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在日
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2004.3
  • 出版社: 講談社
  • サイズ:20cm/233p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-06-212322-3
  • 国内送料無料

紙の本

在日

著者 姜 尚中 (著)

在日の存在が戦後の日朝関係のすべてを語る。二つの祖国、たび重なる差別、閉ざされた日朝関係。メディアで発言する政治学者・姜尚中、初の個人史。新たなアジアの未来を創り出す「新...

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在日

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商品説明

在日の存在が戦後の日朝関係のすべてを語る。二つの祖国、たび重なる差別、閉ざされた日朝関係。メディアで発言する政治学者・姜尚中、初の個人史。新たなアジアの未来を創り出す「新在日マニフェスト」。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

姜 尚中

略歴
〈姜尚中〉1950年熊本県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。東京大学社会情報研究所教授。著書に「オリエンタリズムの彼方へ」など。

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著者/著名人のレビュー

著者が他の肩書きを捨...

ジュンク堂

著者が他の肩書きを捨て一人の「在日」として記した自伝。淡々とした文体の中に時折見せる感傷やノスタルジアが面白い。

みんなのレビュー30件

みんなの評価3.7

評価内訳

紙の本

「リアルであること」と「クレオール主義」

2004/04/01 00:43

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:iso - この投稿者のレビュー一覧を見る

 書評タイトルにある「リアルであること」と同じタイトルの文献を著している中沢新一氏と深い関係にある網野善彦氏が死去した。その網野氏が中心となり編集された講談社の日本の歴史シリーズ。最初の00巻である「「日本」とは何か」を網野氏が著し、最終巻である「日本はどこへ行くのか」に姜尚中氏が論文を著している。網野氏の死去は私にとっていまだにショックであるが、その思想的なものは、この姜氏の『在日』に受け継がれ、流れているように思われる。そこで問われていることは、単に姜氏自身の出自に関わるようなことだけではないだろう。姜氏も『在日』第六章「日本国民の在日化」の中で述べている。

「こうして社会の光景がこの十年あまり、かなり変わってしまったような印象を受ける。それはひと言で言うと、戦後日本の安定した豊かさを支えていると思われてきた社会の仕組みや人々の生活意識の変容である。企業や組合、地域や各種団体などを中核とする共同体意識がくずれ、同時に社会的なセーフティーネットが、いろいろなところでほころびはじめるようになったのである。それは、誤解を招きやすいが、日本国民の「在日化」と言えるような現象である。」

 このことを確認したうえで姜氏は日本のナショナリズムの方向性について危惧しているが、そこで考えなければならないことは、こうした(プチも含めた)ナショナリズムの傾向に対して、どうのような立場、どのようなアイデンティティ、どのような認識論的な地平を確立することができるか、ということだろう。
 いみじくも姜氏が歴史認識の問題に触れているように、網野氏が戦後歴史学に対して問い続けた事柄と姜氏の主張が連動するように思われる。それをひと言で言おうとすれば、「海」は諸国を分断するのではなく様々な交流を生み出す、ということになろうか。それは『在日』第八章のタイトルである「東北アジアにともに生きる」という姜氏の希望とのつながりを感じる。
 さらに問い続ければ、文化人類学者である今福龍太氏の、彼の著した文献のタイトルにもなっている「クレオール主義」にまで考察を向ける必要を感じる。言語学的な領域でのクレオール語から発展させ、文化人類学的な領域におけるクレオールを通過し、思想的な領域にまで高めたノンエッセンシャリズムな認識論としてのクレオール主義。ある意味での認識論である以上、このクレオール主義を考えるとき、同時に記述の問題、すなわち近代的な科学的合理主義がもたらしたと言ってよい主観性と客観性の問題を含めた現実理解の問題、「リアルであること」に対する記述のあり方が問われてくる気がする。(そしてこの問いは網野史学とも連動するであろう。)
 そうすると、客観的な時間を超えて、現在的な地平から記憶を掘り起こし、あるがままの状態で書かれたような『在日』の、記述のあり方に注目せざるをえない。昨年9月に死去したエドワード・サイードの『遠い場所の記憶』に触発されるかたちで出版したようにも思われるこの『在日』という文献は、最も「リアル」なかたちで、私たちが問い続けなければならない課題を提出しているように思われる。

