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ねじの回転 デイジー・ミラー(岩波文庫)

  • 発行年月:2003.6
  • 出版社:岩波書店
  • レーベル:岩波文庫
  • サイズ:15cm/366p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-00-323139-2

文庫

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ねじの回転 デイジー・ミラー (岩波文庫)

ヘンリー・ジェイムズ (作), 行方 昭夫 (訳)

紙書籍

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ユーザーレビュー

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ジェイムズの新しさ

9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2005/10/27 19:41

評価5 投稿者:la_reprise - この投稿者のレビュー一覧を見る

 本書は、アメリカ出身の大作家ヘンリー・ジェイムズによる代表的な二つの中編「デイジー・ミラー」「ねじの回転」を収めたものである。「デイジー・ミラー」(1878)はジェイムズが35歳のときの作品、「ねじの回転」(1898)は55歳のときの作品であり、時期的に20年ほど離れたものである。
 「デイジー・ミラー」はスイスのヴェヴェーとイタリアのローマが舞台となっている。長年ジュネーブに住んでいるアメリカ人青年ウィンターボーンがヴェヴェーの豪奢なホテルでアメリカから来た若い女性デイジー・ミラーと出会う。デイジーはとても美しく魅力的な女性であるが男性に対して奔放な性格であり、ウィンターボーンは彼女に魅力と反発を感じながら翻弄されていく。
 「ねじの回転」はその大部分をイギリスの女家庭教師の手記が占めている。住み込み家庭教師の広告に応募した彼女は、ハンサムな独身の紳士である広告主に魅かれたこともあってその仕事を引き受ける。住み込み先の家にはえも言われぬほど美しい兄妹がいて彼女は自分の仕事に満足していた。しかし、その家で彼女は昔そこにいた女家庭教師と下男の幽霊をしばしば目撃し、その幽霊が兄妹に悪影響を与えていると信じるようになる。
 20年もの期間をおいて書かれた両作ではあるが、その根幹において共通点を見出すことができる。「デイジー・ミラー」ではデイジーが、「ねじの回転」ではフローラとマイルズの兄妹が、当初無邪気さや無垢を体現しているように見える。デイジーは周りの保守的な眼も気にすることなく独身の男性と一緒に大通りを歩くなど、自由奔放に振舞う。フローラとマイルズははっとするほど美しく、素直で純粋無垢な姿を見せる。しかし、どちらの作品でも主人公(ウィンターボーンと女家庭教師)は次第にその無邪気さに不信感を持ち、もしかするとその純真無垢は装われたものなのではないかと疑問に思い始める。悪意をもった表面的な無邪気さなのか、ただ無邪気さに悪意を読み込んでしまっているだけなのか、両作の主人公も我々読者もどちらか分からなくなってくる。
 このような共通点をもつ二つの作品ではあるが、「ねじの回転」のほうが20年後に書かれたせいもあってかさらに複雑さを増している。その大きな特徴のひとつは『ねじの回転』の大部分が女家庭教師の視点から彼女の手記という形で書かれているということだ。つまり、読者はこの幽霊事件という不思議な出来事を女家庭教師の意識を通してのみ発見していくので、彼女が語っていることは本当なのか嘘なのか、彼女は正気を保っているのか狂気に陥っているのか、我々は判断することができない。その点においてジェイムズも巧妙で、どちらが正しいのかはっきりとした言質を与えることは決してない。
 一世紀以上前の作品ということもあり、物語の舞台や風俗においてどちらの作品も古さを感じさせる部分はあるかもしれない。しかし、そのような物語設定の古臭い部分は作品にとって重要ではないだろう。むしろ着目すべきは作品の持つ複雑さであり曖昧さである。その点においてこそ「デイジー・ミラー」も「ねじの回転」も決定的に新しいのであり、現代文学につながる面を持っている。過去の作品に新しさを見出すこと。いま現代において古典を読む意義とはまさにそこにあるのではないだろうか?

