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戦争の世紀を超えて その場所で語られるべき戦争の記憶がある
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2004.11
  • 出版社: 講談社
  • サイズ:21cm/294p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-06-212669-9
  • 国内送料無料

紙の本

戦争の世紀を超えて その場所で語られるべき戦争の記憶がある

著者 森 達也 (著),姜 尚中 (著)

20世紀後半の戦争の時代から、世界は、終わりなきイラク戦争で21世紀を迎えた。神でも悪魔でもない、その中間に宙吊り状態になった「人間」のさまざまな情念を、アウシュビッツな...

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戦争の世紀を超えて その場所で語られるべき戦争の記憶がある

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商品説明

20世紀後半の戦争の時代から、世界は、終わりなきイラク戦争で21世紀を迎えた。神でも悪魔でもない、その中間に宙吊り状態になった「人間」のさまざまな情念を、アウシュビッツなどの戦跡をめぐりながら見出す旅。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

森 達也

略歴
〈森〉1956年広島県生まれ。テレビディレクター、映画監督。
〈姜〉1950年熊本県生まれ。東京大学大学院情報学環教授。

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みんなのレビュー17件

みんなの評価3.9

評価内訳

紙の本

被虐意識の輪廻に決別を

2010/04/01 23:53

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:野あざみ - この投稿者のレビュー一覧を見る

 記者会見で公然と語られる「相手憎し」に身を乗り出した。北朝鮮拉致被害者家族会の蓮池透さんの強制退会、時効を迎えた警察庁長官銃撃事件についての警視庁公安部長による「オウムの組織的テロ」断定発言だ。
 一見、関連の薄そうな2つのニュース。しかし、本書は、「北朝鮮」「オウム」に共通項を提示していた。日本人が両者に抱く被虐意識の根深さだ。森達也と姜尚中の正鵠を得た指摘に目が覚める。
 家族会が主張する「北朝鮮への圧力」、日本人に共有される「オウム憎し」。虐げられた者の痛みは、広く共感を呼ぶ。
 だが、報復感情は煽られる一方だ。相手を悪魔や邪悪に収れんする善悪二元論に陥る危険性を挙げ、「被虐の輪廻」では解決に近づけないと訴える。むしろ、加虐の視点を提案する。
 蓮池さんは最近になって、「圧力でなく対話」を標榜、まさに加虐の視点に立とうとした。そのために、家族会から弾き出された。「被虐の輪廻」が、対話という解決手段を追い落とした瞬間だ。同時に、多くの家族会会員がそうであるように、救われず虐げられている者が発想の転換に至る難しさも、あらためて露見した。
 公安部長の発言は、自らの過ちを棚上げし、「オウム憎し」の風潮にへつらう意図が透けて見えてしまう。
 本書は、森、姜がアウシュビッツや韓国など、戦争の傷跡をたどる。対話形式で記憶に身を寄せ、被虐意識を浮き彫りにし、その意識が新たな対立を生む構図を描く。
 「北朝鮮は外なるオウム。オウムは内なる北朝鮮」。姜は、日本人が両者を理解不能で、入れ替え自由な存在ととらえていると指摘した。
 一方、森は「社会が共有しているのは(中略)加害者への表層的な憎悪」で「第三者がどれだけ冷静に考えるかが重要」と訴える。
 被虐から加虐への転換は容易ではないだろうが、そこに人類の英知を見ることができるような気がするのは言い過ぎだろうか。

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紙の本

「感性の賞味期限」

2005/04/17 11:06

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:植田那美 - この投稿者のレビュー一覧を見る

「今日のイラクの犠牲者は八十人、米軍の犠牲者は六人でジャーナリストが三人首を切られました。パレスチナでは三十五人、イスラエル人も十一人死にました。ロシアとインドネシア、スペインと北朝鮮でも爆弾テロがあって、何人かが焼け死にました。日本人の被害者は今のところいないようです。それでは明日のお天気に続いて、お待ちかねの、今日のナイター速報と大リーグ情報です。」

あなたは今日見たニュースをいくつ思い出せるだろうか。3つ以上思い出せた人は、過去のニュースに遡って同じことを試してほしい。(ここに菓子パンがある。賞味期限は3日)。あなたは毎日どれくらいニュースを見るのだろうか。一日30分としても、一年のうち一週間以上をあなたはニュースに費やしていることになるのだが…。

