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ゲド戦記 ソフトカバー版 1 影との戦い
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  • カテゴリ:小学生
  • 発行年月:2006.4
  • 出版社: 岩波書店
  • サイズ:18cm/302p
  • 利用対象:小学生
  • ISBN:4-00-028071-6
  • 国内送料無料

紙の本

ゲド戦記 ソフトカバー版 1 影との戦い

著者 ル=グウィン (著),清水 真砂子 (訳)

アースシーのゴント島に生まれた少年ゲドは、自分に不思議な力がそなわっているのを知り、真の魔法を学ぶためローク学院に入る。進歩は早かった。得意になったゲドは、禁じられた呪文...

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ゲド戦記 ソフトカバー版 1 影との戦い

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ゲド戦記 ソフトカバー版 6巻セット

ゲド戦記 ソフトカバー版 6巻セット

  • ル=グウィン 〔著〕
  • 評価4.0レビュー:37件
  • 税込価格:7,56070pt
  • 発送可能日:購入できません

商品説明

アースシーのゴント島に生まれた少年ゲドは、自分に不思議な力がそなわっているのを知り、真の魔法を学ぶためローク学院に入る。進歩は早かった。得意になったゲドは、禁じられた呪文を唱えてしまう。【「BOOK」データベースの商品解説】

【ボストングローブ・ホーンブック賞(1969年度)】魔法使いゲドの生涯とアースシー世界の光と闇を描く壮大な物語の第1巻。不思議な力を持つ少年ゲドは、真の魔法を学ぶためローク学院に入る。進歩は早かった。得意になったゲドは、禁じられた呪文を唱えてしまう…。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

ル=グウィン

略歴
〈ル=グウィン〉1929年カリフォルニア州生まれ。アメリカの作家。大人向けSFでヒューゴー賞、ネビュラ賞など数々の賞に輝く。著書に「闇の左手」など。

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みんなのレビュー86件

みんなの評価4.2

評価内訳

紙の本

今までにない戦い方

2006/07/24 16:50

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:クリス - この投稿者のレビュー一覧を見る

 『正義は勝つ』これが今までの戦い方でした。しかし、この作品は影を光が打ち負かすのではなく、影と光が互いに抱き合って一つにとけあってしまいます。
 初めは傲慢で、それが故に自ら影を解き放ってしまうゲドですが、影に追われ続けるうちにその心は落ち着いていきます。影は最初は《追う者》でゲドを追い詰めていきます。しかし、ゲドが影を追うのは自分だと気がついたとき、二つのものは切れない絆で結ばれていきます。
 人間は影と光の部分を必ず持っています。この二つは欠けることなく、いつでもついてまわっています。どちらかがどちらかを倒すのではなく、ちゃんとお互いの存在を受け入れて生きていかなきゃないと感じさせてくれたのはこの物語でした。

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紙の本

映画になるから、というわけではありませんが、、、。

2006/07/22 19:22

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:kokusuda - この投稿者のレビュー一覧を見る

スタジオ・ジブリでアニメが製作された「ゲド戦記」。
シリーズ1作目にしてファンタジーの名作として知られているのが
本作です。

物語の舞台は「アースシー」と呼ばれる世界です。
大小様々な島が混在する多島海(アーキペラゴ)に中世風の暮らしを
営む人々が住んでいます。
その世界に若くして「竜王」「大賢人」の名誉をかちえた男がいた。
彼の名は「ハイタカ」、本名を「ゲド」。
今日まで数々の歌に残されるほどの大魔法使いだった。
これは彼が有名になり冒険が歌われるようになる前の若き日々の物語、、、。

ハイタカは辺境の地ゴンド島に生まれた。
少年の頃から魔法の才能があり大魔法使いオジオンの弟子になった。
しかし、彼は沈黙のオジオンと呼ばれる師匠の地道な修行に飽き足らなかった。
彼の野心?プライド?功名心?が強い欲求となっていた。
彼はゴント島を出てローク島にある学校で学ぶことになったのだが、、、。