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古典は、遠くにありて思うもの。聞いておくだけで止めておけばよかったのに、つい手を出したらこの始末。古典に対して失礼だろうって?では、お読みください

12人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2005/03/29 19:58

評価2 投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

この本、もし私が恩田陸の同名の小説『ねじの回転』を読んでいなかったら、果たしてこの本に手を出したか、大いに疑問である。ヘンリー・ジェイムズならぬヘンリー・ミラーくらいならば、一応ピンとは来るものの、文学史という所で読書をしようとは思ったこともない私は、文学界の大御所と聞いたところで、それがナンボノモンジャイ、で切り捨てたくなる。

で、このほんのカバーには、アメリカ的なものとヨーロッパ的なものの対立「デイジー・ミラー」。解釈をめぐって議論百出の、謎に満ちた幽霊談「ねじの回転」と書いてある。さぞかし、凄い話なのだろうなあ、やっぱり名作という以上は、ジェーン・オースチン『高慢と偏見』くらいの面白さはあるんだろうなあ、と期待して読み始めた。

スイスの小さな町ヴェヴェーで、休養中のウィンターボーン青年が小説の主人公である。アメリカ人で裕福な家庭に生まれた彼は、27歳、ジュネーヴで勉強中である。彼がこの町にやってきたのは、「トロワ・クワンヌ」ホテルに滞在する伯母を訪ねてのことである。そこで青年は、同じくアメリカ人であるランドルフ少年と、その姉のデイジー・ミラーことアニー・P・ミラーだった。絶世の美女であり、ホテルでも評判の女性に彼は惹かれていくが、デイジーは奔放に男たちの間を舞っていく「デイジー・ミラー」。

これって、ヨーロッパとアメリカ的なものとの対立ではなくて、規律と自由、上流と中流といった二項対立のほうが適切で、欧米といった比較はあまり適切だとは思えない。

ダグラスが語るのは、二人の子供の前に現れる話で、「子供がからむので、ねじをよけいに一回転させるというなら、子供が二人の場合は」ということばが表題に繋がる。今から二十年前、妹の家庭教師で彼よりも10歳も年上だった女性が書き残した物語である。ロンドンで住み込みの家庭教師の仕事に就いた彼女が出会ったのは、美しい少女フローラと、大人たちを夢中にさせてしまう天使のように愛らしい少年のマイルズだった。そして、何か隠しごとをしているような家政婦のミセス・グロウス。ブライの邸で、家庭教師が見たものは「ねじの回転」。

こわくない。訳文のせいもあるのだろうけれど、まだるっこしいだけで、少しも面白くない。対象をぼかして書く、時間をずらして描写する。しかし、そのどこまでが現代作家に見ることができる意図的なものであるか。正直、そこまで論理的な作家ではなかったのではないだろうか。幽霊談=ホラーではないのだろうけれど、キングを読みなれた私には、所詮、古色蒼然、内容すかすかの小説である。

何度も書くけれど、文学史上の重要な作品は、必ずしも文学的な名作であるとは限らない。エポックメイキング、スキャンダラスであればそれで役を果たすものだってある。むろん、ジェイムズのこの本がそうだとは言わないけれど、少なくとも収められた二篇には全く魅力を感じない。むしろ、このレベルの作品をありがたがることが、かえって読書離れを促す気がしてならない。時代を超える傑作ではない、それが正直な感想だ。

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評価5 投稿元:ブクログ

2007/03/16 17:14

デイジーがかわいそうでした。私はこういう女の子は悪いと思いません。
「ねじの回転」は謎がおおい小説でした。最期はエクソシストみたいなワー!ギャー!ってな終わり方でしたが、今思うとその恐怖って静かな部屋でいきなり叫ばれたときにびっくりする程度の怖さでしかない・・・?話の構成はユニークだなと思いました。ある先生の手記を、教え子が何十年後かに語りだす・・・というもの。面白かったです。

