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革命的な、あまりに革命的な 「1968年の革命」史論

  • 発行年月:2003.5
  • 出版社:作品社
  • サイズ:20cm/395p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-87893-554-5

  • 国内送料無料

革命的な、あまりに革命的な 「1968年の革命」史論

絓 秀実 (著)

紙書籍

3,456 ポイント:32pt

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商品説明

「20世紀唯一の世界革命」1968年に至る、60年代日本の政治的・思想的・文化的パラダイム・シフトと、その現在性を克明に描き出す長編評論。日本現代史に新たなパースペクティ...続きを読む

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商品説明

「20世紀唯一の世界革命」1968年に至る、60年代日本の政治的・思想的・文化的パラダイム・シフトと、その現在性を克明に描き出す長編評論。日本現代史に新たなパースペクティブをひらく!【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

絓 秀実

略歴
〈絓秀実〉1949年新潟県生まれ。文芸評論家。近畿大学国際人文科学研究所教授。著書に「探偵のクリティック」「小説的強度」「複製の廃墟」など。

著者/著名人のレビュー

 パリの「五月革命」...

ジュンク堂

 パリの「五月革命」や日本の「全共闘」として知られる「一九六八年」は、世界システム論で知られるエマニュエル・ウォーラーステインの表現を用いれば、「二〇世紀唯一の世界革命」であり、政治・経済レベルのみならず、芸術・思想の領域においても決定的な切断をもたらしたことは、今や世界的に認知されている。本書は、この一九六八年における日本の文学・演劇・映画から哲学・思想の領域でのパラダイム・シフトを個々具体的に論じ、併せてそれが現代の問題にどのように関わっているかを明らかにする。

 一九六〇年代を論じた書物は日本においても無数に存在するが、多くは一面的な回顧録あるいは情緒的な記述にとどまっており、本書のごとく広範な領域を冷静かつ客観的に論述したものは皆無といってよい。また、日本の現代思想・文学史はおおむね「戦後」(一九四五年)を基点として書かれてきたが、本書は「一九六八年」を中心とすることで、まったく新しいパースペクティブをひらく。著者の評論家としての到達点を示す、入魂の傑作である。

出版ダイジェスト:2004年8月
テーマ『昭和という時代を知る 人はどう行動し、生活してきたのか』より

店舗ニュース

ユーザーレビュー

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ならずものにできることは、恐喝と略奪?

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2003/06/18 06:14

評価4 投稿者:mistypink - この投稿者のレビュー一覧を見る

そうか、33年前になるのか。ある友人が「津村喬はすごい。吉本に全く影響
を受けていない新しい世代の理論家だ」と呟いたのは。強圧的な啖呵が肌に
合わず、吉本隆明をろくに読んでいなかったノンポリの私にも、これからは
社会問題の焦点が差別、公害やウーマンリブの領域になることは理解できた。

この本はポストモダニズム批評の概念装置で1960年代の新左翼運動やそれを
取り巻く文化的現象を兆候的に読み込もうとする試みである。
この本は徹頭徹尾現在の視点から、現在の問題状況を意識して書かれてい
る。そのために60年代の重要な問題提起を指摘しながら、無理矢理図式に
押し込んでしまった感が残る。
左翼ではない私にとってスターリン批判以降の左翼の混迷や新左翼の意義
などピンと来ない。たいして重要なこととは思えないのだ。
しかし、ウォーラーステインに拠らずとも、68年が新しい時代の始まりで
あることは疑いない。せっかくの史論である。左翼の語彙ではなく、哲学史
的な視点でこの本の見取り図をおさらいしてみよう。

結局、神の死の後になおも超越的価値を求めたのが新左翼だったのではない
だろうか。神の死の後、平和共存における社会主義の優位や後進国革命とい
う奇跡を果たした偉大な指導者毛沢東の神格化は黄昏の偶像崇拝であろう。
古典的な革命が不可能故に信じる否定神学がトロッキストの永続革命論だ。
革命家は昼寝するわけにも行かず、プロレタリアート人間に生まれ変わり、
未だ未熟な、<そのとき>には足手まといになるであろう他党派を粛清
する。
あるがままの現実に晒され、現在の行動が超越へと繋がると痙攣してみせる
多くの新左翼活動家は内在主義者だ。彼らはささげられた人々のために戦う
のではなく、疎外された自己の全体性を回復するために行動する。完全な
自己同一性の希求は一方ではプロレタリアート人間/赤軍兵士=死してなお
永劫回帰する自己のゾンビ化に回収される。他方、一国革命主義として土着
や民族の根源に独自性を求めるナショナリズムに着地する。
神の死の再確認は聖職者的知や前衛党の神話を終焉に至らしめる。しかし、
それは普遍化されない大衆の欲望を、あるがままの現実を無条件に肯定する
ことではない。このようなフェイクとしての存在=故郷回帰は保守的革命の
体現者、三島由紀夫によって退行的に先駆されていた。

自己同一性の裂け目に他者を見出し、差異と同一の反復の上に新しい主体の
創造をめざす動きはまず第三世界論に始まり、内なる差別構造へ向かう。
平和共存、55年体制による平和で豊かで民主的な生活を送っている、その
日常が冷戦の戦時体制、平坦な戦場である。やってはこない革命をただ待つ
だけでも、馬鹿馬鹿しさ騒乱の中で溺死しないためにも、自己自身を1個の
他者として、他者相互の関係性そのものを更新する<超越論的>戦略が必要
なのだ。畢竟それは政治から文化=メディア戦略に主戦場を移行する。
著者は労働力商品足り得ず、社会的価値を剥奪されたジャンク、ならずもの、
回教徒(ユダヤ人収容所の)にアクセントを置く。これはアウトロー的
ロマンティズム、ヒロイズムではないか。
津村喬が素描した先進国版文化大革命は、のっぺらぼうに拡散していく
情報ー環境管理型社会のど真ん中に無数の異化を組織化することで
あったように思われる。(なお、タイトルは反語である)

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評価0 投稿元:ブクログ

2014/07/11 01:52

60年代文化の評論。「1968は革命だった」と説く。ならば革命とは何かということになるが、それは『少女革命ウテナ』を見ればわかるよ。

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