ハイタカは彼自身の野心?プライド?功名心?のために「名も無き影」を
呼び出してしまい、影に追われ続ける。
周囲の人々を巻き込み災いをもたらし続ける影。
ハイタカと「名も無き影」の決着は、、、。

ル=グイン女史はエッセイでファンタジーは、「この世の真実を明らかにする」
効果があり、この「ゲド戦記」は男女の区別無く、「人間としての成長と本質を描こう」
としている、と書いています。
また男女や貧富の格差などによる差別にも関心を持ち、
「作品に少なからず反映している」とも述べています。
他にユング心理学などによる自我と獣性の戦い、とか世界の調和についての戒め、
などと解釈する批評家もいますが、作者が否定したりしてます。
ちなみにジブリ版も後者の解釈みたいで、、、(笑

ハイタカ(本名ゲド)、オジオン、カラスノエンドウなど魅力的な登場人物たち、
不思議な魔法の数々、アースシー世界の異質な自然と社会や文化。
ル=グィン女史は考えたのではなく自身の無意識の中から、これらを発見した、
と述べています。
この物語はファンタジーとしてのエンターテインメントを持ちながら、
作者の内面、思想、社会や文化に対する認識などについて描かれているのでしょう。
面白さやワクワク感だけではない何か。
冷徹な視線だったり、攻撃的な皮肉だったり、人生における真実だったり、、、。
これらが彼女の作家としての持ち味となって、子供たちや大人にさえ
受け入れられている原因なのかもしれません。

最後にル=グィン女史は小説、絵本、エッセイ、評論と様々な著書があり、
SF、ファンタジー、児童文学、一般小説と分類されるジャンルも様々です。
しかし、効果や対象に若干の違いはあれど彼女の中では全ての著作が同列のようです。
本人いわく「ハンドバッグを振り回して戦うおばさん」だそうですから、、、。
社会(世界?)の矛盾や自分自身と戦う姿勢が様々な作品に見て取れるように感じます。

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2007/03/01 16:05

投稿元:ブクログ

評判に納得。最初から読者を引き付けて離さない展開。ゲドの成長譚でもある。内包する物語がまだまだありそう。続編が楽しみ。

2007/07/14 22:00

投稿元:ブクログ

▼昔よりわくわくしないのは、私が大人になってしまったからだろうか。それでも良質なファンタジーであることは間違いない。哲学的だ。▼「ゲド、魔法の学校に入る」と帯に書いてあったので、ハリーポッターかと思っちゃったじゃないか。学校シーン、ちょびっとだけじゃん!
(2006.12.6)

2006/08/03 01:17

投稿元:ブクログ

ゲドは、1巻から読むべきだそうです。
たしかにそうだよね、うん。映画がクローズアップされてますが、そして酷評が多いですが、それだからこそ原作読むべきだと思います。宮崎パパ、何気に席立っちゃったらしいですね;;

2006/09/28 00:20

投稿元:ブクログ

◇◇◇『ゲド戦記 影との戦い』について書くための前置き◇◇◇
■スタジオジブリによるゲド戦記の映画化があって、僕の周りには思ってもみなかったゲド戦記ファンが何人かいることがわかった。僕がゲド戦記を初めて読んだのは高校1年生の夏休みだったと記憶している。その頃から現在まで、ゲド戦記のファンだという人には出会わなかったし、マイナーなファンタジーに過ぎないのかと思っていた。

■僕がゲド戦記を読んだのは高校の夏休みの課題の読書感想文のためだった。高校1年生の夏休みに『影との戦い』を読み、高校2年生の夏休みに『こわれた腕輪』を読んだ。そして、当時「三部作」だった最後の『さいはての島へ』を3年生の夏休みに読もうと考えていたのだが、読書感想文という課題は3年時にはなかった。そのため、『さいはての島へ』は読まないままでいたし、4冊目の『帰還』も実家に所蔵はされていたが、読まないままでいた。