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紙の本

アイデンティティから他者性へ

2004/03/31 23:06

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:野崎泰伸 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 著者は1950年、熊本県生まれの「在日」二世。職業は大学教員。専門
は政治学・政治思想史。ドイツの社会学者、マックス・ウェーバーの研
究者として著名、というか、「朝まで生テレビ」の印象が世間的には強
いか?
 僕がもっとも印象深かったのは、第6章「社会的発言者へ」である。
この章は、姜氏が「在日」として社会的発言をするということはどうい
うことかの考察にあてられる。
 大学での研究を「干物」、メディアでの発言を「生もの」にたとえる
姜氏は、メディアでのアクチュアルな発言を、しかし、大学での研究の
蓄積に支えられたものだと分析する。こうした研究以外の仕事は、確か
に時間を割く。しかしそれは、姜氏をして、「そうしなければならない、
と自分に言い聞かせてきた」と言わしめる。
 「在日」として発言するということに関して、「なぜ「在日」は「在
日」問題しか語られないようになっているのか」、「自分が「在日」一
世のことを語るという代理行為について」など、さまざまな興味深い話
題が飛び交うが、特に僕は、次の点において興味を持ち、自分でも深め
ていきたいと思っている。
 それは、「在日」というアイデンティティを語ったり、立ち上げたり
することの「可能性」と「限界」のはざまについて、である。
 姜氏は、昨年亡くなったエドワード・W・サイードを引きながら、次
のように述べる。「植民地支配という心身に及ぶ深い「精神的外傷」を
こうむった民族が、そのトラウマを必死になって除去しようと格闘して
いるにもかかわらず、その苦渋に満ちた葛藤のドラマに、いささかの痛
みも共感も抱くことのない「加害者」がいるとすれば、その「加害者」
に向けて、新たにナショナリズムの神話を捏造して自分たちを主張した
いという誘惑に駆られることは決して理解できないわけではない」(18
3ページ)
 しかし、サイードがこうした態度を決然と否定した(サイードはイギ
リス委任統治期のパレスチナ、エルサレムに生まれ、15歳で渡米、帰化
する)ように、姜氏もまた、幾重にも引き裂かれ、どこにも所属するこ
とができないという。そして、日本に住む「アマチュア」として、発言
しようということになるのである。
 心理学者のフロイトを敷衍してサイードは、自分の中にある「他者」
の痕跡を発見せざるを得ないのではないか、という。それは、アイデン
ティティによって世界や自分が二分法的に理解されるということではな
いのである。
 だからこそ、生きていく上で、アイデンティティの立ち上げが、それ
自体で抑圧を孕むものになり得る。それが、たとえ社会的に抑圧された
アイデンティティであっても、である。
 姜氏のこの著書は、それを踏まえたうえで、姜尚中という人物像を自
ら深くえぐるものだと言えそうだ。文体は平易であり、読みやすい。多
少の政治学的知識は、下欄の豊富な解説によって補えるようになってい
る。

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紙の本

在日

2006/01/09 11:24

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:スマイル - この投稿者のレビュー一覧を見る

 在日という立場を通してみた日本、またどこにも属せないという思いをずっと持ち続けてきた自身の心の葛藤を綴った本でした。
 現在、中国・韓国と政治的になかなかうまく理解できない両国のことを少しでも理解できるかなと思い読みましたが、私達日本人は、小さい頃から近代史について、全く教育されずに育っているなぁというのが感想です。在日についても、なんとなく知っていて、私自身は、だからといって特別な感情は持って育てられてません。ただ、今は「拉致」のことで朝鮮については、否定的ですが…。 後半難しい言葉や解釈で分かりづらい面がでてきましたが、それでも姜さんの思いが、すごく重く深いものだと感じました。私でさえもう30代後半、わたしより下の世代の人達はもっとドライな感覚です。これからの政治をうまく運ぶためにも、日本はもっと歴史認識の教育に力を注ぐべきだと考えさせられました。

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紙の本

自伝にはちょっと早かったのでは

2004/07/07 21:52

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:良書普及人 - この投稿者のレビュー一覧を見る

テレビで見慣れている姜尚中教授の人となりを知りたい気持ちで
この本を読んだ。

在日の人々の気持ちの結晶が、恐らくこの本に集約されているの
だろうと思える。

埼玉県内で、指紋押捺を拒否したことからいろんなネットワーク
が出来て、国際基督教大学への奉職、東大への転身、とトントン
拍子でいったことが自然に語られているのは、意外であった。

