- 出版社:論創社
- サイズ:20cm/282p
- 利用対象:一般
- ISBN:4-8460-0737-5
マンアライヴ (論創海外ミステリ)
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- 税込価格:2,100円(60pt)
- 発行年月:2006.9
- 発送可能日:1~3日
- 本
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商品説明- 「マンアライヴ」
下宿屋ビーコンハウスに現れた謎の男イノセント・スミスを私設法廷にて裁く。嫌疑は殺人未遂、強盗、重婚。下宿人らが検察側と弁護側に分かれ、はげしい応酬のもと裁判が進んでいく。いったいイノセント・スミスとは何者なのか。過去の関係者の手紙類が裁判の中心となり、やがてスミスの不可解な行動に意外な真相があったことが明らかになる。ブラウン神父の産みの親、チェスタトンによる諧謔と逆説を堪能できる初邦訳の長編ミステリ。同じく初訳の評論二編を収録。【「BOOK」データベースの商品解説】
下宿屋に現れたイノセント・スミスを私設法廷にて裁く。嫌疑は殺人未遂、強盗、重婚。下宿人らの激しい応酬のもと裁判が進んでいくが、一体イノセント・スミスとは何者なのか。初邦訳の長編ミステリに初訳の評論2編を収録。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介- 「マンアライヴ」
G.K.チェスタトン
- 略歴
- 〈G.K.チェスタトン〉1874〜1936年。ロンドン生まれ。ロンドンの出版社勤務を経て文筆家になる。作家、エッセイスト等として活躍したイギリス文学界に名を残す巨匠。著書に「ポンド氏の逆説」など。
ユーザーレビュー- 「マンアライヴ」
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2007/04/22 00:00
チェスタトンの未訳作品が出るたびに感じる微妙な読後感
投稿者:たむ(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
訳のことは言うまい。悪訳を読むコツは、流し読みすることである。流し読みだと、あらすじだけが頭に入って細部はことごとく抜け落ちる。相手が悪訳であれ名訳であれこれは変わらない。
そうやって流し読みした本書が、さて面白かったのかと問われると、途端に考え込んでしまうのである。
膨大なチェスタトン作品のうち、日本語化されている小説は(それも現在でも手軽に読める小説は)、幻想小説『木曜の男』と、『ブラウン神父』をはじめとした探偵小説くらいでしかない。
だからどうしても、チェスタトンの未訳作品が紹介されたときには既訳作品と比較して、『ブラウン神父』と比べるとやはりミステリとして弱い、だとか、『木曜の男』系の幻想小説なんだけどやや落ちる、という感想を持ってしまう。
本書もそうだった。『詩人と狂人たち』のような倒錯した論理は物語の早い段階で明らかにされるのに、そこからなお裁判で繰り返し繰り返し同じことを問われ続けるのを読むと、ちょっと退屈の感は否めない。『詩人と狂人たち』の一篇を、長篇に引き伸ばしたような印象なのだ。これは中篇集『四人の申し分なき重罪人』を読んだときにも感じたことだった。
では本書は失敗作なのか。たぶん……違う。既訳作品と引き比べるような読み方が間違っているのだとは思う。
でもじゃあどう読んだらいいのか、というと、困ってしまうのである……。
仕方がないので、繰り返しを退屈だとは思わずになるべく楽しむようにしてみた。それもまた苦しまぎれではあるけれど。
小説の世界では名探偵が直観や推理によって謎を暴けば終わりです。だけど現実世界ではそうはいきません。裁判には直観だけではなく、証拠が必要。証拠、あるいは証明が。そして陪審の評決、裁判官の判決。
だから本書では、検察側以外の人間にとってはとうにわかりきっている事件に対して、似たような起訴事実が繰り返し明らかにされます。そのたびに同じような反証が挙げられる。
裁判に対するパロディなのか探偵小説に対するパロディなのかはわからないけれど、これを退屈だとは思わずに繰り返しのおかしみだと思ってみた次第である。またやってるよ、この人たちは……。そんなふうに。
22人中、22人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2006/10/02 21:19
せっかくの傑作が・・・
投稿者:Yuseum(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
「ブラウン神父シリーズ」などで有名なG.K.チェスタトンの長編。
ということで、興味を持って手に取ってみたのだが・・・
正直言って、途中で読むのを断念。少なくとも買って読むと後悔する作品です。読むなら、図書館かどこかで借りることをお薦めします。
いや、チェスタトンのストーリーが悪いのではありません。問題は訳し方です。
この翻訳者はこの作品を訳すのに、某氏が用いた「超絶的表現技巧」を用いているのですが、果たして”MANALIVE”を訳すのに、そんな表現技巧を使う必要があったのでしょうか?
某氏の場合、作品は某氏のオリジナル作品ですから、どんな表現技巧を用いても一向に構いません。
しかし、翻訳作品の場合、あくまでもメインは原作者であり、翻訳者は縁の下の力持ちです。
原文をよく理解した上で、個性的な翻訳をなさるのは一向に構いませんが、この作品の場合、原文を無視して、翻訳者のオリジナリティが感じられない某氏の表現技巧を使うことに固執した、恣意的な翻訳と考えずにはいられません。
確かにチェスタトンは原文が難しいので、翻訳も困難かと思いますが、もう少し別の翻訳方法があったのではないでしょうか?
あと、注釈があるのはいいのですが、その注釈が作者の想像に頼っていることが多く、解説も含めて全体的に調査不足が感じられたのも戴けませんでした。少なくとも、「調査不足で不明。」だとか、そもそもそんな注釈は役に立たないので挿入しない方がいいと思うのですが、いかがでしょうか?
出版社の方も、読者層を広げようとして奇をてらった翻訳作品を出すのではなく、海外古典ミステリを愛する読者たちがどういう翻訳を望んでいるかをよく検討した上で、出版してもらいたいです。







