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百年の孤独
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2006.12
  • 出版社: 新潮社
  • サイズ:20cm/492p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-10-509011-9
  • 国内送料無料

紙の本

百年の孤独 (Obra de García Márquez)

著者 G.ガルシア=マルケス (著),鼓 直 (訳)

蜃気楼の村マコンド。その草創、隆盛、衰退、ついには廃墟と化すまでのめくるめく百年を通じて、村の開拓者一族ブエンディア家の、一人からまた一人へと受け継がれる運命にあった底な...

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百年の孤独 (Obra de García Márquez)

3,024(税込)

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商品説明

蜃気楼の村マコンド。その草創、隆盛、衰退、ついには廃墟と化すまでのめくるめく百年を通じて、村の開拓者一族ブエンディア家の、一人からまた一人へと受け継がれる運命にあった底なしの孤独は、絶望と野望、苦悶と悦楽、現実と幻想、死と生、すなわち人間であることの葛藤をことごとく呑み尽しながら…。20世紀が生んだ、物語の豊潤な奇蹟。【「BOOK」データベースの商品解説】

蜃気楼の村マコンド。その草創、隆盛、衰退、ついには廃墟と化すまでのめくるめく100年を通じて、村の開拓者一族ブエンディア家に受け継がれた孤独の深淵。20世紀後半の世界文学を力強く牽引した怒濤の人間劇場。〔1999年刊の再刊〕【「TRC MARC」の商品解説】

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みんなのレビュー174件

みんなの評価4.5

評価内訳

桜庭一樹は自ら『赤朽葉家の伝説』について言っていますが、阿部和重の『ピストルズ』、そして西尾維新の小説ですらこのマルケスの作品の影響下にあるんじゃないでしょうか。何度でも繰り返し読むことができ、そのたびに発見がありそうな、孤島に持っていくには最適な一冊です。

2010/05/27 20:18

12人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

桜庭一樹の『赤朽葉家の伝説』に出会っていなかったら、私はこの名作というか奇作を読むことはなかったかもしれません。それほどに『赤朽葉家』は面白かったし、桜庭が『百年の孤独』に寄せる想いは大きいものでした。多分、桜庭作品にほれ込んでしまった読者の多くが、この本の存在を知り、それならば、と挑戦したのではないでしょうか。改訳版の発行が2006.12.20で、私の手元にあるのが 2009.5.15 8刷とあります。さすがロングセラー、着実に読者を拡げています。

それにしても、好きですね、このカバー。ま、全体を見ないでいうのは何ですが、ここだけみれば完全に書の世界。しかも前衛、それでいてどこか古賀な趣がある。このガルシア=マルケス全小説のカバー画はどれも秀逸ですが、角背とややアイボリー入った質感のある紙、それにモノトーンの現代画、そして文字を白、金、銀を使って配する、新潮社装幀室っていうかShinchosha Book Design Divisionの実力を見せつけられる気がします。I think so. 

そのカバー画とデザインについては

Drawing by Silvia Bachli
91.7:without title,1991,"LIDSCHLAG How It Looks",Lars Muller Publischers,2004 through WATARI-UM
Design by Shinchosha Book Design Division 

とあります。

本文のほうですが、正直、あまりに夥しい数の人間が、殆ど同じような名前で登場するので、巻頭の家系図を見ながら読むのが正しいかもしれませんが、私としてはむしろ、同じ名前の人間はたとえ祖父と孫であっても、結局は同じなんだ、というマルケスの意図のようなものが感じられて、あえて混乱したまま読むのがベストではないか、なんて思ったりします。

たとえば、この小説では恐ろしいような大量虐殺が描かれるのですが、それすら被害者の関係者たちすら無かったこととして納得してしまう、あるいはそんな人間はいなかったことになってしまう、いや、ほんとうは虐殺なんか無かったのかもしれない、それはどっちでもいい、多分、マルケスはそう描いてもいます。だから、このお話を克明に、文学的に読み解くことは必要なんでしょうが、最初は混沌のなかに投げ込まれたつもりで読むのが正解だと思うんです。

