- 出版社:河出書房新社
- サイズ:20cm/169p
- 利用対象:一般
- ISBN:978-4-309-01808-9
ひとり日和
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- 税込価格:1,260円(36pt)
- 発行年月:2007.2
- 発送可能日:1~3日
- 本
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商品説明- 「ひとり日和」
“人っていやね…人は去って行くからね”。20歳の知寿と71歳の吟子さんが暮らした春夏秋冬。第136回芥川賞受賞作。【「BOOK」データベースの商品解説】
【芥川賞(136(2006下半期))】東京で暮らせるのであれば、なんだってよかった−。20歳の知寿が居候することになった遠い親戚の71歳の吟子さんの家。ふたりが暮らした春夏秋冬をとおして、ヒロインの自立をしなやかに描く。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介- 「ひとり日和」
青山 七恵
- 略歴
- 〈青山七恵〉1983年埼玉県生まれ。2005年「窓の灯(あかり)」で第42回文藝賞を受賞。
ユーザーレビュー- 「ひとり日和」
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2007/02/28 12:15
生きることの寂しさ
投稿者:ちかげ(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
この物語で描かれているのは、都会で暮らすごく普通の女の子の、ごく普通の日常です。何か変わった事件が起こるわけでもないし、特に変わった人が登場するわけでもありません。
主人公の女の子には、お母さんがいます(離れて暮らしているけど)。一緒に暮らす親戚のおばあちゃんもいます。アルバイト先の仲間もいるし、彼氏だっています(別れるけど)。でも、それでも彼女は孤独です。とても疲労しています。自分で望んだ都会での生活なのに、どこか満たされない気分でいます。「追うものなどなく、去っていくばかりに思えるのに、わたしの心はあせっている。ピアノをめちゃくちゃに、叩くように弾きたい。箪笥の中の洋服を全部燃やしたい。指輪や、ネックレスやら、ビルの上から投げ捨てたい。煙草を一度に十本吸いたい。そうしたら、振り切れるだろうか。ちゃんとした生活など、いつまでたっても自分にはできない気がした。手に入れては投げ出し、投げ出され、投げ出したいものはいつまでも一掃できず、そんなことばっかりで人生ができている」と思ったりします。
女の子にはある癖があります。出会った人のちょっとした物をこっそり盗んでは、それを自分の靴箱にしまっておいて、たまに眺めてその人のことを思い出す癖です。女の子はそうすることで、そのようにして他者と自分との繋がりを保つことで、その漠然とした寂しさから逃げだそうとしているのだと思います。彼女のまわりにはいろんな人がいて、客観的にみると、どうして彼女が孤独で寂しいのかが理解できないかもしれません。でも、彼女は確かに「寂しい」と感じているし「死んでしまいたい」と思っています。ぼくには、その理屈では説明できない「寂しさ」がとてもリアルに感じられました。ぼくはこの本を大学の図書館で読んでいました。まわりにはいろんな人がいました。資格試験か何かの勉強を一生懸命にしている人。本を読んでいる人。携帯電話を触っている人。隣の人とコソコソと喋っている人。ひたすら眠っている人(その人はぼくが図書館にいる間、ずっと眠り続けていた!)。でも、みんなそれぞれ自分の世界を構築していて、まわりにいる他の人になんて、これっぽっちも関心を払っていないんですね。ちょうどぼくがこの本を読み始めたのは夕方の五時くらいで、窓の外は夕闇が広がろうとしている頃でした。その情景はこの物語で描かれている世界観ととても似ていて、ぼくは思わず泣き出したくなってしまいました。そして、「ああ、そうか。これが現実なんだ」と思ってしまいました。
