- 出版社:あかね書房
- サイズ:30cm/1冊(ページ付なし)
- 利用対象:小学生
- ISBN:978-4-251-00942-5
見えなくてもだいじょうぶ? (あかね・新えほんシリーズ)
フランツ=ヨーゼフ・ファイニク (作), フェレーナ・バルハウス (絵), ささき たづこ (訳)
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- 税込価格:1,470円(42pt)
- 発行年月:2005.4
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商品説明- 「見えなくてもだいじょうぶ?」
お買い物にきた町の通りのまんなかでカーラは迷子になってしまいました。カーラに声をかけてくれたのはなんと、目が不自由なおにいさんでした。おにいさんはカーラを助けてくれるというのですが、でも、どうするのでしょう…?【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介- 「見えなくてもだいじょうぶ?」
フランツ=ヨーゼフ・ファイニク
- 略歴
- 〈ファイニク〉1966年オーストリア生まれ。障害者活動を積極的に主導。
〈バルハウス〉1951年ドイツ生まれ。ミュンヘン美術大学卒業。ドイツ児童文学賞絵本部門受賞。
ユーザーレビュー- 「見えなくてもだいじょうぶ?」
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2011/05/26 00:53
「だれでもぜんぶ見えているわけじゃないんだよ。」
投稿者:wildcat(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
国際児童図書評議会(International Board on Books for Young People : IBBY)の障害児図書資料センターでは、
隔年で世界各国から集めた資料の中から40タイトルを選び、
IBBY障害児図書推薦リスト(Outstanding Books for Young People with Disabilities)を作成している。
本書は、2009年の推薦リストに「障害児者が描かれている図書」として選ばれた作品である。
土曜日の町に買い物に来ていたカーラは両親とはぐれてしまう。
電話ボックスのそばで泣いていた彼女に最初に気づいたのは、
「犬をつれたおにいいさん」だった。
「おとうさんとおかあさんが、いないの。」というカーラに、
「じゃあ。ぼくがさがすのを手つだってあげるよ。」とおいうおにいさん。
でも、おにいさんがうでにつけているのは、「目が不自由な人のしるし」。
「どうやっておとうさんとおかあさんを見つけるの?」と率直に訊く彼女に、
「だって、きみをちゃんと見つけただろ。」と軽快に答えるおにいさん。
確かに、他に彼女に気づいた人はいなくて、最初に見つけたのは彼だった。
「だれでもぜんぶ見えているわけじゃないんだよ。」と意味深なことを語る彼は、マチアス。
これが二人の出会いだった。
ところで、本書はオーストリアの作品だ。
ここで描かれている「目が不自由な人のしるし」というのは、右腕にまかれている黄色い腕章だ。
黄色地に三つの黒い点がついている。
マチアスは、白杖も持っていて盲導犬も連れている。
こういったところが日本と違うことがわかる。
視覚に障害のある人と障害のない人が一緒に歩くとき、
手引きをするのは障害のない人で、手引きをされるのは障害のある人という図式をたいていは思い描くだろう。
障害のある人が大人で障害のない人が子どもでも、その固定観念が崩れないことがあるくらいに
強固なイメージがあるかもしれない。
方向音痴な私は、障害のある人と出会ったばかりの学生の頃、
相手の方がよく知っている場所の時は、よく「逆手引き」をされていたことがある。
それでも、自分よりも相手が見えていることがあるということを忘れてしまうことがあった。
そんなことを懐かしく思い出した。
さて、カーラとマチアスは一緒に街を歩いていく。
歩いていく中で、盲導犬のこと、どうして目がよく見えないのか、
見えないとどんなことに困るのか、どんなサポートがあればいいのかなどを自然に語っていく。