有り難いことに、というか当然のことにこの本は再読、再々読をしても飽きることはないでしょう。その時にメモを取ったらいい。ちなみに、私は巻末の梨木香歩の解説を読みながら、そうか、そういう人間関係が描かれていたのか、とプロの読み方に感心したものの、でも本当にそう書かれていたのか、といわれると、もしかしてドーデモいいんじゃないか、マルケスは読み解かれることを望んでいないんじゃないか、なんて思ったりもするわけです。

そういう意味で、詳しい人物像をいつものように紹介することが、一回しかこの本を読んでいない私には難しい。ですから、とりあえず記憶に残っている人間について書いておきましょう。

なんといっても小町娘のレメディオスです。もちろん、レメディオスの曾祖母であるウルスラがいますし、レメディオスの父であるアウレリャノ・ブエンディア大佐もいます。もらわれっ子のレベーカや、彼女に嫉妬し結婚を妨害しまくるアラマンタも凄いです。それと嫁ぎ先に来て、自分流を押し通そうとする、レメディオスに一歩譲るものの、それでも比類なき美女のフェルナンダも立派です。そして最後の方に登場する、これまた美女のアラマンタ・ウルスラがいい。

でもやっぱり、小町娘のレメディオスです。だって彼女については最初は
                *
母親の清楚な美貌を受け継いだレメディオスは、小町娘のレメディオス、という名で知られるようになっていた。
                *
といった程度の描写でしたが、それは
                *
 そのカーニバルの女王には、小町娘のレメディオスがえらばれた。怖いような曾孫の美貌をつねづね心配していたウルスラに、それを止める力はなかった。その時まで、アマランタと連れ立ってミサに行くときはともかく、彼女をひとりで外に出したことはなかった。ミサに行くときも、黒いマンテラでかならず顔を隠させた。僧侶に変装してカタリノの店で罰当たりなミサをあげるような、およそ信心に縁遠い男たちまでが、信じがたいほどの美貌のうわさが低地じゅうに伝わり、驚くべき熱狂を呼びさましているいる小町娘のレメディオスの顔をひと目みたいという、それだけの理由で教会に足を運んだ。その願いがかなうまでにはずいぶん時間がかかったが、しかしこの機会を与えられないほうが彼らは幸せであったかもしれない。その大半がそれ以後、二度とやすらかな夢を結べなくなったからだ。それができた男――彼はよそ者だった――も心の平安を失って、汚辱と悲惨の泥沼にはまり、数年後のある晩、レールの上で寝ているところを汽車にのしかかられてバラバラになった。緑色のコールテンの服と刺繍入りのチョッキを着て教会にあらわれた姿を見たときから、彼が小町娘のレメディオスの妖しい魅力に惹かれて、遠方から、ひょっとすると外国の遠い町から来たことを疑う者はなかった。
                *
とか
                *
 実際に、小町娘のレメディオスはこの世の存在ではなかった。
                *
とか、はたまた
                *
 レメディオス・ブエンディアが祭りの女王にきまったというニュースは、数時間のうちに低地の向こうまでひろまった。彼女の美貌がうわさになっていない遠い地域にまで伝わって、その苗字を政府転覆の陰謀のシンボルだと考えている連中の不安を呼びさました。
                *
とかに変化していきます。彼女のエピソードはそれこそ枚挙にいとまがありません。彼女の体臭は男たちを発情させ、彼女の姿みたさに押し寄せた男たちは、家の屋根に登っては転落死するしまつ。女ですら彼女の美しさを否定するものはありません。その小町娘のレメディオスは、それでも並みいる男たちの求愛をあっけなく、というかそっけなく退けて全く気にするところがありません。それはただただ無垢の美しさなわけです。

桜庭一樹の小説がこの影響を受けていることは本人も明言していますが、私が思うに西尾維新ですらその影を抜け出てはいないのではないでしょうか。ついこの間、阿部和重の『ピストルズ』を読み終えましたが、これも同列に扱ってもいい気がします。日本人作家への影響はわかりましたが、『百年の孤独』が海外の作家にどのように読まれ、どのような作品を生むことになったのか、今となっては、そちらが気になって仕方がありません。一生ものの一冊です。

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500頁近い長さが短く感じられる魅力をもった長編小説

2010/03/12 23:23

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:yukkiebeer - この投稿者のレビュー一覧を見る