この物語の中で主人公の女の子は、最終的には、新しい生活へと向けて歩き出します。この女の子がもう「寂しい」と感じることがなくなったのか、それともやっぱり「寂しい」と感じ続けているのか、それは分からないけれど、それでも、感受性豊かな女の子が自立して生きていける、そんな世の中であって欲しいと強く願います。そしてそれと同時に、「ぼく自身、もっともっと強くたくましく生きていこう」と思いました。
最後に、この本の帯に石原慎太郎さんの芥川賞選考会後のコメントとして「非常にビビッドで鮮烈、素晴らしいと思った」と記されていますが、確かにその通りだと思いました(ぼくと石原慎太郎さんの感性が合うことは珍しいので、これまた新たな発見です!)。
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2007/03/09 22:03
これだから巧い作家には敵わない。
投稿者:yama-a(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
村上龍と石原慎太郎というタイプの違う2人の作家が激賞したとなると、これはもうかなり出来の良い小説なのだろう、と思って読み始めたら案の定すこぶる良く書けている。「人生の機微を描く」だなんて評するのは簡単だが、こりゃなかなか書けんぞ。かなり巧い! 相当筆の立つ作家だ。
母娘2人で暮らしていたフリーターの主人公・知寿が、母の海外赴任をきっかけに東京郊外に独居していた親戚の老女・吟子の家に転がり込み、やがて自らも独り暮らし(と言っても寮生活だが)を始めるまでの物語だ。
ミニマリズムに根ざした短編は別として、こういう「なんにも起こらない」系の小説には2つある(あくまで上手く書けている場合の話だが)。ひとつは作家個人の非常に主観的な「私」の世界に入り込んで抜けようにも抜けられない迷宮のごとき作品。もうひとつは、この『ひとり日和』のように「私」あるいは主人公をもう少しクールに突き放したと言うか、いや、突き放してはいるけど少し離れた所からそっと見守っているような風情がどこか残っている小説である。その何とも言えない微妙な感じがこの小説の絶妙の味付けになっている。
こんなことを書いてしまうと身も蓋もないが、これはあまりぱっとしない女のぱっとしない日常を描いた小説である。自分から何かを求めて積極的に打って出ないので当然の如くぱっとした出来事に遭遇しないのである。淋しい小説である。でも、その淋しさはよく咀嚼された淋しさなのであって、ここが常人には書けない点なのである。
主人公の知寿は確かに世間的に見ればぱっとしない女だろう。ただ、この作家は世間が見ない部分をちゃんと見て書いている。こういう小説では、読者が「なんだ、つまんねー女」と思うか、それとも「私にもそういうこと、ある。私もそういうつまんない女かもしれない」と思うかが別れ道ではないだろうか。世間の見ないところを作家が見てくれていると、読者のほうも世間が気づかないことにふと思い当ったりするものだ。
もうひとりの主要人物である吟子は知寿と対照的に描かれてはいるが、決して積極的で活力溢れる女性ではない。なにしろ年が年だけにそんなにエネルギーはない。それは年のせいかもしれないが、やっぱり今では知寿と同じ淋しい女でしかないのである。
でも、非常に目鼻の利く、そして絶妙のタイミングで絶妙の言葉を紡ぎ出すことができる作家のおかげで、つまんない女/淋しい女の話がいつの間にか人間一般の話にすり替わってしまう。
これだから巧い作家には敵わない。
by yama-a 賢い言葉のWeb
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2010/12/13 09:15
鋭敏な感性の針を,自分で隠そうとしている。そんな気がします。繊細で,比喩に満ち溢れた作品。
投稿者:たけぞう(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
私にとって初めての作家さん。きっかけは忘れたけど,なぜか心に引っかかっていた。同じように,読後も忘れられない雰囲気を感じた。
