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コカイン・ナイト

  • 出版社:新潮社
  • サイズ:16cm/574p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-10-227102-3

コカイン・ナイト (新潮文庫)

J.G.バラード (著), 山田 和子 (訳)

  • 全体の評価 4.52件のユーザーレビュー
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  • 税込価格:94026pt
  • 発行年月:2005.7
  • 発送可能日:購入できません

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ユーザーレビュー- 「コカイン・ナイト」

全体の評価
4.5
評価内訳 全て(2件)
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1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2011/04/25 15:55

退屈な未来のはじまり

投稿者:わたなべ(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

このほど「病理社会の心理学」三部作の翻訳が完結したので、第一作から読み返そうとまず本書『コカイン・ナイト』を読んだ。
旅行記者の主人公(一人称の語り手)が、スペインのリゾート地で弟が大量殺人の容疑者となったのを知り、現地に赴いてその無罪を確信したために事件の真相を探る、というもの。かつて「未来は退屈なものになるだろう」と語ったバラードは、その「未来」に忠実であるかのように、フィルム・ノワールやニューロティック・スリラーといった40年代から50年代にかけての北米の表象を丹念に写し取った「サイコのスタイルでリメイクされたカフカ」のような物語を構築している。
少し熱に浮かされたような主人公の、バラード特有の傍観者的視点が物語が進むにつれしだいに本人が気づくことなく、次々に登場する怪しげな人物たちのオブセッションに巻き込まれ、ついにはみずからが行動者になりおおせるある種の「ミイラ取りがミイラに」という言葉を想起させる、回想と妄想が交錯する物語では、いかにも「現代的」に、決定的な場面はついに最後まで描かれることはなく、本当には何が起こったのか、は、慌ただしい会話の中でまくしたてるように流されてしまうだけだ。
小説家としてのバラードの評価は、最初期のシュールレアリズムの絵画を思わせるような終末のビジョンを描いた流麗な描写力、ついでニューウェーヴ運動からSFに文学を導入し現代の最前衛での表現形態とみなす「濃縮小説」の実験的なスタイル、さらには技術と人間性の相克と葛藤を描く思弁性が遺憾なく発揮された「テクノロジカル・ランドスケープ」の作品群、そしていわゆるシリアスな「文学」としてはもっとも評価された自伝的作品を経て、どこかあっけらかんとそれまでの作風を総合するかのような「夢幻会社」を契機とする作品群、と、さまざまな層のそれぞれの時期の支持者がいるのだが、私見の及ぶかぎり、「病理社会の心理学」の三部作に対する評価はいまひとつ低く、あのバラードも時代に追いつかれてしまった、と言われることさえあったのだが、そういった評価は、おそらく、バラード的未来の「退屈さ」と、決定的場面の不在に由来するのだろう。しかしもちろんそこにこそバラードのもっとも強い「現在性」が存在するのだ。

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4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2005/12/17 11:57

病理の最適化チューニング

投稿者:SlowBird(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

太陽溢れる地中海沿岸スペイン領のリゾート地には、ヨーロッパ中から有閑階級が集まっている。この地で5人の死者を出す放火事件の犯人として逮捕された弟の無実を晴らそうと、サウジアラビアのリヤドで共に少年時代を過ごした兄がその謎を解こうと探索を開始する。ある種の謎解きのミステリ(というよりアンチミステリか)仕立てであり、この主人公である兄が、収監されている弟の後を追うかのように、頽廃に覆い尽くされた地域コミュニティに入り込んで行く過程も含めて、手に汗握って読まされる。
その生ぬるい胎道巡りに平行して、このような犯罪を生み出したコミュ二ティの病理を探索するという、もう一つの物語が進んでいる。
科学技術は20世紀においては工業社会を生み出すと同時に、また人類の滅亡ももたらし得るという究極地点にまで到達した。世紀末から今世紀にかけては、脱工業化社会としてサービス・情報という抽象度の高い産業化が進み、そこでは新たな病理が人類に蔓延していく。H.G.ウェルズが「解放された世界」などで20世紀を予言しきったように、本書ではそういった21世紀の行く末を予言しているのだ。
たぶん、差別だの階級闘争だのの外的圧力が人間の核部分の形態を浮き出させていた時代には、そこに病理を特定することが出来た。しかしそういった抑圧が消失した世界での病理は、例えば「自分探し」であったり(芸術も自己確認の手段に過ぎなくなる)、他人の持つ特異性を叫び立てることで自分の存在を確固にしようとするところに現われる。そこではまったく素朴で、故にエネルギッシュであるような者がアイドル化される。こういったバラードの予言は、実際に年を追う毎に正確さが証明されつつあるだろう。
一人一人の中に潜む病理は、日常生活を営む分には差支えないように巧妙にチューニングされている。しかし少しずつ肥大化は進み、いつか外殻を食い破って表層化する。誰が先にカタストロフィを迎えるのかの競争こそが、現代社会における闘争の形態であり、また最大の娯楽であることは、今や衆目の一致するところではないだろうか。

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