- 出版社:ベストセラーズ
- サイズ:15cm/223p
- 利用対象:一般
- ISBN:4-584-39206-4
天皇家はなぜ続いたのか (ワニ文庫)
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- 税込価格:620円(17pt)
- 発行年月:2005.3
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ユーザーレビュー- 「天皇家はなぜ続いたのか」
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2009/12/02 22:29
トヨ(神功皇后)をめぐる冒険
投稿者:GTO(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
纏向遺跡、箸墓古墳の調査が進むいま(2009)が、旬の本である。
著者ははっきりとは言い切っていないが、私なりに私見を入れてまとめると次のようになる。
「日本書紀」は、中臣釜足を祖とする藤原氏が、武内宿禰を祖とする蘇我氏の功績を歴史から抹殺しながら記述しようとした歴史書である。そのため不自然な記述が多いが、その理由を推測していくことで古代の政争(真実)が見えてくるのではないか。そして、それにより分かるヤマト王権の成立過程こそ、天皇家が続いた原因と考えられるというものである。
歴史書上の初代の天皇は神武天皇である。実在したと考えられる最も古い天皇は、応神天皇だとされている。応神の母とされる神功皇后の夫、仲哀天皇以前の天皇の実在は疑われているし、崇神天皇以前は実在の可能性は極めて薄いとされる。しばしば指摘されるように神武天皇も崇神天皇も諡がハツクニシラスである。そして、歴代の天皇で神の名を持つのはこの4人のみ(神功皇后は天皇ではないが、仲哀死後、が即位するまで、天皇不在で実質上の天皇)。
すると、「日本書紀」が成立したとされる8世紀初頭(藤原不比等の時代)と蘇我氏が実権を奮った6世紀末から7世紀半ば、ヤマト王権が世襲となったと考えられる5世紀(応神天皇の時代)、そしてヤマト王権誕生であろう3世紀(卑弥呼の時代)が三重、四重重ねになって見えてくる。
アマテラスのモデルは卑弥呼である。トヨウケは台与であり神功皇后、仲哀天皇は武内宿禰(蘇我氏の祖)と置いて見ると祟る天皇の成立ができあがる。また、武内宿禰は百済と関係が深く、百済と日本の関係が歴史上大きく関わっているのが、応神天皇(讃)の頃の好太王碑文に登場する戦い(日本側の勝利)と蘇我氏が衰え、「日本書紀」編纂が開始される直前の白村江の戦いである。白村江の戦いでは、日本は戦いに敗れ半島から撤退している。そのため、半島との対立もまた編纂に大きな影響を与えたと考えられるだろう。
現在進行中の纏向遺跡や箸墓古墳の調査がどのように進展するかは分からないが、卑弥呼の金印でも出ない限り(台与が中国に返してなければだが)邪馬台国の位置の特定までには至らないだろう。魏志倭人伝から晋書に現れるまでの空白150年があるため、この時代にはいつまでも歴史ロマンなるものが引き継がれ、学界だけでなく在野の研究家の論争を楽しんでいくことになるだろう。