書評素案を書いた時点で,自分の解釈にちょっと自信がなかったため,他の人の評や,芥川賞の選評なども見てみたのだが,近いものが少なかった。特にプロの作家との乖離が大きくて迷ったのだが,開き直ってそのまま出そうと考えた。こんな風に読んだ人もいるんだと思って頂き,何かの足しになれば幸いである。
とても静かな作品である。母子で暮らしていた主人公の知寿。母がしばらく中国に行くことになった。知寿は中国には行かず,東京に行きたいと言う。遠縁のおばさんが東京で一人暮らしをしている。知寿は,母の口利きでそちらに住み込むことになる。おばさんの家には猫がいて,死んでしまった猫の写真がいっぱいあり,話はそこから始まる。
来る者は拒まず,去る者は追わず。おばさんとの生活は,実にゆるりとしている。冒頭の猫は,主人公に対する暗喩のように思う。しかも,どちらかというと野良猫。遠縁という実質的にほとんど無関係の人のところに身を寄せるくだりが,ひとり日和のタイトルを連想させる。
知寿は引っ越してすぐに彼氏と別れる。新しく始めた東京での生活。おばさんに恋人らしき人が現れ,知寿にも新しい彼氏ができる。おばさんはじんわりとお付き合いを続けるのだが,知寿は深入りを恐れるように別れてしまう。母が再婚を申し込まれているという話を聞いた時も,努めて無関心を装う。
派遣先の会社で正社員登用の話が出て社員寮に入ることになり,この奇妙な同居生活も終わりを迎える。
知寿には何回も別れが訪れ,その都度一人ということを確認しているようだ。私が強く感じたのは,「一人である」状態の強調ではなく,自ら殻に閉じこもって「ほら,一人になっちゃった」と言い聞かせる知寿の心の動きである。
若さゆえの自意識の強さ。自分を傷つけたくないために,深入りを避けている。その結果,一人になる。繊細な感性を一歩離れたところから感じ,ほとんど無意識に自分を守ろうとする。そんな臆病な「ひとり日和」が横たわっている。
ラストで,社員寮という守られた場所に移っていくところが,自分の心の守り方を一つ学んだように見える。私には,これすらも比喩に思える。
野良猫に喩えられた主人公は,隔離された家から「外界」である駅のフォームを見つめる。駅でアルバイトを始めても,キオスクの中に一人で入り込み,彼氏の仕事を遠目に見つめる。他人の小物を自分の獲物としてくすね,自慢げに眺める。最後に獲物を猫の写真の裏に隠すあたりで,この比喩を確信した。主人公は,まさに野良猫のごとく,抜き足,差し足で生きている。人と関わりを持つのが怖いんだろうね。
自我というものを,強く,冷静に見つめる作品ではないだろうか。湖にさざなみが立っていて,湖の中には自分でもコントロールできない深層心理が渦巻いている。殊更に波立てるでもなく,周囲の土から水を染み込ませるように,他人との関わり合いを少しずつ咀嚼していく。
陳腐な表現で申し訳ないが,触れると壊れてしまいそうな心理を描いた作品と評したい。
文庫本も発売になったみたいなので,何かが心の針に触れたらお読みいただければ。おそろしく静かな作品なので,無理して読む作品ではないと思う。
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2007/03/18 10:04
若い小説
投稿者:大島なえ(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
『ひとり日和』とは、うまいタイトルをつけたな。と一番に感じた。主人公の知寿は、大学に入るでもなく仕事をするでもない所謂ニートと呼ばれる人種、父親の居ない母と娘の二人の生活が嫌で、教員の母親が海外へ行くのに合わせて、ひとり家を出ていくことから始まる。
しかし、娘をあくまで自分の手中範囲から離したくない母親の根回しで、知り合いの東京の古家でひとり住む老人の吟子のところへ居候させる話になり、どうでもひとりで家を出たい知寿は言われるまま、吟子の家で老人とのどこか奇妙な生活を淡々と小説は描かれている。
知寿は、20歳の若さだがどこかキャーキャーした若さが全くなく、恋人とも外で(例えばディズニーランドへ)遊びに行くなどせず、吟子の家の縁側でぼんやり二人で庭を眺めたり、もそもそと吟子の留守にセックスをしたり、どこか人生を諦めたような雰囲気がある。仕事もコンパニオンと駅の売店でアルバイトをしてお金を貯めて、ひとりで吟子の家を出て生活しようと思うもののどこかまぁこのままでも良いや。と言う感じがする。