本書はテロや虐殺、戦争に共通するメカニズムを解読することで、「戦争や虐殺の特異性を普遍化しながら、自分たちの問題にしてい」こうとする著者らが20世紀の戦争の痕跡を訪ね歩きながら織り成す対談集だ。技術の発達に伴うリアルさの喪失によって「私たちの感性は、世界の悲惨をどんなに見せつけられても、また浮き浮きとテレビ的な日常の世界に舞い戻っトしまう」現代では、他者の死は限りなく退屈な現象に成り下がる。忘却は人間のなし得る行為の中で最も恐ろしいものだと言った人がいるが、そこまで行かずともメディアを介した記憶と忘却の回転速度には単なる人間性では片付けられないグロテスクなものがある。それは、あたかも私たちの感性にあらかじめ賞味期限が刷り込まれているかのようだ。本日中にお忘れください。期限を過ぎた思い出しはご遠慮ください。(ここに菓子パンがある。賞味期限は3日。その特徴は大量生産・大量消費・いつでもどこでも同じ味)。

とはいえ、他者の死が日常に埋没した時代にも、私たちを感性の眠りから解き放つ表現はどこかにあるはずだ。実際、「そろそろ違う夢で目覚めたい」や「外なるオウム、内なる北朝鮮」、「記憶する罪」といった暗示的なサブタイトルを持つ本書は良質な小説を思わせる。無論すべてがたった一冊の本によって変わるはずはないが、本書をせめて一つのメモ箱としたい。膨大な殺戮を繰り返しながらそれでも平和について語ることを止めない罪深い人間のための。

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2008/11/03 01:37

投稿元:ブクログ

日本、韓国、ポーランド、ドイツという、戦争の記憶の場所を森さんと姜尚中の二人で訪ねて対談するという本。戦争って、何で起こるんだろうか。とたまに漠然と考えることがある。わからない。じゃあ、戦争はどうやったらなくなるんだろうか。それはお互いを知ることなんじゃないか、お互いがお互いを抱きしめ合えることから平和は始まるんじゃないか、という森さんの考えは青いけれど、それゆえに正しいのかもしれない、と思った。やはり森さんのこの情緒的なところが好きだなぁ、と思う。(08/3/15)

2006/06/11 10:48

投稿元:ブクログ

68/100 41頁:(イエドヴァブネユダヤ人虐殺事件について姜さんが)虐殺に加担した父親が、帰宅したときには普通のお父さんになりうるということ。そこに戦争というか、殺戮の本質が非常によく表れていると思いますね。

2005/02/22 12:16

投稿元:ブクログ

 森達也、といえば、読まなければなりません。 それに加えて姜 尚中。 え?読まずにいられるかって話。自分の教養のために。
 相変わらず森達也氏のいいたいことの論点はといえば、
 主語の喪失 と 想像性の欠如。

 つまりは、主語が失われていくことへの喚起が行われているわけです。

 自分を主語に何事も考えていかないと。しかし、そうしないことは、とても楽なので、そうしてしまう。 自分に置き換えることや、もしくは実に自分を主語としていることでさえ、主語を失わせる。それってとっても生きるうえで楽なわけで、でもその、思考のなさが、すべてを悪い方向に持っていくのです。
 自分たちの中にも過去の歴史の暗い部分を担うものがあり、かれらが日常の中で異常な行動をとったことを忘れてはならない。自分を主語にして。
 一番感動したのは、アウシュビッツについて、二人が違和感を感じていたこと。私もこの間アウシュビッツに行って、なんだか違和感を感じた。
その違和感の理由を森達也氏は教えてくれた。
 被虐についてのみ考えるのではなく、加虐について考えるべきなんだ!
あまりにも被害者意識と、かわいそう、あんまりだ!って思いばかりがあらわされていて、思想の少なさ、というか、思考の少なさ、もしくは欠如があまりにも如実。
あぁ、被害者について考えることは、意外と簡単なんだから。私たちは、主語を自分にして、自分の心に聞いてみなければならない。そして、その残虐性や異常性が、日常の中に現れうるのだということを、認識しなければ。
 とってもとってもいい本。なのですが、ちょっと無知な私には難しいところもあり、眠りに誘われることも多々・・・。

2005/12/31 18:53

投稿元:ブクログ

イエドヴァブネというところから始まった姜尚中と森達也の対談。普通の、あるいは善良の市民が大量虐殺に加担した理由は何だったのか、という疑問から戦争について考えていく。恐怖と、そこから生まれる被虐的な観念。この辺がキーワードとして語られていたけど、なかなか深い洞察に満ちていたと思う。自虐が憎しみの連鎖を断ち切るという指摘がおもしろいと思った。21世紀は地球から戦争を失くすことができるのだろうか?

