内田百間集成 9 ノラや (ちくま文庫)
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- 税込価格:1,050円(30pt)
- 発行年月:2003.6
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ユーザーレビュー- 「内田百間集成 9 ノラや」
8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2006/03/26 23:38
涙は心が流すもの
投稿者:北祭(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
ある日のこと、内田百閒先生の自宅の庭にいついた野良猫が子猫を生んだ。その中の一匹に、なんとなく御飯をやるうちに、その子猫がすっかり百閒夫婦になついてしまった。そこで、本来猫には何の興味もなかったけれど、追っ払うのも可哀想なので、野良猫のまま飼うことになった。飼う以上名前があったほうがいい。野良猫だからノラと名付けた。
飼い始めてみると、百閒先生、ノラが可愛くなってしょうがない。ノラの一番の好物は、寿司屋の卵焼き。そのよろこぶ様子ったらない。魚屋から旨そうなアラをもらったなら、まずはノラのために薄口で煮てあげる。余ったアラは濃口にして自らの食卓へ。万事そんなふうで、いつもノラの好物を一番に考える始末である。寝ているノラに顔を寄せては「ノラや、ノラや、ノラや」といいながらその背中をさすってやる百閒先生。
ノラが二度目のさかりを迎えた三月二十七日のことである。ノラはいつものようにそわそわと外に出ていったのだが、不吉なことに、その夜は肌が凍るほどの雨風となる。そんな中、必ず帰るはずだのに、一晩まってもノラが帰らない。ノラが、帰ってこない。
「三月二十九日 快晴夕ストーヴをたく。
朝になつてもお天気になつても、ノラは帰つてこない。ノラの事で頭が一ぱいで、今日の順序をどうしていいか解らない・・・。
「三月三十一日 快晴風吹く。
今日も空しく待つて又夕方になり薄暗くなつた。気を変えようと思つても涙が流れて止まらない。ニ十八日以来あまり泣いたので洟を拭いた鼻の先が白くなつて皮が剥けた。
「四月十一日 雲 風吹く。
書斎の窓を開けてノラやノラやと呼んで見る。さはさはと風が吹くばかりでノラはゐない。夜が更けて、もう寝なければならない。寝る前になるとノラがゐないのが堪えられなくなる。今頃はそうしてゐるのだらうと思つて涙が止まらない。
「五月四日 快晴午薄日午後半晴。夕ストーヴをたく。
夜家内にノラが出て行つた三月二十七日の事を更めて聞き、今日は三十九日目だから或はもう帰らぬのではないかと云ふ事も考へなければならぬかと話し合つて泣いた。
「五月七日 雨。
晩の食膳で、確かにノラが鳴いたような気がしたと思つたら、一両日前から咽喉に障害があつて、風邪気味で、喘息が起こりかけてゐる、その咽喉の音であつた」
百閒先生の涙は止まない。八方手を尽くしてみても、ノラは見つからない。何ヶ月経っても、ノラは帰らず、百閒先生の涙は止まない。
「ノラやノラや、お前はもう帰つて来ないのか・・・」
ノラは、百閒先生の心の一部分を持ち去ってしまった。そうして、ぽっかり空いた心の傷からこぼれる涙を止められない百閒先生。日々、悲しくて読み返すことのできない日記を書き連ねつつ、時は行き過ぎてゆく。