姜尚中教授のような有能な人も、何かの切っ掛けがないと、道は
なかなか開けないものだと思った次第である。それだけに、人生
の出会いの大切さを感じさせる本である。

これまで日本社会のセイフティーネットから除外されていた在日の
人々の境遇が、今、日本人に降りかかりつつある、すなわち「日本
人の在日化」、現在の市場経済主義の元でのセイフティーネットの
弱体化に関する指摘は、ターミノロジーとして鋭いものがあると感
じた。

しかし、全体としては、やや緩慢で感傷的な文章の運びに思える。
個人の心情の吐露の履歴なのでそうならざるを得ないとも思えるが、
東大教授の自伝としては、やや物足りなさを感じるのは私だけでは
ないと思う。

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2005/01/09 22:13

投稿元:ブクログ

在日として日本に生まれ、アイデンティティをかかえながら筆者が、現在の境地にいたった考え方が、素直に私の中に入っていけた。東北アジアにともに生きる−私達が目ざす未来もそこにあると感じた。

2005/01/11 03:29

投稿元:ブクログ

最近、TVで見かけることのある姜尚中氏。どうしてこんなに厳しい表情をしているのか・・・、と疑問だった。学者は得てして難しい顔をしているものだが、彼の場合には、刻み込まれたような厳しさを感じる。
 この本ははじめての自伝だという。結構言葉が難しく、わかりにくいことも多かったのだが、それでも、彼の中には二つに「分断」されて、埋めようのない溝があり、そこに「在日」としての、悲哀と苦しみが詰まっていることを感じざるを得ない。それは私の心にも痛かった。

2005/05/07 23:47

投稿元:ブクログ

「在日」の新しい存在意義と著者の生きた時代 20代の私には「在日」という存在に対して、まったく特別な感情がない。というよりも、意識して考えなければならないほど、普通の日本人と区別がつけられない。しかし、この本を読んで、著者をはじめとして「在日」のたどってきた歴史を少し知ることが出来たと思う。冒頭に表現される彼の自分の顔への嫌悪感、また、著者の母が経験したであろう苦難の話しは心を揺さぶられる。これで、つかみはオッケーで、感情的に惹かれた読者はその後の少しむずかしい歴史の話しへ興味を引かれることになるだろう。このように、読み物としての書き方もうまい。

内容的には、著者の過去の思いでとその当時の歴史の脈動が重ねられるような形で勧められている。著者は、「オリエンタリズム」で有名なパレスチナ生まれの米国人学者エドワード・サイードを好んで引用するが、この本の最後に彼は、サイードが「人は川の流れの一つのうねり」に似たようなものだといった文を引用する。歴史の激動に翻弄された彼の人生と、「在日」という不安定な存在をうまく表現した言葉だと思う。彼は最後に「在日」という存在をネガティブに捉えるのではなく、「東北アジアを生きる」という考え方にたって、「在日」という言葉に新しい意味を担わせることによって、とてもポジティブな新しい時代を作る存在として自らを再規程している。これは、「視座をかえることによって新しいものを生み出す」という、著者の創造的な魔法のようなすばらしい運動だと思う。
カンサンジュンさんは、本物の学者である。

2010/11/25 15:55

投稿元:ブクログ

 「日本はひとつの民族だけが暮らす国ではない」と知っていながらも、自分以外の民族の人の考えに深く触れたのはこれがはじめて。
 歴史もいまの社会情勢も、私には見えていない部分がたくさんある、と思い知らされた一冊。

2005/07/02 13:49

投稿元:ブクログ

朝生でおなじみの姜尚中さんの自叙伝的な本。在日朝鮮人という人たちの感情を理解するのにこの本をお奨めします。

2005/09/28 16:54

投稿元:ブクログ

姜さんの本『在日』(講談社)を読む。姜さんと言えばテレ朝『朝まで生テレビ』でしょうか?厳しい顔をして 且つニヒルなハンサムでカッコイイがちょっとマイナーすぎて難しすぎる話をされる大学教授というイメージだった。名前から見て 韓国の方なんだろうな・・くらいの印象だった。

この人へのそのイメージがアタシの中で大きく変わったのはNHK『ようこそ先輩』に出演され、母校を訪ねる姜さんを見たときだった。いつもの苦虫を噛みつぶしたような表情(m(__)m)はそこには全くなく、苦労人且つ国際人、そして人間的で笑顔が素敵な姜さんに初めて出会った感じだった。

この本には 在日2世として生まれたその出生、日本名『永野鉄男』を捨て『姜尚中』で生きるのを決心されたこと。ドイツ留学、その後マスコミに顔を出すようになった経緯などが書かれている。