■何も読書感想文という必要に迫られずとも読めばいいものを読まずにいたのは、当時の僕にとってゲド戦記が特別面白い本ではなかったということを物語っている。面白い本ではなかったどころか、文章が読みにくくて読み進めるのが苦痛な本だったと記憶している。

■映画化があって、周りにファンがいることを知って、読まずにいた3冊目がどんな話であるのかが気になった。もしかすると今読めば理解ができるのかもしれない。そう思って、帰省した際に3冊目と4冊目を読んだ。

■3冊目を読んで、映画で主人公のような顔をしている少年がアレンであることはわかったが、「命を大切にしないやつは大嫌い」とか何とか言っているヒロインが登場しないので、あれっと思って4冊目を読んだ。しかし、4冊目のアレンは3冊目で試練を終えてすっきりした顔で脇役でしか登場しない。映画の予告で顔に火傷らしきものをおったヒロインはテルーらしいが、「命を大切に」云々とは言いそうもない。

■となると5冊目が原作にあたるのだろうかと思ったが、5冊目は実家にはない。しかし、まあ、もうどうでもいいかという気になっていた。3冊目4冊目もやはり面白いとは思わなかった。きっと僕はこの作品との相性が悪いのであろう。そう納得すればいいものをどうしてもすっきりしないものが残るので、1冊目の『影との戦い』を読み直してみようと思った。

◇◇◇無駄のない名作◇◇◇
■高校1年生の時には何日かかけて読んだ本も今では数時間で読み切ってしまえる。話の筋を忘れないうちに最後まで読むことができた。

■ゴント島の鍛冶屋の息子ダニー(ゲドの幼名)は、幼少時にまじない師の女性に見出されて簡単なまじないを教わるようになる。まだ本格的な魔法の教育を受ける以前に、彼はカルガド帝国によって侵略を受ける十本ハンノキの村を教わったまじないを駆使して守り通す。村を守った彼は倒れて寝込んでしまう。その彼を救ったのがかつて島を地震から守ったとして名高い魔法使い・沈黙のオジオンだった。

■成人してオジオンの弟子となり、正式に魔法を教わるようになったゲドだが、オジオンはなかなか直接的には魔法を教えてくれない。知識と力を得たい��願う若者のはやる気持ちと、教えを授ける教師の落ち着いて焦らない態度とが描かれるのを読んで、思わずニヤッとしてしまう。

■やがて、ゲドはオジオンの元を離れロークの魔法学院に入学する。ロークでは憎いライバルとしてヒスイ、物語後半の旅の共ともなる友人としてカラスノエンドウと知り合う。自分より出来て、自分を馬鹿にしたような態度をたびたび見せるヒスイにゲドは反感を強めていく。かつて友人がゲド戦記のことを「ジュブナイル」小説だと言っていたが、なるほどジュブナイルだなあと思う。物語の展開や配役に無駄がない。名作の名作たる所以か。

◇◇◇誘惑の位置づけ◇◇◇
■着々と力を付けていくゲドは、しかし、ヒスイへのコンプレックスは拭うことができず、ついには、ライバル意識から禁断の魔法を示威行為のために用いてしまう。そのために現れ、ゲドに付きまとうことになる「影」との戦いがここから始まる。せっかくうまくいっていた修行もこの一件のために後退することになるし、何より若くして今後の人生に重い枷をかけられてしまう。それも、自分の思い上がりが原因なのだから救われない。

■ロークを卒業したゲドは竜の脅威にさらされるロー・トーニングへ派遣される。ゲドはペンダーの竜との交渉を成功させる。ペンダーの竜は、ゲドを狙う影の名前を教えてやろうかと誘うが、ゲドはこの誘惑に打ち克つ。次に向かったオスキルではテレノンの石の誘惑と戦い、これにも勝利する。どちらものってはいけない誘惑で、ゲドはどちらにも心を揺れ動かせながらもこの誘惑を逃れ、危機を脱する。

