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執筆論 私はこうして本を書いてきた

  • 出版社:東洋経済新報社
  • サイズ:20cm/220p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-492-22271-5

執筆論 私はこうして本を書いてきた

谷沢 永一 (著)

  • 全体の評価 52件のユーザーレビュー
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  • 税込価格:1,68048pt
  • 発行年月:2006.5
  • 発送可能日:1~3日

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商品説明- 「執筆論 私はこうして本を書いてきた」

稀代の著述家、七十年の軌跡。二百冊を超える著作活動を生み出してきた企画の視点と書く技術。【「BOOK」データベースの商品解説】

何を、どう書き、いかなるネーミングで世に出せば良いのか。200冊を超える著作活動を生み出してきた企画の視点と書く技術を紹介した、谷沢流・ベストセラー作家であり続けるための極意。稀代の著述家、70年の軌跡。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介- 「執筆論 私はこうして本を書いてきた」

谷沢 永一

略歴
〈谷沢永一〉昭和4年大阪市生まれ。関西大学大学院博士課程修了。専門は日本近代文学、書誌学。社会評論にも幅広く活躍。関西大学名誉教授。「紙つぶて自作自注最終版」で毎日評論賞受賞。

関連キーワード- 「執筆論 私はこうして本を書いてきた」

ユーザーレビュー- 「執筆論 私はこうして本を書いてきた」

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10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2006/05/24 22:32

人の情(なさけ)に導かれ

投稿者:北祭(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

 執筆論というタイトルからまず始めに想像したのは、文章作法とか文章読本の類であった。ところがそれはとんだ早とちり。この本には、谷沢永一氏がこれまで上梓してきた『紙つぶて』や『人間通』といった著作を執筆するその過程で得た編集者との絆や、骨を折ってくれた人たちへの忘れ難い思いがこもった執筆の歴史が綴られている。谷沢永一氏はいう。そのような自分自身の経験を、ありのままに要点をかいつまんでゆくことで、おのずから生じた心持ちの舵とり工合、つまり呼吸と勘所と気合いを読者に読みとっていただきたいと。

 はたして、誰もが成功する執筆の方法論などあるものだろうか。たとえば、美学という言葉があるけれど、もし本当に、いつでも誰にでも美を創造できる方法があるのだとしたら、美とは何とつまらないものになることだろう。あるいは、小説家のこころの内を読み解く方程式があったなら、小説など新聞よりもつまらなくなること請け合いである。ことほどさように、方法論は、その対象に秘められた不可思議な美と趣を消し去るもののようである。じつは、文章作法の類を読んだあとに残る味気なさの理由がここにある。思えば、そのことを誰よりもよく知っているのが谷沢永一氏なのであった。というより、そのことを教えてくれたのが谷沢永一氏であったというべきか。

 谷沢永一氏が語る執筆の勘所を二つあげておきたい。

 一つは、多数の各方面にわたる人の情(なさけ)によって機会を与えられ優しく導かれたことである。人の情を得ずして人が生涯を送ることなどありえない。文章を書く勇気、本を出版できる幸運、それらはすべて、人と人とのつながりから生れる。谷沢永一氏は、幸田露伴の言葉を引いている。「人は相憐み相愛しては生き、生きては相憐み相愛し、相憐み相愛せずして損つるに至りては死し」而して「風止みては火おのずから滅えんとし、雨と遠くしては草ようやく枯れんとす、愛のある間にのみこそ人の世はあるべけれ」

 二つは、つねに、そのときの気分に合う本を探して読んできたことである。谷沢永一氏は、ある人から「あまり天才の名作ばかり読んでいると、知らぬ間に気が挫けて臆病になり、結局は何も書けなくなるよ」と訓されたのだという。以来、名文至上主義から脱却。自分は名文家でも天才でもない。大切なのは、人に理解してもらえる文章を書くことだろう。そのためには、これまで人に読まれてきた書物から教わる必要がある。天下の名文何するものぞ。遠慮も気兼ねも一切無用。自分が名著と思った本が名著である。読書こそは栄養素。それが執筆の要であるとは、さすがに稀代の読書人・谷沢永一氏らしい言葉であった。