評価4 投稿元:ブクログ

2012/07/07 17:41

無垢と狡猾さは紙一重?シャープな小説技巧でぐいぐい読まされてしまう傑作中篇2作。結末はいろいろと深読みできそう…

評価4 投稿元:ブクログ

2011/08/18 06:49

"Unreliable Narratives"の授業で『ねじの回転』を扱うにあたって。
昨年冬に原文で大体読んだものの、補助的に翻訳で読みなおした。
さまざまに議論はあるようだけれども、この曖昧さ・視界の狭さ・窮屈な束縛がそうさせる魅力なのでしょう。

『デイジー・ミラー』 アメリカ人@欧州 はヘンリージェイムズのひとつのテーマであるよう。
だんだんと心が離れて行く様になぜかほっとした。

評価4 投稿元:ブクログ

2006/08/07 14:38

『デイジー・ミラー』と『ねじの回転』という二つの短篇が収録されている。
『デイジー・ミラー』では、“アメリカとヨーロッパ”というヘンリー・ジェイムスおなじみの構図が端的に示されている。美しく劇的な話の流れや場面の現出には、「まるで映画を観ているみたいだ」という月並みな感想をいつも抱く。
『ねじの回転』、これは異常な作品だった。単なる幽霊譚とも読める。主人公の錯乱した精神状態についての物語のようでもある。複雑にねじれた人間関係の描写であるようにも思われる。すべての情景や台詞が何らかの別の意味を含んでいる。さまざまな解釈や読み方が可能である。流れていく文体の水平さ、意味における底なしの奥深さ。ヘンリー・ジェイムスを読んでいるときほど、文章を追う目の働きと、意味を考える知能の働きの二つを、同時にはっきりと認識することはない。

評価5 投稿元:ブクログ

2010/09/11 21:59

すごいすごいすごい!『ねじの回転』まじですごい。そうか、こんな語り方もできるのか、と驚かされた。
物語という形式の可能性は無限ですね。
『デイジー•ミラー』の方はあまり感じるところもなく読み終えてしまった。

評価3 投稿元:ブクログ

2006/11/20 16:15

「ねじの回転」は1度読んだくらいじゃ理解不能。何遍も読んで、あなたも不思議な世界にトリップしてください。
「デイジー・ミラー」はデイジーが個人的に好きなタイプの女の子でした。

評価4 投稿元:ブクログ

2009/09/17 18:26

9月17日読了。ヘンリー・ジェイムズによる米文学の古典。自由奔放で魅力的なアメリカ娘が欧州人以上に欧州的なアメリカ年配女性の偏見に晒される「デイジー・ミラー」は、時代がかってはいるがヒロインの明るい魅力(相当な変人ではあるのだが)と周囲の無理解(常識的対応ではあるのだが)と、その間を移ろう主人公青年の視点に共感でき興味深く読める。古い洋館に出没する幽霊から教え子の少年少女を守ろうとする家庭教師の娘が奮闘する「ねじの回転」は釈然としない読後感ながら、本編で語りきらず読者に想像・解釈の余地を残す構成が斬新と言われているのだろうか?どちらも「今」に生きる私の目から見てシンプルに血湧き肉踊るとは言えないが、楽しめる作品ではある。

評価3 投稿元:ブクログ

2011/04/18 21:13

「ねじの回転/デイジー・ミラー」ヘンリー・ジェイムズ/行方昭夫 訳
心理ドラマ中編2編。セピア色。

身分階級が厳に存在しながら、新進的な思想言動を題材とするアメリカ的な古典。読み物として十分面白い。
例によって訳文の古臭さが気につきますが、それでもすんなり読めたのは作品の出来上がりでしょう。さすが名作。

特に『ねじの回転』の方を読んで、民放の昼ドラとか火サス的なもの?でこれくらいの深い心理ドラマを作りゃあ大評判だろうに!と思いました。
結末にやられた!唸らされた!(3)