■これらの誘惑は何なのだろうかと思う。どちらも自分より大きな力、未知の不思議な力だ。一度は読んでいる話だし、薄々と影というのはゲド自身なのだろうなと予測はつく。自分と戦うのは自分の力でなければならないし、外部の何かに頼ることは大きな災いを呼ぶことになる。影はゲドを乗っ取ろうとするし、乗っ取った影はゲドの力をそのまま手に入れる。「誘惑」は影の仕組んだものとして語られる。自分の責任を放り出して、判断を他人任せにするとろくなことにならないというメタファーなのだろうなあと思いながら読んだ。

◇◇◇自分と向き合うことにともなううだうだ◇◇◇
■オスキルを離れたゲドはオジオンの元を訪れる。オジオンとの再会を経て、ゲドは影と正面から戦う決意をし、「狩り」に出る。かといって、相手がどこにいるかはわからないのだが、ゲドは海に出る。海に出るのは、他人を巻き込まないためと、もし影に乗っ取られてしまってもそのまま海中に没すれば被害は最小限に食い止められるだろうとの目算があってのことらしい。

■その後、海上での影との接触があったり、次作への伏線が張られたりしながら、立ち寄った島でカラスノエンドウと再会し、見届け人としてのカラスノエンドウと共に南へと帆を張る。そして、二人がいくつもの島に立ち寄るエピソードをカバーの裏にプリントされた地図と照らし合わせながら読み進む。最初見たときはゴチャゴチャしたわかりにくい地図だと思ったが、この地図もこの物語に添えられた重要なアイテムなのだなと感じられた。

■オジオンと再会し、ゲドが影と戦う決意をしたところで物語はターニングポイントを迎え、終局へと向かい始めるのだが、ここからが長い。戦う決意をした時点でもう答えは出たようなものなのだから、ひっつかまえてさっさとしとめればいいものを、島から島への南の海への旅は、読んでいて退屈になる。地図を見つつ読みながら、「ああ、これは行く所まで行かんとダメなんだな」と思う。

■「この先は地図にない」という「さいはて」まで行かなければゲドは影を追いつめられない。いや、その「さいはて」を越えていかなければならない。自分自身の「既知の限界」を越え、確信を持って向かわなければ影を追いつめることは出来ない。ゲドとカラスノエンドウのだらだらと続く南への航海の過程を読みながら、「ああ、ここは自分と向き合う決心をしたものの、やっぱり何となくうだうだしてしまうゲドのうだうだな内面が描かれているというわけか」と納得する。

■そして、「さいはて」を越えてたどり着いた砂浜でゲドは影を捉え、自身と一体化する。やれやれ。

◇◇◇影を捉えることはできたのか◇◇◇
■再読してみて、なるほどよくできた話だなとは思う。しかし、僕はこの話を特別に好きにはなれないようだ。そして、別に好きでなくてもいいなと思えた。話の筋は理解した。何かを感じる所もあった。しかし、この主人公が特別に魅力的だと感じるわけでもないし、アースシーの世界が魅力的だとも思わない。「これ以上でもないし、これ以下でもない」というラインが引かれたのだ。続いて『こわれた腕輪』も再読しようとしたが、さすがにもういいやと思った。僕はゲド戦記が嫌いなわけではない。しかし、特別好きでもない。

■こういうことなのかなと考えてみる。「高校生の時分、周りで流行っていたものを面白いと思えずに抱いた疎外感を、『名作』とか『古典』といった権威にすり寄って代替して満たそうとしたのだが、『名作』『古典』の方も、だからといって必ずしも面白いものではなかった」と。そして、最近になって映画化で脚光が当たったことと、身近なところにファンがいると知ったこととが、ゲド戦記をシンボルにしてこのくすぶった思いを再燃させたのかもしれない。

■『ゲド戦記 影との戦い』に引きつけていえば、その疎外感が影だったのかもしれない。こう書くとまとまりがよいが、一度は捉えたはずの影が別の形でよみがえることや、捉えたつもりでも捉え切れていない部分が残ったり、捉えようとするが故に逃してしまう部分だってあるのではないか。ゲド戦記はどこか説教臭くて、僕はやはり嫌いなのかもしれない。どっちでもいいが。

