- 出版社:文藝春秋
- サイズ:20cm/122p
- 利用対象:一般
- ISBN:4-16-325400-5
八月の路上に捨てる
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- 税込価格:1,050円(30pt)
- 発行年月:2006.8
- 発送可能日:1~3日
- 本
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商品説明- 「八月の路上に捨てる」
暑い夏の一日。僕は30歳を目前に離婚しようとしていた。現代の若者を覆う社会のひずみに目を向けながら、その生態を軽やかに描く。第135回芥川賞受賞作ほか1篇を収録。【「BOOK」データベースの商品解説】
【芥川賞(135(2006上半期))】暑い夏の一日。僕は30歳の誕生日を目前に離婚しようとしていた。愛していながらなぜずれてしまったのか−。現代の若者の生活を覆う社会のひずみに目を向けながら、その生態を明るく軽やかに描く表題作のほか1篇収録。【「TRC MARC」の商品解説】
収録作品一覧- 「八月の路上に捨てる」
| 八月の路上に捨てる | 5-92 | |
|---|---|---|
| 貝からみる風景 | 93-122 |
著者紹介- 「八月の路上に捨てる」
伊藤 たかみ
- 略歴
- 〈伊藤たかみ〉1971年兵庫県生まれ。早稲田大学在学中に「助手席にて、グルグル・ダンスを踊って」で文藝賞を受賞しデビュー。「ぎぶそん」で坪田譲治文学賞、「八月の路上に捨てる」で芥川賞を受賞。
ユーザーレビュー- 「八月の路上に捨てる」
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2012/01/17 09:37
「同棲時代」の子供たち
投稿者:夏の雨(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
第135回芥川賞受賞作。
2006年の作品ながら、古風な青春物語の匂いを感じさせる。どんな時代であっても、青春とは甘酸っぱいものなのかもしれないが、それは同時に池澤夏樹選考委員が指摘しているように「類型を脱していない印象」も否めない。
個人的にはそんな「類型」が嫌いではない。
30歳の誕生日に4年続いた結婚生活に終止符を打とうとしている敦。彼は飲料缶を自動販売機に補充する仕事のアルバイト。2つ年上の水城さんという女性と組んでルートを回っている。
八月の最後の暑い日。水城さんはこの日を最後にこの仕事から事務の仕事に変わる。
結婚生活を終えようとしている敦と、新たな生活を始めようとする水城さん。二人の、ある意味、記念の、八月の最後の日。
決められた営業ルートをこなしていく二人の姿を描きながら、敦の破たんした結婚生活が二重写しのように描かれていく。
ひとつは、この日が終わろうとする時間。もうひとつは、敦の結婚生活が終わろうとする時間。
「類型を脱していない印象」があるのが、後者の敦の結婚生活の時間だ。
学校を卒業しても脚本家を目指していた敦を恋人の知恵子が生活も心も支えるようにして結婚し、新しい生活を始める。他愛もないことがおかしく、ささやかなことに満足していた生活が、やがて少しずつずれていく。
そして、お決まりの喧嘩と別居。別居の前日に敦と知恵子は二人にとってゆかりの場所をめぐっていく「最後のデート」をする。
出合った大学のキャンパス、よく行ったビデオショップ、何度か行った定食屋。
敦と知恵子は2006年の若者だが、まるで70年代の若者、例えば「同棲時代」の今日子と次郎のような感傷をひきづった雰囲気をもっている。
この物語の登場人物たちは「同棲時代」の息子たちであり、娘たちなのかもしれない。
この作品が読んだ印象以上に選考委員の評価が低いのは、あまりにもうまくまとまり過ぎているせいだろう。
宮本輝選考委員はそのことを「小説の土台が小さい」と表現しているが、小さくてもこういう青春があってもいいと、私は思うのだが。
