サイト内検索

詳細検索

送料無料

全品ポイント2倍(~7/31)

檸檬 改版(新潮文庫)

立ち読みする

hontoアプリの確認

立ち読みには最新の「honto」アプリ(無料)が必要です。

  • バージョンの確認はアプリの「設定/情報」から確認できます。

最新の「honto」アプリをご利用の方

立ち読みする

最新の「honto」アプリをダウンロードされる方

hontoビューアアプリ

  • みんなの評価 5つ星のうち 3.9 266件
  • あなたの評価 評価して"My本棚"に追加 評価ありがとうございます。×

新刊お知らせメール登録

この著者の新着情報

一覧を見る

  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2003.10
  • 出版社: 新潮社
  • レーベル: 新潮文庫
  • サイズ:16cm/350p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-10-109601-5

読割 50

読割50とは?

読割50とは?

hontoネットストアおよび、丸善・ジュンク堂・文教堂の提携書店にて対象の紙書籍を購入すると、同一の電子書籍が紙書籍の購入から5年間、50%OFFで購入できるサービスです。
購入時点で電子書籍が未発売でも、紙書籍の購入時期にかかわらず、電子書籍の発売後5年間、50%OFFで購入できます。

または読割50のアイコンがついている商品が対象です。

一部、対象外の出版社・商品があります。商品ページでアイコンの有無をご確認ください。

  • ※ご利用には、honto会員登録が必要です。
  • ※書店店頭でのお買い物の際は、会計時にレジにてhontoカードをご提示ください。
  • ※hontoが提供するサービスで、販売価格の50%OFFを負担しています。

読割50について詳しく見る

  • 国内送料無料
文庫

紙の本

檸檬 改版 (新潮文庫)

著者 梶井 基次郎 (著)

檸檬 改版 (新潮文庫)

464(税込)

檸檬

518(税込)

檸檬

ポイント :4pt

電子書籍をカートに入れる

ご利用中のデバイスが対応しているかご確認くださいヘルプ

  • iOS
  • Android
  • Win

対応デバイス毎のコンテンツタイプやファイルサイズ

対応デバイス コンテンツタイプ 閲覧期限
iOS XMDF 無制限
Android XMDF 無制限
Win XMDF 無制限

このセットに含まれる商品

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

「檸檬 改版」が含まれるセット商品

新潮文庫の100冊 2016 109巻セット

新潮文庫の100冊 2016 109巻セット

  • 税込価格:64,368596pt
  • 発送可能日:購入できません

収録作品一覧

檸檬 7-16
城のある町にて 17-60
泥濘 61-76

この著者・アーティストの他の商品

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

著者/著名人のレビュー

今日2月17日は、梶...

ジュンク堂

今日2月17日は、梶井基次郎の生誕110年の日です。
有名な短編「檸檬」はこの文庫版だとたった9ページ。

寺町通りの果物店で手に入れたたった1個の檸檬を袂に入れ、
「私」がたどり着いた店は―そして、黄金色に輝く恐ろしい爆弾は、
その店が無くなった今も鮮やかに、読んだ人の心に残り続けています。

たった9ページの悪戯が、今も。

【折々のHON 2011年2月17日の1冊】

みんなのレビュー266件

みんなの評価3.9

評価内訳

紙の本

漂う透明な安定感

2010/06/27 09:16

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:analog純 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 僕が若かった頃、とても好きであった作家が三名いました。

   太宰治・中島敦・梶井基次郎

 この中で、現在でも日本文学史的にメジャーな作家は、やはり太宰治だけですかね。
 というより、よく考えてみれば、後の二名は、生前のリアルタイムにおいても決して「メジャー」な作家ではなかったですね。
 彼らはやはり、あまりに早く亡くなりすぎてしまいました。
 三人の享年を並べるとこうなります。

   太宰治(三十九歳)・中島敦(三十三歳)・梶井基次郎(三十一歳)

 こうして並べてみると、太宰が三十代をなんとか生き抜いたという「差」は、大きいですよねー。
 今調べてみたのですが、太宰の三十一歳の時の主な作品といえば、『駆込み訴え』『走れメロス』なんですね。
 まさに太宰の充実期・豊穣期・収穫期の開始時期ではありませんか。