政治的なイロイロは難しすぎてアタシにはよくわからないことも多々あるんだけれど、この人の宿命。心の葛藤がカミング・アウトされているところは理解できた。逆境を乗り越えてきたんだね。人って見かけだけじゃ、わからないことが沢山ある。

日本で暮らす在日朝鮮人の人々。又、外国籍の人々。最近はまだ以前よりはよくなったとは言っても、お気楽日本人が想像できないような暮らし難さ 差別がきっと今でもあるんだろうな。(姜という字ひとつとってもすぐに見つからないし(^^ゞ)日本は他民族には 優しくない国家だからね。

国と国、国籍、民族・・その狭間で翻弄され悩み苦しみ その理不尽さを考え抜いた人。だからこそ、その分野でのスペシャリストになれるんだよね。これからもきっと活躍されるだろうな。哀しいかな、世界からは、まだまだ争いや亀裂はなくなりそうにもないからね。

2011/01/10 09:21

投稿元:ブクログ

図書館本。

自伝。それでもこの人には学問があったからよかったのだろうな。
ワイルド・スワンを読んだときも感じたけけど、海外のエリートとそうでない人たちの差は日本どころではないなぁ。。

2006/11/01 00:20

投稿元:ブクログ

姜尚中先生の自伝。姜先生も子供のころは普通の貧しい在日だったことを知りました。自分の祖父母、両親と共通するところが多く、重ね合わせて読みました。

2013/10/23 23:39

投稿元:ブクログ

確かに。

在日コリアンには、ダブルスタンダードな生き方を選ばざるをえないのかもしれない。

本書の内容、自伝の部分は多少ドラマチックな切り方があるかも知れないけれど、赤裸々な葛藤の真実だと思います。

どうしても韓国人の気質として「火病」と言われるような、ヒステリックなイメージがつきまとう。

あながちステロタイプとも言えないように感じます。

一方姜尚中は、テレビでしか見たことはないけれど必要以上にトーンが低く、ウィスパーボイスとも言える、感情の起伏を見せない、常に論理的な語り口と佇まいです。

意識してそうしているのでしょうか。

この自伝の中では、秘めたるマグマのような静かな熱さを感じます。

事実、学生時代は運動家でもあったとのこと。

先ほどのダブルスタンダード、ネットなどでは「二枚舌」とも書かれています。

日本国内での本書のような発言と、韓国マスコミに向けた発言内容との差があまりにも激しすぎるせいでしょう。

しかし、テレビで美術・絵画の解説を穏やかにしている姜尚中が本来の彼であり、本人も望む自分自身であるような気がします。

だが現在、未だそれはつかの間のことであり、許されないことなのか。

在日の「作られ方」、生き方。

諦念にも似た、「在日とはなにか」をまとめた本かと思います。

好きなのですが、シンパシィは今ひとつ得られない。

2010/01/17 17:10

投稿元:ブクログ

著者の叔父が、朝鮮半島で帝国憲兵をしていた、というのに驚く。
どんな目で周囲から見られたのか、想像もつかない。

2008/08/26 20:03

投稿元:ブクログ

姜尚中の自伝。小説としてもおもしろく読み応えがある。本人はそういう読み方は望んでいないようですが。

===メモ===
記憶は、時間とともに色あせるのではなく、逆に鮮やかに反芻されていくのだ。(pp.30)

もっとも指紋捺印義務などどうでもいいじゃないか。問題はそんなところにあるんじゃない。かつて「日本人」だった在日韓国・朝鮮人を、敗戦後、今度は自分たちの都合で勝手に「外国人」とみなし、出入国管理と外国人管理法など、様々な法律や行政処分の網の目でがんじがらめにしていることが問題だ。(pp.149)

「在日」は、長い間、日本人ならば形式上は平等にその恩恵に浴することができた社会的なセーフティーネットの張られていない状況の下で生きてきた。(中略) この十年余りの間に、一般の国民が、こうした在日的な状況に向かいつつあるのではないか。その趨勢を極論すれば、日本国民の「在日化」と言えるかもしれない。(pp.179)

アマチュアの目で発言できるのだ。エキスパートだけが発言する権利を持つと考えるのは、おかしい。しかもエキスパートも多くの場合過ちを犯したり、権力に逆らったりすることを抑制する場合が多いのだ。(pp.185)

かつて、新渡戸稲造は「我、太平洋の架け橋にならん」と言った。それはもちろん日米友好のことである。しかし、いっぽうで、玄界灘の架け橋ということは真剣に語られてこなかった。(pp.216)

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