- 出版社:草思社
- サイズ:20cm/433p
- 利用対象:一般
- ISBN:4-7942-1465-0
文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの 下
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- 税込価格:2,100円(60pt)
- 発行年月:2005.12
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商品説明- 「文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの 下」
問題解決に成功した社会と失敗した社会の違いはどこにあるか。現代中国やオーストラリアの惨状を分析しつつ、崩壊の危機を乗り越える道の可能性を探り、過去の教訓から学んだきわめて現実的かつ建設的な処方箋を提示する。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介- 「文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの 下」
ジャレド・ダイアモンド
- 略歴
- 〈ジャレド・ダイアモンド〉1937年ボストン生まれ。カリフォルニア大学ロサンゼルス校地理学教授。「銃・病原菌・鉄」でピュリッツァー賞受賞。他に「セックスはなぜ楽しいか」など。
ユーザーレビュー- 「文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの 下」
5人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2011/02/01 05:07
いまさらながら、われわれが進めべき道
投稿者:良泉(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書より抜粋。
「雑音の多い変動の中に隠されたそういうゆるやかな傾向のことを、“這い進む常態”と呼ぶ。経済、学校、交通渋滞、その他あらゆる物事が、ただゆるやかに悪化していく場合、平均するとわずかでしかない前年に比べての翌年の悪化を認識するのはむずかしく、“常態”を形作る物事の判断基準が、感知できないほどゆっくり変化する。」
気づかぬまま徐々に茹であげられるカエルのように、人間をとりまく環境のゆるやかな悪化は、“這い進む常態”として気づかぬまま進行する。
そして、いつのまにか進行した環境悪化により、人間生活自体が脅かされるようになる。時すでに遅し、手遅れ。多くの文明社会が、栄華を誇った多くの文明が、信じられないほど“あっさりと”崩壊していった。
人間とは、つくづく“アホ”な動物なんだと思う。茹であげられるカエルの場合、そもそもカエルには罪はない。本人の知らぬ間に、他に所存する意志により水が熱せられるものだから。本人が気づくのが遅れても仕方ない面がある。
しかし、人間社会における文明崩壊の場合は違う。周囲の環境悪化をもたらしている原因は、自分自身にあるのだから。手遅れにならないうちに気づかなければならない。それは、自分たち人間の生存のためでもあるとともに、この地球に共存する様々な生物たちのためにでもある。この地球に宿を借りる生物種の一つとして、当然持たなければならない礼儀の一つである。
かつて栄華を誇ったさまざまな人間文明が、いともあっさりと崩壊していく過程を入念に検証した著者は、社会の存続を支える環境資源を住民みずからが意図せずして破壊していく状態を「生態系自死(エコサイド)」と呼んだ。
過去の社会がみずからの環境を害することによって弱体化する課程を八つの要因に類型化した。
森林乱伐と植生破壊、土壌問題(浸食、塩性化、地力の劣化など)、水資源管理問題、鳥獣の乱獲、魚介類の乱獲、外来種による在来種の駆逐・圧迫、人口増大、ひとり当たり環境侵害量の増加
また、現代におおいては、あらたな四つの要因が加わることを指摘した。
人為的に生み出された気候変動、環境に蓄積された有毒化学物質、エネルギー不足、地球の光合成能力の限界
現代社会においては、ある程度知られたこれらの項目であるが、その現代社会においても、人類は、これらを食い止める絶対的な方策を未だ得られていない。
科学文明が飛躍的に発達した現代社会においても、われわれは、過去に文明社会を滅ぼした“未発達な”ご先祖と全く同様に、われわれの社会を滅ぼしてしまうことは時間も問題である。
われわれは、今更ではあるが何をなすべきなのか。
逆に上記と相反する道をとり、文明社会の存続に成功した例の一つとして、著者は「江戸時代の日本」をあげる。
著者は鎖国時代の日本を、「自給自足と意図的な孤絶から成るこの驚嘆すべき体制」と呼び、その“成功”の理由を次のとおり述べる。
「島国という孤絶した状態、ゼロに等しい外国貿易、外国への領土拡大の断念によって、当然ながら、自国の資源に頼らなければならず、他国の資源を略奪して需要の問題を解決するわけにはいかなかった。同様に、将軍が強いた鎖国という平和によって、国民は隣国の木材を奪取して需要を満たすことはできないと知った。外国の思想が入り込まない安定した社会に暮らしていた日本の権力者と農民たちはどちらも、将来が現在と変わらないこと、現在の資源で将来の問題が解決されることを期待した。」
現代の日本を全く単純に鎖国時代に引き戻すことなどできるわけがない。しかし、過去にわれわれの直接の祖先が成し遂げた“成功”は大いに参考になるし、励みにもなる。鎖国時代の人々が、「孤絶」という逆境の中で、いかに自然や周囲の人々と共生することに努めたか。暖衣飽食とかけ離れた生活の中で、いかに満足を得ようとしていたのか。
大きな絶望感の中で、わずかな期待と希望がそこに見えるような気がする。