 さて、その太宰の収穫期の入り口で鬼籍に入ってしまった作家が、梶井基次郎であります。
 実は僕が初めて個人全集を買ったのが、この作家でした。筑摩書房からの三巻本です。
 最後の巻の書簡を読み終えた後、自分でも少し感動したことを今でも覚えています。

 今回、梶井の主な作品について何度か目の読書をして、改めて驚いたことがありました。
 梶井の作品の評価については、伊藤整の説いた、「志賀直哉とボードレール」の影響の指摘が端的に語っていると思いますが、今回驚いたというのは、その「スタイル」を梶井は晩年(若き晩年!)ぎりぎりまで彫心鏤骨、洗練させ続けているということでした。

 例えば、名作と名高い『冬の蠅』。この晩年の作品などは、冒頭から天にも昇らんとする勢いの文章であります。

 ---------------

 冬の蠅とは何か?
 よぼよぼと歩いている蠅。指を近づけても逃げない蠅。そして飛べないのかと思っているとやはり飛ぶ蠅。彼等は一体何処で夏頃の不逞さや憎々しいほどのすばしこさを失って来るのだろう。色は不鮮明に黝んで、翅体は萎縮している。汚い臓物で張切っていた腹は紙撚のように痩せ細っている。そんな彼等がわれわれの気もつかないような夜具の上などを、いじけ衰えた姿で匍っているのである。
 冬から早春にかけて、人は一度ならずそんな蠅を見たにちがいない。それが冬の蠅である。私はいま、この冬私の部屋に棲んでいた彼等から一篇の小説を書こうとしている。

 ---------------

 梶井の小説の底辺には、ほとんどすべてに疲労・倦怠・不健康などの影が見えます。
 現実に、その延長線上に自らの肉体の滅び(それも遠くない将来)を見つめ続けねばならない筆者の精神が、必ずや少しずつ少しずつ傷ついていったであろうことは我々にも容易に想像がつきます。

 しかし、少なくとも梶井はそれを創作態度に持ち込もうとはしませんでした。
 不健康な日々を行為を描きながら、その描写には、安易さやふて腐れや放り出しやといった、不健康な要素は一行もありませんでした。
 きっとそこに、彼の矜持があったのだと思います。

 そのための「武器」が、ボードレールの妄想や比喩であり、志賀直哉のあの厳格・強靱な文体であったのでしょう。
 そして、それを晩年まで研ぎ澄ませていった筆者の精神力に、今回読んでいて僕は非常に感銘を受けました。

 それともう一つとてもおもしろかったのは、彼の晩年の作品にまで通じている表現要素が、ほぼすべて処女作の『檸檬』に相似形に描かれているということでした。

 それは『檸檬』の表現でいえば、「みすぼらしくて美しいもの」と「錯覚=妄想」です。
 この二つが、彼の描く死を見据えた美意識の中に、最後まできちんと読みとれるということに気がつきました。

 そしてそのことによって、早過ぎた筆者の死を惜しむ気持ちはもちろんあるものの、彼の残した作品群がきれいな円環を閉じていることに、個々の作品に描かれる「不健康」とは全く姿を異にした、透明な安定感のようなものを、ちらりと、僕は感じるのでありました。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

梶井基次郎がどうにも好きになれない人に宛てて。

2004/12/24 02:14

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Straight No Chaser - この投稿者のレビュー一覧を見る

梶井基次郎はゴリラみたいな顔つきをしていて、『檸檬』という繊細で詩的な小説を書くにはどうにも不似合いな男で、そもそも「結核」という病で夭折するようなタイプには見えない、というのは割によく言われることである。

彼の伝記などを読むと、彼自身自らの容貌魁偉なることを相当に気にしていたらしい。その内と外の落差はいかばかりのものであったろう。

こういうことを言い募ることは、とても鈍感なままに聞く者の思いを壊してしまう暴力になりかねないことは確かで、昨今の世間で流行中の「毒舌」に、ひっそりと「世の中の厳しさを知らしめるという懐の深い愛情」などと言訳を貼り付けて礼賛するのは良いが、自分もそのサル真似をしようと試みるとしたら、そんなヤツはバカだ。