2011/02/05 23:24

投稿元:ブクログ

今色々と疑問に思ってたことが、すとんと腑に落ちた良書です。
加虐の記憶を受け継ぐべきだというのは凄く同感です。
何故人は事が起こった本当の理由を検証しようとしないのか?

2014/10/26 09:14

投稿元:ブクログ

決して極悪非道な化け物が戦争を起こすのではなく、普通の、気のいい人たちがある日とんでもない殺戮を始める。
どうしてそんなことが起きるのか。どうすればそれをやめられるのか。

に、ついてお二方が戦争の記憶の場所を巡りながら対談した本です。タイトルは『戦争の世紀を超えて』ですが、『超えて』の部分はほとんどありません。いかにそれが困難か、という点が大部分です。
 もちろん、これはお二方がより誠実に問題に向き合っているからこそ、でしょう。

 セキュリティ幻想が思考を停止させ、相手を人ならぬ物として排除してしまう、というのが戦争が止まらない要因の最たるものとして挙げられています。
 つまるところ、「自分の大切な人を守るために戦う」という一見美しい考えが、ほぼ確実に「自分にとって大切さの度合いが少ない人間を殺戮する」考えを含んでいることを認識できるかどうかにかかっているのかな、と思います。

2014/05/21 10:43

投稿元:ブクログ

アウシュビッツでは殺戮が業務になり、システム化され、その中で非情に歪んだ知性が働く。合理的にガス室を設計して殺すなんてのはその最たるもの。

欧州には歴史的に反ユダヤ主義があった。根深かった。知的コンプレックスがあった。
ナチスが終わっても、結局ユダヤ人はヨーロッパの外側に追いだれただけ、結局もあ問題の混血は解決していない。

2011/12/03 13:18

投稿元:ブクログ

内容が薄く、言葉遊びをしているに過ぎない印象である。彼らは虐殺を起こした本質について、突き詰めて考えようとしているのではなく、ただそういうものを話題のネタにして、自らを価値高い人間だと、周囲に喧伝したいだけであるように私には思われる。

2009/10/13 18:59

投稿元:ブクログ

未来への希望を探るために、過去について考える。戦争はすぐそこに、いつでも起こりうるもののようにも思う。「正義」って、危ないな、とも思う。
大学のときに行った、サラエボのことを思い出しながら読み進めた。そして舞台が市ヶ谷に戻ってきた時、僕の中で視点が微妙に、変わった。その自分の無意識な変化に、はっとした。

2009/12/19 12:02

投稿元:ブクログ

二年ほど前に吉祥寺の古本屋さん「百年」で出会った本。
読書中はなんども中空をにらんで自分だったらどうしただろうと想像しました。
戦争とは人間がやりはじめたこと。
自然にそこに「ある」「あった」ものではなく
わたしたち人間がはじめたことなのです。
だから考える必要があると思う。
どうしたらやめることができるのか、って。
それには、どうして戦争をやってしまうのかを考える事が大切なんだ。
いつか必ずやめられる、と人間を信じたい。

2009/12/16 16:18

投稿元:ブクログ

091216-100316 by著者s
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『人間の条件』 五味川純平 1300万部 満州での日本人を小説家し戦争の深層に迫る 153
高見順 プロレタリア作家から転向 敗戦後早々の日本の価値観の変わり様を記した敗戦日記はよい。 『如何なる星の下に』 155
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172,187,197

2010/07/28 00:37

投稿元:ブクログ

イムジン河の川幅が一番狭いところで100メートルだと初めて知った。思わず考える。加古川の幅はいくつだ、淀川は一体どれくらいだろう。涙が止まらなくなった。そういう趣旨の本じゃないんだけど。

考えることをやめちゃいけない。自分の目で見て自分の頭を使う。当たり前のことなのに、何でこんなに難しいんだろう。

2010/12/22 14:23

投稿元:ブクログ

色々と勉強になり、参考になり、知識になった本。

でも、彼らとは微妙に意見が食い違う自分がいる。

意見の何が違うのかは、もう一つはっきりしない。

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