みがいのある本だったのだが、一部、スラスラとは読めないところがあった。この分野の理論的研究はコンピュータ・シミュレーションが主要な手段である。その結果だけを提示される部分があり、それは、著者も述べていることだが、「見てきたような話」になるのである。「ああそうですか」とはなるが、「わかった」という気にはなりにくい。そして、定説が定まっていないので、いくつもの説が並列で提示され、落ち着かない気がした。しかし、これは現段階ではやむを得ないのであろう。
その代わり(?)、このような、ビビッドな分野に取り組む研究者たちの雰囲気が伝えられる。その対象が「異形」なら、それに取り組む人たちもユニークで、ある人は、日本に来て、パチンコや渋谷の若者の風俗に興味を持つと、それらのフィールド・ワークに行ってしまったという。あるいは、人を笑わせながらしゃべりまくる中で、議論もして構想を練る研究者。この人は論文を読む時間がもったいないと、必要なら国際電話でもかけまくって本人にとことん聞くのだという。このような人達と競いつつ、「共同知」を創り上げることの喜びが伝わってくる。
NHKブックスの地学分野の本を何冊か読んだが、それらは、その時に一番進展している分野を、何がわかっていないのかというところも含め、やや高いレベルまで踏み込んで伝えようとしている気がする。そこには、その時点での到達点を知らせ、そこに若者が参入してくることへの期待も込められていると思う。この本を、ワクワクして読み切ってしまった若者は危ないかもしれない。NHKブックスを読んで、人生の進路を変えた人を知っている。って、オレか!?
冒頭に書いた、太陽系以外の惑星や生命の存在についての問いは、われわれの世界観にも関わるものである。それは、月食の陰などから、我々の大地が球であることを知った古代ギリシャの時代から論争されていることで、地球が奇跡的で特殊なものなのか、あるいは、一般的なもので、宇宙には普遍的にあるようなものなのかという見方の対立にかかわるのである。この問いは、特に、すべてを神が創ったと考えるキリスト教では重要である。系外生命の発見があたえるインパクトについては、カール・セーガンの『コンタクト』でも描かれていた。
私は、ジョディ・フォスター主演の映画で見たのだが、大変いい映画なので、この本に興味をもった方にはお勧めする。この本で描かれた方法とは異なり、電波望遠鏡で直接地球外知的生命を発見しようとする、SETIプロジェクトのことも生き生きと描かれている(《ウィキペディアの解説》、《映画評》)。そこでは、政府の宗教顧問(キリスト教)とカルト宗教家が大きな影響をあたえるのである。
著者は、この本のいくつかの書評から、改めてこのことを意識したようだ。井田氏は自分のホームページのなかで、「キリストは唯一絶対で,そのキリストが生まれた地球は 特別なのだ」という考え方と「神は全能なのだから地球だけでなく,他の星にも平等に生命を 授けるに違いない」という考え方の対立は、過去の思想家だけでなく、現代の欧米の科学者のなかでも変わっていないという。中間はなく、どちらかの考えを持っているというのである(「『異形の惑星』への書評に対する感想」)。
われわれから見ると、このような対立は不思議なことにも思えるが、そもそも「全知全能の神が創ったこの世界は、合理的に創られているに違いないといういう[キリスト教的偏見]がなければ」自然科学は生まれなかったというのだから、無理もないことなのかもしれない。
井田氏は、ある書評から、「異界を求めながらも、天文学者たちを突き動かす地球への想いとは何なのか?」という根源的な問を、宿題として突きつけられたとしている。それをしたのは、新聞に載ったプロの書評ではなく、某ネット書店の、読者評だったということである。