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2006/09/07 17:49
伊藤たかみさんって歳の割には旧い人なのかもしれない。だからこの作品、私には共感するところが多かった。
投稿者:よっちゃん(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
芥川賞を受賞していなければ私にとって敬遠するテーマなのだが、受賞というだけで野次馬的に眼を通してみると、30歳前後の男女の精神状況を深いところでついており、現代を生きる夫婦関係に共通してある不安定性が描けているなと、実感したものだから面白く読むことができた。それはきっと私のきわめて個人的事情なのだろう。
主人公の敦・30歳は脚本家志望だがそれで生活はできない。食っていくために自販機に清涼飲料水を配送するアルバイトをしている。結婚生活4年になる。妻・知恵子は、雑誌編集者希望であったが大手出版社を落ち続け、転職を繰り返しながら、人間関係がうまくいかずに失職して所得はなくなった。鬱の症状がある。結婚という形の限界。この二人が別居し離婚するまでの微妙な心理の綾を敦の視線で描いている。彼が手伝いをしている配送のトラック運転手・水城さん、バツイチかバツニ、二人の子持ちである女性・32歳のたくましさを対照的に浮き彫りにし狂言回し役ながら精彩を放っている。
私には同じ年代の娘がいる。二年ほど前に職業の安定しないボーイフレンドとルームシェアリングなる共同生活を始めたときはあきれ返ったものだ。「君は娘より給料が少ないだろう。しあわせな家庭と言うものは経済的にある程度の安定が必要だよ」などと二人の関係には消極姿勢をみせながらしかし黙認するのが父親なのだろう。1週間前に今度は婚約したからと再び彼を家に連れてきた。「そうかそうかと」相好を崩して歓迎するのも父親である。
この生々しい、しかし別段ドラマ性のない実体験の直後にこの作品を読んだものだから、思いはただ事ではないのである。やはり家庭の永続性を保つには経済が大事だとこの本にも書いてあるではないか。もう一つ重要な秘訣も書いてある。それは我慢である。よくいう「結婚するまでは両目を開ける。結婚したら片目を閉じる」これだ。この二つがないから彼らは離婚するに至ったのだと結論付けるのである。いやいや芥川賞であるからそんな凡俗を言っているわけはないと思いながらも、うちの娘もこんなことにならなければいいがと現実が先にたつ。
親分肌の水城運転手は語る。夫婦関係のギクシャク、「それが価値観のずれってやつよ」思っていることをちゃんと説明すればわかってもらえるってもんじゃぁない「それが夫婦だとむずかしいのよ」女が理由をつけて説明したらヒステリーになる………と。
これなどは夫婦間にある普遍的真理ではないか。それでもくっついているのが夫婦ってもんだろう。
夢を追う二人がいてしかしその夢は現実でなくなったと気づく。「自分たちは二十代も半ばを過ぎている。夢なんて大久保の排水溝に落っことした。新宿の路上で汗と一緒に流してしまった。それでもその先は、案外、まっとうな幸せがあるような気がしている」
さて「この私には夢があったか?」。そんなおおげさなものはあったはずはない。それでもまったく不幸だったわけではない。夢をもつことや夢の実現と幸せはかならずしも一体ではない。だから敦君はいいところに気がついていたのだ。
水城さんの語る詰め将棋の「けむりづめ」の快感もなかなか有効な教訓である。「あたしがそっくりなの。いろんなものをなくしてなくしてそれでも最後は勝つかもって夢を見ながらやってんだもん」本当は寂しい人間なのだが、心意気やよしとしよう。
団塊世代の二世ってこの歳じゃないかな。夢とか幸せといっても我々がイメージするそれとは似ても似つかぬものなのだ。それは娘の主張を聴いてわかっている。そして我々には30過ぎてまだ結婚しない子をもつ悩み多い仲間が多いのだ。だからその人たちにこの作品をおすすめしたい。そしてお子さんにこの本を見せて「頼むからこんなことにはならないでくれよ」と愚痴でもこぼしておいたほうがいいかもしれない。
効果は期待できないが。