吟子は、夫に先立たれひとり暮らしだがダンスで知り合ったボーイフレンドがしょっちゅう家に訪ねてきたりおしゃれをして出かけたり、知寿よりも女性らしいところがある。奇妙な孫と祖母のような年の離れた他人の二人には、わからないが次第にお互いに近づいていく親しさが生まれているようだ。全体に、今のニート世代をうまく表現しているだろう。作者も同世代で若いが、ただ吟子の70代の老人の生活や表現に少し疑問を感じる。これから期待したい新しい作家。
7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2007/03/19 20:10
このところ激辛の論評を加えてきた石原慎太郎が激賞した喧伝されたが拝見すれば奥歯にものが挟まった「激賞」ですね。これって都知事選を控えた慎太郎が若者受けを狙ったパフォーマンスじゃあないだろうか。
投稿者:よっちゃん(男性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
第36回芥川賞受賞作である。
BK1の本書紹介にはこうあった。「東京で暮らせるのであれば、なんだってよかった−。20歳の知寿が居候することになった遠い親戚の71歳の吟子さんの家。ふたりが暮らした春夏秋冬をとおして、ヒロインの自立をしなやかに描く。」
読書を趣味にしているとは思えない友人が「読んだか?なんだか退屈な日常生活をだらだらと書いただけであれが芥川賞か」と厳しいご意見を口にされた。そこで手にしたわけだがなるほどその率直な指摘は必ずしも的外れではない。我々の年代はどうしても自分やその周辺の具体的な軸足で主人公を眺めてしまうものだから、このわたし・知寿ちゃんのような未熟な人格が一人前であるべき20歳だということにあきれ返ってしまうのだ。本音を言えば仮に自分の息子・娘がこういう人間だとしたら困っちゃうのだ。友人の場合、思考はこういう主人公を少なくとも無批判に描く著者とこの作品を高く評価する選考委員の方々にまで飛躍してしまうものだから、芥川賞の存在にまでけちをつけたくなるのだろう。そういうもはや変えようもない固定観念では芥川賞を読む資格はないのかもしれないなぁ。
今回もまた「自立」なのか。おなじみの自己喪失、アイデンティティクライシス、閉塞感。おなじ線上にテーマを置いた受賞作がこのところ多かった。その突破口に暴力や性倒錯があるのが流行なんだが、この作品にはそんな過激な飛躍はない。
ところで昨夏の全国高校野球選手権で優勝した早稲田実のエース斎藤佑樹(18)が早大生になるにあたって「自分探しの4年間にしたい」と抱負を述べている。ハンカチ王子ですら「自分探し」!!!と哲学的表現するくらいだ。自分探しって本当は難しいことなんだと思うのだけど、自分探しの旅に出ようって気楽に引越したり職場をかえる。いや若者はこれが風潮なんだ。ニートってこんな精神状況の産物なのかな。
生きていることを実感するなんてことはない。せいぜい死んでいないことをぼんやりと自覚するレベルで毎日が繰り返される。事故死の現場を見てあんな死に方はしたくないからと生きているのだろう。外の世界とのつながりは部屋の窓から見える駅のホームだけ。働く、恋をするのだけれどその現実感のいかに希薄なことよ。
吟子バアサンはなかなかのくわせものだ。転がり込んでくる猫に餌をあたえて一緒に暮らし、死んだあとの猫たちの写真を立派な額縁に入れてずらりと鴨居に並べてある。だが名前は忘れてしまったそうだ。思い出にもならない存在だったんだろうね。猫がねずみをとってきて目の前でなぶり殺しにしていてもやめなさいと手で払うふりをするだけ。実はこの作品のなかで一番生命存在を感じさせるのがこのねずみをいたぶる猫かもしれない。食い物には困らないので餌にするのではない。我輩ここにありと娘とおばあさんの前でその存在を主張している。しかし自己主張する猫には気の毒なことであるが二人ともまるで無関心なのですね。知寿ちゃんだって、びっくりするとか気持ち悪いとかいまどきねずみをとる猫が都会にいるってことを発見した喜びなんて感情があってもいいんじゃないか。知寿ちゃん、気をつけたほうがいいよ。ちっぽけな盗癖があなた流の自己主張ならあなたは吟子バアサンに猫並の扱いをされているんじゃないかい。それこそ死んだら猫たちの写真と一緒にならべられるかもしれない。