2009/07/31 21:19

投稿元:ブクログ

今更よんでるゲド戦記。
昔、友達が言っていたように、
ジブリはこれを映画化したほうがよかったよね…
本当に、ゲド戦記を作品として生かすつもりだったならば。

2013/10/29 14:38

投稿元:ブクログ

一応大学では「英文学」なんちゅうモンを学んだ KiKi が児童文学を自分の後半生のライフワークの1つと思い定め「岩波少年文庫全冊読破企画」をぶち上げた頃、残念なことにこの作品は岩波少年文庫のラインナップには含まれていませんでした。  「何故??」と思いつつもないものはしょうがない・・・・と諦め、こちらのソフトカバー版で Box 入り全冊を買い揃えました。  その後数年してジブリ映画の影響もあってかこのシリーズが岩波少年文庫のラインナップに含まれた時、KiKi がどれほど歯ぎしりしたことか!!  商売って言うモンはこういうモンと思い知らされた1つの印象深いエピソードとなりました。  ま、てなわけで本日の KiKi の読了本はこちらです。

ルイスの「ナルニア」、トールキンの「指輪」と並んで、三大ファンタジーと呼ばれることもあるこの作品。  実は KiKi が初めて出会ったのは大学時代でした。  もっともこの作品に子供時代に出会っても何が何やらチンプンカンプンだったかもしれません。  それはとりもなおさず、子供時代の KiKi がゲドと同じように「明るさ」、「カッコよさ」、「美しさ」に惹かれ、物を測る尺度のかなり大きな部分が「役に立つか否か」だったことに寄っていたからです。  そう言う意味では子供時代の KiKi にはゲドが出会う師たちの言葉の1つ1つがゲド同様にピンとこなかったような気がして仕方ない・・・・・ ^^;  と、同時に影の正体が何なのか?は分からずじまいだった可能性もあるような気がしています。

でも、幸いなことに KiKi がこの物語に出会ったのは大学時代でした。  そういう意味ではユングやフロイトも少しは聞きかじっていたし、哲学的な思考というやつもわずかながら芽生えていたし、更には自分の身の回りで起こっていることを懐疑的に考え直してみるという姿勢も少しずつ生まれていた時代に読んだことにより、印象に残る作品の1つになっていたように思います。

  

今回、久々にこのシリーズを手に取ってみたけれど、やはり多くのことを考えさせられる読書体験となったように思います。  まず、この物語の中で扱われている「魔法」の概念が素晴らしいと思うんですよね。  魔法をかけるためにはそのものの真の名前を知らなくてはいけくて、例えば魔法で食べ物を出すこと、それを食べて味や香りを楽しむことも、満腹感も得られるけれど、所詮その正体は「言葉」でしかなく飢えた人間を本当の意味で癒しはしない、言葉を食べているだけのこと・・・・・という考え方。  

又、自分の都合の良いように魔法で天気を変えるのはたやすいことだけど、それはいかにも利己主義的な考え方で、その行為が別の場所での天気をも左右し、いわば宇宙の均衡を崩しかねないものであるという考え方は素晴らしいと思いました。  結果、真の賢者と呼ばれるレベルの魔法使いになればなるほど魔法を使うことに躊躇するようになるというこのプロットは実利主義、科学万能主義、効率主義で成り立っている現代の私たちの生き方に与える1つのアンチテーゼであると感じられました。

さらにはまだまだ幼さが残るゲドが類まれな魔法使いの資��と思春期特有の過ぎた虚栄心から、大いなる災いである「影」を招いてしまうというプロットにも多くを考えさせられます。  「地位」、「名誉」、「金」、「才能」というようなある種の「力」を手にすると、人間というこのしょ~もない生き物はとかく高慢になりがちで、それゆえに陥りがちな「妬み」、「自尊」、「虚飾」というものがあり、結果的にはそれに踊らされてしまう自分にある時ふと気がつかされる・・・・・。  そういう体験は多かれ少なかれ誰にもあるもののような気がします。  逆にそれらの「力」と無縁であればあったで「嫉妬」、「不公平感」に苛まれるのもこれまた人の性です。  