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6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

2006/05/30 00:43

かくし味は桑原武夫。だと私は思うんです。

投稿者:和田浦海岸(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る

坪内祐三は「(谷沢永一の)『紙つぶて』は『本の神話学』と並んで当時も今も私にとって読書のバイブルである」(新潮新書「新書百冊」)と語っております。
今回紹介するこの本のⅢ章には、「紙つぶて」連載を始める頃の「今でも振り返って寒疣(さぶいぼ)の立つ思いを禁じえない」様子が語られて印象深いのです。
ところで「新書百冊」(新潮新書)といえば、坪内祐三さんの予備校成績がぐんぐん落ちる決め手の一冊が、紹介されておりました。それは竹越与三郎著「二千五百年史」なのですが、
中公新書の「『日本の名著』の中で編者である桑原武夫自身が紹介文を書いていたのは五人・・その中で当時、そして今でも一番知名度が低いのは竹越与三郎だろう。この種の編集本の編者は、通常どこかに、自分の秘かなキキメとも言うべき一冊(一人)を置く。その一冊が『二千五百年史』(竹越与三郎著)だったと思う。桑原武夫の紹介文はそれだけ情熱的だった」。そして、桑原武夫の紹介文を引用しておりました。
へんな話になりましたが、私は坪内祐三の中に占める、桑原武夫と谷沢永一の重量のちがいを計りかねているのです。
それでは、今回紹介の本で、谷沢さんは、桑原武夫をどう取り上げているのか?
最初に名前がでるのは、雑誌『文学』でした。
「編集部の小川寿夫は原則的に私の原稿を受け入れ、ただし条件として飛鳥井(雅道)批判の部分を削除するよう求めた。桑原(武夫)先生が目をかけておられるお弟子さんへの批判は、岩波書店として一行たりとも載せるわけには参りません、との明瞭な訓示である。・・私は不必要に気張って削除を拒否したため掲載はとりやめとなった」(p87)
次に名前があるのは、清水好子さんからの又聞きでした。
「同僚の源氏学者である清水好子から以前に伝えられた桑原武夫の名言を思いだす。いわく、ジャーナリズムにおける仕事では、言々句々、人を驚かせなければならない、と。」(p150)
その次には、直接会っております。
「たまたま桑原武夫の『文章作法』を手厚く推したので、この本を編集した背戸逸夫が数日後のある夜、桑原武夫に私を引き合わせ、あの書評を書いたのが谷沢さんです、と紹介したとき、桑原武夫は驚いて不思議そうに、しかしあの記事では褒めてあったやないか、と信じられぬ面持ちであった。・・・」(p163)
そして、中公新書の谷沢著「百言百句」を書く時に思い浮んだ本として桑原武夫編「一日一言」(岩波新書)を何げなく取り上げております(p171)
ほかに名前はでませんが、思いあたる箇所はあります。
たとえば「・・司馬遼太郎は1000年以上に及ぶ日本文学の全期にわたて現われた文学者のなかで私が最も敬愛する作家である」(p140)という箇所。山野博史著「発掘 司馬遼太郎」を持ち出すまでもなく桑原・司馬の結びつきは司馬遼太郎を語る際に欠かせないものです。
それに、内藤湖南の『日本文化史研究』(講談社学術文庫)を取り上げている(p113)のも、この文庫解説は桑原武夫でした。
ちなみに桑原武夫の『文章作法』の書評は、いまは谷沢永一著「人生の叡智」(PHP研究所)に、2㌻ほどですが載っております。
その書評の最後の二行をつかって
今回紹介する本の書評に替えたいという誘惑に私は抗し切れないのでした。
「谷沢永一著『執筆論』は、暗黙に現代のふやけた文章感覚を的確に批判しながら、併せて『谷沢永一の全著作』に学ぶための、小憎らしいほど適切な方向指示となっている。」

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