 南米コロンビアの街マコンドに暮すブエンディア家の6代100年に渡る歴史を描く小説。

 登場人物たちを貫くブエンディア(Buen dia=良き日)という姓とは裏腹に内戦、家族間の諍(いさか)い、近親婚など、暴力と波乱に満ちた日々が描かれていきます。
 いや、見方を変えれば、これだけ波乱に満ちた日常も、「良き日」というのどかで無邪気な名字のせいか、立ち上がれないほどの痛みが伴わないという、不思議な魅力にあふれた物語であるともいえます。

 登場人物たちの行動に南米先住民族を想起させる呪術的な色合いがある点もこの物語に凄惨さを与えない理由の一つでしょう。
 また各男性陣はラテン文化特有のマチスモを確かに備えていますが、それに屈しないしたたかさを女性陣が皆湛(たた)えているため、これまた打ちひしがれたといった思いを残す登場人物がいないのです。

 殊に印象に残ったのは次のくだりです。
 「『仕方がないさ。時がたったんだもの』
  つぶやくようなその声を聞いて、ウルスラは言った。『それもそうだけど。でも、そんなにたっちゃいないよ』
  答えながら彼女は、死刑囚の独房にいたアウレリャノ・ブエンディア大佐と同じ返事をしていることに気づいた。たったいま口にしたとおり、時は少しも流れず、ただ堂々めぐりをしているだけであることをあらためて知り、身震いした。しかしだからといって、あきらめはしなかった。」(385頁)

 人間は生まれて死んでいく過程で何かを積み上げ次世代へ伝承し、そして進歩を促すことを旨とするところがあるでしょう。しかしこの小説の人々の性癖や行動原理は100年を経ても進化も深化もありません。一直線の確実な進歩に懐疑的な作者の思いが投影されているのでしょうか。永劫回帰的な物語展開に強い説得力を感じるのです。

 頁を繰りながらやがて物語が果てることがとても惜しまれてならなくなる小説です。

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百年の孤独

2013/03/19 09:18

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ホームズ - この投稿者のレビュー一覧を見る

色んな人物が登場し色んな物語が展開されていく、好みの話や読みにくかったり色んな事が楽しめる作品なんだな~(笑)名前が同じ人が多くって世代がごちゃごちゃになってしまったりしましたが面白かった~(笑)アウレリャノ大佐が好きかな~(笑)ガルシア・マルケスの作品は今のところ物語の内容もいいけど読んでいて心地い感じの雰囲気がいいな~(笑)生きてるうちに何回か読み返したいな(笑)

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「蜃気楼の村マコンド。その草創、隆盛、衰退、ついには廃墟と化すまでのめくるめく百年を通じて、村の開拓者一族ブエンディア家の、一人からまた一人へと受け継がれる運命にあった底なしの孤独は、絶望と野望、苦悶と悦楽、現実と幻想、死と生、すなわち人間であることの葛藤をことごとく呑み尽くしながら………。」 はなはだ要約が難しいだけに、作品のあらすじを語るとすればこのコピーは急所を突いている。

2011/06/12 18:46

4人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

「蜃気楼の村」であるから現実にはありえない時空だと私は思い込んでいる。その村に杖のように大きい棒磁石をもったジプシー・メルキアデスが現れ、村中の金属をひきつけてみせる。望遠鏡をみせて遠くのものを近寄せてみせる。ジプシー集団は氷塊(これはその村には存在しないものだった)に触らせる、錬金術の魔法で、あるいは空飛ぶ絨毯で、などなど超絶のワザで村人を驚嘆させるのだ。族長のドン・ホセ・アルカディオ・ブエンディアは彼等のもたらした科学技術に夢中になり、身代をなげうってそれを極め、村の発展を導くことを構想していく。

このイントロに私はスタンリー・キューブリックの記念碑的作品『2001年宇宙の旅』の冒頭シーンを思い浮かべました。猿は宇宙の意思が地球に仕掛けたモノリスに触れて、道具を使い始める。棍棒を武器とし、敵対する部族を制圧する。勝利の雄たけびとともに棍棒を空高く投げ上げると、それが巨大な宇宙船に姿を変える。実に印象的な映像でありました。