小説などあまり読んだことのないイタイケな子供に対して、「おれが一番好きな作家は梶井基次郎だ。愛してるといってもいい」と明言したうえで、「このゴリラみたいな顔」「ガレッジセールのゴリに似ている」などと讒言を吐いてみたところ、「ぶっ、ひでぇ」と笑いながらその子供が梶井基次郎に興味を持ったとしたなら、その「ゴリラ!」なる罵詈讒謗は許されるのかといえば、許されることではない。

だが、そもそも「私」はその生の瞬間瞬間に罪深い行為のみをつづけているのだとの自覚を「ゴリラ!」という発語に込めることで、ほとんど不可能と諦めた「免罪」の可能性がほのかに眼前に浮んだのだとしたら、その希望の炎を消してしまってはダメなのではないか。

だから「梶井基次郎はゴリラだ。気はやさしくて力持ちな男なのだ」と紹介したい。

人間にとって「顔」というのは矢張りどれほど頑張ってみても大切なものだ。そこに男女の区別はない。性別を超えて自分を光源氏の立場に置いてみて、末摘花の顔を朝日のなかに見たとしたならば、ぞぉっとするに違いあるまい。「とりかえしのつかないことをしてしまった」と慙愧にたえない気持ちにさえなるかもしれない。

今でこそ価値観の多様化が「常識」となり、美醜だの好き嫌いだので物事を語ることの暴力性は薄められてきているが、そのことは認めるにせよ、暴力は気付かぬところに蔓延るからこそ「暴力」なのであって、それゆえにこそ「顔写真」込みの『檸檬』(新潮文庫版)が輝くのだというのが僕のイイタイコトだ。

『檸檬』という美しい小説に「おれはなんて醜い男なんだ。まるでゴリラじゃないか」なんて独白が出てくるわけもないが、この男の憂鬱や重苦しさの背後に単なる結核という病だけを見てしまうのではなく、結核によって絶えず尋常ならざる熱っぽさを感じていたからこそ「檸檬」の爽やかさと冷たさが彼を動かしたのだと読んでしまうのではなく、無意識の暴力にさらされながら勇敢に闘いつづけた一人の男の美しさ、やさしさ、強さを見ることもできるのではないか。そんなふうに思うのだ。

>

梶井基次郎はジャズが嫌いだった。モダンジャズを聴くことなく、「バップ(bop)の高僧」と綽名され奇矯な性癖で知られるセロニアス・モンクを聴くことなく、1932年にこの世を去った。享年31歳。あてどもなく暗い街をさまよう彼がモンクの「ラウンド・ミッドナイト」を聴いたら……。梶井基次郎の小説にはモンクがよく似合う。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

超絶技巧的音感私小説

2003/11/27 17:23

1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:脇博道 - この投稿者のレビュー一覧を見る

ああ著者は齢31にして天に昇りたるも他に比類を観ない超絶技巧的
短編群は現在においてもこの地上において光芒を放っているとは文学
における業の深さの典型といえるのであるしたった8ぺーじにも満た
ない檸檬におけるかたるしすの浄化の記述は幾度読み返してもすさま
じい速度に満ちた起承転結の展開において小生の精神の中に沈澱して
いるすとれすらしき事どもをものの見事に粉砕してくれる強度を持つ
途方もない創造力に満ちた強度を有する記述に満ちているのであるが
続く城のある町にてにおいてはその美しき詩情性においてまた異なっ
た感慨を感じさせてくれる訳で言語の調律師としての著者のおそるべ
き力量を抱きながら読み進むほかないのであるが桜の樹の下にはにお
いてはいささか著者の深すぎる創造力の前にやや戦慄を覚えながら続
く器楽的幻覚においても前者に勝るとも劣らない壮絶な描写に更に感
銘を受けている暇もなく蒼穹に至ってはついに闇という一語によって
強烈な一撃を受けたかのごとく茫然となるほかないのであるがここで
読む事を中断しては本書を手に取った甲斐もなくなってしまうことを
肝に銘じつつある崖下の感情ああこの短編も気詰まりな描写に満ちて
はいるものの通底音として流れている音感は少しながらも鎮静的な気
持ちを感じさせてくれるのに充分な美しい言語に満たされている訳で
あるが小生の読みの甘さにまたもや一撃を加えるがごとき傑作闇の絵
巻に至れば著者がこのような速度と強度を有したすさまじき短編おそ
らく本作は日本短編文学史上十指に入る傑作であることは疑いもない
事実と思われるのであるしこのような幻想を自家薬籠とする力量には
またもや舌を巻きつつこの短編を元とする長篇小説を書き上げる事が
もし可能であったとすれば日本文学史上に燦然と輝く傑作が生成され
たであろうという感慨と詠嘆を同時に感じつつ最後ののんきな患者に
至ればもはや境地と機智に富んだこの短編をゆっくりと読了したあと
においてはすべては夢のごとく人生を超高速で生き抜いた著者への深
い深い畏敬の念をただただ抱くのみである。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

