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精神分析

  • 出版社:岩波書店
  • サイズ:19cm/125p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-00-027001-X

精神分析 (思考のフロンティア)

十川 幸司 (著)

  • 全体の評価 4.52件のユーザーレビュー
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  • 税込価格:1,36539pt
  • 発行年月:2003.11
  • 発送可能日:7~21日

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商品説明- 「精神分析」

今日の精神分析の危機とは何か。「思考の経験としての精神分析」という視座から、精神分析を再開するための新たな理論的根拠を提示し、臨床的な場と認識論的な場においてフロイト以降の精神分析経験の更新を試みる。【「TRC MARC」の商品解説】

関連キーワード- 「精神分析」

ユーザーレビュー- 「精神分析」

全体の評価
4.5
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4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2009/09/16 19:37

精神分析は、これからどうなるのだろうか・・・・・ラカン派分析家・十川幸司の危機感が滲む本

投稿者:反形而上学者(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

十川幸司は精神科医になってからラカンのお家元パリ第8大学でミレールのもと、ラカン派の精神分析をみっちりと学んできた。
しかし、7年間のパリ留学から帰国すると、彼が発表する論文は必ずしもラカンの精神分析を詳細に語っていくというだけのものではなかった。
最近の学術団体の大会などでも、ラカンについては触れず、フロイトすら「臨床からは、そのうち衰退していく存在」と言ってはばからない。十川氏は現在もどんどんフロイト、ラカンから遠のいた独自の理論を模索している。
私にも本書が出たばっかりの当時は、十川氏の意図がよく解らなかったが、改めて今、本書を開くと驚くべきことが沢山書いてあることに気づいた。
「はじめに」という冒頭の説明文からして凄い、「精神分析は現在危機的な状況に陥っている。治療法としての精神分析は薬物療法や簡易精神療法など別の治療に場所を譲ってしまい、人間の理解の方法としての精神分析もそれほど魅力的な言説を生みだしているとは思えない。」
はじめから、極めて否定的な言葉を投げかける十川氏。
そして本書P76では、さらにそれがヒートアップする。
「結局ラカンの技法におていては、理論的には言葉の機能を重視しながらも、臨床場面においては言葉の持つ力を十分に活かせていにのである。」
どうだろうか、これは完全にラカンの精神分析に対する否定に他ならないのではないだろうか。
本書の中で、十川氏は突然オートポイエーシスについて述べ、クラインを語り、ビオンに光明を見いだそうとするが、一貫して流れるトーンは「精神分析への抵抗」という十川氏の最初の著作のタイトルにもなっている言葉だ。
私も精神分析には大きな危機感を持っているし、臨床ばかりか、思想としての精神分析にも停滞を感じている。
この本は今こそ読む価値がある本ではないだろうか。それだけの価値はあると、私は思う・・・。

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3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2004/02/08 12:09

危機の時代の「精神分析」

投稿者:けんいち(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

 本書は、非常に高い危機意識のもとに書かれている。それは、もちろん「精神分析」の危機のことである。その意味で本書は、精神分析の概説でもなければ、最新の成果というのとも少し違うと思う。正しくは、章題ともなっているように、「精神分析を再開する」ための書物なのだ。その際、支柱に置かれる精神分析の、そして筆者の言は「精神分析とは一つの思考の経験である」というものである。
 こうした問題関心から出発する本書は、「1」において、現在の精神分析を位置づけ直すために、「臨床の場」と「認識論的な場」といった2潮流からフロイト以降のこれまでの議論を整理する。
 その上で仕掛けられるのが、先に挙げた「精神分析を再考する」という本論である。そこでは、フロイトの他、クライン、ラカン、ビオンの議論を縦横に参照しながら、「臨床」と「認識論」それぞれの側面から、現実的な諸問題を根底的に問い返し、議論のゆきづまりの打開が目指される。そして、ともすると自閉的になりがちな精神分析が、そもそも外部の理論とのすりあわせの上に成立したものであることを確認して、外部性の導入も謳われる。そもそも、精神分析が、非常にデリケートで個別差の大きい作業である以上、繊細な理論・実践が要求されることは必至である。
 筆者は、精神分析の危機を乗り越えるための要諦として、1つには「精神分析の経験をさらに拡大し、深めていくこと」をあげている。そして2つ目には「精神分析という思考において勇気を持つこと」をあげていた。両者の相関的な鍛え直しなくして、精神分析の「再開」はないのかもしれないが、本書はその格好のスタートラインを引いてくれるはずである。

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