ゲドが恐れる「影」は、ゲドが抱える驕りや不安、劣等感や恐怖、未熟さや喪失、さらには死というような負の力の集合というように解釈できると思うんだけど(もっと言うなら自分が見落としてきたこと、自分が蔑んできたこと、自分が排除してきたこと、そういうものの全体かもしれない)、それらは決して「善 vs. 悪」とか「光 vs. 影」というように対立するものではなく、片方があれば必然的にもう片方も同時にあるというようなものに過ぎなくて、それから目を背け逃げようとすべきものではなくまして立ち向かい受容すべきもの(克服するというのともちょっと違う)という考え方にも共感が持てます。  結局はその影自体も最初からゲドの一部なんだということが、実に見事に描かれていると感じられました。  ゲドがその自らの「影」を狩りに行く前に彼の師であるオジオンの語る言葉が、齢5xを迎えた今の KiKi には実に真実味のある言葉として響きます。  曰く

「もしも、このまま、先へ先へと逃げて行けば、どこへいっても危険と災いがそなたを待ち受けておるじゃろう。  そなたを駆り立てているのはむこうじゃからの。  今までは、むこうがそなたの行く道を決めてきた。  だが、これからはそなたが決めなくてはならぬ。  そなたを追ってきたものを、今度はそなたが追うのじゃ。  そなたを追ってきた狩人はそなたが狩らねばならぬ。」


一時期、女性誌なんかには「自分探し」とか「本当の自分」とか「自己実現」という言葉が躍っていた時代があったけれど、KiKi にはこの精神こそが本当の意味での「自分探し」、「自己実現」だと感じられます。

さて、今回の読書までほとんど気に留めたことがなかったんだけど、今回の読書で実に印象に残ったことがあります。  それはゲドが最初から何故か敵愾心を燃やし、「影」を呼び出す禁断の呪文を使うきっかけを作るに至ったヒスイという魔法学校の先輩のことです。    ゲドをあざけるような慇懃無礼な態度や、育ちの違いから滲み出る洗練された(というよりキザな?)物腰、ゲドより年長でより多くを学んでいるために実際以上に輝いて見えたであろう魔法の力などが、ゲドの対抗意識を煽ったわけですが、結果的に彼の行く末は「いっちょまえの魔法使い」ではなく、アースシーの中の1つの島の「領主お抱えのまじない師」レベルでした。  最初から、ゲドやカラスノエンドウ(ゲドの親友)の敵ではなかったわけですが、彼はゲドが「影」を呼び出すきっかけを作ったのみならず、彼の存在そのものがゲドの「影」の一部を具現化した存在だったのかもしれないと感じられました。



さて、最後にこの本の宮崎駿さんの推薦文をご紹介しておきましょう。

 

この物語ほど竜を見事に描いた本はありません。  人間よりはるかに古い生き物。  壮大で邪悪で、気高い長虫。  鋼のウロコにおおわれた身体の中では炎が燃えています。  この竜を形にすることが今でもできません。  ありきたりのコーモリの翼をもったトカゲにしたくないのです。  かと言って日本や中国の竜とも違います。  竜がこの物語の世界をとても奥深くしているのです。
  


それで息子さんにこの作品のアニメ化を任せて、結果、ああなっちゃった(KiKi はジブリアニメは観ていません。  ここで言う「ああなっちゃった」とはスタジオ・ジブリと著者のスッタモンダの話です。)んでしょうか??  結果的にどういう映画だったんですかねぇ・・・・・。  Lothlórien_山小舎の近くにはレンタル・ビデオ店な~んていう洒落たモンはないので、なかなか観る機会がないんですけど、一度は観ておきたい気がしないでもない・・・・・(苦笑)