カーラが、これはマチアスにはできないだろうと思うことを、おもしろいように裏切っていく。
あてっこも映画も、どうすれば楽しめるのか、
リンゴがうれているかどうかやお金の違いはどうしてわかるのか、さりげなく語っていく。
絵は、カーラが見ている世界にマチアスが感じている世界を加えて街を描いている。
音やにおいや肌触りが、鮮やかな色や斬新な表現で置き換えられているかのようだ。
音で聴き、肌で感じる、視覚以外の感覚世界を絵にした作品といえるだろう。
視覚障害者がどうやってパソコンを使っているかもわかるし、点字も出てくる。
自然の会話で説教くさくなく、ほぼ視覚障害のある人の生活を語ってしまうのは、見事としか言いようがない。
そして、障害のない人が助ける側、障害のある人が助けられる側であるという
固定観念を鮮やかにしなやかにひっくり返している。
逆転はもう一つある。
視覚障害のある人のことを先に学んだのは、両親ではなくカーラの方だ。
「だれでもぜんぶ見えているわけじゃないんだよ。」
マチアスのちゃめっけのある声が聞こえてきそうだ。
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2009/08/16 14:45
見えないよ、でも大丈夫なんだ。
投稿者:wildflower(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
この作品はあかね・新えほんシリーズの22巻。
こころの、冒険。というキャッチフレーズが
裏表紙の折り返しに見えます。
ちいさな女の子カーラちゃんと視覚障害の青年マチアスくんが
土曜日の朝雑踏で出会います。
カーラちゃんは両親と買いものに来て、はぐれてしまったのです。
泣いている彼女に誰ひとり、注目するひとはいませんでした。
盲導犬シンディをつれたマチアスくん以外には。
一緒におとうさんとおかあさんを探してくれるとわかって
カーラちゃんはうちとけて、彼に尋ねます。
「おにいさんは、どうして目がよく見えないの?
こんなことを聞いたらいけないかしら?」
雑踏のなかを歩きながら、二人の対話は続きます。
マチアスくんと話しながら、カーラちゃんはだんだん
知らなかったことをたくさん、知るようになっていきます。
見えないって、すごく不便かもしれない。
でも、たくさんのほかの感覚(聞こえたり、触ったり
嗅いでみたり)をつかって
見えるひとよりもうんとたくさんのことを
受けとめているんですね。
この作品のおお!と思ったのは、むしろ後半でした。
町じゅうをどんなに探しても、カーラちゃんの両親がいないのです。
さて、絶体絶命でしょうか……?それとも?
*****
この作品は、オーストリアの
フランツ・ヨーゼフ・ファイニク(Franz-Jpseph Huainigg)さんが
書かれています。ちいさな子どもの頃の予防接種の副作用で
両脚が麻痺し車椅子で生活をなさっているのだそうですが、
なんとオーストリアの国会議員さん。(2005年当時)
絵を描いているのは、ドイツの方、フェレーナ・バルハウス(Verena Ballhaus)さん。
ドイツの児童文学賞(絵本部門)の受賞経験もある方です。
絵がお上手だと思ったのが、見えるひと/見えないひとが
同時に町を歩いていく、ということを
どうやって絵で語るのかというのは
とても難しいんじゃないかと思うのですね。
見えない世界は、実際には「闇」なわけですが
それではどうにもなりません。
よく見ると、見えているカーラちゃんの画面はフルカラーで
マチアスくんが語る世界は、うすいモノトーンのなかに
受け取れるサインだけが彩色されているんです。
もうそれだけで、唸ってしまいそうなくらいの技です。
作者がまた、お上手なのは
お話そのものがとてもおもしろいこと。
カーラちゃんが、どうやって両親と会えたのか
そのいきさつは、とてもはらはらどきどきします。
「大丈夫なのか?」という疑問符がどうしたって、あるからです。
見えない世界を知らない、ということは
そういうことだろうと思います。
それを否定せず、真正面から受けとめていて
それがやがて「へえ!?」と「すごい!?」に
変わっていくんですね。
ものがたりの運びで、自然に学びがあり
見えるひと/見えないひとの間にあった壁はいつのまにか
とても低いものになっていることに気づきます。良書です。