これは古典的名作

2002/05/28 21:28

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:やまたのおろち - この投稿者のレビュー一覧を見る

とても、とても、美しい散文詩的作品です。見たこともない当時の京都の町ががあざやかに浮かびます。しつこい憂鬱がたった1個の檸檬によって紛らわされる逆説。檸檬と出会う前と後の作者の心情の対照。深く深く心にしみ入ります。あるいは人生は逆説(パラドックス)に満ちているのかもしれません。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

レモンの香いを感じる

2001/10/16 15:02

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ロブ - この投稿者のレビュー一覧を見る

 世の中に小説は多く存在する。また、視覚に訴える文章も存在する。だが、このように香いまでも感じさせる小説はそう多く存在しない。
 「嗚呼 このレモン爆弾は恐らく爆発し、なんともいえないすばらしいすがすがしい香りをあの閉鎖的とも言える空間を満たしたのだろう・・・。」
この本を読むたび、神田辺りの古びた書店にレモン爆弾を仕掛けてみたくなるのである。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

紙の本

色や感情の描写が印象的。

2015/07/27 23:21

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:オオバロニア - この投稿者のレビュー一覧を見る

有名な表題作「檸檬」を収録した短編集です。

私は万城目学さんの作品を通してこの作家さんを知りました。その時に知った短編「檸檬」が読みたくて手に取ったのがこの短編集です。そしてこの短編集の中で一番好きな作品は結局「檸檬」でした。色や感情の描写が良いアクセントになっていて、暗い作風の中にもはっとさせられるような気がしました。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

きめ細かくも大胆な描写。

2002/07/16 19:47

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:凛珠 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 とにかく描写がきめ細かく、美しいながらもリアリティーがある。檸檬は勿論、闇や光、月、蝉、蠅、……全てが目に見える。音も感じられる。自分自身が作中の世界を歩いているかのようだ。作品として読むだけでなく、文章修行の手本にもなると思う。作中には病んだ梶井の死への嫌悪感も感じられ、憂鬱さと健全さが混じり合っている。
 梶井基次郎といえば、作品の雰囲気や夭折の作家というイメージと顔が一致しない作家として有名だが、解説を読んで彼が放蕩無頼の生活を送っていたこともあったと知った。昔の社会構造を考えると放蕩者は絶対に好きになれないが、作品は読んで損は無い。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

繰り返される思い

2002/06/25 18:32

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:アセローラ - この投稿者のレビュー一覧を見る

初めて読んだとき正直言ってわからなかった。たけど、読み進めるうちに胸が締め付けられるような感覚を覚えました。生きることのつらさや、苦しさ、常に命の限りというものを背後に感じながらの作家活動は、彼の作品に真実味を強く感じさせるし、だからこそ永く読み続けられて、人々の心に残るのだと思います。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