2006/04/15 17:49

投稿元:ブクログ

もちろんジブリの予習のためにv(笑)なんつっても岡田ですから。
すーんごい東京タワーの文庫とまよったけど、まぁお金があるうちに高いほうをと思いまして。
いまはソフトカバーは3巻まででてるんだよね。
すごく古い話だから、最初のころは今の文章より硬い感じでなれなかったけど、なれてからはたのしめました。ファンタジーだね〜。元祖ってかんじ。
まだ岡田さんがやるアラン王子はでていないのです。
これでは、竜が邪悪なものとしてかかれていて少しびっくり。普通竜って最終的に人間となかよくなるじゃない、けっこう。笑

最後のおわりかたが少しあっさりしすぎかなあーとは思ったけど、そのあとも何冊もあると思えばきになりませんね!

2008/09/24 12:01

投稿元:ブクログ

2008.09.24. 中学1年で初めて読んで、もう何度目だろう。。。何度読んでも、良いものは良い。圧倒されるほど骨太。影を追う、影と戦うというのは、見えないけど誰にでも必要なことですごくすごく大変なことなんだろう。そして、その影を受け入れるということも。親友がいいね、友だちはいいもんだ。

2006/08/15 19:28

投稿元:ブクログ

ゲド戦記1影との戦い 読了。

なんか惰性で読んでしまう。
ものすごく面白いとか、そおいう本じゃない。悪くはないけど。

自分自身の本当の姿を知るものは自分以外のどんな力にも利用されたり支配されたりすることはない。
ゲドはそのような人間になったのだった。
今後ゲドは、生を全うするためにのみ己の生を生き、破滅や苦しみ、憎しみや暗黒なるのものにもはやその生を差し出すことはないだろう。



2006/06/11 01:20

投稿元:ブクログ

軽い翻訳物アレルギーのある私ですが、無事挫折しないで読了することが出来ました。初めは、ソフトカバー版を出すにあたって再訳してもよかったのではないかとも思ったりしたのですが、読みづらいということでもないし、一種の雰囲気を創り出している面もあるので、清水さん訳でいいのかもしれませんね。個人的には、影との決着のシーンがとても印象的でした。(2006.06)

2006/10/02 19:29

投稿元:ブクログ

映画見たついでに本も読んでみた。映画のほうはこのゲド戦記シリーズをギュゥと絞った感じなのかな?やっぱりファンタジーっていうのは夢があるから、子どもは勿論大人でも十分楽しめるんだよね。特にこのゲドは話の構成とか世界の作り方とか、ものすごい凝ってるから大人でも存分楽しめる。話の端々に出てくる言葉もハッとさせられるものがあったりして。決して子供だましではない、人間の心理とかも描いた1作です。これで卒論書こうと何気なく思ってたけど、本気でこれを機会にファンタジーで卒論を書こうと思う。さっ、そうと決めたら2巻〜5巻も早速読まないと。ちなみに1巻では、自分の中の心の闇について書かれています。

2006/05/07 00:02

投稿元:ブクログ

5月6日読了。
ジブリの映画化があまりに不安なためにもう一度読んでしまった。
ゲドは指輪と違って、全く話しの展開とか場面とか覚えていないのだけど、心に響く言葉が多い。
「言葉が発せられるためには、沈黙が必要だ」「後にも先にも」
冒頭に掲げられた『エアの創造』の詩も秀逸。
お話自体より、この本を読んで何に悩んだか、そのときの自分の何に役だったか思考の道筋を記憶にとどめる本だと思う。

アニメの挿入歌、どうして『エアの創造』じゃなくて変な歌詞のになってるんだろ・・・・・。
あと、なんであんなにエーゲ海
っぽいのか。非ヨーロッパな匂いの世界にしてほしかった。

2006/06/26 13:37

投稿元:ブクログ

独特の世界、骨太のストーリー。作者が女性と聞いて驚いた。
清水さんの訳が、読みやすい上に格調高い。

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