それにしてもこのお話、いつごろの時代でどういう場所を想定したのだろうかと気になって、実はそのあとは退屈を覚えながら、読み進めると、120ページあたりで突然「自由党と保守党」が登場。これは現実世界の物語なのかとびっくりさせられました。そう、これは現実世界のお話だと判った。とりあえずは(というのはそんな一筋縄でまとめられるシロモノではない)この物語の「主人公はコロンビア共和国」そのものなのだと短絡的に断定してしまうと、ここからはエンタテインメント並みに面白く読めます。

1499年に,アロンソ・デ・オヘダがスペイン人として初めてコロンビアの地に足を踏み入れ,1509年にはスペインによる征服が開始された。1819年スペインからの独立。物語の冒頭、若き族長のドン・ホセ・アルカディオ・ブエンディアとその妻ウルスラが若人たち300人の村マコンドを立ち上げたのは1850年ごろではないだろうか。

彼の曽祖父は新大陸生まれのタバコ栽培業者で彼女の曽祖父はスペイン人の商人だったことからおそらくこの夫婦は先住民との混血種と推定される。百科事典からえたところだがコロンビアでは先住民と白人の混血(メスティソと呼ばれる)が反ヨーロッパの立場で政治・経済をリードし、精神的には先住民文化に自分たちのルーツを求め、国家形成の進展に並行して国民文化の担い手になったとされている。とすればここに登場する人物はコロンビア形成の象徴的存在として描かれていると推定できる。

さて二代目のアウレリャーノは内乱の軍事主導者になるのだが、その歴史背景を見れば
「保守主義派と自由主義派の武力抗争は19世紀だけで8回を数え、両派の対立は容易に暴力を伴った紛争にエスカレートする傾向が強まっていったが、これが19世紀末の1899年には〈1000日戦争〉という内戦に発展する。」(平凡社世界百科事典)
アウレリャーノの一生はまさにこのとおりなのだ。また物語にある工場ストライキに端を発した政府軍による市民虐殺、物語の後も続いた武力抗争で20万人の犠牲者、そして現代の麻薬戦争………と流血の惨劇を繰り返しながらコロンビアは存在している。

ところでこの作品がコロンビアそのものを描いたものとするのはあまりにも一面的に過ぎる。
「村の開拓者一族ブエンディア家の、一人からまた一人」………であるが、これが途方もなく大勢の人物群でありこれに関わるものたちが加わり、登場人物は膨大にして数え切れない。それぞれのエピソードを適切に記憶するのは至難のワザである。共通して、一族のものたちは、好奇心から、あるとき覚醒し、何かを成し遂げんとする熱狂、そして成功。やがて倦怠と衰退。そして挫折がある。しかしそれだけでは終わらない、改めてエネルギーが発火し、再生の循環が始まるのだ。グルグルと執拗なまでに渦巻き状に回転する狂気の生を送るのである。さらにもう一人に同じような渦が生じ、また一人と幾重にも相互に干渉しながら、また逆流もしながら、相似の渦巻き型人生の詳細が語られる。それらの中心軸は百年の移動をするわけなのだが、読後は百年もの時が流れたとは感じられない。「蜃気楼の村マコンド。その草創、隆盛、衰退、ついには廃墟と化すまで」がまるで一瞬であったかのように、そう、「邯鄲の夢」から覚めた余韻がこれなのかもしれない。

登場人物の生殖行動も凄い。そして「ブエンディア一族の運命」には近親婚がある。それは始原的活動力の象徴なのかもしれない。この物語は初代の女主・ウルスラが抱く近親婚のトラウマが発端になっていて、ラストでその運命の帰結が現出することは見逃せない。

まとまった感想を述べるには私には力不足であり、ただ読みながらどんなことを想起したかを述べておこうと思う。

松尾芭蕉『奥の細道』
「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」
「夏草や兵どもが夢のあと」である。
また蕉風俳諧の理念といわれる「不易流行」である。「百年の孤独」の世界、すなわち激変する現代を生きるための大切な人間の軸足ではないかなどとも思い合わせるのだ。

鴨長明『方丈記』
「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし 世の中にある人とすみかと、またかくの如し」である。

タイトルは「百年の孤独」であり、たしかに「底なしの孤独」を描いているのであるが、自己確立の裏返しにある「孤独」という西欧的なものよりも、日本人の感覚としては「無常観」に限りなく近い、この世の無常を透徹した人間にそなわる「孤高」に通じているような気がした。