レモンエロウ

2001/03/05 00:46

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:katokt - この投稿者のレビュー一覧を見る

 表題作の檸檬は、単行本のページで10枚足らずの短い小説だが、そのレモンエロウの色合いはいま再読してもいよいよ鮮明になりこそすれ、褪せることはない。

「レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの竹の詰った紡錘型の格好も」

 よく読めば、レモンエロウで解放される焦燥というか嫌悪、私を居堪らずさせるものの描写がさらっとしすぎていて物足りない感じがするぐらいか。

初出

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

誤魔化しのきかない緊張感を味わう

2001/02/13 01:20

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:読ん太 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 1901年、20世紀の幕開けとともに産声をあげた梶井基次郎の作品を、21世紀の幕開けである2001年に手に取ってみた。変わらぬもの、変わり果てたもの、色々を感じることができた。
 表題作『檸檬』他19篇の短篇が収められている。
 基次郎は31歳という若さでこの世を去った人である。命のともし火がユラユラとあやしいものになったがゆえ、また桁外れの感受性の強さゆえ、あるいは空想癖ゆえに綴られる文章は、それらを持ち得ない読み手にとっても特製のメガネをかけて自然や人の心を覗かせてもらえる新鮮なものと映るような気がする。
私も特製メガネなしに基次郎のようになりたいなぁと願った。
 基次郎の作品を読んで、ねたましさすら感じた部分は「月光」や「闇」を扱ったものだった。月の光に照らされてできる影だとか、月の光も届かぬ闇の描写を読む時に妬みを感じてしまう。
 今の世の中、「今日は月が出ているから明るいわ」などという状況は皆無といってよいだろう。郊外にキャンプを楽しみに行ったところで、キャンプ場には適切な間隔を置いて電燈がともされている。また、電燈も届かない闇に存在することは、真の闇を体験する以前に「もしかしたらいるかもしれない人」に対する恐怖を体験してしまう。闇と対等することはかなわない世の中なのだとつくづく感じた。

 余談になるが、先日京都に遊びに行った時に、『檸檬』の主人公がレモンを買ったとされる寺町にある果物屋さんの前を通ることができた。ごくごく普通のお店だったが、私にとっては『檸檬』の主人公がレモンを買って、それを懐に入れては取り出して光に透かしたり、匂いを嗅いだりしながら丸善へと向かう様子が浮んできた。嬉しい経験だった。

 私が古いものを読む時は、その「時代」を楽しみに読む部分もかなりあるのだなぁと改めて知った。また、古いものは奇抜なストーリー展開などは期待できないのだが、自分が外的にも内的にも弱ったときにかなりの助けとなってくれる…と、思っている。だから、予防線を張るような気持ちで読んでいる。消極的ではあるが。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

2004/09/29 01:43

投稿元:ブクログ

梶井の書く文章はあまりに扇情的すぎる。病人ゆえか病的な陰鬱さがたゆたっているが、深夜に朗読したくなるような文だ。美しい。顔はブサイクだが。文だけ読んで彼を慕っていた女学生が写真を見て卒倒したという伝説があるらしいが本当だろうか?ブラックフランシスとともに反比例の体現者だろう。

2004/10/08 00:45

投稿元:ブクログ

丸善にレモンおいてくるあれです。国語の授業で読んだときは「ふーん」て感じだったけど、改めて読んだら梶井基次郎の魅力にはまりました。「Kの昇天」「泥濘」「冬の日」あたりがすばらしいと思う。じわじわと沁み入ってくる文章、という感じ。「冬の日」とかほんとにもう、読み終えると心が1キロくらい重くなってるような気がします。

2004/11/30 23:27

投稿元:ブクログ

夭折の作家、梶井基次郎の一冊。その文章の持つ独特の感覚、言葉、不安を楽しんでください。ちなみに、著者の外見と文章がここまで違う作家を私は知りません(笑)。

2004/12/02 01:33

投稿元:ブクログ

表現が独特で惹かれるものがあります。あえて言えば「散文詩」といえるかもしれません。作者の写真からはこのような文章をかけるとは想像できませんがw。
ちなみにこの人、自分が吐血した血をグラスに入れて「葡萄酒」といってしまうような人です。

2007/10/05 16:41

投稿元:ブクログ

感覚的な文章で、サリンジャーに近い印象。安吾くらい概念的に掘り下げてくれた方が、個人的には好感が持てる。