評価2 投稿元:ブクログ

2014/07/22 22:00

『デイジー・ミラー』は、
アメリカ的なものとヨーロッパ的なものとの対比、
ということらしいけれど。
モームの『雨』では堕落した女が保守的な神父を凌駕し、
人間の弱さを表現していた。
一方『デイジー・ミラー』は何なんだろうと。
アメリカ的なものを自由、ヨーロッパ的なものを保守的と呼ぶならば、
『デイジー・ミラー』は異物が排除されて終わる。
単なるデイジーの死で終わるのではないことは、ジョヴァネリの「無垢な人だった」という言葉でわかる。が、
時代が早すぎたということなんだろうか。
人生とはそういうものだと言いたいのか、
あるいは、物語として完結させるために添えられた結末に過ぎないのか。
デイジーは何のために死んだんだろう?


『ねじの回転』は良くわかりませんでした。
解説を読んで、へー、とも思ったのですが、
もう時代的に悪徳の基準が違うから…。

でもこれが『Others』の元ネタだと考えて読むと、
人間と幽霊が逆転してちょっと深みが出るかも。
と一瞬考えたけど、やっぱり語り継がれているからそれは深読みし過ぎなんだと思うんだよなー。
二重に読めるのはわかった。
でも。
という感じ。

評価3 投稿元:ブクログ

2010/06/22 23:28

ストーリー全体のねじをもう一周回転させるとお話がどう見えますか?ってことだと勝手に解釈した。

デイジーミラーはアメリカ的ものとヨーロッパ的ものの対立を描いてるとかうんたらかんたらだけど、普通に恋愛小説として面白かった。

評価3 投稿元:ブクログ

2011/08/23 22:58

信頼できない語り手。
私が手にしたのは岩波版だったのですごく真面目な顔をして読みましたが、東京創元社版あたりで読んだらまた違った印象を受けそうな感じ。

ホラーミステリー精神疾患等々…色々な解釈ができますが、そもそも初めから、真実なんて語られていたんでしょうか。

評価4 投稿元:ブクログ

2010/08/08 21:19

ヘンリー・ジェイムズをきちんと読むのはこれが初めて。
とにかく難解で多義的に読める作家らしい、という前知識だけはあったものの。

でも読んでみて、予想とはだいぶ違う感触をもちました。
まず文体。
ずばぬけて美文とか、非常に印象に残る文体というのではない。むしろ特徴を問われても説明できない感じ。透明というか中立的というか。(たとえ翻訳でも多少の特徴は残っているものだし)
多義的という言葉から曖昧さや含みのある言い回しを連想していたとすると、かなり異なった印象をもつことになると思う。さらに言葉使いも一見きわめて平明で、他の意味に取ろうったってどこをどう疑えばいいかもわからない。
読んでる間にうっすらと浮かぶ疑問(たとえば「ねじの回転」の女家庭教師の推理はずいぶん飛躍してるなあ、とか)も、そんな平明性のうちに知らず知らず隠されてしまう。

しかし、そうやってさらっと読み進んで、話の最後まで行ったときにふと考え込んでしまうのである。

デイジー・ミラーって何者なの?
デイジーは比ゆ的にヨーロッパ伝統主義に圧殺されたという解釈があるけど、本当にデイジーは負けたのか?ああいうかたちで死んだことは、最後まで服従しなかったことの証明では?
(そもそもあんなにあっさり死ぬとは思わなかった。結末もだいぶ人を食った感じです)

屋敷の主人は何もかも知っていたのかどうか。
女家庭教師の突飛で興奮気味の推理が、ほとんどひっくり返されることもなくストーリーが進んでいく不自然さ。
ミセス・グロウスの不思議な従順さ。いくら素朴な人格でも…

そう、もう一度じっくり読んでみるしかないな、という感じ。
一連の読みやすい文章の中に、何食わぬ顔で奇妙な一節が潜んでるに違いないと思う。

評価4 投稿元:ブクログ

2010/11/15 01:05

好きなタイプの作品。『ねじの回転』はタイトル通り一捻りきいていて、読み終えてからもあれこれ想像してしまうところが良い。スピード感があり、エンタメ性が高かった。

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