とはいえこの無常観も一面的とらえ方に過ぎないという感覚が残るのだ。
『2001年宇宙の旅』は高度文明の究極に見えた宇宙の覇者としての人類が、ハルと呼ばれるコンピューターに逆襲されるのであるが、あのラストシーン、宇宙に浮かび上がる胎児の大写しのイメージがそれである。

蜃気楼の村マコンドは隆盛を謳歌してのち廃墟と化す。私にはそれで終わりではなく、新たなリサイクルの始まりではないかと思われるのだ。復活があるとすれば、それは万物に優位した人類がこれまで蓄積してきた「智恵」という理性の働きに導かれるものではなくて、ブエンディア一族のこのむき出しの欲望、すなわち生きとし生けるものに共通する「始原の生命力」が原動力となるものではないだろうか。

科学技術の進歩、合理主義の徹底、人類の理性が成し遂げた高度の文明社会。永遠と信じたこの恩恵が、あっという間に崩壊した現実に今茫然と立ち尽くしている。自然はもとより、自分たちが作り上げたものすらコントロールできなくなった事実を誰もが認めた。人間の驕りを誰もが認めた。これまでの世界観が一変するあまりにも冷酷な現実を突きつけられた。そしてもっともらしい無常観では今日のメシにはありつけないのである。

『百年の孤独』を今読むべき理由がこのあたりにある。

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百年の孤独閲してリラの花

2012/05/18 15:33

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:あまでうす - この投稿者のレビュー一覧を見る

この古き本読み始めて以来我が家に異変相次ぐ
深夜に玄関のベル鳴り柱時計真っ逆さまに落下して柔らかき腹の上をオオムカデ往来す 庭に埋めたる愛犬の夥しきウジ振り払いつつ座敷に飛び込むを懼れて今朝は斎戒沐浴
十二所神社の護符を額に張り付け護摩を焚き畏み畏み加持祈祷
怨敵退散諸霊鎮魂謹んでみたま鎮めの祈りを捧げるなり

山の彼方の空遠く 空の向こうに海がある 
海の向こうから人が来て 人はどんどん人を産む
親の因果は子に報い、子供の因果は孫に来て、
孫の良き血も悪き血も 曾孫と玄孫に流れます 
それでも切れぬ因縁は
巴里にロンドン、ニュウヨオク、
ボストン、東京、リオデジャネイロ、
コマンド、柳河、ローデンバック、
丹波の国の里山の、世界のどこに生まれても、
来孫、崑孫、仍孫、雲孫と 家族大樹は果てもなく
どこどこまでも伸びるのじゃ 
東西南北変わりなく 成さぬ仲でも親は親、豚の尻尾でも子供は子供、
子供を産むのは両親で、二人の親には祖父母あり、
その祖父母には親がいて、親の因果は子に酬い、
奇人変人みな死んで 死んだとおもうたはこりゃ目の錯覚
あれそこに飛ぶ黄色い蝶 真っ赤な雪が降るぞえな 
大きな栗の樹の下で 身の丈十丈の大男 
死んでも見切れぬ夢を見て 色即是空 輪廻転生
一目瞑れば百年で 二目瞑れば千年で 三つ瞑ればスフインクス  
因果は巡る風車 西郷隆盛娘です 
さあさ皆さんお手を拝借 五十六十洟垂れ小僧 
八十九十糞喰らえ 百歳なんてあっと言う間 
万人善人 霊魂不滅 一族再会 倶会一処 
さてもさても
なんのおめえが孤独哉

        百年の孤独閲してリラの花 蝶人

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決して読みやすくは無かったけれども

2016/02/28 12:18

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:earthbound - この投稿者のレビュー一覧を見る

まずは、一段落が長すぎて読みにくいことこの上なかったです。
原典に当たっていないので著者を批判するわけにはいかないと思いますが、役者ももうすこし読みやすさに注力して頂きたかったと思います。
内容は、読みにくい文体と比較して非常の面白い内容でした。
日本の小説には無いジャンルだと思います。
家族と国家の百年間の歴史をこういった形で小説に出来るガルシア=マルケスには感動しました。

