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紙の本
百年早すぎた作家
2005/02/28 17:28
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Tabby - この投稿者のレビュー一覧を見る
とあるクイズ番組の風景。
司会者「スクリーンの向こうに赤く丸い物体があります。さてこれは何でしょうか?」
解答者A「リンゴです」
司会者「Bさんもリンゴだとお思いですか?」
解答者B「いいえ、トマトです」
司会者「ブー、残念! お二方とも間違いです。正解は……ナイショ!」
チェーホフの小説・戯曲を読んでいると、このふざけたクイズ番組のように、いつもはぐらかされた気分になる。読むたびに違った印象を受けるのである。ある登場人物に肩入れすると、その人の言っていることが正しいように思え、また別の人に肩入れすると、別の見方が正しいように思えてしまう。チェーホフ後期の代表作の一つ、『中二階のある家』など、その最たる例であろう。風景画家である「私」と、社会運動に精を出すリーダの議論は、一向に噛み合わないまま繰り広げられていく。語り手である「私」の言っていることが一見正しく思えるものの、そうでもなさそうだ。リーダの主張することにも一理ある。
だからチェーホフは嫌いだ、本当は何を言いたいのかが分からない。という向きもあろう。そんな中、チェーホフ読解の手がかりを与えてくれるのが本書である。
チェーホフの生い立ちから始まり、不幸な少年時代、駆け出し作家の時代、名声の獲得、そしてサハリン旅行と、ごくごくオーソドックスながら、チェーホフについて押さえておくべき背景は本書で懇切丁寧に語られている。またとないチェーホフ入門書である。
代表的な短編にも言及されているので、気に入った短編があれば、手にとって読むこともできる。
チェーホフは、ドストエフスキー、トルストイといった、いわば「文学の父」亡き後に登場した作家である。まさにこれは、その百年後の、「大きな物語」が崩壊した「ポストモダン状況」と符号が一致する。となれば、去年に没後百年を迎えた今こそ、チェーホフは読まれるべき作家なのかもしれない。
『六号室』なんてどこにでもあるし、『箱に入った男』も、誰の周りにも一人や二人はいるはずなのだから。
本書を読んでも、チェーホフが何を言わんとしているかはおそらく分かるまい。冒頭のふざけたクイズ番組のごとくはぐらかされる事多々あるだろう。
だからこそ、チェーホフのおびただしい数の短編・戯曲には、これからも読者各自の「答え」を出す楽しみが残されているのだ。本書はその「答え」の土台を提供してくれている。