これって本当に「しなやかな自立」のお話なの?最後まで知寿ちゃんは現状にたんたんとしています。いらいらしないんです。殻を破りたくなるようなひどいストレスを感じないのだからこのリズムに埋没しちゃって飛躍なんかとても無理だと思うよ。それにしてもこんな若者が増えてきているんだろうと、ここは実感はしますね。だから読んでいる私のほうがいらいらします。とてもとても寂しい気持ちになりました。
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2011/09/07 02:50
透明な空気のような作品
投稿者:本の虫(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
ひとり日和は、第136回芥川賞受賞作品で、
石原慎太郎氏が当時すごい文章を書く作家が現れたと
話していたのを覚えています。
それを聞いて、是非どんな本なのか読んでみたいと
ずっと思っていました。
今回は、その思いが大分時間がたってから、実現して
読む機会がありました。
話の内容は、20才の知寿と71才の吟子さんが暮らした
一時の話です。
なんでもない話で賞をとるぐらいだから文学的な描写の多い
難しい文なのかと気合をいれていると、ページの紙面には隙間が多く、
現代風の口語文章で、結構出鼻をくじかれた気分でした。
読んでいると、吉本バナナさんを思わせるような
水水しい透明な文章が突然でてきて、
普通はこういう言い方をしないだろうという文でドキリとさせられます。
と同時に、二人のやりとりは平和で面白くもあり、そして切ないのです。
この「切ない」という気持ちを切ないと直接書かずに読者に
感じさせるのは、ある意味書く人の技だと思います。
皆さんが価値ある本の評価は、どういうところで付けるのかなと
今回この作品を読んで考えさせられます。
読んで話が面白かったと思える作品。(娯楽のための本)
文章がとてもうまい作品。(自分の本棚に大切に持っておきたい本)
あるテーマについて読んだあと考えさせられる作品。(読むべき本)
このひとり日和は、簡単な文章の割には、
読んだあと「生きるってなんだろう?」と考えさせられました。
そこを汲み取ると、好きか嫌いかではなく、
本としての価値はとてもある、読むべき内容と思います。
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
2008/05/04 23:31
あれ?
投稿者:トマト館(女性|未指定) - この投稿者のレビュー一覧を見る
あれ?
これ見たことあるパターンだな?
と思ってしまい、そのため
評価が下がってしまいました。
「実は自分も・・・」
という方、正直に手を挙げてくれませんか。
わたしだけなのかなと思うと心細いのです。
読んでる間はすらすらっと読めるのです。
それなりにこの本独自のいいところもあるんです。
それは認める。
主人公に盗み癖があるところとか、
母親が中国にいっちゃうとか。
彼氏がすごくさらっとしてるところとか。
ただ、私は、
よしもとばなな作品に似ている気がしてなりません。
なにが似ているかというと、
「独特の感受性の女の子」+「彼氏もしくは彼氏に相当するかのような男の子」+「不思議で魅力的な女の人(主に年上)」
とう構図をもっているところです。
具体的にいうと、私が読んだ中では、
「キッチン」(これは女装した男性でしたが)、「アルゼンチンババア」、「哀しい予感」がこのテの作品です。
芥川賞をとったとかとらないとか、
誰が褒めたかどうかより、
わたしは「このテの作品」であったことの方が、
つっかかりを覚えました。
よしもとばななを読んでいなかったら、
もっとナチュラルに楽しめたかもしれません。