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20世紀を代表する1冊

2015/07/24 03:44

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る

20世紀ラテンアメリカ諸国の小説家がノーベル賞を立て続けに受賞したことにより、マジックリアリズムが大きな注目を集めた。現実と虚構が入り混じった世界には、シュールレアリスムにでてくる精神分析はなく、民間伝承や神話に深く引き込まれていく。その代表作ともいえるのが本書ではないだろうか。固有名詞の乱出や時間の流れの攪乱などに苦しめられるかもしれない。物語のすべてを否定するラストはぜひ多くの人に読んでほしい。

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圧倒的な物語の奔流。

2007/06/04 21:44

15人中、15人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:求羅 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 ふう、疲れた。
 私はいつまでも物語の世界に浸っていたい人間なので、長編を読むのは全く苦にならない。けれど本書を読み終えた時、まるで何十キロも走った後のような疲労感を覚えた。トルストイの『戦争と平和』を読んだ時ですら、ここまで疲れなかった。
 作品が特別長い訳でも、文章が読みにくい訳でもない。この、ファンタジーともSFともとれる一つのジャンルに収まりきらないガルシア=マルケスの壮大な世界観に圧倒させられたのだ。
 とにかく、濃い。
 本書は、マコンドという村を舞台にした、ブエンディア家の百年にわたる物語である。数年ではなく、百年もの長いスパンで語られる一族の生と死、愛憎入り混じる人間模様が語られていく。主人公と呼べる者を敢えていうなら、マコンドという場所そのものなのかもしれない。百年にわたる興亡を、映像で一度に見せられたような感覚である。
  「こういう圧倒的な語りを前に、一体どういう「解説」が可能なのだろう。全く途方に暮れてしまう。」
と、本書の解説で作家の梨木果歩さんが述べているように、この作品には説明や言葉は余計なものなのだろう。ただ、物語を読み、浸り、感じる—それが全てなのではないか。
 とはいえ、それでは書評を放棄する言い訳になってしまうので、なんとか自分なりに感じた『百年の孤独』を書きつらねてみる。
 本書を読む楽しさは二つあると思う。
 ひとつは、百年という単位で一族の盛衰を読む、総論としての楽しさ。もうひとつは、エピソードのひとつひとつを読む、各論としての楽しさ。魔術師によって次々と繰り出される手品(本書ではエピソードのこと)を驚きながら必死に受け止めていると、最後に特大のイリュージョンが披露され、幕を閉じる。
 作中にはたくさんの人間が登場するが、男性は、内向的で頭のいいアウレリャノ・タイプか、衝動的で度胸のあるアルカディオ・タイプの二種類、女性は、家庭を守り支えるウルスラ・タイプと、男性を受け止める情の深いピラル・タイプに大別される。同じタイプのキャラクターの繰り返しにも関わらず、飽きさせることなく読者を物語の世界に引き込む手腕は見事である。もう死んだと思っていた人間が数十ページ後にひょっこり現れるところなんて、いい意味で作者の掌で弄ばれているように感じた。
 登場人物は、非業の死を遂げる者や、誰にも看取られることなく死ぬ者が少なくない。タイトルの「孤独」には、人間は皆一人で死ぬ、という根源的な孤独の意味も込められているのではないだろうか。
 <この一族の最初の者は樹につながれ、最後の者は蟻のむさぼるところとなる>(P.470)
 ガルシア=マルケスはこの一文を、物語る力で百年の壮大な虚構の世界に仕上げてしまう。多分、この人と同じものを見ても、受け取る情報量の多さは格段に差があるのだろう。
 本を閉じた後も、ぐわんぐわんと頭の中で耳鳴りがするような強烈な一冊である。

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2010/12/22 23:17

投稿元:ブクログ

途中で半年くらい放置してしまったため、ただでさえややこしい人名を忘れ(アルカディオの息子はアルカディオ、その息子もやっぱりアルカディオ)一気に読むべきだったと軽く後悔。死生観や、超能力的な力に対する姿勢が少し独特で、面白い。欧米=キリスト教圏、って思い込みがちだけど、それ以外の土着文化がある、というのを忘れていた。南米文学を読んだことがなかったので、新鮮な衝撃。

2014/05/06 01:46

投稿元:ブクログ

今年の G/W 課題図書読了。先日亡くなったガルシア・マルケスの代表作で、ラテンアメリカ文学ブームの嚆矢。周りの人が難かしい、難かしいと言うのでビクビクしながらも、「まあ、どうせ人生で一回は読まなきゃいけない本だしな」と思いながらの挑戦。しかし何のことはない、確かに重厚だが、普通の面白い小説だった。昔読んだ人は、旧訳が良くなかったのかな。登場人物は多いが、ロリータみたいに意図的に判り難く書かれているわけではないし、年表やら登場人物一覧やらを作っているファンの人もいるので、忘れたときはそういうページを参照しながら読めばいい。僕自身も登場人物一覧は作りながら読んだが、明示的な細部の呼応を読み落とすことはあまりなかった(もっとも、マルケス本人は数々の矛盾と錯誤があると言ってはいるのだが)。同名の登場人物が多いというのもよく言われる話だが、メインのストーリーはほぼ時系列に並んでいるので、登場人物一覧があれば混乱しない。

あらすじや、その解釈についてはいろいろな人が書いているので略。個人的には、リアリスティックに描かれながらも、ときおり幻想的なエピソードが混じる構成(マジック・リアリズムと名前を付けると、とたんに陳腐だけど)が、全体を連ぬく羊皮紙のテーマを暗示しているのが面白く、その 2つが一瞬にして収束する結末は鮮かとしか言いようがない。20世紀最高の小説との評価もあるが、それは褒め過ぎかなあ。

2014/06/07 17:48

投稿元:ブクログ

日々孤独で、人間は結局ひとりぼっちであるとすでに知っている身にとっては、登場人物それぞれの孤独について改めて述べる事はないが、マルケスらしい次から次へと言葉が溢れ出てくるような文体には感嘆。あれだけ登場人物が多く、しかも同じ名前ばかり出て来るにも関わらず、混乱を招かない技術にも驚く。個人的に、ノーベル賞に値するのはマルケスとスタインベックだけだと思う。

2012/12/25 02:53

投稿元:ブクログ

1967年、コロンビアの作家、ガブリエル・ガルシア・マルケスの小説である。要約すると、100年5代にわたるブエンディア家の運命をマコンドという土地を舞台に語った小説である。500頁近い長編であるが、登場人物が多く、密度が濃く疾走感がある。まぎれもない傑作だ。語り口は、錬金術・伝染性不眠症・激烈だが何も獲得できなかった戦争・野性的な美女の昇天・抹殺される歴史・桁外れの浪費・4年も続く降雨と10年も続いた日照り・近親相姦など幻想的で奇妙なエピソードと、嘘のような世界を生きる人間の細やかな心理描写が併存している。「魔術的リアリズム」といわれる所以である。全体として「騒がしくも痛ましい」話である。登場人物は発明や戦争や浪費にとりつかれていて、「愛」を知ったのは最後の二人だけである。みな、望まれすに生まれ、何かに取り付かれて死んでいく。「百年の孤独」というタイトルのわけである。男は振り切れた情熱で何かにとりつかれ、女は驚くべき強さで生活と戦う。こうした「時」が延々とくり返されるのである。

2009/11/18 06:40

投稿元:ブクログ

最初の方を読んでいるけれども面白そうな気配!読んでいるその瞬間が楽しい。わくわく。

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読み終わりました。些細なものごとの描写から映し出される日本的なせつなさではなく、たたみかけるようなジェットコースター的な物語の中から見出される南米的なせつなさ。こういうのをサウダージっていうのかなぁ。

2008/02/01 16:05

投稿元:ブクログ

村の建設から始まったブエンディアという一族の壮大な叙事詩。読み進めるうちにマコンドと同家の歴史を体験し、「百年の孤独」というタイトルが心の中に深くしみこんでくる。実にうまいタイトルだと思う。リーダーとは常に孤独なのだ。なにか物事を成し遂げた人が読む一冊としてもお奨めできるのではないだろうか。(07-11-10了)

2013/04/22 23:32

投稿元:ブクログ

一冊の中に、生と死のこと、人生のこと、戦争のことまど、すべてが入ってる気がする!すごい本です。。
が、一番の注目すべきは、閉じられた世界での近親婚による遺伝的問題、、かな。

にしても、名前がややこしいし、時系列はメチャクチャだし、読むのが大変だった!!
でも、面白かった(^_^;)
なんで?

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